お母さまが一直線
"反対です"
気まずい沈黙が馬車に流れ、やっとタウンハウスに着くとリクトとルルが出迎えてくれた。
「姉さま、おかえりなさい!」
リクトが嬉しそうに抱きついてきた。
「ただいま。リクト」
「もうお怪我は大丈夫なのですか?お手紙にはもう平気とは書いてありましたが心配してました」
結局リクトに会わないでヴァングラスのお屋敷に行ってしまったから、さぞ心配していただろう。
「もうすっかり大丈夫よ。心配かけてごめんなさい」
「お元気そうで良かったです」
「ミリアム様、長らくお休みをいただいて申し訳ありません。今日から復帰いたしました」
あの日襲撃を共に耐えたルルがニコニコと出迎えてくれた。
「ルル。足の捻挫はもういいの?」
「はい、もうすっかり良くなりました」
元気そうなルルの様子にほっとした。
「今日からまたよろしくね。でも無理はしないでね」
「はい」
我が家の食事室で夕食を食べるのは実に10日ぶりで久しぶりだ。
しかし、お父様もお母様も私もお互いの気配を探ってぎこちない空気が流れている。
リクトが不思議そうだ。
「姉さま、この度はご婚姻が整い、おめでとうございます」
何も知らないリクトが無邪気に言った。
「ありがとう」
「ソフィー、どうして先ほどはヴァングラスにこの結婚に反対しているだなんて伝えたんだ?納得していたはずだろう?」
リクトの言葉が良いきっかけになったようでお父さまがお母さまに切り出した。
お母さまはキッと顔を上げた。
「私はもともと、親子ほども年が離れて息子どころか孫がいるトルード辺境伯との婚姻は反対しておりました。確かに、実際お会いしたトルード辺境伯はお若く見えたし、見目も良い方でしたが、私は今まで苦労してきたミリーには幸せな結婚をしてほしいのです。
ちゃんと婚約期間を経験してほしいし、婚約発表もミリーのためにきちんとパーティーをしたいです。もう跡取りもいる方に嫁ぐなんて、ミリーがかわいそうです」
何かお母さまと私の認識に随分と差がある。
「お母さま、私はヴァン様と年が離れている事は全く気にしておりません。むしろ、頼りがいがあり甘えられるので良いと思っています」
そう、あの何とも言えない包容力がたまらないのだ。
心の底から安心できる。
「婚約期間も必要ありません。すぐに婚姻でかまいません」
本当、できることなら今すぐしたい。
そしてずっとヴァングラスのそばにいたい。
「先ほども言いましたが、ヴァン様は再婚ですし、私も婚約破棄された身ですので、きちんとしたパーティーも必要ありません。お父さまが言うように、橋の完成記念パーティーで充分です」
むしろ、それすらも面倒臭い。
親しい人に知らせるだけで良いのだけどもな……。
「跡継ぎもいらっしゃるなら、私は息子を産まなければいけないと言うプレッシャーがなくてありがたいです」
気楽で良き良き。
「ミリー、そんなに気を遣わなくても良いのよ。お父さまとトルード辺境伯に言いくるめられてしまっているのね」
お母さまが心配そうに私を見つめた。
はて?言いくるめられたってなんだろう?
「ディー、あなたはトルード辺境伯と仲が良いからミリーにうまいことを言って、婚姻するように仕向けたのでしょう?」
「ソフィー、何を言っているんだ?そんなことするはずないだろう」
お母さまはいったいどうしたのだろう?
「イーギス商会長とそのご子息からお話を聞いています」
は?
「ディーも平民とは言え、勢いのあるイーギス商会のご子息ならミリーと年も釣り合うし良いのではないかと言っていたではありませんか?それなのにトルード辺境伯と仲良くなったと思ったらコロッと態度を変えて……」
どうやらイーギス商会が絡んでいるようだ。
「何を言う!あの男は見合いの場に恋人を連れて来ていたんだぞ!?」
私もコクコクと頷く。
「結婚したらミリーにつける予定の侍女を紹介するために連れてきていたのでしょう?良かれと思ってしたことが誤解を招いてしまったと聞きましたわ」
「違います。はっきりと愛しい人だと言っていました」
「貴族との見合いの場に恋人を連れてくるような馬鹿はいないでしょう。何か誤解があったのではないかしら?」
お母さまはあきれたように言ったが、現実にその馬鹿がいたんだ!
「私はヴァン様とイーギス商会に買い物に行った時、はっきりと恋人以外目に入らないと言われました」
お母さまはちゃんと理解してますという顔でいたずらっぽく笑った。
「ミリーもご子息がやっぱり気になったから、わざわざ買い物にイーギス商会に行ったのでしょう?トルード辺境伯を連れて行ったのは、ちょっぴり嫉妬もさせたい気持ちもあったのかしら?」
ちーがーうー!!
「全くそんな事はありません」
「そうね。ご子息に嫌なことを言われたのでしょ?それでこじれてしまったのね……。ご子息は高熱が出ていたけど、ミリーが来ていると聞いて喜んで会いに行ったのに男性と一緒にいるところを見て嫉妬して、熱も高かったこともあって心にもないことを言ってしまったそうよ。
誤解だったのよ。ミリーはあきらめなくていいの」
「私が好きなのはヴァン様です!」
どうしよう、全く話が噛み合わない。
お母さまは一度思い込むと一直線になってしまうところがある。
「ミリーもトルード辺境伯とここまでお話が進んでしまって言い出せなくなってしまったのよね?大丈夫、お母さまがどうにかします」
本当どうしよう、話が通じなくなっている。
私はお父さまと困ったように目を見合わせるのだった。
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