世界の果てへ 8
竜は全身白い鱗に覆われており、コウモリのような翼の他に後ろ足が二本あった。足には鋭く長い頑丈そうな爪が生えている。あれらで攻撃されようものなら、この飛行機程度容易く墜落させられてしまうだろう。
獏は竜の首の付け根付近に跨っている。全身は黒のローブ姿だ。顔にはヤギの頭蓋骨のような仮面がつけられており、フードを突き破るという格好で二本の角が生えていた。そのため獏の正体が仮装した人間なのか、それとも見たままの化け物なのか、その判断がつかない。手には長く重そうな槍を持っている。
獏を乗せた竜はこちらに向かい物凄い勢いで接近してきた。そして飛行機のすぐ脇を通過。その際大きな翼が風を切る爆音にも似た音が轟く。空中には竜の口から垂れた唾液が糸を引きながら薄っすらと光を反射、一瞬ではあるが大型動物特有の獣の臭いが鼻を突いた。
「あいつ、俺たちを生かす気ないだろ!」俺は叫ぶ。
「確かに、穏やかじゃないな」
トコマは和傘銃を構え、竜の動きに合わせ狙いを定める。
しばらく竜は飛行機の進行方向を飛んでいたが、突然百八十度体を転換、一気に正面から突っ込んできた。
これを見た龍之介はとっさに操縦桿を右に切った。飛行機は右に傾き、俺たちは慣性の法則にのっとり左へと押しやられる。
竜は左足で飛行機に対し攻撃してきたが、すんでのところでなんとかかわすことができた。
トコマは歯を噛み締め、ひるむことなく銃で竜を追尾、後方へと飛び去る竜に向けて発砲する。しかし銃弾は当たらない。弾は竜の影を追うようにワンテンポ遅れて空間を通過、意味のない鉄屑となって地上へと落下していった。
「どうする?! この飛行機のスペックじゃ、あの竜には全然勝てないぜ!」龍之介が嘆く。
「戦う」トコマは果敢な声音で言う。「この銃は射程距離が物凄く短いんだ。竜をギリギリまで引き付けて、一気に体内にぶち込む!」
「じゃあ俺は今まで通り、安定した狙われやすい飛行を続ければいいってことか?!」
「それで頼む! 次また銃声が聞こえたら、その瞬間に先ほど同様操縦桿を右に切れ!」
竜は再び向きを変え、こちらに向かってやってきた。牙を剥き出しにして、時折鷲のような鳴き声でこちらを威嚇。相変わらず殺伐とした雰囲気を撒き散らしている。
トコマは座席から機外へと体を乗り出すと、まるでスナイパーのように銃を構えた。
「将陽! 私の足を支えてくれ! 決してはなすでないぞ!」
俺はトコマのわき腹に腕を回し、前でしっかりと固定。足の裏を壁に押し当て、踏ん張れる体勢を取る。
竜は急速接近。風を切る轟音が間近まで迫った次の瞬間だ。トコマの放つ銃声が聞こえた。
竜の怯んだような鳴き声と、飛行機の方向転換がほぼ同時に起きた。トコマは飛行機左舷へと遠心力により引き寄せられたが、もちろん俺がそんな彼女をしっかりと支えたため、投げ出されるということはなかった。
飛行機が体勢を立て直すと、胴体の側面にだらんと垂れ下がったトコマを引き上げる。そしてすぐさま竜の姿をその目で追った。
竜は体をくねらせ身悶えながら落下、そのまま霧の中へと消えていった。
「トコマ! やったな! お前すげー……」
言いかけたその時だ。トコマが飛びつくように俺の胸に顔をうずめ、両手で力強く制服のブレザーを握り締めた。全身は小刻みに震えており、小さく息を荒らげている。
当然といえば当然だ。高所恐怖症の者がこの高高度で、短い時間ではあるにせよ宙吊りになったのだ。怖くないはずがない。
俺はトコマを軽く抱きしめると、背中を優しくさすった。




