パノプティコン突入作戦 6
橋は片側五車線の吊り橋タイプだ。主塔が前後二箇所に立っており、メインケーブルが橋の中央をアンカーポイントに美しい曲線を描いている。橋桁を支える極太のワイヤーが縦に何本も何本ものびているが、真正面から見るとそれらは折り重なって見えるため、まるで道を左右から覆う巨大なカーテンのようであった。
下には何もない。ただただ暗い空間が、永遠を思わせる奈落へと続いている。暗黒の川でも流れているのではないだろうかというおぞましい錯覚を抱くのは、絶壁をなすビルの外壁が、途中暗闇のせいで見えなくなるのが原因だろうか。
橋に入ると俺はさらにアクセルを踏み込んだ。左右に垂れるワイヤーが物凄い勢いで前方から背後へとすっ飛んでゆく。
一つ目の主塔が眼前に迫る。それは想像以上に大きく、そして荘厳であった。凱旋門のようなそれを通過すると、俺たちの乗るダンプはちょうど橋の中央付近に到達する。
ここで対岸の様子が月明かりの下にぼんやりと見えてきた。橋の終着地点の辺りには簡易的な鉄の柵が置かれており、その向こうには赤色灯を灯したパトカーが数十台止まっている。何人かの刑務所職員、ならびに警察関係者の姿も目に入ってきた。
「躊躇するな! 突っ込むぞ!」
トコマはそう言うと、脚を伸ばす格好で床に座り込み衝撃に備えた。
「分かってる! いくぞ!!」
何かが吹っ切れたのを、俺は心の中に感じた。先ほど偶然とはいえ武装ヘリを一機撃墜したからなのかもしれない。目の前でトコマが、理不尽な暴力にさらされたからなのかもしれない。生存本能をつかさどるスイッチがカチリと切り替わり、生きるためにできる全ての物事に対しアグレッシブになったのだ。
二つ目の主塔を越えた辺りで、俺はクラクションをけたたましく鳴らす。どかなければひき殺すという、冷酷な思いで。
何人かの警官が赤い誘導灯を頭上で振りながら道の真ん中に出てきた。業者の車か何かと勘違いしているのだろう。合図を送りダンプを然るべき場所へと誘導しようとしている。
俺はこちらの真意を伝えるためにもさらにアクセルを踏み込み、クラクションを何度も何度も鳴らしまくった。
異変に気が付いた数名の警官が、残り数十メートルの辺りで慌てて脇道へと退避した。
簡易的な鉄の柵に激突すると、それらはまるで発泡スチロールか何かのように斜め前方にひらひらと飛んでいった。そしてダンプはパトカーに衝突、一台目は割れたガラスを撒き散らしながら百八十度回転、二台目はまるでスクラップ工場の鉄くずのようにぺしゃんこに、三台目はゴロゴロと横転し、他のパトカーを巻き込みながら炎上した。
パトカーとぶつかるたびにハンドルを取られたが、俺はしっかりと両手で支え、歯を食いしばりながら前方を、施設へと通じる硬く閉ざされた正門をめざして突き進んだ。
近くで見るその門は非常に大きく、この超巨大ダンプカー、キャタピラーですら難なく通れるほどであった。
左右は極太のコンクリートの柱であり、また上部はアーチ状になっている。それはどこか城門を想起させたため、まるで本当にどこかの城に攻め込んでいるような気分になった。
「いくぞ! 衝撃に備えろ!」俺は叫んだ。
トコマは踏ん張り、腕で頭を抱えるように身をかがめた。
門にぶつかると同時に物凄い衝撃が襲う。俺は体にシートベルトが食い込み一瞬息が止まった。トコマは床にひっくり返り、足を上にして呆然とした表情を浮かべた。もう滅茶苦茶だ。
――駄目か?! と一瞬思ったが、ダンプはなんとか正門の突破に成功。施設に向かって押しのけるように門扉を破壊すると、さらに内部へと向かい猛進する。
そのまま百メートルほど進んだ所に施設の正面玄関と思しき場所がある。こちらは来客用も兼ねているのか前面ガラス張りになっている。あの堅固な門扉を破った車両だ。進入は造作もない。
俺はスピードを緩めることなく突き進み、先ほどと同じように玄関をぶち破った。ガラスの割れる大きな音が辺り一面に響き渡り、粉々になったガラスの破片に月の光がキラキラと反射した。
広いホールの中央付近でダンプは自ずと止まった。相当に無理な運転を強いたため、駆動部のどこかに破損が生じてしまったのだろう。
俺はこのダンプの死を契機にさっそく行動を開始する。トコマの髪の毛を乱暴につかみこちらに引き寄せると、和傘から引き抜いた刀を彼女の細い首に押し当てた。そしてそのままの状態で降車、集まってきた警官に向かい叫んだ。
「これから俺の言うことを聞いてもらう! 少しでも躊躇すればこの女を直ちに殺害する!」




