3.
数日後、シンシアは珍しくソフィアを連れて訓練場まで来ていた。
体つきに恵まれたらしいソフィアが剣術に興味を持つかと思い、連れてきた。
エイダンは5歳になった頃から家庭教師をつけ、一悶着はあったものの。その頃から少しずつ教師を雇って教育を開始した。
待望の長男という事もあって、本人も真面目な性格だったから、後継者教育も早めに始まった。どの科目も順調に修得したが、中でも剣術の授業が楽しくて楽しくて、メキメキと急成長していった。
急ぐ必要はないし、今すぐどうこうというつもりはない。ただちょっと、興味があるのか見てみようと思っただけだ。これまでも本や楽器や絵など、色々と見せたけど、今の所ソフィアの琴線に触れるものはなかった。そのためまだソフィアは何も始めていない。
何か好きな物が出て来てもいい頃だが、そんな様子もない。ちょっと掴みどころのない末っ子だ。
とはいえマリーヴェルの時も開始時期はかなり遅めで、関心はお姫様とかキラキラするものだった。いつまでも何もしないと言い続けていたので、定石のマナーから始めたのだった。
ということで、シンシアはソフィアを連れて剣術の稽古を見に来た。
ライアスもエイダンもいる夕方の時間帯だ。
離れた所から少し覗くつもりでいたが、アルロもいるだろうから、と珍しくマリーヴェルもついてきた。
そうすると、もう少し近くで見たいとなって、訓練場の中まで入って稽古を見ることになった。
2階の回廊から見下ろすのではなく、1階の同じ目線で見学するが、訓練場は広いので距離はそれなりにある。
長椅子に腰かけてみると、ちょうどライアスとエイダンが打ち合っていた。
事前にソフィアを連れて行くことを言っていたから、激しい訓練は驚くと思って避けているようだ。簡単に手合わせをしていたが、それでも十分激しい。今日は木剣で打ち合っているようだが、木と木のぶつかる音がかなり大きく響く。
ソフィアは驚いて耳を塞いでいた。
訓練場にいる騎士らも手を止めて打ち合いに見入っていた。
熟練者の打ち合いと言うのは、素人目にも見ごたえがある。
打ち込んだすれすれのところでかわし、反転して攻勢に転じる。ペンシルニアの剣術は、身体強化が多いため力業で行く騎士が多い。時々剣を持っていない手足も出るから、これがペンシルニアの剣術が泥臭いとか野蛮とか言われる理由だ。
が、ライアスもエイダンも力業だけではなく、体の動きをうまく使って、避けた動きから俊敏に流れるような攻撃を繰り出す。
見てる分には面白いから、シンシアは結構好きだ。
王立騎士団の訓練を見ていると、前世のフェンシングを思い出すお上品さがあるが、こちらは格闘技のようなものだ。
しばらく打ち合って、エイダンの方が僅かにバランスを崩す。その隙をライアスに打ち込まれて数歩後ろに下がった。
「——ここまで」
ライアスの木剣がエイダンの鼻先に向けられ、ライアスが自ら訓練の終了を告げた。
エイダンは肩で息をしながら姿勢を正す。
「ありがとうございました」
頭を下げてその場を離れて行く。
「——兄さま、まけたの?」
「そりゃ、お父様の方が強いもの。——あ、アルロだ」
流石、アルロを見つけるのは早い。マリーヴェルは遠くを見ようとそちらの方に身を乗り出した。
「ねえ、あれって——」
「ソフィア、黙って」
ソフィアが口を尖らせる。
「つまんなぁい。姉さまはいっつもアルロアルロアルロルロルロ——」
「ソーフィー」
マリーヴェルがソフィアの頬を引っ張る。
「こら、やめなさい」
遠巻きに騎士がこちらを見て笑っている。
気を取り直して二人ともアルロの方を見た。
離れたところにいるアルロは試合形式ではなく、タンを相手に打ち込みの練習をしているようだった。
両手で木剣を持つ姿勢はもうすっかり美しく整っている。タンも両手で剣を持ちアルロの振り下ろす剣を受け止めていた。
力強いいい音が鳴っている。アルロは騎士らの訓練にしっかりとついていって、順調に成長しているようだ。
その向こうでは騎士に交じってエイダンが汗を拭きながら水を飲んでいる。エネルギーが切れたように手足を投げ出してアルロの打ち込みを見ていた。
「シンシア」
ライアスが剣を他の騎士に渡し、シンシアらの側まで来た。
こちらは汗一つかいていない。
「ライアス、お疲れ様です」
ライアスはたくし上げていたシャツの袖を降ろし、駆け寄って行ったソフィアの頭を撫でた。
「——エイダンはどうですか?」
久しぶりに見たが、また更に速くなっているようだった。
「癖も直りましたし、自分の不得手なところもよく理解しています。あとは・・・持久力でしょうか」
騎士に比べるとどうしても基礎訓練の時間が少なくなってしまう。他の勉強をしながら体力もつけていくのはなかなか難しいだろう。
シンシアは息も乱さないまま、訓練場を見渡しているライアスを見上げた。
たまにしか訓練は見に来ないが、ライアスが入ると、騎士を次々に打ちのめしているところしか見たことがない。
エイダンよりよほど忙しいだろうに、基礎訓練の時間が取れているのだろうか。
この人は別格というか、化け物のような人なのかもしれない、とシンシアは思った。
「お父さま、つよいね」
「ああ、訓練しているからな。——どうだった?」
「父さまが、つよかった。すごいねえ」
剣術にはそれほどの興味はないようだ。感想は以上だった。
シンシアとライアスは顔を見合わせた。
剣術はないか、と思う。エイダンの時は初めて見た時から目を輝かせていた。
「父さま、つよかったね」
ソフィアに言われて、シンシアも笑いながら頷く。
剣術には興味がないが、父親の雄姿には見惚れたようだ。
「貴方は変わらず強いのですね。——向かうところ敵なしで、誰にも負けないというのは・・・万能感のようなものを持ったりするものなのですか?」
ライアスはいつも実直で、驕りを見せたり、少しくらい怠けようという様子もない。
ふとした疑問だったが、ライアスは驚いたように目を丸めた。
「突然ですね」
「ふと疑問に思って」
確かに唐突だったなと思いシンシアは笑ったが、ライアスはその目の前に膝をついた。
「シンシア。——まさか、ご存じなかったのでしょうか。私にも、手も足も出ない方はいます」
「あら、そうなんですか」
「自分がどれほど弱くて小さくてつまらない人間か、貴方の前ではいつも思い知らされています」
「あー・・・」
「ですから、そういった感情を持ったことはありませんね」
事も無げに言って、シンシアの手を取り軽くキスをする。
そういう話だっただろうか。
剣術の強さの話をしていたつもりだったのに、シンシアは何と言っていいのか分からなくなる。
こほん、とひとつ咳払いをして立ち上がった。
「あまり長居しても、訓練のお邪魔ですし。失礼しますね」
まだ見たい、と言うマリーヴェルの手を引いて、訓練場から出た。




