二つの音が重なる時
いよいよ ざまぁ回です ♪
パーティーもそろそろ終わりが近づき、いよいよヴァングラスと私の婚姻発表の時がきた。
お父さまと共にヴァングラスと私は一段高く作られた壇上に上がった。
「この度は、我が領地の橋の完成記念パーティーにお集まりいただき、ありがとうございました。ここで私事ですが、めでたいご報告をしたいと思います。近衞騎士団長を務めますヴァングラス・トルード辺境伯と私の娘ミリアム・ハウネストの婚姻が整いましたことを、皆さまにご報告いたします」
壇上の下で皆が温かい拍手をしてくれた。
しかし、その時だ。
「ちょっとお待ちを!愛しいミリアム・ハウネスト嬢、私と結婚してください。さぁ、遠慮なくこの胸に飛び込んできなさい」
訳のわからない次期商会長様の言葉がパーティー会場内に響いた。
は?
お母さまのキラキラと期待に満ちた視線が痛い。
次期商会長様の私が喜ぶと疑わない目と私の目が合った。
つま先から頭皮まで鳥肌が立った。
気持ち悪い!
「さあ遠慮なく」
手を広げ来い来いとする。
鳥肌が止まらない。
鶏になってしまう。
「私がお慕いしているのはヴァングラス・トルード辺境伯、ただお一人です!」
私は右手で扇子を全開にバッと開いて真っ直ぐ立ててからそのまま下に向け腕をテイッと突き出した。
続けて、左に扇子を持ち替え半開きにして下から上に力いっぱいバサリとやった。
"断固拒否" "きもい!"
「ミリー!自分の幸せを考えて!」
「お母さま、いい加減にしてください!私はもともと結婚なんかしないで素敵なおひとり様ライフを送るつもりでした。ヴァン様だから結婚したいと思ったのです。他の方と結婚する気は全く、これっぽっちも、ひとっカケラもありません!ましてやこの人は絶対に絶っ対にあり得ません!よく見てください!どこに好きになれる要素があるのですか!?」
お母さまはまじまじと次期商会長様を見た。
「確かに……」
ここに来てやっとお母さまにも通じたようだ。
お母さまはがくりとうなだれた。
「今素直にならないといらない恥をかくことになりますよ。さあ」
しかし、扇子言語がお持ちの辞書に載っておられない次期商会長様はなおも腕を広げて待っている。
「扇子言語を学んでから出直してくださいませ!」
周りの貴族がクスクスと笑い、夫人や令嬢は扇子言語理解不能な彼に閉じた扇子を向けクルクル回す。
"恥ず〜" "恥〜ず〜" "恥〜い"
その様子にさすがに次期商会長様も察するものがあったのだろう。
すごすごと商会長様の元に戻っていった。
しかし、その目はニヤニヤと嫌な笑みを浮かべていた。
まだ何かある?
商会長様はタヌキ顔でふてぶてしく笑って、壇上近くまで寄って来た。
「トルード辺境伯に申し上げます。ハウネスト伯、辺境伯に黙って婚姻を結ぶのは卑怯ですよ。ミリアム・ハウネスト嬢は純潔を失っております!」
商会長様が高らかにとんでもない事を言いやがりました。
「盗賊に攫われ2日間行方知れずになっておりますね?その間、何がハウネスト嬢の身に起こったでしょう……。王城の女官の仕事もしばらく休んでおりましたよね?
しかし、うちの息子はそれでも構わないと言っております。さぁ、ハウネスト嬢、遠慮なく我が息子の胸に飛び込んでください」
はい?攫われた?二日間行方不明?いったい何を言ってるんでしょう?このお人は?
しかし、そのショッキングな内容に周りの貴族たちはざわめいた。
ヴァングラスは私に大丈夫と頷くとニヤリと不敵に笑った。
「それはどこからの情報だ?」
「私は商人です。それなりに情報源を持っております。確かな情報でございます」
いやいや、全く確かではない。
「ほう。確かにミリアム嬢は攫われかけたが、それは未然に私と騎士団によって防がれた。その際、怪我をしたので女官の仕事を休んだのだ。私の屋敷で療養していたので間違いない」
「え?だが、確かに手紙には……」
商会長様の顔の汗が尋常ではない。
「ああ、あなたが雇った者はこちらで預かっている。実に素直で言われるままにあなたに手紙を書いてくれたが、もしやその手紙が情報源だったか?」
商会長様の顔色が汗の滴る瑞々しいマリンブルーになった。
「も、申し訳ございません。私の勘違いで……」
「まあ、貴族相手に勘違いで済むとお思いですの?私、二度目はないとお伝えしたでしょう」
私は左手で扇子を開いて右斜め45度に傾けた。
"絶許"
チラリとお父さまを見ると頷いたので、では遠慮なく。
「我がハウネスト領は今後一切のイーギス商会の立ち入りを禁ずる。そして、一切の取り引きをしないと宣言する。また、イーギス商会長とその息子の貴族への無礼は許しがたい。不敬罪で訴える事とする」
「そんな!そんなことされたらうちの商会は終わりだ!」
「それだけで済むわけがないでしょう。イーギス商会長にはハウネスト領の橋を壊した嫌疑がかかっている。橋の修繕にかかる費用をハウネスト伯に貸し付け、その対価としてミリアム嬢を娶るつもりだったのでは?
しかし、それは王家からの慰謝料が入ったためうまくいかなかった。だから、寄付という形を取ってハウネスト伯に恩を売りミリアム嬢との見合いを取り付けた。
違うか?もちろん、橋の修繕費は全額イーギス商会が負担、それに加えて慰謝料の支払いも加わるだろう」
イーギス商会の全財産没収は確実だね!
まあ、それでも足りないだろうなぁ。
もう、商会長様の顔は今度は雪よりも真っ白だ。
きっと毛があったら毛まで真っ白だっただろう。
「それだけではない。ミリアム嬢の襲撃はお前の指示だと証言も取れている。ミリアム嬢を攫って2、3日閉じ込めて、純潔を失ったかのように思わせて貴族との婚姻を絶望的にし、息子と婚姻するしかなく仕向けようとしたのだろう」
「い、言いがかりだ。私は全部知らない」
ガクガクブルブルと商会長様の体が揺れ始める。
体は正直だね。
「それは取り調べで聞こう。ロット、連れて行け」
「は!」
商会長様は暴れたがロットに殴られるとおとなしくなり、腕を取られて連れて行かれた。
いつまでも壇上にいるのも何なので、後はお父さまに任せて私たちは下に降りると次期商会長様と目が合った。
あまりの展開に呆然としていたが、ハッと気づくと私の方に駆け寄って来た。
「あなたならどうにかできるでしょう?本当は私を好きなのだから何とかしてください!」
この期に及んでまだ寝ぼけた事言っているのかと驚きつつも、いきなり近づいてきた次期商会長様に私は咄嗟に扇子を突きつけた。
が、いつぞやの笑撃の婚約破棄の奇跡が頭をよぎり、ちょっと上にした。
同時にヴァングラスは私を抱き寄せ、次期商会長様を片手でぺいっと下に放った。
ドスンと尻もちをつく音。
ファサッと軽い音。
二つの重軽音がした。
え?
私はヴァングラスに抱えられた腕の中で扇子の先を見た。
扇子の先には何か空色の毛の塊が付いていた。
何これ?
そして、尻もちをついた次期商会長様を見た。
あるところにあるものがない?
そして扇子の先の空色の毛の塊を見る。
今度は次期商会長様の頭を見る。
ツルッとしてる。
ゾルットがズルッとでツルッと?
これは笑えない。
笑ったらダメなやつだ。
私はヴァングラスの腕から抜け出し、ツルットさんにそっと扇子ごと毛を渡した。
ツルットさんは自身の頭をつるりと撫でるとハッとしてカツラ付きの扇子を受け取った。
そして扇子からカツラを取ろうとするも何かに引っかかっているようでなかなか取れない。
しばらく周りが固唾を飲んで見守る中、格闘したものの諦めて扇子をつけたままカツラを頭にのせ、その扇子を手で持った。
何だろう……その姿はまるで…………
いやぁ、やっちまったな!てへ!
な姿に見えた……。
誰もが動げずにいた中、一人の女性がツルットさんに近づいた。
「ゾルット様?」
「カトレア!やっぱり君だけだ。父上に言われて仕方なくハウネスト嬢に求婚しただけなんだ」
カトレアはフッと優しく笑ってツルットさんに手を差し伸べた……。
かと思ったら、カツラをむしり取って遠くに放った。
扇子の程良い重みで、青空に吸い込まれるようによく飛んだ。
「毛は!?ない!?騙していたの!?嘘つきは大っ嫌いよ!!」
「カトレア!待ってくれ!誤解だ」
カトレアはその頭を平手で打った。
スパーンといい音が青空いっぱいに響いた。
「こんないい音!何が!どこが!?誤解の余地もないわよ!!毛もない!金もない!あんたにいいとこ一つもない!!もう別れる!今後一切近づかないで!」
カトレアは足音も荒く帰って行った。
うなだれていくツルットさん……。
その時ヴァングラスに悲劇が襲った。
「う!?」
声と共にヴァングラスが目を手で覆った。
ツルットさんの頭が眩しい日の光をヴァングラスの目に反射していた。
まさかの光撃を受けたヴァングラスであった……。
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