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平民宰相の世界大戦 ~原敬兄弟転生~  作者: 巽未頼
明治四(1871)年
81/109

第81話 サンフランシスコ② 共和党と民主党

時間ギリギリで申し訳ございません。

 アメリカ サンフランシスコ


 昼に開かれたパーティーで、岩倉卿は次々と上院・下院の議員に挨拶されていた。その度に、正姫様と池田様が隣で挨拶をしていく。それが終わると今度は木戸孝允・大久保利通・伊藤博文といった政界の重要人物と挨拶し、最後に外務書記官の中で俺と麻子様と挨拶する。


 昨日は主賓格だったサンフランシスコ市長のトーマス・ヘンリー・セルビー氏が、今度はカリフォルニア州知事ニュートン・ブース氏を案内している。面白い構図だ。


『こちらも可愛らしいご夫婦がいらっしゃるのか』

『初めまして。原敬と申します』

『岩倉卿もだが、皆さん名刺を用意していて実にありがたい。それにとても英語が上手だ』

『ありがとうございます』


 握手をかわすと、にこやかに返される。ブース知事は50近い年齢の紳士だったが、あまり居丈高な感じはない。実業家出身らしく、こちらにやや視線を合わせる物腰の柔らかさだった。

 ブース知事の後には共和党所属の上院・下院議員がずらり。シャーマン・オーティス・ホートン下院議員、来年の下院議員選挙に出馬予定というチャールズ・クレイトン氏、コーネリアス・コール上院議員といった名前が並ぶ。正直覚えている余裕がない。コール上院議員は夫人も同席。サンタクルーズからわざわざ来る分、家族でこちらに来ているようだった。


『彼女が私の妻のオリーブです』

『ご丁寧にありがとうございます、こちら妻の麻子です』

『本当は弟も紹介したかったのだが、弟は今はニューヨークでね』


 弟のジョージ・コール氏は南北戦争で将軍として活躍したそうだが、今はニューヨークで普通に働いているらしい。内戦で活躍しても、英雄にはなりにくいということだろう。


 その後は民主党系の議員。こちらも事前に教えてあったから良かったが、同じ地域に代表が複数いて競っているという状況はまだ日本人的には飲みこみにくいだろう。ユージン・キャサリー上院議員もテレサ夫人同伴だった。


『ジョージ氏がここに?無理でしょう。彼は人殺しだ』


 キャサリー上院議員が言うにはジョージ・コール氏は自分の夫人の不倫相手と考えた友人を殺害したらしい。しかし、いろいろな事情があって無罪となり、今は地元を離れているそうだ。


『別に悪口を言いたいわけではないですがね、戦争の功労者だからあまり騒がないようにしているんですよ』


 民主党は南北戦争で大打撃を受けている。民主党は元々南部の奴隷制による大規模プランテーションの地主を支持層にしていた。だから南北戦争では多くの議員が南軍に参加している。しかし南軍は敗れた。奴隷制反対を掲げて作られた新党・共和党はリンカーンを大統領として北軍を率いて戦争に勝利した。現在、南部諸州の国会議員は北部出身の共和党員になっている。敗者である南部諸州の一部市民は選挙権をはく奪されており、戦争後の方が分断は激しくなったと考えている人もいるくらいだ。そんな民主党にとって共和党の急進的な態度は受け入れがたいのだろう。


『まぁ、それはともかく。留学する方も多いと聞いて、私の知り合いの学生を呼んでいるんですよ』

『スティーブン・マロリー・ホワイトです。サンタクララ大学で学んでいます。お若いですね』

『今15歳です』

『なんと。小学生の留学生かと』

『外務省の3等書記官です。こちらが妻です』

『これは失礼しました。何かあれば協力させていただきますので!』


 名刺を渡すとかなり焦った顔をしていた。日本人は違うぞ、というのをこういう世代の人にも示せたのは何よりだった。現時点で民主党の政治パーティーに顔を出しているらしい。そういう場で配る名刺がもらえたが、大学名や住所が記載されていた。そういえば住所の整理、地権者の整理はまだしていないはずだ。このあたりも新聞のネタとして送った方がよさそうだ。


 他にもカリフォルニア大学の理事であるジョン・フランクリン・スウィフト氏も来ていた。彼も妻が来ていた。妻のメアリー・ウッド・スウィフト女史はアメリカでも珍しい女性参政運動家らしく、スーザン・ブローネル・アンソニー女史と交流しているらしい。スーザン女史は先日解散したアメリカ奴隷制反対協会で代議員に女性で選ばれたくらい女性ながら政治参加している1人だ。彼女と交流しつつ女性だけの政治コミュニティをカリフォルニアにもつくろうとしているらしい。


『麻子さん、何か困ったことがあれば遠慮なく頼ってちょうだい』

『ありがとうございます』


 女性で名刺を持っていたのは彼女だけだった。俺も彼女に渡したら、『私を相手としてきちんと扱える貴方は素敵な旦那様ね』と褒められた。


 民主党の下院議員候補も来るなど、とにかく政治家やら学閥やらが入り乱れるパーティーとなった。まぁ、アメリカ側から見ても「外国の要人たちと面会してきました」は選挙でいいアピールになるのだろう。前世の日本だって与野党の議員がアピールのためにアフリカや南アメリカの政治家と会談したり握手した写真を撮ったりしていた。発展途上の国だろうと要人が来れば会って話すと「政治している感」が他人にわかりやすく伝えやすい。そこに実際に政治をしているかは関係ないのだ。まぁこちらとしてもコネクションが一応できるので、悪いことではない。20世紀に大統領になる人物の中にはウィルソンという民主党大統領もいる。民主党とのつながりも大事なのだ。


 ♢


 夕方。岩倉卿が市民向けのパーティーで演説している間、俺は現地で待っていたウイリアム・ドイルと合流した。印刷機などを輸入してくれた彼とは、こちらでの活動予定の共有と面会の斡旋を頼んであった。今日は大半の使節が自由行動となっており、岩倉卿含む正使以外はホテル待機を選んだ人が多い。でも、俺はこういう時間を有効に使わないといけない。


『面白い場所に行きますね。他の人と一緒には行かない場所なんですよね?』

『ええ。ここは自分だけで行きます。妻が学校に入ってからです』

『北部が多いですね。あと、東海岸』

『工場に行きたいんですよね。操業している様子を見学したくて』


 半分嘘だ。これから起こる恐慌のタイミングで工場に行き、ある程度の熟練者を数年間日本に引き抜きたいだけだ。その作業に、彼を協力させたいのだ。工場の様子を見たいのも事実だが、そちらの方が大事だ。


『では、こちらにアポイントメントをとっておきましょう。ひとまず、マクラッチー氏との約束の場所に向かいましょう』

『確かサクラメントの新聞社でしたっけ?』

『ええ。今日は岩倉卿の記事を書きに記者も来ていますよ』


 ジェームズ・マクラッチー。『サクラメントビー』という地元紙の創業者だ。名前は知らなかったが、アメリカの新聞社とも協力関係が欲しくて誰かいないかとウイリアム・ドイルに事前に依頼していた。その答えとして、彼の名前が返ってきていたのだ。


 会談場所は岩倉卿が演説している広場から少し離れた場所の喫茶店。岩倉卿の演説を聞こうと大半の人間は広場に行き、店もほとんど閉まっている。そんな中、ガラガラの店が開いていれば場所はすぐわかった。そして、その入り口付近でゆったりとコーヒーを飲む初老の男性も、すぐにこちらを認識して立ち上がり、近づいてきた。傍らには同い年くらい(といっても背が明確に相手の方が高いが)の少年もいた。


『君が日本最大手の新聞社社長か。いや驚いた。ジャパニーズジョークだと思っていたよ』

『原敬です。15歳です』

『ブルーオーシャンしかない日本に、これだけ若い新鋭が生まれれば、そうもなるのかね』


 ウイリアムに尋ねたジェームズ氏。ウイリアムは『彼は日本で最も聡明な青年だよ』と返していた。そのままテラス席で向かい合い、俺とウイリアムとジェームズ氏だけが座った。


『それで、何故私たちに話を?』

『それが最善だと思ったので』

『うちよりもカリフォルニアでは有名な新聞社もあるのに?』


 『サクラメントビー』のライバルである新聞社が『サクラメントユニオン』だ。どちらかといえばユニオンのほうが勢いがあるが、政治家の汚職を鋭く弾劾するなど、記事内容はビーの方が人気でクオリティも高い。ウイリアムに事前にその情報を聞いて、俺はジェームズ氏の『サクラメントビー』を協力相手として先に交渉することにした。


『日本の政治に関する情報が紙面に入れば、独自の内容になると思いませんか?他社との差別化という』

『それはこちらの利益だ。君の利益は何かね?』

『あくまで相互提供にしたいので、こちらからお金を払うなどは厳しいのですよ』


 最大手相手だと足元を見られるし、こちらの出す情報の重要度が低くされてしまう。相手からもらえる情報も、必然質が落ちる。だが、2番手の新聞社ならば、独自色を出せる武器にしてもらえる。お互いが相応の質の情報をやり取りできるのだ。


『どうしても最大手にはこちらが払わないとこういう提携は難しい。でも、貴方方とならある程度対等に情報が取引できる』

『ふむ』

『当然こちらが提供する記事も価値があるものにします。ただ、前提として知っていていただきたいこともあります』

『それは何かね?』

『貴方方が日本人を知らないように、我々もアメリカ人を知らないのですよ』


 恐らく、この時代のアメリカ人にとって、日本はあまりに遠い国だ。前世の日本人がエルサルバドルってどんな国か聞かれてもほとんどが何も答えられないだろう(実際は両国は友好的だし、災害救助などで人の行き来も結構あるのだが、定期便などもないので渡航経験者は少なかったと思う)。それとあまり変わらないはずだ。アメリカ人の主食も知らず、服装もほとんど知らず、何が好きかも知らない。歴史や大まかな文化は少しずつ新聞で紙面に載せているが、それだって一部分でしかない。


『だから、今アメリカにいるアメリカ人が何をしているかを日本で報じたいのです』

『なるほど。つまり大きな事件より、身近なニュースが欲しいと』

『そうです。そして、私たちは日本の文化や風習も、我が国の文化も、なんでも必要なものが提供できます』


 相互理解はまず相手を知ることから。その国の人々が何を大事にするかを知ることが、相手に歩み寄る一歩なのだ。日米双方がそれをしなければならない。


『日本には「郷に入っては郷に従え」という言葉があります。相手の国では相手に合わせるべきというものです。我々は今、欧米のマナーに準じて行動しています。それができるのが我々です。それを、多くの人に知っていただきたい』


 とはいえ、これらはある意味こちらからの押し付けだ。これで相手の紙面が充実して購読者が増えるかはわからない。半分賭けなのは事実だ。

 だが、ジェームズ氏は机に置かれた自分のコーヒーを飲み干すと、少年の肩を叩きながら豪快に笑った。


『いいね、いい。実に夢のある話だ。日本にも夢をもつ青年がいるということだ。面白い。紙面に載せるかはお互いで判断するという条件で、無料で提供しようじゃないか』

『痛いよ父さん!』

『すまんな、チャールズ。だが、お前もこの青年くらい大きな夢を持て。我らこそ夢を追う者でなければならない。それがアメリカということだ。負けていられんぞ。彼のエネルギーに負けない男にならないと!』

『わかっているさ!ジャーナリズムこそアメリカの正義を体現する必要があるんだ!』


 ジェームズ氏の息子でチャールズというらしい。彼は強い口調で正義を叫んだ。ジャーナリズムによる正義を信じているタイプのようだ。


『そういうわけだ。今日君が会った人間にも、何かあれば私たちは容赦しない。そして、君の失態にもだ』

『努力します。捕まって妻を路頭に迷わせるわけにはいきませんからね』

『結婚しているのか。ますますチャールズは負けていられんな!』


 豪快に笑うジェームズ氏は、立ち上がってこちらに手を差し出した。応えるべく俺も立ち上がり、握手をした。


『日本人の生の声が聞ければチャールズが記事を書く練習になると思ったが、気が変わった。今日の話はいずれ、歴史書に載るかわが社の社史に載ることを期待しているよ』

『そうなればいいのですが』

『お互いの健闘次第だ。つまり、君とチャールズ次第さ』

『僕はいずれ、全米にうちの新聞を売りさばいて見せるさ。ミスターにできるかな?』

『我が国で今一番売れている新聞はわが社の新聞ですから。数は少ないですが、もう一国のトップですよ?』

『うぐっ』


 最後まで豪快に笑っているジェームズ氏の傍らで、『遊んでいる場合じゃないか』と呟いているチャールズが面白かった。ジェームズ氏はこれからも記者を1人使節団に同行させることを決めたそうだ。基本的には使節団の行動について行くものの、状況次第では俺と行動する形となるらしい。ウイリアム以外に現地の案内役ができたようなものだ。儲けものかもしれない。

史実でもサクラメントユニオンは廃刊になっていますが、サクラメントビーは現役企業です。

史実でもジェームズ・チャールズ親子は政治家の汚職に対する報道などかなり力を入れており、州内で今後他の地元紙を展開するなどしています。


女性政治家のはしりでもあるメアリー女史は今後登場機会が一応あります。議員の名前自体はあまり重要ではありません。ようは「こういう風にコネがありますよ」というのを前提にこの後を読んでいただければ。

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[良い点] 今話もありがとうございます! [気になる点] >共和党 >民主党 おそらくどちらも、南北戦争以来、思想的な根っこは大して変わっていないのでしょうね。 その辺りは、現代のアメリカの国家戦略…
[気になる点] >『彼女が私の妻のオリーブです』 >『ご丁寧にありがにこやかに返されるちら妻の麻子です』 >『本当は弟も紹介したかったのだが、弟は今はニューヨークでね』 この「にこやかに返される」も…
[気になる点] 途中のかえされる連打めちゃくちゃ怖いんだけどこれわざとなの??クソビビるんだが
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