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パノプティコン突入作戦 10

 操縦席には茶色の髪をツンツンに立てた、夢の世界の龍之介が乗っている。

 彼は俺たちに向かい合図を出す。腕を正門の方へ、あの巨大な吊り橋の方へと振るう、俺たちに何らかの行動を促す合図だ。

 警官たちは一瞬、有人飛行というあり得ない光景に目を奪われる。トコマはそんな、彼らの隙を見逃さなかった。

 俺の腕から逃れると、軽快な身のこなしで近くにあった白バイを強奪、アクセルとブレーキをうまく使い、その場で何度か回転させる。周囲の人をなぎ払った後に、彼女は俺たちに向かい大きな声で言った。


「早く乗れ!!」


 俺は即座に動いた。小田留を連れ飛ぶようにタンデムシートに跨ると、振り落とされないためにも、彼女を腕で両脇から囲うように手すりをつかんだ。


「出してくれ!!」


 俺の叫びと、けたたましいエンジン音とが、ほぼ同時に聞こえた。

 後ろから飛び掛かってきた警官は、しばらくはバイクのどこかをつかみ頑張っていたが、引きずられ、途中で力尽きたのか、いつの間にかいなくなっていた。

 トコマは物凄い勢いで人を、警察車両を交わしながら突き進んでゆく。少し進むと人の密度が減ったため、若干の余裕が持てるようになる。


「一体どうするんだ?!」俺はトコマに大声で聞く。

「さっきの龍之介の合図、あれは橋へと向かえというものだった! そして彼の操縦する飛行機は橋とは反対側、刑務所の向こうへと飛んでいった!」

「それがなに?!」

「つまり龍之介は、我々の進行方向に平行して飛び、そのまま飛行機内へと引き上げるつもりだ!」

「そんなんできるのか?! 一度どこかに着陸してからの方がいいんじゃないか?!」

「無理だ!! 着陸などしようものなら、あっという間に包囲される!」


 巨大な正門を通過した時だ。頭上に再び龍之介の操縦する飛行機が現れた。

 飛行機は小型のプロペラ機であり、左右に一つずつ、二つのエンジンを備えた双発機と呼ばれる物であった。

 彼はゆっくりとゆっくりと下降し、こちらに距離を詰めてくる。

 トコマは慎重に、真っ直ぐに、一定の速度を保ちバイクを運転する。

 俺は飛行機の方を見上げた。そこにはロープでできた梯子が垂れている。風で揺れ、正直つかむのでさえかなり骨が折れそうだ。

 橋のワイヤーを支える一本目の主塔が迫ってきた。龍之介はさらに飛行高度を落とし、神業的な操縦でなんとかそれをやり過ごす。

 俺は梯子に手を伸ばした。もう少し、もう少しでつかめる、というところで、決まって遠ざかってゆく。まるで死神にもてあそばれているかのようだ。

 だが俺は諦めない。諦められるはずがない。次なんて、どこにもないのだから。

 そしてその時はきた。俺はロープを指先でチョンチョンと触れ、そしてつまみ、そのまま手繰り寄せるように手のひらに持つと、両手でしっかりと固定した。

 すかさず小田留に叫ぶ。


「小田留!! 先に上がれ!!」


 彼女が数段上がったのを確認すると、次はトコマに言う。


「トコマ! とりあえず先にいくぞ!」


 トコマは無言で頷くと、飛行機との距離をはかりながらバイクの運転を継続した。

 梯子を三段ほど上ったところで、俺は再び小田留に指示を出す。


「小田留はそのまま座席までいってくれ!」


 これを聞いた小田留は俺から和傘銃を預かると、そのまま機内へと体を滑り込ませた。


「トコマ! さあ! 早くこっちへ!」


 叫びながらトコマへと手を伸ばす。この時点で大体橋の中央付近であった。

 しかしここで突然の突風。飛行機は強く煽られ、横に軌道が逸れる。一瞬、かすかに翼が橋のワイヤーに当たり、血の気の引く音が鳴った。

 俺は口から心臓が飛び出しそうになり、本気で神に祈る。ここ最近は神に祈ってばかりだ。

 龍之介は体勢を立て直すためにも一度飛行高度を上げた。そして再度距離をはかりながらトコマの運転するバイクに近づく。

 俺は精一杯手を伸ばした。

 トコマもハンドルを握っていない方の手を思いっきりこちらに伸ばした。

 俺の指先と、トコマの指先が、わずかに触れた。しかしそのまま通過、また距離があいてしまう。


「龍之介!! もうちょい左! 左だ!!」俺は龍之介に叫ぶ。


 龍之介はこちらと前方を交互に見ながら真剣な表情で飛行機を操縦している。

 ここで二本目の主塔を通過。街中に入ってしまえば高度を上げざるを得ない。つまりチャンスは、次が最後なのだ。

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