第24話 盛薩会談(上)
後半3人称視点が入ります。
陸奥国 盛岡
初夏のある日。父が死んだ。享年は数えで50歳。死因は労咳こと結核。どうしようもなかった。
喪主を務めた兄は確りとその任を全うし、俺たち家族は喪に服すこととなった。この姉上と琴子姉上が父の死の前に嫁ぐことができたのは幸運だった。2人の白無垢姿を父は遠目からだがしっかりと見ることができ、喜んでいたそうだ。今秋に予定されていた磯子姉上の婚儀はさすがに延期だ。とはいえ家督継承も問題なく行われたし、離れに移った母のために新しく数人の奉公人が必要になったくらいだ。ついでに、俺も新しい建物を敷地内に用意された。名目上別家だかららしい。こちらの管理にも人手が必要になる。
「兄上、ひとまず葬儀がすんで良かったですね」
「孝行をしたい時分に親はなし、か。前世も今世も、親孝行なぞ終ぞできずに終わった。やりきれないな」
「もう少し俺が原敬に詳しければ、早目に手を打ったんですが」
「言うな。それを言えば、キリがない。私でも同じことが、それもより言えてしまう。未来のために、できることをしよう」
「はい」
奉公人だが、俺は主に商家の知り合いや農家で人余りになっている子どもを使っている。農家の収入が増えているので人余りは減ったかというと、男子はそこまでではない。結局田んぼの量が増えているわけではないので、相続できない子どもはある程度いるわけだ。女子は生活が楽になった分単純に生かされる子が増えているので、今後10年15年すると急増するだろう。
田んぼと言えば、三本木原など各地の新田開発が順調らしい。藩が投入する資金が増え、新田造りに従事する人間も増えたことが理由だ。昨年から今年にかけて相当な人夫が金で雇われていたらしい。町へ出稼ぎに出たものの収入が増えていない農民や、長屋暮らしの一部町民を動員したとか。今年から作付けが始まっており、『いわてっこ』による増収は続きそうだ。仙台藩や会津藩、長岡藩などでも同様の状況だとか。
「人が死ななくなり、子どもが多く生まれるようになった。これは悪いことじゃない。だが、」
「将来的な雇用環境がありませんね。産業を育てないと」
「養蚕は少しずつ拡大できるが、急激に増やせるものでもない。地道にやりつつ、工場で製糸業はまとめたい」
「そして、鉄道敷設による海外輸入ですね。『我田引鉄』の本領を発揮せねば」
原敬を象徴する四字熟語だ。自分に利益をもたらすのではなく、地元を潤うために鉄道を引っ張ってくる。政治の世界で重要視される『地元の発展のために活動する政治家』の形は、原敬が完成させたといっても過言ではない。
「蒸気機関がフランスから届かないと本格的には何もできないがな」
「釜石でまずは鉄道を走らせたいですね。次が八戸と盛岡、野辺地です」
「都市部と港湾部を結ばないと話にならないからな。あと、将来的には堤防が欲しい」
「現状の試作物を見る限り、時間がかかりそうですがね」
「津波からの避難指示とか避難訓練の方が大事だからな、実際」
やりたいことが多すぎる。自分たちの権限や年齢とのギャップを感じる。
「そろそろ薩長同盟締結が近いです。ここからの動きは幕府も薩長も怒涛の早さになるので、置いていかれないようにしなければ」
「必要なことは事前に伝えてくれ。そうすれば私のできる範囲は私がやるからな」
「わかりました。お互い戦場に出ずにすむよう頑張りましょう」
「ああ」
♢
盆の時期に四十九日があり、これをもって喪を一旦終えた。その間に、幕府はフランスから軍事顧問を要請し、フランスは今秋にも派遣されることが決定した。状況次第ではあるが、盛岡藩にも1,2名派遣されるかもしれないらしい。
一方、盛岡藩に箱館でグラバー商会が接触してきたらしい。八戸藩経由で薩摩藩の重野厚之丞という人物も接触してきており、薩摩藩が盛岡藩に接触してくるという不思議な状況になっているようだ。
「大砲のための中ぐり機を造るのに使う炭素工具鋼の試作はできた。バナジウムやクロム、モリブデンあたりがあるともう少し先にいける」
「おお、ということは」
「先日買ったナポレオン砲の鋳造に一歩前進、ということだな」
中ぐりはドリル的なものだが、やり方を間違えると大きな鉄の塊に穴が開きつつ真っ二つに裂けて終わりになるそうだ。大砲を造りたいという話をした時点で兄はそのあたりを理解しており、ずっと試作を進めてくれていた。
「まぁ、外国人の指導を受けられればもっと早く進んだ部分もあるだろうが」
「俺はそういう部分で手伝えるところが限られますが、そのうち盛岡にもお雇い外国人が来れるようにしたいですね」
「まぁ、明治新政府になったら東京に出てしまうのも手かもな」
東京にも拠点が必要なのは事実だろう。東北を拠点とする店も欲しいが。
「藩札などは可能な範囲で持たず、ある程度今後に対応できるものだけ集めておく」
「お願いします。銀行業もやりたいので、金銀も可能な範囲で確保したいですね」
大政奉還まであと2年。明治改元まで3年。時間は有限だ。
♢♢♢
盛岡城内では八戸藩主・南部信順が連れてきた重野厚之丞と楢山佐渡が会談に臨んでいた。
「今、幕府は迷走しておりもす」
「まぁ、長州をそのまま残したのは如何かと思いますが」
「しかし、今の幕府に異国との交渉を任せられるとは思いもはん」
「異人は我等の知らぬ技術を持っている。学ぶことは学ぶべきだ」
「しかし、それを神国日本に遍く行き渡らせる力は幕府にありもはん」
「まぁ、今は異国が次々と我が国に来ている。帝の元に一致団結し、幕府がそれを補佐するのが一番でしょう」
「真ですか?」
重野はそう言って、揺さぶりをかけてきた。
「真に、幕府はいりもすか?」
八戸藩主が島津一族というのはある意味東北で数少ない太いパイプがある存在なので、主人公たちが喪中の間に事態は一気に動ける程度のコネがあるということです。
次話も盛岡藩・薩摩藩の会談が続きます。




