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平民宰相の世界大戦 ~原敬兄弟転生~  作者: 巽未頼
明治三(1870)年
70/109

第70話 新品種栽培と貿易

 神奈川県 横浜


 徳島藩は事実上の廃藩となった。

 知藩事の蜂須賀当主らからの申し出があり、淡路島の稲田氏も盛岡藩の支援で北海道に移住することが決まった。

 抵抗した一部の藩士は徳島城に立てこもったが、大阪鎮台の部隊による包囲を受けて降伏した。首謀者とされた新居水竹・小倉富三郎らは斬首となり、藩主の蜂須賀はちすか茂韶もちあきも華族には留まるものの藩邸などは事実上の没収となった。茂韶様は伯父の松平まつだいら斉民なりたみが住む津山藩下屋敷預かりとなった。

 また、事件に関与した徳島藩士は家禄などが没収されており、大阪周辺と四国の治安悪化がおこらないか懸念がある。とはいえ処罰しなければここまで大きな騒動をおこしたことに対し新政府の姿勢が示せない。難しい状況といえる。


 他にも、反乱をおこした元奇兵隊の一部が久留米藩に逃げこんだことが判明した。久留米藩は俺の襲撃未遂で捜査が進み、他にもいくつかの襲撃未遂や襲撃計画に関与していることが判明している。主流派に攘夷派が多いためか、新政府にもあまり好意的ではない。


 佐賀藩も熊本藩もかなり急いで鎮台の整備を始めているようだが、行政機構としての地方警察の整備も必要になるだろう。警察という概念が存在しなかったこれまでの日本。軍事と警察が1つなのは中世までの社会の特徴でもある。江戸幕府の岡っ引き・同心を発展させると考えれば無理はないため、新政府でも既に動いてはいるらしい。


 政治分野では能動的に動ける部分が少ないので、経済基盤の確立が相変わらず重要だ。今日は外務省の仕事も授業もないため、横浜為替会社に出向いて機械輸入に関する手続きを進める。


「こちらが印刷機の代金ですか」

「はい、資金はこの額で」

「横浜の港に届くのですね」

「ええ。それを使って東京に印刷所を整備します」


 海外貿易時の為替なども担当する為替会社。もう少ししたら国立銀行条例が制定され銀行に吸収されたり合併されたりで廃止されていくが、現在の外国貿易のまとめ役なのは事実だ。独自の紙幣発行もしているが、市場の貨幣流通量の調整機関でしかない。銀行ができるまでの両替商からの中継ぎだ。


「では、こちらが貿易用の金貨になります」

「ありがとうございます」


 受け取った決済用のイギリスポンドを、そのままアメリカ人貿易商ウイリアム・ドイルに渡す。手続きは数名の新政府メンバーからの推薦状と事前の連絡があったおかげでスムーズに進んだ。


『ではこちらをサンフランシスコに持って行きます。商品は私が着く頃にはサンフランシスコに届いている予定ですので』

『到着するのは11月ですか』

『そうですね。横浜に着いたら健次郎さんに用意してもらっている工場まで運びます』

『横浜から運ぶための荷車も用意しておきます。鉄道が開通していればよかったんですがね』

『助かりますよ。鉄道を通すにはまだできないことが多いでしょう』


 彼から見ればこの国はまだまだ発展途上だ。仕方ない。

 為替会社でそのまま仲介料を含めて払う。結果的に機械をまとめて購入して運んでこれるので、俺もウイリアムも納得できる取引になった。

 そのままウイリアムは横浜を出発する船でアメリカへ向かうことになった。ついでと言ってはあれだが、アメリカやカナダで栽培されている寒冷地向けの食用植物の種も集めてもらうことになっている。


『では、生きていれば会おう』

『不吉なこと言わないでください』

『残念だが、海の御機嫌は金ではどうにもできないのでね』


 まぁ、航路が大分安定してきているので大丈夫だとは思うけれど、絶対はないのも事実。だから彼のような貿易商が保証付きで商売をして儲かるわけで。

 ウイリアムを送りだし、そのまま横浜のホテルでパンを購入して帰宅した。


 ♢


 東京府 東京


 翌日は下屋敷で麻子様の個人授業だった。


「で、昨日は一日お勤めがなかったのに旦那様は私のところにはこなかった、と」

「横浜との往復は時間がかかるのです」

「旦那様お手製のジャムだけで許すと思ったら大間違いですからね」


 横浜で手に入った上海水蜜桃という桃を使って作ったジャム。これを牛乳から作ったヨーグルトと一緒に味わってもらっている。上海水蜜桃は戦後日本で普及した桃の親品種だ。岩手県でも桃の生産は盛んだったので、学生時代は桃農家の友人がいた。彼の家が育てていたのが、この上海水蜜桃から派生した白桃の一種だった。白桃の美味しさを彼はよく語っていた。

 現在、この上海水蜜桃を盛岡と盛岡藩下屋敷で栽培中だ。単純輸入したものを味の見本としてジャムにしたわけだが、かなり気に入っていただけたようだ。


「これは盛岡でも育ちますので、盛岡でも育てたいのですよ」

「そして、今北海道で進めているという砂糖菜の栽培と合わせて、日本中に売りたい、と」

「そういうことですね」


 北海道開拓使は札幌で甜菜の栽培実験を始めた。この栽培事業にはホーレス・ケプロンというアメリカの元農務局長を黒田清隆殿が口説いて招待しており、彼と数名の農家出身者が指導にあたっているそうだ。


「これをもっと美味しくします。必ず外国人が唸るようなものに」

「それもまた必要なのですか?」

「ええ」


 最近は(侍女は別として)2人だけの時は口数が増えてきている。


「外国では品種改良というものが大規模に行われています。よりたくさんとれるように、より病気に強く、より天気の変化に強く、よりおいしく」


 近代とそれ以前を分ける考え方の違いは科学的か否かだ。科学的に実験する意義は、男女問わず知っている必要がある。


「我が国でも米のようにこの品種改良をしてきております。しかし、その手法は個人の経験と懸命に支えられております」


 よりよいものを求める気質は日本人にも確かにある。だが、より効率的なものを取り入れていきたい。そして、様々なものを『日本に最適化』させていくのが重要だ。


「それをより短時間で成果を出し、この国に最も適した物に改良するのです」

「よくわからない部分も多いですが」


 そう言って麻子様はジャムをスプーンですくう。


「これはきっと、外国人も日本人も関係なく、女子おなごには好まれるでしょうね」


 口に入れると、ほんのりと表情が柔らかくなる。やはり甘い物。甘い物はすべてを解決する。何か機嫌を損ねた時はこれを伝家の宝刀としていこう。バリエーションを増やすためにも、ウイリアム・ドイルには頑張ってもらいたい。


「ところで、お父様の分は用意してあるので?」

「あ」


 俺は大慌てで残っているヨーグルトと瓶の中のジャムを陶器の皿に載せはじめた。

 隣の部屋との襖がガタガタと動くのが視界に入った。

 なんとか1人分はあるから、もう少しそっちで大人しくしていてください、利剛様。

ちなみに、オレンジやリンゴ、この上海水蜜桃の輸入は本来1875年です。ホーレス・ケプロンの来日も史実より少し早くなっているので、いろいろなものが少しずつ早く進んでいる状況です。

ただし、士族の揉め事は史実より長期化しやすくもなっています。薩長が他の藩にある程度配慮していることや、戊辰戦争で反新政府の武士が壊滅させられていないのも影響しています。


私の完結済作品である『斎藤義龍~』の漫画版ですが、単行本の発売が決定しております。ニコニコ漫画様でも一部無料で読めます。

詳細はまた活動報告で書きますが、もし宜しければお手にとっていただけると幸いです。

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[良い点] 第70話到達、おめでとうございます! >「ところで、お父様の分は用意してあるので?」 >「あ」 >俺は大慌てで残っているヨーグルトと瓶の中のジャムを陶器の皿に載せはじめた。 >隣の部屋と…
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