第71話 普仏戦争と日英貿易
水曜日と言いながらちょっとずつ投稿がずれていて申し訳ございません。
来週は水曜に投稿します。
神奈川県 横浜
収穫の季節となった。
国内は今年も寒冷な1年だったが、『いわてっこ』はそんなものには負けない。国内の米の収穫量は激増し、輸入0かつ国内で備蓄米が作れる程度には安定した。イギリス向けの輸出も安定しており、函館と神戸から大規模な米の輸出が行われている。
東北地方の人口増加から戸籍の作成は難航しているそうで、人口増加率は史実より間違いなく上昇しているだろう。今生まれている世代は学制が発布されて義務教育を受けることになる世代だ。日露戦争などの時期に大人になった世代が増えることは必ずいい方向に動くだろう。
とはいえその世代が仕事をできる経済を育てるのも重要だ。明治初期の産業として鉄道・軍事・建築など多岐にわたる産業を考えれば製鉄業は根幹だ。そのためここをまず押さえられる盛岡藩は優秀だ。そしてその派生で色々な部分にも手を広げていく。兄が今秋中にはニッケル鉄電池と変圧器の試作を終えるそうだ。実験室ベースなので量産は無理だそうだが、最低限1876年のフィラデルフィア万博には出品したいところだ。岩倉使節団の時期次第では1873年のウィーン万博にも参加できるだろうけれど、その少し後に始まるアメリカでの恐慌の方が重要だ。そこで出品を担当してしまえば恐慌を利用してアメリカの技術者らを雇う余裕がなくなる。
やるとしたら俺や兄ではなく、盛岡藩から人材が出るしかないだろう。だから、目指すのはフィラデルフィアでいい。
そんなわけで今は俺のできることをやることにする。今はとにかくイギリスの商人と米の輸出で商談、商談、商談である。
ジャーディン・マディソン商会とは縁があったので、そこを経由して米の輸出契約と同時に輸入できる商品を探す。ニッケルなどの金属は2年前から継続して輸入しているが、相変わらず兄が欲しがっている最新の旋盤は手に入らない。イギリスやアメリカからこうした機械を今輸入できる状況ではないのだろう。やはりねらい目は3年後か。
横浜にある商会の建物で、支店長の吉田健三氏と藩士2名で書類の確認と契約を行う。盛岡藩で取り扱っているものと自分が扱っているものは分けないといけない。盛岡藩単独で財政を動かせる額は限られているが、動かせる範囲で盛岡・八戸の殖産興業を進めておかないといけない。新政府の投資は北海道や関東、大阪、九州にどうしたって集中する。東北のインフラ整備ができるだけの基礎工業力などが必要なのだ。
「こちらの絹は盛岡藩の印つきで、当藩が検品しております」
「事前に検品されているとありがたいですな。どうしても良品でないものが混ざることも多くて」
吉田健三は福井藩士出身で、留学経験をもつ。明治の時代になっていち早く商人に転身したらしい。
「こうして藩でまとめて持ってきていただけるのはありがたいです。商会も不良品がよくよく混ざるので困っておりまして」
見た目のいい生糸以外を見せずにまとめて売る詐欺に近い商人も中にはいる。それを事前にこちらで検品し、不良品は領内で販売して良品のみ輸出しているのだ。相手からすればありがたい限りだろう。
商売において大事なのは信用。信用がなければそのうち取引自体ができなくなる。欧米諸国が後々絹の取引や茶の取引を停止することを俺は知っている。今のうちに「盛岡ブランド」を確立し、管理体制を形成することで海外への販路を維持するのだ。
「英訳の契約書も問題ないでしょうか?」
「ええ、問題ありません。このままお願いいたします」
米の生産量が増えたことで価格が下がり、イギリスへの輸出量を増やす分金額は下がっている。このままいけば来年は逆に米余りも考えられるため、盛岡藩でも一部転作が進んでいる。転作する作物として海外の作物も一部考えているため、アメリカ商人ウイリアム・ドイルの到着が待たれるということだ。
「しかし、盛岡の方々は大島様はじめ開明的な方が多いですな」
「殿が誰よりも聡明なおかげですな」
「いいですな。徳島のように殿様の意を汲まぬ者が多いと藩が滅びますからな」
徳島藩はかなり失敗したという風評がたっているようだ。現在は大阪鎮台の兵が常駐し、治安維持を担当しているらしい。あまり長く駐留するとなると資金がかさむため、処分が確定し次第事件に関わらなかった藩士に治安維持を引き継ぎたいようだ。
「代金は昨年と同様で宜しいですか?」
「ええ。発注した海峡防衛用の蒸気船の支払いに」
旧式との入れ替え用だが、旧式を構造の確認に解体したいというのもある。昨年発注したものが来年完成し夏には函館に到着するので、2回払いの2回目が今回ということになる。
「製造は順調と聞いております。ウォーリアと同じテムズの造船所で製造しているとか」
「我が国の初期主力艦になれる船ですから、期待ですね」
この船の購入費は東北諸藩が海軍費として新政府に払っている費用分の米を輸出して支払っている。最終的に新政府海軍の主力艦になる予定品だ。状況次第だが、観戦武官として普仏戦争を視察している武官が帰国する際に乗ってくる予定だ。
「そういえば、戦況はご存じですか?」
「商会に入っている情報は、健次郎殿の新聞とあまり変わらないですね」
フランスのナポレオン3世はセダンの戦いで史実通り大敗し、捕虜となった。フランス国民は皇帝を廃止し、国防政府が樹立している。
パリが包囲されたという情報はヨーロッパ中を衝撃の渦に巻きこんでいる。
「フランス軍がとにかく弱いと聞きます。ドイツ軍の方が組織的で、全軍が連動して動いていると」
「ええ。そのためフランスの国債が暴落して、商会も大慌てだそうで。リリアンターヌ商会やラヴェル商会、コミ商会は相当な打撃を受けているようです」
フランス系商会でも大手の商会だ。どこも絹の輸出仲介や海上保険などを手がけている。そもそも戦時中では絹を買う余裕がなくなっている可能性がある。
戦況がそのまま債券や経済に打撃を受けること、戦時中の経済に注目するのは商会の人間ならではだ。
「まぁ、海が静かなおかげで我が国の貿易はあまり困っておりませんがね」
「それは何よりです」
フランス海軍は初手で戦略的な行動がとれず、圧倒的優位な海軍を所有しながら使えなかった。海兵隊や海軍兵は陸軍の人手不足から陸上での戦闘に参加しているらしい。宝の持ち腐れだ。
「このままいけばフランスは敗れます。万一フランスをプロイセンが併合しようとすれば、英国も参戦せざるをえないでしょうね」
「まぁ、そこまでビスマルクがするとは思えませんが」
実際、ドイツ宰相となるビスマルクはイギリスを過度に刺激しないためにパリ占領すら否定的だったと前世で聞いたことがある。パリでプロイセン国王がドイツ皇帝として即位するのだが、この行動は第一次・第二次世界大戦までの独仏間の大きな遺恨の1つになっていく。
「既にガリバルディ将軍がフランスを支援すべく動いているとか」
「教皇領がイタリアに回収されたなら、後はフランスに遺恨はないでしょうしね」
ジュゼッペ・ガリバルディ。イタリア統一戦争の英雄だ。日本が明治維新で三傑を生んだのと同じく、イタリアも統一時に三傑を生んだ。彼はその1人だ。世界的な知名度はガリバルディの方が圧倒的に上だが。
ガリバルディの義勇兵が後のフランス外人部隊につながるので、このあたりは史実通りだろう。
「まぁ、すぐにプロイセンがそこまでできるとも限りません。ただ、フランスが本格的に危うくなれば、我が国にも影響は出るでしょう」
「世界がつながりつつあるからこそ、こういうことがありうるということですね」
まぁ、世界がつながったことで技術も共有されつつあるのが救いだ。色々な技術・職人を金で揃えられるのはこの時代ならではだろう。
ありがたいことに特許関係は一応始動してくれた。早速書式を整えて7件の申請をしてある。史実では1件も処理できずに解体した専売略規則。俺が有効活用して見せる。
吉田健三は吉田茂の養父です。今後も出番がちょくちょくある予定。
ガリバルディは学校の世界史でもあまり目立たないので日本での知名度はイマイチですが、世界史的には超有名人な上にちょうど彼の絶頂期といえる時期なので必然的に名前が出ました。
イタリアは普仏戦争で今のイタリアがほぼ完成しますし、ドイツがドイツになるのも普仏戦争。
我々が思うより、欧米の先進国の大半は国民国家としての完成は遅いんですよね。




