第49話 膠着
もう少し投稿頻度を上げられるようにそろそろなる予定です。
陸奥国 盛岡
開戦した弘前藩との最初の衝突となった小湊の戦いは盛岡藩の大勝で終わった。弘前藩は奥州街道の沿岸部に柵などを使って守りを固めていたが、正面からのナポレオン砲と船上からの砲撃であっという間に崩れた。弘前藩兵が十字砲火を想定していなかったり、守りに柵や矢を防ぐ板盾を使っていたりしたところに、長州征討や京での戦闘を経験していない部分が如実に出ていた。
一方、即席で海岸の砂や土を使って叺を積み上げ、防衛陣地を造りつつ十字砲火で砲撃を加えた上で戦ったうちの藩はほぼ損害を出さずに勝利した。銃撃戦になる距離でもライフリングの有無と装填速度の違いから圧倒的な火力を加えた結果、相手の殿となった部隊がほぼ何も出来ないまま一方的に勝利したのだ。相手の鹵獲した大砲は台場に設置されている旧式で、移動させるのが困難なものだったとは兄の言だ。
こちらは戦線を押し上げながらナポレオン砲を移動させ、今回の一戦で夏泊半島の黒石藩領の占領に成功。陸奥湾の内部を完全に掌握した。さらに船団を平舘に派遣して盛岡藩兵700で平舘を占拠。陸奥湾の制海権を確保した。
弘前藩側は支援の船を派遣する間もなかったらしく、青森の湾内に船舶が孤立した状態になったようだ。日本海側の鰺ヶ沢と分断されたことで弘前藩の海軍は(こちらからすれば大した規模ではなかったが)機能不全に陥っている。
「大変だったみたいですね」
「まぁ、盛岡にいるお前が他人事なのはいいことだ」
「城中は一日中使者がひっきりなしで、大分各方面の使者の顔を覚えつつありますよ」
「電信が欲しいな。使者の中に敵の刺客がいないとも限らない」
「流石にそのあたりは顔見知りを各方面が送っていますがね」
使者を通じての情報伝達は各方面との間にタイムラグをおこす。一昨日の情報が昨日きて今日命令が届く場合もある。不幸中の幸いだが、盛岡藩と仙台藩の国境は距離にして40kmほどなので当日中に情報が行き来できる。秋田藩領への援軍も出兵する拠点のある花巻城は藩境から10kmほどの距離だが、ここは大砲も使って守られている。
「怖いのは箱館に逃げこんだ旧幕府海軍の船ですね。これが出張ってくると陸奥湾の制海権が怪しくなります」
「旧幕府海軍の船は半数が仙台にいるのだろう?」
「ええ。榎本武揚の率いる艦隊は仙台です」
旧幕府海軍の榎本武揚はうちにも来たことがある関係で、一部海軍の艦隊が箱館への先行時に事前通告はしてきた。寄港もしていないので通過を見ていただけだが、こちらの艦船が秋田藩に大砲などを運びこむため不在で、数が少なかったのもあって不利と判断したうちの藩は見逃したかたちだ。
「とは言え、箱館と庄内にはいるわけで。幕府海軍はアメリカへの外洋も成功させた実力者揃い。敵に回せば少々の数の有利ではわかりませぬ」
「成程。だからうちの藩も無理に青森に停留している弘前藩の船を攻めないのか」
「青森の湊を砲撃するには現状の占領地域では距離が足りませんしね。青森湾の海陸両方から攻撃できるくらいの余裕がないと箱館の艦隊に陸奥湾の入口から攻撃された時に挟み撃ちになりかねません」
仙台藩側が攻勢に出た時に海側も攻められたら困るので、八戸と釜石の艦隊は動かせない。八戸の艦隊は一部釜石に移して守りを固めているくらいで、旧幕府海軍と仙台藩の連合艦隊がくれば数の差で圧倒されかねない。結局、こちらから攻勢に出るには色々と難しい情勢なのだ。官軍の艦隊も旧幕府海軍の牽制しかしていないし。このあたりは大坂湾で負けていたのが響いている。
「結局、動かせる兵力の範囲で弘前藩を降伏まで追いこむしかない。しかし占領地を広げすぎると維持ができない。ピンポイントで必要な個所を占領して相手に降伏を促すしかないですね」
「藩兵を増やそうにも人口が劇的に増えるわけもなし。3~4歳以下の子どもはかなり増えているから、15年後には人口爆発を起こせるだろうがな」
宗門改に記録される子どもの数は劇的に増えているそうだ。養える農家が増えて農村人口が増え、幼い子どもが増えている。しかし成人男性が増えているわけではないので、前線の兵士は石高の割に増えていない。このあたりはジレンマとしか言いようがない。
「だから私のような元服前の11歳以上の武家男子は城や屋敷町の警備に当たり、15歳以下の元服間もない者は兄上の下で砲弾や補給物資の運搬を任されているわけですね」
「隠居された方々も釜石や野辺地の市中見廻りをさせられている。湊の荷を積み下ろしする人手も足りずに多くの既婚女性町人が協力しているとか」
国家総動員法とはこういう状況だと言わんばかりだ。農家は旧式火縄銃で自衛を任されているし、奥州街道の荷運びでも協力してもらっている。思ったより反発は少ないようだが、長引けば米の世話にかける時間がなくなり生育状況にも影響が出るだろう。
「弘前藩もこちらの状況は理解しているはず。だからこそ小湊で遅滞戦術をしかけようとしました。戦術も装備も古すぎて遅滞できなかっただけです」
「青森に攻めこむとなれば相手も死に物狂いか。寡兵でどこまで戦えるか。せめて補給が途絶えないように頑張るしかあるまい」
この状況となると外部の戦況はなかなか情報が入らなくなる。大規模な戦闘は7日前の段階でうちが最初だった。だが今はどうかわからない。さすがに官軍が負けるとは思わないが、圧勝できるほど状況が新政府有利とは思えない。となると、各々がやるべきことをやって北東北の戦況を有利にしていくしかないのだ。
♢
5月も半ばに入った。
仙台藩・会津藩は予想に反して下手渡藩に攻めこんではいないらしい。負けた側として出兵には消極的なようで、あくまで薩摩藩などと交渉を主体とし藩境に兵を動かすのみに止めているようだ。とはいえ一部義勇兵のような部隊や彰義隊の生き残り、新選組の残党などは北越入りしているらしい。積極的に戦っているのは庄内藩と秋田藩、うちと弘前藩、そして北越諸藩と旧幕府軍に桑名藩が加わった北越連合軍と長州藩・土佐藩・宇和島藩・加賀藩・越前藩の兵が戦っている。薩摩藩は佐賀藩などと協力して江戸城を接収し、関東の慰撫と仙台藩・会津藩の警戒を続けているらしい。
長州藩は世良修蔵の死があったためか仙台藩も討伐すべしと訴えているらしいが、奥州との境である白河関にいる官軍が2500しかいないあたり人手不足で戦う余裕はないだろう。
仙台藩の筆頭家老・但木土佐が強硬に対立姿勢を示しているからここまで動いているが、藩内では公然と但木土佐に反発する勢力も現れており、それが仙台藩の北越介入を最小限に抑えさせているようだ。
青森の市街地に攻撃するためには距離的に結局黒石藩領からでは届かないため、青森には船で攻勢に出るしかない。一方で、敵は奥州街道をこちらに制されて兵が動かせない状況だ。北の平舘の台場を奪還すべく動いているらしいが、防衛陣地を造った上大砲を輸送し終わった関係でうちの守りはかなり堅くなっている。弘前藩のみが攻めてくるなら負けることはない。
そんなわけで現在、うちの藩は箱館を常時警戒し続けている状況だ。連日商船とともにうちの藩士が行き来しているが、箱館に逃げた幕臣たちは大部分がすでに庄内に向かったらしい。残った一部は幕府艦隊の人間なので、艦隊が動けば彼らもいなくなるわけだ。松前藩はこの艦隊に対抗する力がないから中立という名目で何もしないという方針だ。弘前藩がうちに決定的に敗れでもしない限り、彼らは動けないだろう。
今日は山階宮様が本丸に滞在している関係で、俺の役目が奥と本丸の渡り廊下での出入り取次になっていた。さすがにここはほとんどが正規の藩士で、若手の未元服藩士は俺だけである。
「健次郎殿、そこまで気を張らずとも良い。戦時で殿も山階宮様と日中は詰めっ放しだ。出入りするのは商人のみ」
「商人も皆様の顔見知りのみと伺ってはおりますが、やはり緊張はするものでございまして」
「まぁ、仕方ないか。それに、奥には麻子様もおられるし」
「それは関係なくはないですが関係ございませぬ」
「絶妙な物言いだ」
他の藩士が笑う。笑いごとではない。
「まぁ、正式には決まっておらぬし、それをあれこれ言われてもそなたは困るだろうな」
「御家老様方もそれをわかっておられるとは思うのですが」
「おそらく、そうせねば家中で争いになりかねるからな。実際にどうなるかは別として」
新政府は外国語に通じる人間は積極的に宥免して登用している。旧幕臣ながらすでに京で仕事をしている人間もいるし、五榜の掲示も出された。案の定諸外国の反発でキリスト教についてはなぁなぁになっているが。
そしてその関係で盛岡藩も外国語のできる人材は京に何人も派遣されている。そのまま新政府の官僚になっていくのだろう。俺も年齢的な問題さえなければそうなっていただろう。だから新政府とのパイプとしても俺の婚姻相手は話題になる。争いにならないのは麻子様との噂があるからに他ならない。
「まぁ、悪い縁が生まれることはあるまい。姫様になるにせよ、そうでないにせよ。悲観なさるな」
「はぁ。そうだと良いのですが」
そんな会話をしていたら、少し目をこすりながら麻子様が奥から廊下を渡ろうとやってきた。真っ先に対応するのは年長のまとめ役。俺含め残りは頭をたれて拳を床につくのみだ。
「姫様、こちらは今戦の支度のため奥の皆様はお通しせぬようにと申しつけられておりまする」
「知っています」
「それと、お望みの者はこちらにおります故、この先に行く必要はないかと」
そう言うと、俺を示すように動く面々。
「健次郎殿」
「はっ」
麻子様のはっきりした声を聞いたのは初めてな気がする。
「これを。御武運を」
渡されたのは小さな綿の巾着袋。お守りの一種だろうか。
「私の髪が入っています。必ず、貴殿を守る助けとなるでしょう」
それはちょっと重いと思ったが、少し顔を上げた時に見えた彼女の祈るような表情に、俺は何も言えなかった。
「死んではなりませぬよ」
「はっ」
そう言って彼女は奥へ戻っていった。その姿が見えなくなると、藩士たちは持ち場に戻り、俺の肩を軽くたたいて言った。
「いやぁ、殿にお見せしたかった」
「どうにも殺伐としがちでございますからね。健次郎殿は愛されている。ここに今日置かれたのも殿の命だからな」
大人の酒の肴になるためにここに来たわけではないぞ。くそ。
青森の港湾制圧には、そして弘前藩制圧には人手不足が深刻です。仙台藩に最新装備の兵を回す余裕のない新政府の状況が影響し、盛岡藩は仙台藩との戦線が開かれた場合を想定して過半の兵を弘前藩には送れません。
一方の仙台藩も、強硬派が筆頭家老に居続けている関係で新政府恭順派もいますが北越に同情的です。全軍を動かすには色々足りませんが、いまだに新政府・盛岡・秋田といった勢力にとって脅威なのは確かです。




