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ドルーフィムーリド 12

 トコマと龍之介が元の場所に腰を下ろすと、俺は呼び鈴を鳴らし店員を呼んだ。注文したのは適当な食べ物とお絞り、そしてトコマのための温かい麦茶だ。

 商品が運ばれてくるまでの間、俺たちは一切口をきかなかった。トコマは壁にもたれかかり、その白くしなやかな脚を伸ばしている。龍之介はどこかすっきりとした顔で、テーブルに落ちた煮魚を拾い食べている。俺は空いた皿などをまとめ、散らかったテーブルを簡単にではあるが片付けた。

 注文の品が出揃い、自分たち以外誰もいなくなったのを確認してから、俺は口を開いた。


「とにかく、刑務所から小田留を救い出す方法を考えないとな。そのためには、今現在の小田留の状況を知る必要がある」

「異論はない」


 トコマは俺に同意すると、そのまま龍之介に話を振った。


「龍之介、今現在の小田留について知りたい。調べることは可能か?」

「ああ、ちょっと待ってろよ」


 龍之介はウエストポーチから黒い長方形のタブレットを取り出し、高松小田留の名前で検索をかけた。


「出た。今のところはこれといった動きはねーみたいだな。ちなみに小田留が収容されてるのは……」龍之介は顔をしかめる。「うわー、最悪じゃねーか。パノプティコン刑務所だ。居住区、商業区からは隔絶された、陸に浮かぶ絶海の孤島だ」

「陸に浮かぶ孤島? 何だよそれ?」俺は聞いた。

「刑務所の周囲二キロに建物がねーんだよ。だから深い堀みたいになってる。いや、もう堀っつーか断崖絶壁だな」

「断崖絶壁って、じゃあ普段はどうやって刑務所に行くんだ?」

「大きな橋が三つかかってるから、それを使って行ける。だが先に言っとくぞ。当然二十四時間体制で監視されてるから、そこからの侵入脱獄は不可能だ。つか今の状態だとかなり厳しーな。あそこのセキュリティ並大抵じゃねーらしいし」


 俺は小さく溜息をつく。聞けば聞くほどに、望みが消えていく気がする。


「今の状態だと、か」トコマが独り言のように言った。「では通常の状態でなければどうだ? 少しは可能性が見えてくるんじゃないか?」

「つまり、異常事態ってこと?」

「そうだ。刑務所の機能その物は基本的には平穏な現状に基づいて構築されているはずだ。確かに自然災害など、想定外の事態に対するマニュアルはあるのかもしれない。だが大抵は、想定外を想定しているだけであって、うまく機能するかは実際に起きてみないと分からないというのが実情だ」

「でもそんな想定外なんて……、あっ」はたと気付く。「例の謎の大陸か」


 トコマは首肯する。


「なんせ太平洋を覆うほどの大陸だ。自然環境に影響が出ないわけがない。押し出された海水はどこへいく? 海流は? 気流は? 近いうちに甚大な影響が出るのは、誰の目にも明らかだ」

「確かに。普通に考えたらそうだよな。あまりにも現実味のない出来事だったから、うまくイメージできなかったけど」

「龍之介よ、例の大陸とそれに伴う影響について調べてくれ」


 龍之介はサラサラと指を走らせる。


「とりあえずはニュースを見てみたんだけどよ……」

「どうだった?」俺は先を促す。


 すると龍之介は突然吹き出し、腹を抱えてその場に仰向けになった。

 そんな彼の様子を見たトコマは、口元に笑みを浮かべる。


「どうやら我々にとっては、都合のいい状況になりつつあるようだな」

「ああ……、ああ!」咳をし、喉の調子を整える。「マジウケるぜ。世界終了のお知らせだ! ざまー!」

「どういうことだよ? 詳しく聞かせてくれ」


 龍之介は体を起こすと、再びタブレットの画面に視線を落とす。


「今現在、物凄い勢いで海面が上昇していってるらしいぜ。そりゃそうだわな。北極の氷が溶けるだけでも世界が水浸しになるっつんだから、太平洋に巨大な大陸が現れたらそれ以上だわな」

「マジかよ。で、海面上昇による直接的な被害は?」

「一番差し迫ってんのは、太平洋岸にあるMコンサード、ならびに発電所の水没だな。このままいくと約六時間後、夜中の三時には完全に水没するらしい。Mコンサードは社会の管理運営を、発電所は社会基盤を担ってる。この二つが停止したら、社会はその機能の大半を失うっつーことになる」

「社会はその機能の大半を失う……」


 呟くと同時に、頭の中に何か引っかかるものを感じた。俺はそれを手繰り寄せるためにも、龍之介に質問を続ける。


「なあ龍之介、確認してもいいか?」

「ああ、何だよ?」

「マザーコンピュータは全ての銃火器、つまり銃の一丁一丁までもしっかりと管理している。発砲の際はマザーコンピュータの認証が必要だ。これはいいよな?」

「それで合ってる。銃を使用する際には指静脈認証による本人確認が行われる」

「その認証というのは、マザーコンピュータを直接介する。これはどうだ?」

「ああそうだ。一瞬らしいが、静脈データを送信して、その銃と持っている人が一致すれば、安全装置が解除されるって仕組みらしいぜ」

「つまり、Mコンサードがその機能を停止すれば、Mコンサードに属している地域では銃を使える者が誰一人としていなくなる」

「まあ、そういうこったな」

「だが俺たちには、Mコンサードに使用を制限されていない銃がある。それでいいよな? トコマ」


 聞かれたトコマは和傘を掲げた。


「ああ。私の銃は完全にアナログだ。引き金を引けば、誰にだって撃つことができる」


 頷くと俺は、再び龍之介に聞く。


「飛行機やヘリはどうだ? やっぱり飛べなくなるのか?」

「もちろんだ。全機マザーコンピュータの管理下にあるからな」

「じゃあさ、最初に俺らが出会った、あの飛行機展示場にあったやつだったらどうだ? 九十年代の飛行機とかだったら、マザーコンピュータに管理される前とかじゃないのか?」


 龍之介は目を見開くと、音を立てて唾を飲み込む。


「ああ。テメーの言う通りだ。多分知識のない奴がどこかの倉庫やら工廠やらからただ運んできただけなんだろうな。燃料は抜かれてたが、その他はほぼ当時のままだと思うぜ」

「飛べるか? いや、あそこから持ち出せるか?」

「ああ」口元に笑みを浮かべる。「もう一度飛行機に乗れるっつんなら、何だってやってやるぜ」


 ここで俺は一度、今の状況を並び立ててみる。


「この世界のパーレベルはIIであり、俺は車の運転とかが可能。

 約六時間後に、太平洋岸にあるMコンサード、ならびに発電所が水没、その機能を停止する。

 誰一人として銃を使えない中で、俺たちは使える銃を持っている。

 全ての航空機が飛行できない中で、俺たちは飛行可能な機体に心当たりがある」

「そうだな。そんなところだろうな」トコマが相槌を打つ。

「いや、もう一つだ」人差し指を立てる。「トコマは女の子だ」

「どうしてここで私が出てくるんだ?」

「しかも年齢の割にかなり若く見える」

「……それは、褒めているのか?」トコマは訝しげな顔で視線を落とす。

「子供っぽい」

「――こ、子供って言うな!」トコマは顔を赤らめ声を荒らげた。

「どうしてそんなに怒ってるんだ?」

「うっ……」


 俺はトコマを軽くあしらうと、目を閉じ精神の泉に思考を沈めた。

 小田留を助けたい。大切な人を失いたくない。そんな思いが、俺の思慮を後押ししたのかもしれない。まるでパズルのピースがはまり絵が現れるかのように、不意に一つの作戦が思い浮かんだ。


 ――いける、かもしれない……。


 自分自身を納得させると、テーブルに両手をつき、しっかりとした眼差しで二人の目を見た。


「皆聞いてくれ。小田留を刑務所から救い出すための、作戦を思いついた」

「ほう」トコマは目を細める。「それはうまくいきそうなのかな?」

「うまくいくと思う。いや、きっとうまくいく。それにはここにいる三人の協力が必要不可欠なんだ」

「おう、話してくれや。俺にできることならなんだって協力するぜ」


 龍之介の力強い言葉が響く。

 俺は一度深呼吸をしてから、ゆっくりと口を開いた。

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