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世界の果てへ 5

 龍之介の用意してくれた袋の中を漁っていると、一番下の方から半分に折れ曲がった文庫本が出てきた。俺はそれを手に取ると真っ直ぐに伸ばし、表紙を確認した。『星の王子さま』であった。小さい頃はこの話が好きで、何度も何度も読み返したのをよく覚えている。


「龍之介、この本どうしたんだ?」

「ああ、暇つぶしになるんじゃねーかと思って、何となくリサイクルショップで買っておいたんだ」

「なるほど。しかし懐かしいな……」


 パラパラと頁をめくる俺に対し、トコマが言った。


「何だそれは? 面白いのか?」

「『星の王子さま』だ。歴史的名著だぞ。知らないのか?」

「知らない。というか物語とかは、一切読んだことも聞いたこともない」

「マジで? 漫画とか映画とかも?」

「一切だ。どれ、時間もあることだ。その本を読んで聞かせてくれないか?」

「え? 自分で読めば?」

「私はだね、将陽の口から聞きたいのだよ」

「はいはい分かりましたよお嬢様ー」


 するとトコマは、いきなり俺の股の間に座り込んできた。彼女は俺の胸元にもたれかかると、催促するかのように肩越しにこちらを見た。


「ちょっ、お前何やってんの?」

「何って、こうしなければ挿絵が見れんではないか」

「まあ、別にいいけどさー」


 俺は手をトコマの前に回し、少しだけ首を傾げ本を読み始める。

 どうやら小田留も星の王子さまを知らないようで、興味津々といったていで後ろから背もたれに頬杖をついてきた。

 俺はゆっくりと、できるだけ感情を込めて読んだ。ことあるごとにトコマが質問を投げかけてきたため、たった一冊読むだけでも七時間ほどの時間を要してしまった。


 夜が訪れた。

 結局トコマは俺の胸元でそのまま眠ってしまった。

 俺は彼女を起こさないように前から毛布をかけてやる。もちろん毛布は一枚しかないため、一緒に包まっている状態だ。

 目を閉じると、視界が真っ暗になった。俺はその暗闇に記憶を投影するかのごとく、ここ数日の出来事を思い返してみた。


 ――あの交差点でトコマと出会い、病院で再会、獏についての説明を受ける。

 小田留のドルーフィムーリドへと進入、そこは異世界ともいえる近未来都市だった。

 龍之介と出会った後、霧に包まれた謎の大陸が出現。海面上昇により世界は滅茶苦茶に。

 囚われた小田留と彼女の刑務所からの救出。

 そして先ほどの、星の王子さまの朗読会……。


 と、ここで、もやもやとした感覚が胸に込み上げた。それは一言で言えば違和感であった。俺はその違和感の正体を突き止めるべく、一生懸命に自分自身の脳内を探った。この数日で起こった様々な出来事、あるいは交わした会話の中に、何らかの腑に落ちない点があるのかもしれないと、そのように考えたからだ。

 しかし現時点ではその違和感の正体が一体何なのか突き止めることはできなかった。そして俺はいつの間にか眠りの中へと落ちてゆく。深い深い、普段の眠り以上に深い、その闇の世界へと。

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