16. 学園の友人
エイダンは学園に通い始めた。
朝はぎりぎりに登校し、昼過ぎの早い時間に帰宅してくる。
学園はどう、と聞いても、普通、としか答えてくれない。
どうやら、登校して授業だけ受けて、終われば速攻で帰ってきているようだ。今日は誰と遊んだの?と探りを入れてみるが、休み時間は本を読んでいるとか、毎回違う名前の子供がやってきて少し話したり。昼食も日替わりの名前が出てくる。
「きちんと社交の活動のための人付き合いはしているということですから、問題ないのでは」
ライアスはそう言ったし、シンシアもそこは割り切ってそう言うものだと思うことにした。
そんなエイダンが。
「——明日、友人を招待してもいいでしょうか」
晩餐の席でそう言ったので、シンシアは心底驚いた。
これを喜ばしいと思っていいのか即座に迷ったほどだ。
「どなたかしら?」
前のめりになりそうなのを、平静を装って聞いてみる。
「レグナート・ジーク。同じ土属性なんだ」
ジーク伯爵家はさほど家同士の関わりもない。結婚式には来ていたかな、くらいの記憶だ。
「週末に課題があるんだけど、一緒にやろうと思って」
「そう・・・」
シンシアがライアスを見ると、ライアスも頷いた。
「いいわよ。帰りに一緒に帰ってくるのかしら」
「うん、そのつもり」
「どんな子なの?」
シンシアの質問にエイダンは不思議そうにした。
「——同い年の、男の子。土属性」
うん、それは知っている。
まあ、そうよね。
どんな付き合い方をしているのかとか、その子の人柄とか、シンシアの知りたいことをエイダンが話すとは思えない。
それでもシンシアは諦め悪く、つい聞いてしまう。
「仲がいいの?その子と」
「うーん・・・どうだろう。普通」
ああ、出た、普通。
普通って便利な言葉よね。
諦めて、そう、と相槌を打っていると、さすがに察したのかエイダンが少し考え込んだ。
「えっと・・・レグナートは大人しいから、課題を一緒にやってくれる子がいないんだ。だから声をかけたんだ」
「まあ、そうなの」
面倒見がいいのは妹に対してだけではなかったようだ。
「——あした?ともだち、くるの?」
マリーヴェルがスプーンを置いて身を乗り出す。
「マリー、お兄様のお友達はお勉強をしに来るのだから、一緒には遊べないのよ」
「ええー?ちょっとも、だめ?」
「課題が終わったらな」
「かだい、ってなに?いつおわるの?」
「さあ。レグナート次第かな」
マリーの中では明日、お客様が来ると言うことで予定が決まったらしい。
「レグナート、はやくこないかなあ」
楽しみ、と言ったように足をばたつかせた。
次の日。
マリーヴェルが待ちに待ったレグナートはエイダンと共にやって来た。
気の弱そうな、茶色い髪に茶色い瞳の子供だった。
エイダンがぴょん、と馬車から降りて案内をする後ろから、おどおどとついてくる。
「ようこそお越しくださいました」
「本日は・・・お招きくださいまして、ありがとうございます」
恐縮してカチカチのレグナートに、できるだけ穏やかに微笑む。
「気楽にしてちょうだいね」
「かだい、おわったらあそぼうね!」
マリーヴェルにはよくよく言い含めていたので、とにかく課題が終わるまでは邪魔をしないはずだ。
遊ぶ気満々なマリーヴェルにレグナートは少し戸惑っている。
馬車からもう一人見知らぬ子供が降りてきた。
学園へは侍従を一人同伴するから、その子もレグナートの侍従だろうか。タンと並んで歩いてくるが、小柄で、エイダンらと年は変わらないように見えた。
「あなたは?」
マリーヴェルが覗き込むようにしてその子に声をかけた。
遊び相手としてロックオンしている。
「——あ、その者は、僕の侍従の、アルロです」
レグナートが紹介する。
アルロと言われた少年は黒髪を目が見えないほど伸ばしており、表情が見えづらい。
アルロは深々と頭を下げた。
マリーヴェルはそれを下からじっと覗き込んでいる。
「ほら、マリー。お兄様たちはお勉強ですから、私たちは行きますよ」
「アルロも?」
マリーヴェルは期待に満ちた目をアルロに向けた。
「い、いえ・・・ぼくは」
「マリーと、あそぶ?」
マリーヴェルが聞くと、アルロは一歩下がった。
「マリー。アルロはお仕事があるのだから、邪魔しちゃだめよ」
「ええー・・・つまんない」
マリーヴェルは口を尖らせた。
レグナートが慌てて手を振った。
「あ、もしよろしかったら、アルロにマリーヴェル様のお相手をさせていただいても」
「ほんと!?」
「——そんな、あなたの侍従なのに、悪いわ」
「アルロは魔力がないので、側にいてもできることがないので・・・」
「じゃあ、かだい、おわったらみんなであそぼうね」
マリーヴェルがそう言ってぐいぐいとアルロの手を引っ張っていった。
レグナートがアルロに視線で従うよう指示して、アルロも頭を下げた。レナがマリーヴェルを追いかけていく。
人様の侍従にお任せするのは心苦しいが、まだ子供のようだし、遊び相手くらいは大丈夫だろうか。
シンシアはソフィアが泣いていると呼ばれたので、そっちは任せることにした。
「アルロ、なんさい?」
「8歳です」
「にいさまといっしょね。マリーはね、もうすぐ4さいなの」
「はい」
アルロを部屋に招きいれ、マリーヴェルはがらがらと積み木を出してきた。
「きょうはね、これでおしろをつくるの」
「お城、ですか」
「そうよ。マリーはね、そこのおひめさま。おにいさまがおうさま」
マリーヴェルがつぎつぎと積み木を積み上げていく。アルロはそれをただじっと眺めていた。
「なにしてるの?アルロもつくるのよ」
「すみません・・・僕、このおもちゃを見るの初めてで」
「しょうがないわね。マリーのいうとおりにしてね。おしろはみたことあるでしょ?」
「このお屋敷が、お城みたいです・・・」
マリーヴェルはそれを聞いてけらけらと笑った。
「おかしいのね、アルロ。おしろはティティおじさまのいるところよ。ここはただのおうちよ」
「はい」
アルロが背中を丸めて俯いてしまったので、マリーヴェルはぐっと近寄って覗き込んだ。
「アルロ、どうしたの?」
「すみません、僕・・・お嬢様のお相手ができるような、身分じゃなくて」
マリーヴェルは首を傾げた。
「どういういみ?」
「上手に、お相手ができなくて、ごめんなさい」
「マリーとあそびたくないってこと?」
「い、いいえ!」
アルロが必死で首を振るので、マリーヴェルはますますわからなくなった。
じっと見つめると、前髪の間からアルロの目が覗く。その黒い瞳が、自信なさげに揺れていた。
「うわあ、アルロ。きれいなめ!」
マリーヴェルは背伸びをしてアルロの前髪をかき上げた。
「おかあさまのほうせきばこにある、くろいほうせきみたい!」
アルロの驚きに見開かれた目は、キラキラと星が浮かんだ夜空のようで、輝いていた。
アルロの顔が真っ赤に染まった。
「と、とんでも、ないです・・・。お嬢様の方が、キラキラで、綺麗です」
「そうなの?でも、くろいめってはじめて」
マリーヴェルの周囲に黒い瞳の者がいないのは、魔力のあるもので囲まれているからだ。
魔力のあるものはその瞳の色が属性を表すことが多い。黒色はいない。
平民の魔力のない人間には、属性を表さない色は珍しくなかった。
じっと見られて、アルロはぎゅっと目を閉じた。
「あ、つむっちゃみえないわ」
「ち、近いです・・・」
「マリーヴェル様。アルロ様が困っていますよ」
レナが見かねて声をかけ、はあい、とマリーヴェルは離れた。
「とにかく、おにいさまがくるまでに、おしろをつくるわよ!アルロ、これをあつめて!」
マリーヴェルは気を取り直してお城づくりに指示を出した。
課題を終えてエイダンとレグナートがマリーヴェルの部屋に来た時には、お城はすっかり完成していた。
お城づくりに飽きてお絵かきをして、折り紙をして。その頃にはすっかりアルロが気に入って、様子を見に来たシンシアをさっさと追い出したほどだった。
エイダンが部屋に入るとマリーヴェルはアルロの膝の上で絵本を読んでもらっていた。
「あ、おにいさま。かだい、おわった?」
「・・・・・・・」
エイダンは何やら胸がもやっとして、その正体がわからずに一瞬止まった。
「おにいさま?」
マリーヴェルがもう一度呼びかけて、はっとする。
「あ、ああ、終わったよ。お待たせ。何してたの?」
「えっとね、おしろつくったの。おひめさまするの」
見れば、積み木でいつものようにお城が出来上がっていた。
「おにいさま、おうさまね。いまからパーティーね」
ちょうどおやつの時間である。
レナがティーセットを持ってきてくれたから、お城の側でみんなで食べることにした。
お姫様ごっこは、以前ずっとやっていた勇者ごっこより非常に簡単だ。
何故ならルールが、マリーヴェルのことをお姫様と呼ぶことだけ、だから。
そうしてこの日は夕食まで4人で遊び、レグナートは何度もお礼を言いながら帰っていった。
「課題はうまくいったの?」
そう尋ねたシンシアに、うん、と短くエイダンが答える。
「アルロ、つぎはいつくるかなあ」
「あら。マリーヴェルはアルロがすっかり気に入ったのね」
マリーヴェルは上機嫌だった。
この日から毎日、マリーヴェルはアルロはいつくる?と聞くようになった。




