14. 結婚式
オルティメティとイエナの結婚式は、それから1年を待たずに執り行われた。
無事出産を終えたシンシアはライアスと共に参列した。
イエナは白いシルクのシンプルなドレスに、クリスタルとパールで彩られた長いベールを身に付けた。ベールにはファンドラグを象徴する花々の刺繍があしらわれ、8歳になったエイダンと3歳のマリーヴェルがその長いベールを持ち、共に赤く長い絨毯を歩く。
美しい純白のドレスのあとに続く可愛らしい子供達に、会場がほっこりとした雰囲気に包まれた。
大聖堂で厳かに式が執り行われると、そのまま主役の二人がパレードで街を回って、王城のパーティーへ続く。
その間シンシアは控えの間で子供達に軽食を食べさせていた。
オルティメティとイエナは子供達にも配慮して、披露宴は昼のパーティーを計画してくれた。
朝から式を行うのは大変だっただろうに、嬉しい心配りである。
少し楽な服に着替えて、ゆっくりとくつろぐ。ライアスは会場の警備の確認に出かけて行った。
「お疲れ様だったわね、2人とも」
シンシアが声をかけると、ようやく2人は緊張が解けたようだった。
「あのティアラね、ティティおじさまの、目のいろのね、ほうせきがついてたの!」
マリーヴェルは初めて見る花嫁にいたく感激したようだった。式の間もずっと口を開けて、じっと食い入るように見ていた。
「ガーネットね」
「おにいさま、見てた?」
「見てたよ。大きい宝石だったね」
「ガーネットだけじゃないのよ。そのまわり、ぜんぶキラキラ!」
「え?そうなの?見てなかった」
エイダンは宝石にはあまり興味なかったようだ。与えられた役割をこなす緊張感でいっぱいの、凛々しい顔をしていた。マリーヴェルは頬を膨らませる。
「もう・・・!」
イエナのティアラは中心にガーネットがあしらわれ、その周辺にはすべてダイヤモンドが埋め込まれている。マリーヴェルはそれをしっかりと見ていたようだ。
「おかあさま、マリーね、おひめさまになりたい!!」
「そうね。イエナ様、素敵だったものね」
「——今でもお姫様みたいなもんじゃん」
エイダンの台詞を無視して、マリーヴェルはシンシアの膝にしがみついてきた。
「ねえ、おかあさま。どうやったらおひめさまになれるの?」
「そうねえ・・・」
お姫様、と言うのが何を指しているのだろうか。
「お姫様になって、何をしたいの?」
聞いてみると、マリーヴェルはしばらく考えて、えっとね、と何度か言い直していた。
「しろいドレスきてね、キラキラしたティアラして、それで・・・」
「それはお姫様じゃなくてお嫁さんだよマリー」
「もう、おにいさまは、いわないで!」
エイダンは肩を竦めながらお茶を飲んでいる。
「マリー、たくさんお勉強して、素敵なお姫様になれるように、お母様もお手伝いするわね。ほら、イエナ様の所作は美しかったでしょう?」
とりあえず今できることを伝えようと思ったが、マリーヴェルはごまかされなかった。大いに不満に思ったらしく、プイっと離れて行ってしまう。
そこにライアスが入って来た。
「おとうさま!」
マリーヴェルは駆け寄ってライアスに両手を広げた。
それを抱き上げてライアスがこちらに歩いてくる。
「お帰りなさい」
「ただいま戻りました。——お疲れではないですか」
「ええ」
「おとうさま、マリーね、およめさまになるの!」
きっちり3秒、ライアスが止まった。
「あっ、まちがえた。おひめさまになるの」
「イエナ様を見て、そう思ったみたい」
「お嫁・・・・」
補足説明をしたつもりだったが、ライアスの耳に入ったのか、よりショックを与えたのか。ライアスは何とか再び歩き出したが、ブツブツと呟いていてその単語を繰り返していた。
「おとうさま、どうすればおひめさまになれる?」
「それは・・・難しいんじゃないか」
ライアスがそんな風に言うから、マリーヴェルはすっかり怒ってしまった。
「はなして!」
飛び降りるようにして絨毯の上に立ち、マリーヴェルの顔がみるみる歪んでいく。
口をへの字にして、眉を寄せて、じっと床を睨む。
「うっ、うえっ。うええ・・・」
半分嘘泣きのようなものなので、この手のアピール泣きはシンシアはあまり相手をしていない。毎度ちゃんと慌ててご機嫌を取ってくれるのはライアスだ。
「マリー・・・お姫様になりたいのか?そうだな・・・いや、マリーはもうお姫様だろう?」
「っ、ちがうもん!——うぅ・・・」
ライアスが涙を拭うように布を取り出した。
——まだ出てないぞ。絞り出そうとしているけれど。
「父上、マリーはイエナ様のドレスとティアラが気に入ったんだよ」
エイダンはそう言ってカップを置くと、すたすたとマリーヴェルの側まで行った。
「マリー、大丈夫だよ。おっきくなったら、ちゃんと白いドレス着てティアラつけてお嫁に行けるよ」
ライアスが何か言おうとしたので、それはシンシアが止めた。
「いまは、だめなの?」
「お嫁に行ったら、僕たちと離れないといけないんだよ。やでしょ?」
「やだ」
マリーヴェルはじっと考えた。
「じゃあ、マリー、おにいさまのおひめさまになる!」
「はいはい、だから今でもお姫様してるでしょ」
エイダンはぽんぽん、と宥めるようにマリーヴェルの頭を撫でた。
披露宴のパーティーでは、子供も同伴可、と事前に言われていた。
エイダンとマリーヴェルを意識しての事である。
さすがにテーブルマナーを習得していない子供はいないので一番小さくてもマリーヴェルと同じ4歳くらいだったが、一番多かったのはエイダンと同じ年の頃の子供達だった。
披露宴が執り行われる中、開放された庭園で乳母らと共に子供達は子供達で遊んでいる。
子供達の中では、エイダンとマリーヴェルが他と大きく差をつけて身分が高い。なんといっても王位継承権のある子供達である。親から言い含められた子供達が、エイダンの前にずらりと並んだ。
「初めまして、フランク・ミューラーと申します」
「僕はレグナード・ジークです」
自己紹介の嵐が終わっても、子供達は離れない。
「公子は、土の魔力とお聞きしました。学園へはもう入るんですか?」
「僕も土を扱うんです。公子には及びませんが・・・あの、おしえてもらえませんか」
エイダンは、何度かこういうことは経験している。子供連れのティーパーティーはシンシアに連れられて参加したことがあり、そこでもある程度同年代の貴族の友人を作るように言われていた。
今日も知った顔はいくつかあるが、特に気の合う友人はエイダンにはいなかった。
「今日は妹もいるんだ。だから・・・ごめんね」
そう言ってマリーヴェルを言い訳にして人垣から離れた。
離れたのに、今度はマリーヴェルを取り囲むようにして、女の子たちが集まってくる。
「マリーヴェル様、可愛いですね、そのリボン、どこで作ったんですか?」
「そのお召し物もとっても素敵!」
マリーヴェルは物怖じもせず、子供達と遊び始めた。
エイダンはもういっそ静かな会場に入ろうかとそっとその場を立ち去ろうとして——後ろ手を掴まれる。
「どこに行くんですか?」
それは何度か以前から見たことのある女の子だった。どこかの伯爵家の子供だ。
「ちょっと、公子様嫌がってるじゃない!」
そう言ってもう一人の女の子が、エイダンのもう片方の手を引っ張った。
振り払おうと思えば簡単に振り払える。エイダンはどうしたものかと考えた。
「何言ってるの。嫌がってないでしょ。私は公子様とはお友達なの!」
「つきまとってるだけでしょう!?」
「ちがうもん!お母様が言ってたもん。公爵様ともごこんいにしていた、って。婚約してもいいんじゃないかって!」
それは初耳だ。エイダンはびっくりしてその子を見た。
「嘘つき!」
「うそじゃないもん!」
「あ・・・ねえ、落ち着いてよ2人とも」
「公子様は、どっちと婚約したいですか?」
「ええっ・・・」
なんでそんな話になるんだ。
「婚約は、まだ早いかな」
「じゃあ、婚約の予約!」
「私も!」
エイダンはうんざりして辺りを見渡す。マリーヴェルが不思議そうにエイダンを見上げていた。
「いい加減にしてよ」
「貴方こそ!」
2人はますます興奮して、ついには軽く小突き合いを始めた。
「きゃっ・・・!」
一人がその場にしりもちをつき、みるみる涙を浮かべ始める。
「ひ、ひど・・・ひどい」
ここまで来てようやく、騒ぎを聞きつけた大人がとりなしにやって来た。
いつの間にかシンシアも外に出てきていた。
「——エイダン、大丈夫?」
何があったのか侍従から聞いて、そっと声をかける。
事情を聞いて、シンシアは呆れ果てた。
どうやらエイダンを取り合って喧嘩したという女の子の母親は、あのレイラ・ギューダスだったようだ。今は嫁いで家名は変わっているが。
シンシアの妊娠中にライアスと舞踏会へ行って、愛人に立候補してきた彼女である。その後婚期を逃したせいで年の離れた伯爵と結婚したと聞いたが、比較的すぐに子供を授かったらしい。
その娘を今度はエイダンと婚約させようなどと嘯いているとしたら、なかなかの根性である。
断じてさせないけど。
「僕・・・学園に行くの嫌になったよ。友達、できないもん・・・」
「そのうち、気の合う子ができるわよ、きっと」
シンシアはそう言ったが、実はシンシアにも友人と言える人はいない。社交界の付き合いのある人はいるが、仲がいいかと言われると・・・気を遣われているのが分かっているから、友人とは言えないと思う。
「——アイラの行ってる学校がいい」
「あら、まあ」
エイダンはアイラとの交流を通して、平民の中で気の合う友人がいるようだった。
しかし、貴族で魔力がある以上、それだけというわけにはいかない。それはエイダンもわかっているようで、諦めたような言い方ではあったが。
「最速で卒業できるように頑張りなさい。とりあえず、あの女の子は出禁にするから」
接近禁止もつけようかしら、と割と本気で思っている。
大人げないかもしれないが、あの親子はどうも好きになれそうにない。関わってもろくなことにはならない気がする。
いや、単純に、嫌いだ。
「そんなこと、できるの?」
シンシアは疲れた顔のエイダンに笑って見せた。
「できるのよ。母上と父上は、とっても強いの、知ってるでしょ?」




