ヴァングラスの色
いよいよ婚姻発表をする橋の完成記念パーティーの始まりです。
今日は橋の記念パーティーの日だ。そう、私とヴァングラスの婚姻を発表する日だ。
リクトはまだ11才なので参加できず悔しがっていた。
私は朝からルルに磨きをかけられている。
ヴァングラスからは一週間ほど前に今日のためのドレスが届いた。
二週間でドレスを作らせて届けるなんて大変だっただろう。
届いたドレスはヴァングラスの髪と同じ紺色だった。
お母さまはそれを見て、また暗い色……と呟き、私が試着してみても見にはこなかった。
ヴァングラスが贈ってくれた夜の空のような紺のドレスをルルに着せてもらうとルルがほぅとため息をついた。
「本当にお綺麗です……」
紺色のドレスは間違いなく高価な布地で作られていた。
確かに暗い色ではあるのだが、深みがあるのだ。
いつも着るような腰からふわりと膨らんだ形ではなく、胸の下から足先に向かって柔らかく広がっていた。
そしてその優美なドレープには金糸や銀糸で繊細な刺繍があり、とても品よく美しかった。
ドレスの他にヴァングラスからイヤリングとネックレスと靴も届いていた。
ドレスの色味が抑えられている分、それらはヴァングラスの瞳の色で華やかだった。
華奢な銀の鎖の先に雫の形のルビーがついたイヤリングは耳で軽やかに揺れ、ネックレスは金と銀の鎖が絡み合った間に小さな紅いダイヤがちりばめられていて、私の首元から鎖骨を飾っていた。
「このネックレスのなんて見事な……。ミリアム様の白い肌によく映えます。白い肌が輝くようです」
「大袈裟よ」
あまりの褒めっぷりにクスクス笑うとルルは真顔で首を横に振った。
「とんでもない事でございます。今日のミリアム様は本当に眩しいほどの美しさです!」
力いっぱいに言われて鏡に映る自分を見ると、確かに自分史上最高に綺麗に見えるかも?
ヴァングラスの色の紺のドレスと紅い宝石は、私を楚々とした美しい姿に引き上げてくれていた。
「ミリー、いちおう私のネックレスとイヤリングを持ってきてみたけど……」
お母さまがノックと共に部屋に入ってきた。
準備で忙しい中、心配して来てくれたのだろう。
そして私の姿を見て固まった。
「ミリー?」
「はい、お母さま。今ちょうど準備が出来たところです」
私はニコリと微笑んだ。
「なんて事なの……?本当に綺麗よ!」
お母さまは嬉しそうに涙ぐんだ。
「こんなに美しいドレスと宝石……。もしかしてゾルットさんから?」
はい?何で今その名が?
「確かに次期商会長からもドレスが届きましたが、いただく理由もありませんので送り返しました」
そう、ゴテゴテとフリルの付いた真緑色の、胸元ががばりと開いた品のないドレスが送られてきたのだ。
ネックレスやイヤリングの宝石は馬鹿でかいが偽物で、あんなのつけてたら笑われてしまう。
一目見てルルと眉を顰めて、さっさと送り返した。
「え?ではあの暗い色のドレス?」
「もちろんヴァン様が贈ってくださったドレスです。お母さまもご覧になったでしょう?ヴァン様は私のためにたった二週間でこれだけの物を揃えてくださったのです」
お母さまは、まさかと呟いて私のドレス姿を凝視した。
しかし、迷いをはらうように首を振ると準備があるからと部屋から出て行ったのだった。
* * * * *
そろそろパーティーの時間だ。
ヴァングラスはエスコートのため、パーティーが始まるより少し早く来た。
「ミリー、よく似合っているよ。とても美しい」
熱っぽくヴァングラスに見つめられ、手を取られた。
その視線に私の頬が赤らむ。
「ヴァン様もとても素敵です」
今日のヴァングラスの装いは近衞騎士団長の蒼色の正装だった。
軍人らしいかっちりした装いがとにかくかっこいい。
胸にはいくつもの勲章がついている。
前髪を後ろに流して固めてあり、いつもより大人の色気があってドキドキした。
私たちは手を取り合ったまま、ルルが咳払いするまでお互いの姿を見つめ合っていた……。
「今日の流れの確認なんだけど、まずは招かれた方達に挨拶をしていくんだよね」
「はい。お父さまたちはもうお客様の相手をしていると思うので、私たちも外に出たら挨拶回りです。今日招かれているのはお父さまと懇意にしている貴族の方で子爵家、伯爵家、侯爵家の方々で、こちらがそのリストです」
私は招待客のリストを渡す。
「うん、みんな知ってるから大丈夫だね」
「はい。私も頭に入れているので大丈夫です」
「婚姻発表は最後にするんだよね?」
「はい。お父さまと一緒に壇上に上がって婚姻発表です」
「何事もないとは思うけど、いちおうミリーにロットを隠れて護衛に付けるから」
襲撃の犯人たちは捕まっているがその方が私も安心だ。
「分かりました。ありがとうございます」
「いよいよだね。明日の朝一番に婚姻届けを出してこよう」
「はい」
はぁ、幸せだ。
明日の今頃は、私はミリアム・トルードになっているのだ。
「お嬢様、そろそろお時間です」
メイドが呼びに来た。
「分かったわ」
ヴァングラスがすっと腕を差し出す。
私はニコリと微笑んでその腕に手を添えた。
いよいよだ。
ヴァングラスのエスコートで外に用意されたパーティー会場に行くと大勢の人が来ていた。
招いた楽団が明るい音楽を奏でている。
今回のパーティーの会場は庭園で、料理は立食となっていた。
みんな好きなワインや料理を手に和やかに談笑している。
お父さまもお母さまをエスコートして、招待したお客様とにこやかに談笑していた。
私たちはお父さまに目で合図してから、会場を回り始めた。
「ミリー、今日はお招きありがとう。そのドレス本当に素敵!とても綺麗よ!」
ラルフと彼にエスコートされたパトリシアだ。
パトリシアは興奮気味に褒めてくれた。
「パティ、ラルフ様、来てくださってありがとう。パティのドレスもとても素敵よ」
今日のパトリシアは淡い黄色のドレスにラルフの髪色と同じ赤茶色のチョーカーを着けていた。
彼女のオレンジの髪色とよく合っていて可愛らしかった。
「ねえ、もしかしてこのテーブルのショコラの焼き菓子ってショコラ・ローズの?」
「そうよ。美味しいからたくさん食べてね!」
そうなのだ。
今日のパーティーの話をどこから聞いたのか妖精さんが大量に送ってくれたのだ。
お父さまは、まさかの国王からショコラにピョピョと言っていた。
私たちはパトリシアたちと別れると高位の貴族から挨拶をしていった。
次々と美しいとか綺麗とか褒められて面映い。
そしてさすが貴族、みんなヴァングラスにエスコートされているのを見て、すぐさまその関係を察してニヨニヨしていた。
「ミリー、そろそろ喉が渇いたんじゃないかな?」
「はい」
今日は陽気も良いので、言われてみれば喉がカラカラだ。
「飲み物を取ってくるよ。いつもので大丈夫?」
「大丈夫です」
ヴァングラスは会場から少し離れた木陰の休憩用の椅子まで私をエスコートして飲み物を取りに行ってくれた。
ヴァングラス邸でお世話になったから、私がりんごジュースがお気に入りなのはヴァングラスもよく知っている。
木陰の椅子にのんびり座っていると目の前に立つ人が現れた。
誰かと顔を上げると……まさかのイーギス商会長親子だった。
なぜにいる!?
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ミリーの護衛に付けられたロットは、トルード辺境伯邸で一番強い、ルルをお姫様抱っこしたキツネ目の方です。





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