パノプティコン突入作戦 3
トコマが強奪した自動車はなんとあの世界最大級のダンプカー、『キャタピラー』であった。タイヤだけでも俺の背の倍以上はあり、その様はまるで動く家のようだ。運転席の位置は高く、ちょうど一般的な家屋でいう二階付近に相当する。そこは手すりで囲われており、ちょっとしたベランダのようなつくりになっている。
前部にある階段を上り車両に乗り込むと、トコマは俺に言った。
「先ほども説明したが、この世界は幸運にもパーレベルがIIだ。なので将陽はこのダンプカーをなぜか運転することが可能なはずだ」
ほんとかよ? と疑念を抱いたが、その思いは杞憂であった。俺は特に考えるではなくエンジンをかけると、これまた特に考えるではなく発進の準備を整え、そして気が付けばアクセルを踏んでいた。
「うおーっ! すっげー! なにこれ! なんかよく分からんのだけど! すげー! なんかこう、風景がブワーってくる! ブワーって!」俺は感嘆の声をあげる。
「運転に集中せんか。あくまでも運転ができるようになるというだけで、事故らないとは別だからな」
「ちなみに女の子にモテるようになるのって、パーレベルいくつから?」
「どれぐらいモテるかによるが、誰かから好意を受ける程度ならば、レベルIだな」
「え? 意外と低くね?」
「恋愛というのが、それほど一般的ということだろ」
「何でだろう? 俺悲しくなってきたぞ」
「そんな下らんことは今はどうだっていいんだ」トコマは俺の気持ちなんていざ知らずといったていで言う。「それよりもパノプティコン刑務所の場所は大丈夫なのか?」
「ちょっと待って。自動走行システムを試してみる」
そう言うと俺は機械に話しかけた。もちろんシステムの存在も使い方もなぜか分かる。
「パノプティコン刑務所まで自動走行できる?」
『現在道路上自動走行システムの電波が受信できない状態にあります。自動走行はご利用いただけません』スピーカーから音声が流れた。
「じゃあナビを起動したいんだけど」
『受信環境にあるお手持ちの端末を見つけられませんでした。画面表示として出力しますか?』
「お願い」
するとフロントガラスの中央付近に大きく地図の画面が表示され、音声によるナビが開始された。おそらくは軌道上の人工衛星は生きているといった具合なのだろう。
しばらくは真剣に運転を続けた。運転ができるとはいえ実際に体験するのはこれが初めてだ。しかも道路照明はなく、頼りになるのは道路に設置された反射鏡と降り注ぐ月明かりだけといった悪条件である。ただ月に関しては満月であり、ちょうど頭上に位置しているため、想像以上に明るく俺たちの行く先を照らし出してくれる。
間もなくして、トコマが口を開いた。
「この武器はしばらく将陽に貸す。使い方はこうだ」
和傘銃を手に取り前方へと構える。
「傘の先っちょが銃口になっており、この取っ手の部分の引き金を引けば発射される。銃弾は限られている。あまり使い過ぎるなよ。それから」
取っ手の部分を反時計回りに数回ひねった。するとある地点でカチッという音が鳴りはずれた。引き抜くと刃渡り一メートルほどの日本刀が出てきた。
「こうすれば刀が出てくる。これを私に突きつけ、人質とするんだ」
最後に傘を少しだけ開く。
「この傘は特殊繊維でできている。開けば盾になるぞ」
「すげーなそれ」俺は素直に感嘆した。「俺ちょっとほしいんだけど。どこで買えるの?」
「ほしければ売ってやらんでもないぞ? ただし百億万円だ」
俺は微苦笑を浮かべ、トコマの冗談を受け流した。
道はなだらかなカーブに入った。若干下り坂になっているような気もする。ナビを確認してみても分かるが、目的地到着まではもう少しだ。
「突入する前に、一つ言っておかなければならないことがある」
「何?」俺は顔を前に向けたまま聞く。
「これからすることはこちらの無理な要求を全て完全に飲ませるという、相手にとっては理不尽極まりない行為だ。生ぬるい心積もりではうまくいかない可能性が高くなる」
「ああ」
「もしも私が人質として役不足の事態に陥った場合は、相手を何人か撃ち殺せ。こちらの要求を聞かなければお前たちは確実に死ぬんだぞ、こちらは本気なんだぞ、と、相手にはっきりと刻み付けるんだ」
俺は音を立てて唾を飲み込む。トコマの言葉に迷いがないと、本気であると、何となく分かったからだ。
彼女は続けた。
「少しでも口答えしたらすぐに殺せ。大勢の前で見せ付けるように殺せ。さっきの運転手の時みたいにいちいち動揺するな。今のうちから覚悟を決めておくんだ。分かったか?」
俺はとりあえず頷く。本当にできるのだろうか? という不安を抱きながらも。




