世界の果てへ 6
次の覚醒は、龍之介の呼びかけと共にやってきた。
俺は眠い目を擦りつつも、ほぼ反射的に携帯電話を取り出し、時間を確認した。
時刻は午前五時であった。どうやら窓外に広がる橙色の日の光は、午前のものであるらしい。
だが次に、制限時間であるタイマーの方を確認すると、俺はそこに浮かぶ数字に思わず息を呑んでしまう。
――五時間……。なんと残りは、あとたったの五時間しかなかった。
俺はその一桁の数字を見て、ここで初めて自分たちが危機的状況に陥りつつあるのだと心底実感した。この数字がゼロになれば、現実世界の小田留は物理的に死に、それに巻き込まれた俺とトコマは精神的に死ぬのである。それらが自らの未来に起こり得るのだとリアルに想像すると、俺は不安な気持ちで胸が張り裂けそうになり、同時に、腹の底に重たい、まるで嘔吐感にも似た嫌な感覚が広がった。
「おい! 将陽! 起きてんだろ?!」再度龍之介が俺に声をかける。
「ああ。どうした? なんかあったのか?」
「前だよ! 前見てみろ! 空が割れてる! 何だよあれ!」
空が割れてる、という言葉の意味がよく分からなかったが、とにかく俺は前方に視線を送ってみた。
空は橙色から黄色の、眩しいグラデーションに染まっていた。眼下には雲海が果てしなく広がっており、遥か彼方に雲の水平線を作り出している。頭上には薄い絹のような雲が浮かんでいたが、それらは物凄いスピードで後方へと流されてゆく。
そして問題は中央の黒い線だ。それはまるで雲を串刺しにするかのように、空へと向かい垂直に伸びていた。
目を細めてみるも、やはり何がどうなっているのかさっぱり分からない。見ようによっては、確かに空が割れているようにも見えなくはない。
「トコマ! トコマ起きろ!」
胸元でスヤスヤと眠るトコマを、俺は直ちに起こした。ドルーフィムーリドのことをこの中の誰よりも知っているだろう彼女なら、何か分かるんじゃないかと思ったからだ。
目覚めたトコマは、俺の胸元から顔をはなした。するとビローンと何かが伸びた。それはよだれであった。
俺は苦い表情をトコマに向ける。
彼女はベタベタになった俺の服を見つめたが、すぐに眠そうな目を上げ、ぬけぬけとこう言い放つ。
「よろこべ。私のよだれだぞ」
何言っとんじゃお前はよぉぉぉー!!
……と言いたい気持ちはもちろんあったが、ぐっと抑え、俺は前方を指さした。
「トコマ、寝起きで悪いんだけど、空の様子が変なんだ」
トコマは俺の指先を辿るように前方へと顔を向けると、席を立ち、操縦席へとその身を乗り出した。そしてその体勢のまま俺に向かって腕を伸ばし、「双眼鏡」と催促。俺は突き出されたその手に双眼鏡をのせる。
しばらくの間彼女は、空を二つに分かつその黒い線を凝視していた。
「おい、どうなんだ。なにか分かりそうか?」痺れを切らした俺は聞いた。
「距離は二十キロ先だ。まだはっきりしないが、おそらく何らかの建造物であると思われる」
トコマは双眼鏡を俺に渡す。
「建造物? あり得ないだろ。あの様子じゃ宇宙の果てまで伸びてるぞ」
言いながらも、俺は双眼鏡をのぞき込む。
確かにトコマの言う通り、それは何らかの建造物のようであった。黒い線に見えるのは、距離があるのはもちろんのこと、まだ新しい太陽が真横からさしているため、影の部分が際立っているというのが原因だ。
「天空へと伸びる塔。壮観だな」
すぐ隣でトコマが言った。
「じゃああれが俺たちの目指す場所、エクジッターピニオンってことか?」
「間違いないな。あの様子、まるでこの世界から出るために作られた軌道エレベーターのようではないか」
この言葉を聞き、俺はすぐに龍之介に指示を出す。
「龍之介、あそこだ! あそこに向かって飛んでくれ!」
「了解。燃料ももうすぐなくなるし、ちょうどいい目的地だな」
「そうだ、今のうちに渡しとくよ」財布から一万円札を四枚取り出す。「四日分のガイド料。成功報酬なんだけど、初日に奢ったあの飯でいいか? ちょっと金足んなくて」
「いらねーよ! 多分もうそれ紙くずだよな?! あー貯金なくてよかった。金持ちザマー!」




