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【12/1書籍②発売】異世界で、夫の愛は重いけど可愛い子どもをほのぼの楽しく育てたい  作者: サイ
第3章

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5. 反省文

 マリーヴェルの謹慎は3日続いた。

 マリーヴェルは謹慎自体には特にダメージは受けていないようだった。だが、アルロと会えない日々には苛立ちを募らせていた。

 授業はいつも通りある。

 今日は社会の授業だ。

「私が悪いと思いますか?先生!」

「・・・何も情報がないままにそんなことを聞かれましても、わかりません・・・」

 先生はとにかく優しくて気が弱い。いつもマリーヴェルの勢いに押されていた。

「どう思います?先生」

「今は社会の授業ですので、王国の産業についての話をしたいと思い——」

「もう、先生ってば!」

 か細い教師の声を、ドン、と机を叩いて遮る。

 先生は盛大な溜息を吐いた。

「そんな風に足を揺らしたら、いけませんよ」

「先生までマナーの先生みたいなこと言わないでくださる!?」

「マリーヴェル様。もう3日連続、課題を忘れていますね。教科書も用意してませんし」

 先生が何もないテーブルを見る。

 マリーヴェルは両手を広げた。

「だってアルロがいないんだもの」

「アルロ君がいなくとも、ご自身できちんと準備ができるようにならなくてはいけないんじゃないですか?お母様もそれを期待して、一旦侍従を外されたのでは・・・」

「あれはただの罰よ!」

「公爵夫人は、ただ罰を与えるだけの方ではありません・・・そこから何か学んでほしいとお思いのはずです」

「一体これ以上何を学ぶと言うの?こんなに毎日授業ばっかりなのに!」

「・・・・・マリーヴェル様。とにかく、今すべきことを、しましょう。いまのお嬢様は、やるべきことができておりません」

 先生の言うことは至極ごもっともだった。

 だがマリーヴェルには非常につまらなく聞こえた。

 答えのはっきりしない問いほど、マリーヴェルにとって苦手なものはなかった。

 シンシアが意図していること?奥歯にものの挟まったような気分の悪さだ。

「さあ、ここのところで、質問はありますか?」

 マリーヴェルは先生のその言葉で現実に引き戻された。

 ここのところ、と言われても、何を指しているのか全く分からない。

 マリーヴェルは一応、深刻な顔を作った。先生も真剣な顔で応じてくれた。

「先生。やる気が出ないの。どうしたらいいですか」

「それは・・・難しい問題ですね」

 先生は目に見えて肩を落とした。





 夜。

 その日の訓練を終えて、エイダンは部屋に戻った。

 ふといつもと違う気がして、部屋を見渡す。

 ベッドの上に不自然なふくらみを見つけて、エイダンはシーツをめくった。

「——なにしてんの」

 そこには謹慎中で部屋から出ないはずのマリーヴェルが、エイダンの枕を抱えて寝ていた。

 マリーヴェルは本当に寝ていたらしく、ゆっくりと起き上がると大きなあくびをした。

 呑気なものだ。

「退屈で。ゲームしない?」

「しない」

 エイダンは呆れた。マリーヴェルの謹慎のせいで、夕食の食卓が少し暗い雰囲気になっているというのに。

 ソフィアが珍しく、マリーヴェルをお姉様と呼び、お姉様に会いたい、と言う程。

「謹慎中だろ?部屋から出たらだめだろ」

 部屋の外には護衛の騎士が立っているはずなのに。

「どうやってここに来たんだ」

「お兄様、知らないの?私の部屋とお兄様の部屋、繋がってるのよ」

「えっ、どこで!?」

 隠し通路だろうか。そう思っていたら、とことことマリーヴェルは歩いて窓を開け、テラスから外を指した。

「ほら、足場があるでしょ」

 見ると、隣のマリーヴェルの部屋からエイダンの部屋のテラスまでは、確かに手の平分くらいの出っ張りが続いている。

「えっ・・・、マリー、まさか、ここを伝って来たのか!」

「そうよ」

「あ、あぶないだろ!」

 ここは2階である。驚くエイダンに、マリーヴェルはさらりと言ってのけた。

「危なくないわよ。落ちたことないもん」

「待って。初めてじゃないのか?」

「逆に、お兄様はしたことないの?」

 あるわけない。そんな必要性もない。

「やめなよ。ほんと危ないよ」

「謹慎中しかしないわよ」

「マリー。謹慎中って、意味わかってる?」

「お兄様までお説教はやめてよね」

 マリーヴェルは再びエイダンのベッドに飛び込んだ。

「部屋にいろって言うんでしょ」

「ただ部屋にいるんじゃないだろ。何が悪かったのか反省して母上に言いなよ。そしたら謹慎も解けるだろ」

「私悪くないもーん」

「マリー・・・」

 何があったのか、エイダンも知らない。

 マリーヴェルが謹慎を言い渡されるのは珍しくないので、またか、と思っていた。

 ただ、アルロも引き離されていたから、いつもよりは少し重いなと思っただけで。

「——何があったの?」

「私もね、考えてたの」

 エイダンは謹慎をほとんど受けたことがない。優等生だ。

「リリスってわかる?」

「リリス・マルカだっけ。よくマリーと一緒にいた」

「昔の事よ。その時も、真似ばっかりして来る、あんまり好きな子じゃなかったんだけど。私が学園をやめてから何かと突っかかってきてたのよね」

「ふうん」

 ペンシルニアの子供なら、よくある事だ。権力に(おもね)る者、なにか便乗して甘い汁を啜ろうという者、必要以上にへりくだるもの。

 そういう輩はどうせ幾つになっても、どこに行ってもついて回る。気にしないのが一番だ。

「そんなの無視したらいいんだよ。利用されないように気を付けて」

「してたわ。私はベラと遊ぼうと思ってたのに。——あの子、ソフィーの前で魔力人形を振り回したのよ。ソフィーも怖がってたし」

「へえ。ちゃんとソフィーを守ってやったんだ、えらいな」

「他人にいじめられると腹が立つのよね」

 せっかく褒めたのに。複雑な気持ちだ。

 マリーヴェルは続けた。

「・・・何を言ってたかあんまり覚えてないのよ。お母様に聞かれたんだけど。とにかく馬鹿にはされたわ。魔力がないこととか」

「それで喧嘩になったのか?」

「喧嘩って言うか、私がリリスの頬を叩いたのよ」

 エイダンはああ、それで、と納得した。

 いくら相手が悪態をついてきても、さすがに面と向かって手を挙げたらまずいだろう。

「それで、自分は悪くないって言って、母上に謹慎を、か」

 マリーヴェルは神妙な顔つきで頷いた。

 謹慎が3日経っても、シンシアはマリーヴェルと話しては、困ったような顔をするだけだった。もういいわよ、の一言が出ない。

 このままでは埒が明かないので、エイダンに反省文を書いてもらおうと思ってここに来た。

「お兄様、なんて言ったら謹慎が解けると思う?」

「それはマリーが自分で考えないと意味ないんじゃないの」

「——それを待ってたら、私ずっとアルロに会えないわ」

「いい機会だと思うけど?マリーはちょっとアルロに甘えすぎだよ」

 シンシアが侍従を外したのもそのせいもあるんじゃないかとエイダンは思っていた。

 アルロが献身的になればなるほど、マリーヴェルはそれに甘えて自分の事をしなくなる。

「もう。お兄様しかいないから来たのに」

 そう言われると、エイダンも弱かった。

 昔から頼られると弱い。

「——わかったよ。一緒に考えよう。えっと・・・母上は、なんて言ってたの?マリーが自分は悪くないって言ったら」

「それは言ったけど・・・でもね、お兄様。じゃあ私はあそこで、我慢してればよかったの?」

「違うよ。我慢しちゃだめだよ。ペンシルニアとして、侮辱は絶対に許すな」

「ええ、許さないわ」

 マリーヴェルはぐっと拳を握った。

 エイダンがやんわりとその拳を下ろさせる。

「直接、何も考えずに殴るからダメなんだよ。もっとわからないようにやらないと」

 マリーヴェルは顔をしかめた。

「うわあ・・・お兄様、裏ではそんな悪いことしてるの?」

「やってないよ。やらなくていいように、うまく立ち回るんだよ」

 マリーヴェルは口を尖らせた。そういうことが苦手なのはわかっているはずなのに。

「——母上に言えばよかっただろ」

「私もう8つよ?馬鹿にされたからってお母様を呼べる?」

「そうだな。じゃあ・・・」

 自分なら、仲間を集めてそいつを締め出す。もしくは、そいつの弱点を——。

 これを言ったらまたマリーヴェルに嫌な顔をされそうだ。変に受け取られても困る。

「いや、どうするかよりも、母上にどう言うかを聞きに来たんだよな」

 マリーヴェルがどうこうできるようになる日は遠いだろう。それより謹慎をどうするかだ。

「あ、そうだった」

「じゃあ、まずはやりすぎたことを謝って——」

「やりすぎ?頬を一回叩いただけよ?」

「——僕のアドバイス、受ける気ある?」

 マリーヴェルは姿勢を正した。

「ある。あります」

 エイダンは紙とペンを渡し、書くように促した。

「貴族令嬢として、ペンシルニアの者としてあるまじき——」

「あ、それ、それでお母様が怒ったのよ」

 マリーヴェルは思い出した、と言う。

「どれ」

「私はペンシルニアだから、身の程を思い知らせてやったって言ったら怒ってた」

「マリー。それは思ってても言っちゃ駄目な奴だよ」

 マリーヴェルがまた不満そうな顔をした。どうしてかわからない、と言う顔をしている。

 これについてはエイダンも説明は省いた。

 ペンシルニアの力が比類なきものなのは揺るがない事実なんだし、その上に胡坐をかこうが、漫然と過ごそうが、それでも許されるだけの力がペンシルニアにはある。

 マリーヴェルがどれほど傍若無人に振舞おうが、それが許される立場でもある。

 理解できないのなら別にいいんじゃないか。マリーヴェルは魔力もない。どうあっても、無茶をしたとしても、それを守るのは父や自分の役目だし、この力で守っていける。

 ただ、シンシアがそれを許さないだろうこともわかるから。

「それについてだね。——つい、カッとなって間違ったことを言ってしまった。ペンシルニアの力を正しく使うために、まずはちゃんと勉強して・・・」

「もう、またお説教?」

「違う。それを書くんだって。ほら、早く」

「あ、そういう事」

 マリーヴェルは机に走り寄ってペンを持った。

「義務を果たし、謙虚さをもって、ペンシルニアの一員として王国の役に立つ人間になりたい」

「うえー、真面目」

「つまりは、権力をわかりやすく振りかざすなって事だよ。いらぬ反発を招くでしょ。次からはそういう時は僕に言って。うまくやる方法を考えてあげるから」

 これは書かないで、とエイダンがペンを取り上げる。

 慣れない字を書いてマリーヴェルはうーん、と伸びをした。

「次、リリスに会ったらまた腹が立つと思うのよね」

「——それは、まあ、心配いらないんじゃないかな」

「どうして?」

「その子はマルカ伯爵からものすごく怒られてると思うよ。——そもそも、魔力の高さで甘やかしていたのは伯爵の落ち度なんだし」

 家の中で甘やかされて、外でも同じようにして許されると思ってしまったのは両者共に共通するところがあるが。

「だから、寄ってこないと思うよ。もしくは、向こうから謝罪してくるんじゃないかな。——そしたらマリーも、謝って()()()()いいんだよ」

 マリーヴェルにはエイダンが言うことは全部はわからなかった。でも、心配いらないよと言われると本当にそうなんだろうなと思えた。

「わかったわ。ありがとう!」

 紙とペンを持って窓から出て行こうとするマリーヴェルを、エイダンは慌てて止めた。

「危ないから!廊下から帰れって」

「えー。抜け出したのがばれるじゃない」

「僕が騎士を引きつけるから。その隙に行って」

「はあい」

 マリーヴェルはぴょん、とエイダンに抱きついた。

「ありがとう、お兄様」




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この世界においてわからせる前提の話は効率的で好きですね。貴族が子供の頃に序列を勘違いしてしまうと大人になってから大量の死人を出す原因になると思います。ビンタ一発に負ける令嬢の個の魔力に武力的価値が後々…
マリーはまだ8歳。これからいろんなことを学んでいきます。良い経験も悪い経験も、それらを少しずつ自分の中に落とし込んで 成長していくのでしょう。これは成長過程の1エピソードですね。私はマリー 好きですよ…
ビックリするくらいマリーを好きになれない
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