19. マリー、学園入学
マリーヴェルが8歳になる年の春。
その少し前に、マリーヴェルの力は光で発現した。但し、その魔力は微かなものだった。
けがを直すほどの力はなく、痛みを和らげる程度。
世間の注目が大きすぎるだけに家庭教師にしても、と勧めてみたが、マリーヴェルは行ってみたいと言って学園行きを決めた。
「この制服、着てみたかったの!どう?」
小さな体に紺色のケープがすっぽりと被さっている。
さらさらのまっすぐに伸ばした髪を一つにくくると、もうすっかりお姉さんといった様相だ。
「すっごく可愛いわ!」
マリーヴェルは満足げにくるりと回った。
「ねちゃ、いいなあ。フィーもきたいなあ」
「おチビちゃんにはむりですよおーだ」
「——っこら、マリー!」
「兄様に見せてくる!!」
怒られるのを察して、マリーヴェルはさっさと走って行ってしまった。
入学式典の後は教室に戻って自己紹介を順に行う。
マリーヴェルはベラとおしゃべりしながら、横に座った。
以前からよく遊んでいた、ベラ・カーランド。エイダンと同い年の兄を持ち、昔から家同士の交流がある。
家格が同じくらいだからか、話が合う。
良く使う店だとか、食べるものだとか。気を遣わずに話すことができる。
順番が来て、マリーヴェルはしっかりとしたカーテシーで挨拶をした。
「マリーヴェル・ペンシルニアです」
教室には10人程度の子供達が集まっていた。
見覚えのある子もちらほらいるが、半分くらいは知らない子達だ。
「属性は光です」
マリーヴェルが名乗ると、教室はざわめいた。
「あの子が・・・」
「うわあ、本当に金の眼だ」
「俺、光って初めて見た」
そういった感想は今までも聞き慣れていたので、別に気にならない。
銀髪金眼の「光の子」というのはどこへ行っても注目を浴びるし、そのせいであれもダメこれもダメと言われてきた。
マリーヴェルが眠ると、レナは一日の最後の報告にシンシアの元を訪れる。
シンシア専用の執務室でそれを迎え入れ、シンシアはレナを対面に座らせた。
「レナ、マリーの様子はどうだった?」
シンシアはいつものように学園での様子を尋ねた。
エイダンの時も、こうしてタンに毎日様子を尋ねていた。当たり障りなく学園生活を送っている報告を毎日受けていたが。
マリーヴェルはいつもだいたいベラといるので、あまり変化のない日常だった。「今日もベラ様とおしゃべりしながらお過ごしになり——」が、いつもの報告である。
エイダンの時は、日替わりで一緒にいる子が変わったから、それはそれで心配だったが。
「その・・・」
珍しく歯切れの悪いレナに、シンシアはあら、と手を止めた。
「何かあったの?」
「その・・・直接何か、ということではありません。なんと言っていいか・・・」
レナはあまりおしゃべりな方ではない、真面目で実直な性格である。8年間ずっと仕えてもらって、そのまま専属侍女になってもらった。初期の頃の頼りなさはないものの、控えめな性格だ。
「まとまっていなくてもいいわよ。気になると思ったのなら、そのまま教えて頂戴」
「その・・・学園に通われるのは皆様、貴族のご令息ご令嬢ですから、魔力至上主義のお考えの家も少なくありません」
「そうね」
そういうレナも子爵家の出身だから、よくわかっているはずだ。
属性魔法によって、またその魔力によって、兄弟間でも差が付けれられるのは当然のことだ。魔力の多い者が家を継ぐことがほとんどだから、生まれた順ではなく、魔力の多い順に大事にされる、という家も珍しくない。
親がそうだから、それがそのまま子供の思想にも引き継がれていく。
「はじめは、マリーヴェル様が光の魔力と言うこともあり、羨望のようなまなざしを向けられていたのですが・・・」
ここでまたレナは言い淀んだ。
シンシアは眉を寄せた。
ある程度は、予測していたことだった。
光の魔力として期待を一身に背負うことがないように、ペンシルニアでは細心の注意を払っていた。
ライアスとも何度も話し合ってきた。後継は子供たちの成長を待って、その素質を見てから決める。見た目で判断しないこと、と。
光であるから狙われるということは重々言い聞かせてきたが、エイダンが土でシンシアが光だから、またはエイダンの魔力量が膨大でマリーヴェルがごくわずかであったとしても。それはただの特徴の一つというように育ててきた。
外ではそうはいかないだろうということは分かっていたが、わざわざ子供のうちから、魔力が少ないと下に見られるということを告げる必要もないとは思って。
徐々に、少しずつそういう世間の見方に触れて行くことになればと。
「そんなに、あからさまなの?」
ある程度予想していたことだったから、そう聞いたのだが。レナは少し驚いたようだった。
「あ、いえ・・・その、いじめられている、というわけでは」
「具体的に、例えば——?」
「遠巻きに、噂をしてくすくすと・・・」
嫌な雰囲気というわけか。
ペンシルニア公爵家に面と向かって何かを言える子は流石にいないのだろうが。
「今日は、ハイク家のご令息が少し離れたところで、魔力ないのに学園に来て意味があるのか、とご友人と話していました」
「まあ」
結構あからさまである。
レナの表情から、それだけではないようだった。
「この際、思い出せるままに教えてくれる?」
「——ギロッカン家のご令嬢が、魔力人形で遊ぼうとしつこく誘っていらっしゃったり」
魔力人形は魔力を流し込んで動かす人形だ。魔力が少ないマリーヴェルはほとんど動かすことができない。分かってて誘っているのだ。
どの家も、ママ友会には参加していない人達だ。
「マリーはどうしているの」
「それが・・・マリーヴェル様は特に気にしていらっしゃらないようで。いつもベラ様ら3、4人のご令嬢と一緒に過ごしておいでで、お洋服、お菓子、パーティーなど話題は尽きないご様子で・・・」
なるほど。学園生活を満喫しているというわけか。
「マリーは・・・本当に気にしていないのかしら」
実はシンシアも、マリーヴェルが何を考えているのかよくわからない時がある。
エイダンは優しい性格で面倒見がよく、責任感が強い。一方で少々頑固な面もあるが、人間関係はそつなくこなしていたと思う。
マリーヴェルは小さい時は神経質だった。汚れるのが嫌いで着飾ることが大好きで。気は強い方だと思う。エイダンにもソフィアにも偉そうな物言いをするし、ライアスを顎で使うようなところがあって度々注意している。
ライアスがまた諾々と従うものだから助長されて・・・。
シンシアに甘えては来るが3人の中では一番あっさりしていて、口うるさい親よりも甘やかしてくれる叔父や祖父が大好き。今でも2日おきくらいに登城して可愛がってもらいに行っている。護衛を引き連れているとはいえ、一人でだ。
今までお姫様のようにちやほやされてきたのが、初めて子供の悪意に触れているのかもしれない。
「離れた噂話は聞こえているのかいないのか、全く反応なさいません。人形遊びには、あなたまだお人形遊びなんてするの、と言って追い返しておりましたし。ポートラス家のご令息が、どこも貰い手がないだろうから、僕が嫁にもらってやるよと言いに来まして」
「————それ、ライアスに知られないようにしてね」
伯爵家が一つつぶれる。
「お嬢様は矢継ぎ早にご令息の短所を数分間話し続け、それが直せないうちは話しかけるな、そもそもその顔面でよく生きて行けるわね、と言って泣かせて早退させていました」
「・・・・・・」
どうしよう。悪役令嬢みたいになってない?
マリーヴェルが輪に入れず疎外されるようなら、無理に学園に通う必要もないと思うが。マリーヴェルは相変わらず学園は楽しい、ベラと今日はこれをして遊んだ、という話をしてくれる。
親のいない学校での、気の合う友人との集団活動はやっぱり貴重なんだなと思うし。
あまり学校の成績は良くないらしいから、このままでいくと4年くらい在学しているかもしれない。
「クラスの雰囲気としては、それほど険悪ということでもないのです。そういった態度をとるのは一部の生徒なので」
レナは元乳母だからマリーヴェルを叱ることもするし、だからこそ侍女に抜擢した。しかし普通付き添いはあくまでも使用人であり、子供の世話をするというためだけの者もいれば、同年代の者もいる。
側に控えている者が制止することもないのだろう。
相手の親も知らないのかもしれない。
「——悩むところだけど、様子を見るわ。ありがとう、また引き続き教えて頂戴」
いつでもやめていいと言う事だけ、それとなく伝えておこう。




