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彼岸 2

 ある日の朝だ。俺は目覚めると学校へといくための身支度をし、ダイニングへと向かった。誰もいなかった。テーブルには『早めに仕事に出かけます。朝食はパンがあるから適当に。母より』というメッセージの書かれたメモが置かれていた。メモは広告の裏面を再利用した物であり、赤のペンで大きく書かれていた。

 トーストを焼き、真っ赤なイチゴジャムを多めに塗りつけると、牛乳を片手にテーブルに座って食べた。トーストはイチゴジャムの味しかしなかった。


 家から出ると、何となく空を見上げた。灰色の雲に覆われた鬱屈な空が広がっていた。ジメジメとした空気が肌に纏わりつき、ただでさえ晴れない気分にさらに追い討ちをかける。俺はぶつけようのない気持ちを胸中に感じ、顔をしかめると靴で地面を蹴りつけた。

 歩いて学校へと向かう道すがら、俺はある異変に気が付いた。人の気配を感じないのだ。確かにまだ住宅街の真ん中であり、交通量もほとんどない場所だ。しかしそれにしてはあまりにも静か過ぎるのである。

 人の生活があれば、そこには決して避けることのできない生活音というものがある。そういった些細な、しかしながらどこか安心感を覚える人々の営みが、この場所からは完全に欠落していた。

 俺は気のせいだろうと思い、そのまま歩を進めた。きっともう少ししたら誰かに遭遇するに違いないと気楽に考え、住宅街から大通りへと抜けた。


 しかし予想は裏切られてしまう。


 大通りで、しかもこの時間帯であれば、うんざりするほどの交通量と人の行き来があるはずだ。しかし目の前に広がる光景にはその何一つが存在していなかった。

 車もバイクも自転車も走っておらず、人っ子一人見当たらない。空を自由に飛ぶ鳥も、地上を我が物顔で歩く猫も、ただただ本能のままに飛ぶ羽虫も、何もかもが見当たらない。

 俺は息を呑み目をつむると、耳に意識を集中した。目に見えないのならば音で感じようと、そのように考えたためだ。しかしそこには自由意志で動く何らかの存在の音は皆無であった。大地を舐めるように吹き抜ける風の音と、そこから生じる古典力学的運動の音のみだ。


 ……これは絶対におかしいと、俺はそう思った。だがだからといってどうすればいいのかはよく分からない。とりあえずは学校にいってみようと考え再び歩き始める。

 もしかしたら偶然が偶然にも連続しているだけなのかもしれない。学校にいけばいつも通りの日常が広がっているかもしれない。俺はこのように自分自身を納得させると、気分を変えるためにも音楽プレイヤーのイヤホンを耳に突っ込んだ。


 自分では落ち着いているつもりであったが、おそらくそれは虚勢なのだろう。耳元でシャカシャカ鳴る音楽が全く耳に入ってこない。うっとおしくなった俺はイヤホンを耳から乱雑に引き抜くと、ぐるぐると本体に巻きつけ鞄の中に放り込んだ。

 気が付けば歩くペースもかなり速くなっていた。いつもの倍以上で、駆けているといっても過言ではないほどだ。


 ゴーストタウンのような町を抜けると、ようやく学校へと続くなだらかな坂道へと到着した。俺はそれを上り終えると、そこで一度足を止め、町を見下ろしてみた。


 ――世界は静止していた。少なくとも俺にはそのようにしか見えなかった。


 町は模型を整然と並べたような空虚さがあり、大地に吹く風はごみを吹き飛ばすブロワーのように無機質であった。風に揺れる草木も、カサカサと、どこか作り物っぽい耳障りな音を奏でている。


 俺は昇降口で上履きに履き替えると校舎内へと上がった。

 静かだった。蛍光灯のジリジリという音が、妙に大きく聞こえた。

 階段を上り自分の教室のある三階へと向かう。途中幾らかの教室をのぞいたため、誰もいないことは分かりきっていたが、それでもなお俺はとにかく階段を上り続けた。


 歩きながら、様々な想像を脳裏に思い描く。何らかの天変地異に見舞われ、俺を残し町ごとどこかへ避難したとか、何らかの伝染病が一夜にして人々を襲い、誰も家から出られなくなったとか、そういった非現実的な想像である。だが俺は思う。実際目の前で非現実的なことが起きているのに、非現実的な想像以外の、一体何で対処できるというのだろうか? と。


 そしてついに、現時点での最終目的地、自分の教室に着いた。1年5組と書かれたプラスチックの板が、教室壁面に対し垂直に、凛々しく突き出している。


 俺は後方の扉の取っ手に手をかけると、ゆっくりと開けた。

 誰もいなかった。静かな、まるで放課後のような教室が、俺の目の前には広がっていた。


 どうして気付かなかったのだろうか?


 ここで初めて携帯電話を手にする。そして発信履歴を開くと、同じ五組の者の名前を探した。一番初めに目に飛び込んできたのは龍之介の名前であった。俺はすぐに発信ボタンを押し電話をかけた。

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