トンチンカン
「待て待て」
確かトンが侯爵家の嫡男で、チンとカンは伯爵家の嫡男だったか?
見習い騎士の格好をしているが、なぜ?
「ミリアム、お前のせい……」
「私、名を呼ぶ許可を出してませんが?」
被せて言う。そう、腹が立つことに某自称王太子が勝手に私の名を呼ぶ許可を出して、トンチンカンは私の名を敬称もつけずに呼んでいたのだ。
奴がいない今、呼ばせないよ?
「ぐ、ハウネスト嬢のせいで廃嫡になったんだ!」
トンが言う。
「「そうだ、そうだ」」
チンとカンがはもる。
は?
「何もしておりませんが」
「お前がエランシオ様と婚約破棄なんかしたせいで、父上からお叱りを受けたんだ!なぜ、止めなかったのかと!
そのせいで家は弟が継ぐことになってしまったし、なりたくもない騎士になるしかなくなったんだぞ!
婚約者からは婚約を白紙にされてしまったし!」
「「そうだ!そうだ!」」
あ゛?
「全く私は関係ありません」
全部エランシオと自分達のせいだよね?
「責任を取れよ!」
「「そうだ、そうだ」」
責任もないのになんで責任を取らなくてはいけないのか?
そして、この無駄にはもったチンとカンの そうだそうだにイラッとする。
トンチンカンは私に縁談を紹介して欲しいのだろうか?
知り合いは絶対に紹介したくない。
そんなのは親戚のおばさんにでも頼んで欲しい。
「仕方がないからお前で我慢してやるよ。僕と婚約しろ」
「「そうだ、そうだ」」
トンチンカンが頓珍漢なことをほざいてる。
もう仕事に行ってもいいだろう。
相手にするだけ無駄だからパトリシアと行こうとした時、奴は言った。
「あんな一回りも年上の後妻より僕の方が良いだろ?」
訓練場の空気が変わった。
団員達の殺気が立ち昇る。
私は閉じた扇子を横に一閃薙ぎはらった。
"手出し無用!"
そしてパンと扇子で右手を打った。
"その喧嘩買った"
「まあまあまあ、私の目が悪いのかしら?彼の方よりトンチンカンの良いところが何一つも見えませんわ?お屋敷の鏡が曇ってらっしゃらないかしら?今度よく磨いてからご自分のお顔をご覧になって?長年不思議でしたが淑女の名を許しなく呼ぶ事は許されないはずですがトンチンカンの間では違うのでしょうか?独特な常識をお持ちでらっしゃるのね?あら?見習い騎士になるというのに筋肉はございませんの?え?その貧相なお肉をまさか筋肉とおっしゃるの?ユーモアに溢れてらっしゃるのね?さすがあの方と近しい仲だっただけのことはございますわ。そうそう婚約しろでしたわね。光栄ですわ……」
もし、可視化できたらドライアイスの如く、私からひんやりした冷気が見えた事だろう。
扇子をくるっと回して軸を上にする。
"マジ勘弁!無理!"
それを見ても誰もトンチンカンには声をかけに行かない。
この場にいる全てを敵に回している。
「懐かしいですわね」
そのままトンチンカンの鼻にグリグリと扇子の軸を順番に当ててやる。
「何かを思い出しませんこと?」
トンチンカンの目がキョドキョド動く。
思い出深いよね。想像してみてよ。エランシオに自分を当てはめてさ。
「あれは大層愉快な出来事でしたわね……」
フフフ……と笑ってやる。
「まさか、あれはわざと?」
いや、まさか。あんな奇跡を私は起こせない。
あれは神の御業だ。
でも思わせぶりに微笑んでみせる。
「あら、うっかり落としてしまったわ」
扇子をガッと折って落とし、ゆっくり拾う。
"(社会的に)死んでみる?"
あんな無様を晒して受け入れてくれるほど貴族社会は甘くないよね?
廃嫡にもなってるし、貴族社会の崖っぷちに指一本でぶら下がってるような状態だし?
トンチンカンは涙目で鼻を押さえてプルプル首を横に振った。
その後、騎士団の間でもトンチンカンと呼ばれ、三人はとても可愛がられているようだ。
後日談……。
「うちの阿呆が頓珍漢なことを大変失礼した!」
トンチンカンのご両親が謝罪に来た。
どうやら婚約破棄の被害を受けた私に、責任をもって謝罪を受け入れてもらうまで許さんと言われて、責任をとって婚約してやれば喜んで私が許すだろうと思った暴挙だったらしい。
トンチンカンの所以を見たような気がした……。
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