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世界の真実 4

 再び口火を切ったのはトコマだ。珍しくおずおずとした口調であった。


「あ、あのだな……。怒っているか?」

「いや、怒るっていうか……、驚いてる」俺は正直に答える。


 するとトコマは俺と小田留の前にこちらを向いて立つと、その場で深々と頭を下げた。


「――しょ、将陽、本当にごめんなさい。傷つけてしまい、……辛い思いをさせてしまい。まさか君が、小田留の事故に対しあれほどまでに絶望するとは思わなかったんだ」


 そして次に小田留の方に体を向ける。


「小田留、本当にごめんなさい。私の勝手な計画に巻き込んでしまって。たくさんの辛いことを経験させてしまって」

「トコマ、顔を上げて」小田留が言った。


 しかしトコマはそのままの姿勢で続ける。


「本当に、本当にごめんなさい。こんな私だが、許してくれるだろうか……?」


 間があく。トコマは手で着物の裾を力強くつかみ、俺たちの返事を待っている。その手は、肩は、小さく震えているように見える。


「許すよ」俺は簡潔に答えた。

「本当か? 私はとても、とても酷いことをしてしまったんだぞ?」


 トコマは顔を上げ、泣き出しそうな顔で俺を見た。


「一回目は出来心、二回目は悪意だろ? だから次やったら怒る。それにだ、別に今回のことで誰も不幸になっていない。誰も命を落としていない。それでいいじゃないか」


 次にトコマは小田留へと視線を送った。


「小田留は……、私を許してくれるか?」

「私は許しません」

「…………」目に見えてしょげる。

「ただし」小田留が付け加えた。「本当の現実世界で甘い物でも奢ってくれるのであれば、考え直してあげてもいいかもしれませんね」


 トコマの表情がパーッと、明らかに明るくなった。


 俺たちは防波堤の階段を下り、砂浜へと下りた。海の香りがさらに強くなった。一歩踏み出すごとに、乾いた砂を踏む軽快な音が、足元に鳴った。

 俺は目の前に広がる大海原を見つめたまま、トコマに聞いた。


「でもさ、どうしてわざわざ俺たちの前に現れたんだ? わざわざ謝りにさ。別にそのまま俺たちの前から姿をくらませば、それで何事もなく終わりだったんじゃないのか?」

「私が今日将陽たちに伝えたいのは、謝罪の言葉だけじゃないんだ。もう一つある」人差し指を立てる。「私はだね、将陽、君に救われたんだよ。つまり人を信じるという心を、取り戻すことができたんだ」

「それは俺のおかげなのか?」

「もちろんだ。覚えているだろ? 将陽は私に言った。『絶対に裏切らない』と。そして将陽は本当に、どんな危険な目にあおうが、私を助け、見放さなかった」

「まあ、そりゃーそうだけど」俺は指でポリポリと頬をかく。

「そして最後の漠もどきとの対決。正直に言えばあれは、私が窮地に陥るのはあらかじめ組み込まれていた予定だった。もしかしたら私はどこかで試していたのかもしれない。他人の犠牲と自分の命、どちらかを選ばなければならない状況になった場合、人はどちらを選択するのか、を。私はあの時漠越しに、エクジットの塔を背景にする将陽の姿を見ながら思ったよ。結局最後は私を見放すだろう、裏切るだろう、と。そう思ったしそれでよかった。確実な死で別れる方が、この世界で私を捜すことをしないと考えていたからだ。私の死をもってして、この世界はより限りなく完全に近づくはずだった。だが将陽は違った。自分の命が危険にさらされるかもしれない状況においてもなお、私を助けようと手を差し伸べてくれたんだ。衝撃的だったよ。心の壁を打ち破るようなあの衝撃は、私に向かい必死な表情で走ってくるあの将陽の姿は、今でもはっきりと覚えている。絶対に忘れることなんてできない。すごく、……カッコよかった」


 トコマは薄っすらと笑みを浮かべるとうつむき、指先を擦り合わせた。そして小首を傾げるような格好で俺を見つめると、こう言った。


「本当にごめんなさい。そして、心からありがとう」と。


 この言葉を聞いた俺は自ずと小田留の方に顔を向けた。すると偶然にも同じ行動を取った小田留と目が合った。


 小田留は嬉しそうな表情で頷く。


 俺もそれにならい頷き返す。


「つ、つまりだな……。何と言うかだな……」トコマはもじもじとする。「私は将陽に、小田留に、好意を抱いているんだ。だからだな、将陽と小田留は、わ、私の友達になることを、許可してやってもいいぞっ!」


 俺は声をあげて笑った。

 それを見たトコマは膨れっ面をした。


「といいますか」小田留がそんなトコマに対して言った。「私たちはもう友達ですよね? 私はそう思っていましたが、違いましたか?」


 トコマの表情が華やいだ。それを見た俺は思った。出会った頃に比べ、明らかに感情が顔に出るようになったよな、と。


 俺たちはさらに海辺付近へと近づいた。空に広がる雄大な雲は、壮大な物語の一部を切り取ってきたかのように劇的であった。日の光を反射する海は、一面が黄金色に輝いていた。


 徐々に、辺りに光が満ち始めた。あの時と同じ光だ。あのエレベーターの中で見た、第二のドルーフィムーリドからこの世界に出る時に見た、あの全てを飲み込むような白い光。


 俺たちはお互い向かい合って立つと、輪になるように手を繋いだ。


「小田留、現実に戻ったらすぐに会いに行くからな」

「いえ、将陽は病院にいますから、多分すぐには出られません。私が会いに行きます。すぐに」


 光がさらに強さを増したため、足元の砂浜以外のほとんどが見えなくなった。


「私は」トコマが視線を落としながら言った。「現実へ戻ったらナビゲーターをやろうと思う。もちろん法外過ぎるお金は取らないし、あくまでもドルーフィムーリドで苦しむ人のためにだ」

「それは素晴らしいけど、今は違うだろ?」

「え?」顔を上げる。

「俺の家の場所分かるよな? いつでもこいよ。俺たちはもう友達なんだからさ」


 そして光が、俺たちの姿をも飲み込んだ。


 消えゆく視界の中で最後に見たのは、


 満面の笑みで頷く、トコマの顔であった。

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