表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【12/1書籍②発売】異世界で、夫の愛は重いけど可愛い子どもをほのぼの楽しく育てたい  作者: サイ
第3章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

69/241

4. 

 馬車の中でも、マリーヴェルはなかなか何があったのか話さなかった。

「マリー。何があったか教えてくれないと、お母様はどうしていいかわからないわ」

「・・・・・」

「ソフィー?」

「えっとね、リリスが、おにんぎょしたから、マリーがそれを取ったの。ぶんぶん言ってたのよ」

 一応聞いてみたら、やっぱりわからない。

「ええと・・・つまり、お人形遊びで喧嘩したの?」

「そんなわけないでしょう。お人形遊びなんてしないわ」

「じゃあどうして喧嘩したのよ」

「・・・・・・・」

 マリーヴェルはまた黙り込む。

「マリーはね、きょうはいいおねえさまだったの」

 ソフィアは、マリーヴェルが遊んでくれた日はいいお姉様、邪険にされると悪いお姉様、と呼ぶ。

 なんだかんだ喧嘩ばかりしていてもそれなりに一緒にいるし、遊ぶ日がないわけではないのだが。

 何があったのかをソフィアから聞き取るのは難しそうだ。

 重い沈黙のままに屋敷に到着する。

 ソフィアはダリアに任せ、シンシアはマリーヴェルの部屋について行った。

 お互いとりあえず椅子に座っても、しばらくマリーヴェルは黙ったままだった。

「——リリス嬢を叩いたのは間違いないのよね」

「・・・・・」

「だとしたら、謝罪にお伺いしなければね」

 ほとんど独り言のようになっているがシンシアはマリーヴェルに聞こえるように言った。

「嫌よ!」

 マリーヴェルはやっと声を出した。

 意志の強い目でシンシアを見返した。

「嫌、ということは、叩いたのよね」

 マリーヴェルは怒ったような顔をしている。

 シンシアは静かに息を吐いた。

「どんな理由があっても、暴力はいけないわ」

 シンシアがそう言っても、マリーヴェルは険しい顔のままだった。

「それはわかるわよね?」

 ぐっとマリーヴェルの拳に力が入る。

 シンシアは待つつもりだった。

 何か言葉にできるはずだ。そう思い待っていると、ポツリと、マリーヴェルはこぼれるように言った。

「私だって・・・今日の日を楽しみにしていたのよ。リリスのせいで台無しじゃない」

 学園に行っていないから、ベラとは手紙のやり取りで、会える頻度がぐっと減った。お互い楽しみにしていたのに。

「台無しっていうのは、何かされたの?」

「腹が立つことを言われたのよ」

「なんて?」

「忘れたわ。いちいち覚えてないもの」

 マリーヴェルはあまり出来事を話す子ではないから、期待はしていなかったが。断片的にでも教えてくれないと、何があったのか全く分からない。

「とにかく・・・侮辱されたのね」

「ソフィーの上で人形を振り回すし。あ、思い出したわ。ペンシルニアが野蛮だって。だから、野蛮なやり方で見せつけてやったのよ」

「・・・マリー」

 シンシアは頭を押さえた。

「だって学園を辞めた時、それでいいって、言ってたじゃない。我慢しなくてもって」

「ペンシルニアは野蛮じゃないでしょう?どうして侮辱されたことを肯定するようなやり方をするの」

「そんなつもりなかったわ、途中までは・・・。ただ、もう腹が立って。一番リリスにとって嫌な方法は何か考えて——」

 シンシアはマリーヴェルの台詞に少し驚いた。

「貴方、リリス嬢がやり返せないとわかっていて、手を挙げたのね」

 マリーヴェルは答えなかった。

 それで大体の成り行きはわかったような気がする。

「マリー・・・やり返せない相手に暴力を振るうのは、やりすぎだわ。学園をやめた時とはわけが違うのよ」

「どうして?私は悪くないわ。マリーヴェル・ペンシルニアを馬鹿にしたらいけないって、思い知らせて何が悪いの?あの子は身の程もわきまえずに——」

「そこまでよ」

 シンシアはまた頭を押さえた。重く痛むような気がした。

 何かしらの侮辱は受けたのだろう。ソフィアも関わっているのかもしれない。その侮辱を許しがたいと思ったのも理解できる。

 だが。身の程を思い知らせると言い放ち、なおかつ、権力を振りかざして相手を叩くなんて。

 マリーヴェルはペンシルニアの権力がどういうものか、しっかりと理解しているのだろう。理解した上でそれを最大限行使した。

 このまっすぐに、自分が正しいと信じて疑わない子に、どう言ったらいいのか。

「——間違ったように解釈してしまったようね。マリーヴェル」

 マリーヴェルは訳が分からないと言う顔をしていた。

「私はペンシルニアの公女でしょう?」

 シンシアは気の強いつり上がった眉にそっと手を伸ばし、額ごと撫でた。少し前まではこれで和らいでいた表情も、もうこんなことでは宥められないようだ。

「貴方はまだペンシルニアの権力を使える立場にはないわ。まだ何の義務も果たしていないでしょう」

「じゃあ、何を言われても我慢しろって言うの?」

「高みから拳を振るう以外の方法を取るべきだったわね」

「あれが最善だったもの!」

 マリーヴェルは聞く耳を持たないほど興奮した。シンシアに間違っていると言われたのが、余程受け入れられないようだ。

「ぜっっったいに、謝らないから!」

 ——今日はここまでにしよう。

 シンシアは立ち上がった。

「では、まずは自分一人で、どうあるべきだったか考えなさい。謹慎よ」

 そんなもの、というマリーヴェルの態度に、シンシアは付け加えた。

 マリーヴェルに謹慎は痛くも痒くもないようだ。確かにマリーヴェルが謹慎を言い渡されるのはさほど珍しいことではない。

「アルロの手伝いもなしよ。謹慎中はあの子の侍従の任を解くわ」

「そんな・・・っ!」

 マリーヴェルは納得していなかったが、譲るつもりはなかった。

 とにかく頭を冷やしてからだ。

 そう思いシンシアは一旦部屋を後にした。




 帰宅したライアスにシンシアは事の顛末を簡単に話した。

 今日は帰りが遅かったのでもう既に食事は済ませ、寝室である。

 シンシアは机に肘をついて、頭を抱えた。

「何があったのかはわかりませんが・・・。マリーヴェルが叩いたのだけは確かで。それもかなり腫れあがっていたの」

「何か余程無礼を言われたのでしょう」

「そうですが・・・。だからって、一方的に。——しかも、マリーは相手が反抗できないとわかっていて手を出したんですって。身の程をわからせてやったんだって」

 はあ、と溜息が漏れる。

「驚きました。そんな、権力を笠に着るような真似を」

「ペンシルニアにはそれだけの権力があるのですし、侮辱されたのなら間違ってはいないのでは」

 状況を見ていないので何とも言えませんが、と言いつつも、ライアスはマリーヴェルを擁護した。

 シンシアはライアスがあっさりとそう言うのに軽く驚いたものの、すぐに思い直した。

 そうだ。そういうことがまかり通る世界なんだ、この貴族社会ってやつは。

 高位の者が正義。

 だったらマリーヴェルに謹慎を申し付けたのはやりすぎだっただろうか。

 いや——でも、その結果、このまま突き進めば、マリーヴェルは悪役令嬢のような道に突き進みかねない。

 だって王族の権力を振りかざし続けた原作のシンシアは、悪役の母親となって息子に殺されたじゃないか。

 勝手をして許されるわけではない。恨みはかっているし、どこかできっとひずみが生じる。

 子供の喧嘩だからと看過はできない。

「他にもやりようがあったと思います。マリーにはそれを学んでほしくて」

「子供ですから、持てる武器は最大限活用して、相手に勝ちたいと思うものではないでしょうか」

 それはライアスの経験だろうか。ライアスの子供時代は、負けが許されない世界だっただろう。

「勝つことも大切でしょうけれど・・・負けたり、許したり・・・そういったことも知ってほしいと思うのですが・・・難しいでしょうか」

 特にマリーヴェルには。あの子は昔から気が強い。負けず嫌いが、この環境のせいで助長しているように思う。親の目から見ると可愛い娘だ。いいところもたくさんある。けれど・・・社会に出た時のことを、つい今から考えてしまう。

 大人になって失敗するよりは、親の手の中にいる今のうちに、失敗して学んでほしい。

 ライアスはしばらく考え込んで、じっとシンシアを見つめた。

「そうですね。許されてここにいる私としては、誰かを許すと言う事が、とても大切なことなのは、身をもって感じています」

 そっと手が重ねられる。

「ライアス。——そんな風に言わないでください。許されてだなんて」

 ライアスはそのままシンシアの手をとって、その手に口付けをした。

 尊い者にするように丁寧なその仕草に、今更少し顔が熱くなる。

「貴方という素晴らしい方の側にいることを許されていますから」

 そう言って熱のこもった目で見つめられ、つい見つめ返してしまう。

 そうしてゆっくりと顔が近づいてきて——。

「シンシ——っぶ」

 はっとしてシンシアはその顔を押しやった。

「話を戻しましょう」

 ちょっと不満そうだが、そこは無視する。

「——とはいえ、まずは許すことよりも、リリス嬢への謝罪ですけれど。何があったのかよくわからないだけに」

 シンシアは少し迷った。

「マリーヴェルに謝罪させるのですか」

 強制された謝罪にはあまり意味もない。

 謝れと言われたら、何とか言葉で謝ることはできるかもしれない。ただあの頑固なマリーヴェルを謝罪させるのは、かなりの労力がいるだろう。しかも上辺だけで、ただの嫌な思い出として残って意味がない。

 答えられずに迷っているシンシアの背後に回り込んで、ライアスはそっと肩を揉み始めた。

 温かい大きな手が心地いい。

「マルカ伯爵とは、古い付き合いです。こじれることはありませんから、私から話しておきます。何かわかりそうなら聞いておきますし」

「ありがとうございます」

 何も解決していないが、少し気持ちは軽くなった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
状況を理解してないのに謝強要か。 マリーベルが強いからこの程度で済んでるけど、登校拒否、うつ病、自殺、となっても驚かない内容だよ。 子供がそうなっても喧嘩両成敗なんてお花畑なこと言ってられるのかね?
家族の中で誰より言葉の暴力をふるったことのあるシンシアが、言葉の暴力より物理的な暴力の方が問題だと思っているのが悲しいなと思います。 前世の記憶が戻る前の加害だから自責の意識が低いのも、ライアスから赦…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ