執事ダウズは見た
ミリアムが初めてヴァングラスのお屋敷にお邪魔した時のお話です ♪
「ダウズ、明日ミリアム・ハウネスト伯爵令嬢を連れてくる。結婚を考えている女性だ。くれぐれもよろしく頼む」
王都のトルード辺境伯邸に激震が走った!
旦那様が奥方様を娶ったのは14才になったばかりの頃、かれこれ20年も前だ。
それも娶ったと表現して良いか悩むような結婚だった。
奥方様にもおつらい気持ちがあっただろう事は理解できる。
それにしても、閨以外は旦那様に会う事もなく、子を産むとさっさと離縁し、戦地へ行かれる旦那様を見送る事もせず、迎えに来た恋人と速やかに出て行かれてしまったのはあまりにも無情だと思った。
それから旦那様は仮令縁談が来ても興味も持たず、33才を迎えてしまった。
そんな旦那様が結婚を考えていらっしゃる!?
「なぜ泣く!?」
「いえ、目から汗です。お気になさらず」
隣で侍女頭をしている妻のケイトもエプロンで目を押さえていた。
旦那様が結婚を前向きに考えられる女性はどのような女性だろう?
絶世の美女?それとも、蠱惑的な肉体の女性?逆に知的さが光る美人?
メイドも侍女も下働きもみんなで想像して盛り上がった。
そして当日。
「初めまして、ハウネスト伯爵家が娘ミリアムです」
チョンと効果音がつきそうな、いたって普通の可愛らしいお嬢さんがいた。
とてもお若い。
旦那様とは親子ぐらい年が違うのではなかろうか。
「ようこそお越しくださいました。執事のダウズと申します。これは妻で侍女頭のケイトです。どうぞごゆるりとお過ごしください」
「ありがとうございます」
「ミリー、部屋を見てみる?」
は?あの旦那様がお部屋にお誘いに!?
プライベートな空間には仮令友人であっても入れないのに!?
「はい、見てみたいです」
ニコニコ答えるお嬢様の手を慣れたご様子で繋ぐ。
お嬢様の方も自然なご様子で繋がれて歩いていく。
距離も近いような?
そしてずっと寄り添われている。
「ヴァン様のお部屋らしい雰囲気のお部屋ですね」
「そう?」
「はい。シンプルで大人っぽいのに何か温かみがあります。あと、ヴァン様と同じ匂いがします。緊張してましたが、なんだか落ち着きます」
お二人にして何か間違いが起こってはいけないので、私はずっと張り付くことにした。
「これは何ですか?」
「ああ、これは……」
とにかくお二人の雰囲気が甘い。
目が合うとニコリとして、ずっとくっついている。
「あ、これは私が贈ったハンカチですね。思ったよりたくさん贈っていたのですね」
棚に仕舞われたハンカチを見て嬉しそうにお嬢様が目を細める。
「大変じゃなかった?」
「私はヴァン様を想って刺繍する時間が好きなのです。ですので、全く大変ではございません。むしろ幸せな時間を過ごしていますよ」
「ミリー」
旦那様が自然な動きで抱き寄せようとする。
「ゴホン」
お二人はハッとしたように離れる。
はい、私がおりますよ。
駄目ですよ、旦那様。
お二人にはお部屋は少々危険かもしれない……。
「茶会室にお茶をご用意致しました」
ちょうど良いタイミングで妻が来た。
「行こう」
また手を繋いだ。もうこれはデフォルトなのだろう。
「チョコがお好きと伺いましたので、シェフがチョコブラウニーをご用意致しました」
「ありがとうございます!チョコブラウニー大好きです」
お嬢様が目をキラキラさせる。
何とも素直でお可愛らしい。
「はい、ミリー」
なぜか旦那様がブラウニーを半分に切ってお嬢様のお皿に載せた。
「はい、ヴァン様」
なぜかお嬢様も半分にして旦那様のお皿に載せた。
同じブラウニーを半分にして相手のお皿に載せる?謎行動に侍女もメイドも皆、首を傾げた。
その様子にお嬢様があっというお顔をされた。
「ヴァン様、私たち間違っておりますわ。同じブラウニーなのですから半分こで食べる意味はないではありませんか!」
いや、多分旦那様は確信犯な気がする。
「ミリー、この前サンドパンを半分にしてお互い食べさせ合っただろう?」
「はい」
旦那様?
「その時どうだった?」
「とても美味しかったです」
旦那様は何を?
「うん、自分で食べるのと比べてどうだった?」
「自分で食べるよりずっと美味しかったです!」
お嬢様が元気にお答えになった。
「ね?」
「はい!」
おいー!!
旦那様は満面の笑みでお嬢様のお皿から一口分のブラウニーをフォークに刺して差し出した。
お嬢様がパクリと食べる。
そして比べるようにご自分でブラウニーを切って口に入れる。
「不思議ですね!自分で食べた方も美味しいのですが、ヴァン様に食べさせてもらった方がもっと美味しいです。なぜでしょう?はい、ヴァン様もどうぞ」
それは甘さが倍増されるからではないでしょうか?お嬢様……。
お二人の様子にジャリジャリとお砂糖を口にぶっこまれた気分を味わったが、お幸せそうな旦那様に皆、目が潤むのだった。
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