世界の果てへ 7
数分後、俺たちの乗る飛行機はその建造物へとさらに接近。この時点で肉眼でも確認できるほどにその姿は明確になる。
石造りの塔だ。ただの塔ではない。超巨大な塔だ。そのあまりの大きさに、俺は本当にこれが建造物であるのかさえ分からなくなってしまう。その塔を前にしては飛行機など豆粒以下の塵であり、立ちはだかる塔は絶壁という規模を遥かに凌ぐ、この世の神という神により創造された、伝説上の産物にしか見えなかった。
「どうすればいいんだ?」龍之介が聞く。
「とりあえずは塔のまわりを飛んでみてくれ。入り口を探したい」トコマが双眼鏡で塔の方を見つめながら答える。
龍之介は「分かった」と返事をすると、針路を塔の南側へと取った。
塔は円筒形であった。イメージとしては、富士山が円錐ではなく、そのまま柱になったような感じだ。おそらくは飛行機で周囲を一周するだけでも数分の時間を要するであろう。塔の断面に窓といったものはないが、所々梁の一部と思われる部分が外部に飛び出しており、それをこの世界でいう超高層ビル大の柱が支えている。材質は石であるが、その一つひとつはエアーズロック並みに大きい。全てにおいて人知を凌駕したこの建造物は、地球の地軸がズレてしまうのではないかと思われるほどの圧倒さがあった。
塔の反対側、日の当たる側面に出た時である。小田留が突然大きな声をあげた。
「ね、ねえ! 後ろからなにかがきます!」
俺は左の窓から、トコマは右の窓から、それぞれ後方を確認した。
確かに何かがこちらへと迫っていた。それは初め霧の表面をかすめるように飛ぶ鳥のように見えた。だが、どうやら違うようだ。
「龍之介、窓開けてもいいか?」
「ああ、この高度なら問題ない」
窓を開けると強い風が吹き込み、機内の温度が幾分か下がった。
俺は上半身を乗り出し、今一度後方を確認する。
「――竜、か?」
「どうやら、そのようだな」トコマが双眼鏡をのぞき込みながら言った。
「マジかよ……」
現状をすんなりと受け入れることができたのは、すぐそばに現実離れした塔があったからといえるだろう。こんなとんでもない物が存在するのだから、ドラゴンでも、エルフでも、ドワーフでも、エントでも、魔法使いでも、何が出てきてもおかしくないといった具合だ。
「将陽…………」
呼ばれた俺は、トコマへと顔を向ける。
彼女は双眼鏡を下ろし、床にうずくまった状態であった。顔は蒼白しており、定まらない視線で小さく荒い息を繰り返している。
「おい? どうした? 下見ちゃったか?」
すぐに駆け寄り、背中をさすってやる。
「竜の方を見るな……」
そして小田留にも聞こえるように大きな声でもう一度言う。
「竜の方を見るな!」
「見るなって、どうしてだよ?」
「竜の上に奴が乗ってる」
「奴って、もしかして……」
「このドルーフィムーリドを作った張本人、獏だよ」
思わず俺は、トコマの忠告を忘れ、龍の方に視線を送ってしまう。
トコマは袖を引き俺をかがませると、ぐっと顔を近づけ、目をのぞき込んだ。
「最悪だ。あいつはかなりヤバイ。ただ視線を送るだけでも、こちらの存在を察知するだろう。もっとも、もう我々の動きには気が付いているようではあるが」
「そんなに、ヤバイのか? あいつ」
「今までに数多くの獏を見てきたが、あれほどまでの力を持った獏を見たのは、今回が初めてだ。なるほどな。個定率34で、そのレベルを圧倒するドルーフィムーリドの規模。奴の力添えが半端ないということか……」
「で、俺たちはどうすればいいんだ? 戦うのか? 獏と」
「できればそれは避けたい。奴とまともにやり合えば、少なくとも甚大な被害を避けることはできないと思う」
「甚大な被害って、一体何だよ?」俺はこのように聞いた。
しかしトコマはこれに対し答えてはくれなかった。
後方より、鷲か何かが鳴くような動物の声が聞こえた。俺は振り返り声の出どころに視線を送る。いつの間にか、肉眼でも確認できるほどの距離まで竜が迫っていた。




