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平民宰相の世界大戦 ~原敬兄弟転生~  作者: 巽未頼
明治五(1872)年
93/109

第93話 グラスゴー&ニューカッスル アイリッシュ・コネクション

今回でイギリスの話は一段落です。また来るのですが、おそらく何をしたかだけ説明するかんじになるかなと。

 イギリス グラスゴー


 チャールズ・リッカービィの協力でグラスゴーにあるリプトン1号店を視察した。紅茶のブランド化は必ず避けて通れない。日本にリプトンがいつから上陸したかはわからないが、国内で紅茶産業が発展するのは事実。輸出用とともに、国内の高級品需要はおさえておきたい。

 使節団からは3人が同行している。アメリカでの視察は森有礼殿が早くから準備していたので日程がほぼ固まっていた。しかし、駐イギリス公使として赴任している寺島宗則殿は、樺太に関する対ロシア交渉を担当していたので使節に関われていなかった。そのためイギリスでの使節団の日程は少し流動的だったのだ。そこに俺がリッカービィに依頼してグラスゴーで紅茶関連の視察をすると知った山口尚芳殿と伊藤博文殿、そして大久保利通まで来ていた。


 こうなるとリプトン側もかなり大掛かりな歓待になる。現時点では一食料品店でしかないのだが、そこに非近代国家とはいえ外国の要人が複数現れたのだから。

 結構な話題になりながらの視察で、リプトンの創業者であるトーマス・リプトンは恐縮しっぱなしだった。自国(といっても彼はアイルランド出身だが)の外務大臣と話している人間がまだ2店舗目を準備中の自営業の元に視察に来たら誰だってそうなる。とはいえ、紅茶の取り扱いは既に始めているとのことだった。


『インドの各地を旅行し、アッサム地方のいい紅茶を見つけています。そちらを定期便で日本にお送りしましょう』

『ありがとうございます。最初はそこまで大量でなくてもいいので』

『こちらも今は新しい店の準備で資金は多くないので、助かります』


 虎の威を借るなんとやら。使節の視察がほぼ終わったころの商談で、俺は『英国の有名紅茶ブランド』の独占販売権を得た。ついでにジンの定期卸も頼んだ。大量にはいらないけれど、グラスゴーはウイスキーの蒸留所が結構ある。この視察後はウイスキーの蒸留所で視察なので、そこの商品をリプトン経由で日本に輸入する予定だ。

 日本製のウイスキーも手が出せればいいのだが、それより先に炭酸水の確保だ。炭酸水は国内で産出できる。こっちの専門家は既にマンチェスターにあるブロートン製銅会社にいたウィリアム・ゴーランドと明治政府が雇用契約を結んでいる。彼が炭酸水の検査までできるのは最近知ったが(古墳研究と製鉄関係しか知らなかった)、彼には政府と別に釜石製鉄などで世話になっているので帰国後に協力を求める予定だ。


 リッカービィにはロンドンでセウォリス・シャーリー卿を紹介され、ブルドッグの大人しいものを探してもらうことになった。このあたりの人脈もチャーチルのお父さんとの繋がり(シャーリー卿もチャーチルも保守党で、チャーチル父は出馬準備をしている関係で知り合いらしい)ができたおかげだ。リッカービィも大分動きやすくなったと言っていた。ウイスキーの蒸留所との交渉もしてくれたし、ウイリアムとは違って『面白さ重視』だけれど、色々と手助けしてくれるのはありがたい限りだ。


『チャールズさん、ありがとうございます』

『いやぁ、熟成終わりで瓶詰前のウイスキーも案外悪くないね。タカシ殿が飲めないのが残念だよ』


 保存技術の問題でどうしたって酸化したり雑味が混じるだろうから、現代のウイスキーに近い味で楽しめるのが今ということなのだろうか。まぁ彼なりに楽しめているなら何よりだ。


 ♢


 イギリス ニューカッスル


 今日から自由行動だ。使節団はアームストロング社の大砲製造場を視察している。ここから使節団はバーミンガムなどの視察を経てフランスに渡る。だが俺はここでやらなければならないことがある。これが終わり次第フランスに行くが、使節とは当分の間お別れだ。

 ずっと同室だった林董殿とも別れの挨拶をした。


「しばらくここに滞在するそうだが、何が目的なんだ?」

「ちょっと日本を明るくしようと思いまして」

「明るく?」

「ええ」


 終始わからないといった顔の董殿だった。まぁ、2,3年すれば意味もわかるだろう。



 翌日。使節団が乗る汽車を見送って、そのまま橋を渡ってゲーツヘッドに向かった。ゲーツヘッドのローフェル地区にある煉瓦造りの家。そこには1人の人物が待っていた。


『待っていたぞハラ』

『お待たせしました』


 彼の名前はジョゼフ・ウィルソン・スワン。ロンドンで地震学者のマレット教授から紹介してもらった英国科学振興協会の会員だ。彼が開発を続けているのが白熱電球だ。


『例の竹はお前の言った通り、最高のフィラメントになった』

『それは何よりです』


 俺は日本から真竹を持ってきていた。これをスワンにロンドンで渡したのだ。彼は電球の開発でエジソンに先んじたものの、商品化に必要な技術開発をエジソンに先んじられた。そしてエジソンの白熱電球が世界に流通したのだ。だから俺が兄に頼んでいくつかの部品を試作してもらい、この竹とともに彼に持ちこんだ。ロンドンの水銀を使った最新の真空設備で研究していたスワンは、この素材を試した結果から俺と組むのを了解してくれた。そして、本来の住居であるニューカッスルの隣にあるゲーツヘッドの自宅に招いてくれたのだ。


『で、今度はこれか』

『電球は発電機と繋ぐもの。庶民に普及するには取り付け・取り外しが必要なので』

『これをどんな素材で作るかが次の課題なわけだな』

『はい。そこは兄も日本では材料が足りずわかっていません』

『よし。では始めよう』


 彼とは既に特許の話し合いが終わっている。特許申請は兄との共同特許。日本の特許は兄の独占。英米はスワンの独占だ。


『かなり色々な材料を集めましたね』

『サー・ウィリアムが支援してくれた。彼は大西洋ケーブルの敷設でかなり儲けたからな』


 サー・ウィリアム・トムソン。大西洋横断ケーブルの敷設でサーの称号を得た男だ。彼もロンドンの王立協会会員で、マレット教授から紹介してもらった。マレット教授と同じアイルランド出身なので、かなり仲が良かった。彼の資金でスワンへの資金を提供してもらい、2人による会社設立が将来的な目標だ。


『やはり銅は便利だな。電気の通りがいい』

『絶縁部分は木より石膏を使った方が安全そうですよ』

『ふむ。成程』


 2週間泊まりこんで1度麻子様に会いに戻り、また2週間かけてソケット部分の改良や電球の丸みのあるフォルム、鉛線のヒューズや電力計などを完成させていった。さすがは史実の天才、兄の意図をかなりスムーズに読み取ってドンドン完成形を生みだしていった。


『ハラ、お前の兄は天才だな』

『いや、そんなことはないですよ』

『日本のような国で、学問の遅れた中でここまで色々な発想が出るのは天才でしかない。いつか日本に行ってみたいものだ』

『その時は全力で歓迎しますよ』


 エジソンが金と時間をかけて作った物を盗んでいるに近いわけで。とはいえ、彼はまだ電球に興味すらもっていないはずだ。だから問題ないだろう。GEは生まれない。それはアメリカにとって大きな影響を及ぼすだろう。ただ、こうした方向からイギリスとの関係性が強化できれば史実より早く不平等条約の改正へ道が開けるかもしれない。


『とにかく、これで年内には特許がとれるだろう』

『良かったです。兄も喜ぶかと』

『サー・ウィリアムにも連絡するから、ロンドンに行かねばな。次はフランスだったか。生憎私に伝手はないが、サーにはあると思うぞ』

『そうしていただけると助かります』


 ロンドンではサー・ウィリアム・トムソンがかつて師事したアンリ・ヴィクトル・ルニョーというコレージュ・ド・フランスの元教授を紹介された。これで蓄音機・電球がエジソン以外から発明される。しかもどちらも日本国内で展開するのは俺と兄だ。うまく人と人を繋いで布石が打てている。リッカービィは最後まで訳が分からないといった顔をしていたが、電球だけはシンプルにそのすごさを理解していた。


『まだ資金があるんですよ、老後の楽しみと思って用意した資金が』

『それを電球に投資しますか?』

『タカシ殿、サー・ウィリアムを紹介してもらえますか?』

『もちろん。これからも協力してくださいね』

『ははは……、貴方がイギリス人だったら、今頃大英帝国はエジプトとトルコと清を全て植民地にしていたでしょうね』


 失礼な。そんな悪の黒幕みたいなことするわけないじゃないですか。

最後のはリッカービィなりのジョークです。


蓄音機・四重通信に続いて白熱電球も失ったエジソン。それでも彼にはまだ発明できる物はあります。

描写はしてませんが四重通信については特許申請が行われているので、研究していたエジソンは悔しがっているでしょう。


アイルランド系の人脈が太くなってきていますが、軸にいるチャーチル家は伝統貴族なのが面白いところ。リプトンはまだ本格的に紅茶産業に参入していませんので、製茶業のノウハウはもらえていません。

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― 新着の感想 ―
[一言] 明治5年にすでに大西洋横断海底通信ケーブルがある事実。 恐ろしいまでの技術格差だよ。 よくもまぁ追いつけたものだ。
[気になる点] このお話から話数がずれてますね。 正しくは93話だと思います。 [一言] いつも楽しく読ませて頂いてます。 これからも更新頑張ってください。
[気になる点] 大西洋の往復に3週間近くかかる筈。 この頃の英国で女性受けする土産物……何かあったかな。
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