第348話 闇にあってこそ闇を照らせ、真に黒曜の勇者たれ!
――俺は、闇の中に倒れていた。
どこまでも暗く、果ての無い……闇の中に。
目は開いている……はずなんだが、まるで何も見えやしない。
ついでに言えば、ひどく寒かった。
身体の感覚もほとんど無いのに、ただひたすらに、寒い。
クソ暑い真夏だってのに……凍えそうなぐらいに。
「……ま、だ……だっ……!」
そんな中でも唯一、わずかながら残っている……手の感覚。
それに縋るように、俺は――。
目に見えずとも、その手に土を、草を掴み、引っ張って……。
あるかどうかも分からない、でも重さだけは感じる自分の身体を……何とかして、引き上げようとする。
踏ん張って、立ち上がろうとする。
だけど、当然のように、上手くいかず……。
俺は何度も何度も、土を草を、むなしく引っ掻くだけに終わる。
そしてそれだけで……ただでさえツラい呼吸が、ますますツラくなる。
今にも止まりそうなぐらいに……息が、詰まる。
「……ま、だ……っ……!」
『……もう、諦めてはどうだ……?』
なおも愚直に、手になけなしの力を込めようとしたところで……誰かの声が聞こえた。
いや、これは……俺の頭に、直接響いてる――のか?
『……そうだ、諦めてしまえば良いではないか……?』
たった一人のような、何人もの声が重なっているような――さらに男とも女ともつかない『声』が、そう囁きかけてくる。
(…………そうか、お前か…………)
瞬間――俺はその『声』の主が何者かを理解した。
声質から……とかじゃなく、感覚的に。
……この間から聞こえてはいたが、ここまではっきりと意思の疎通を図ってくるのは初めてだな――。
(……なあ? 〈クローリヒト変身セット〉さんよ……?)
俺の心の中での問いかけに……さざめくような笑い声が応じた。
……やっぱり、間違いないらしい。
(……で、なんだって? 諦めろ、って?
こうして、生死の境をさまようぐらいになっちまってるんだから……もうジタバタするのはやめて、大人しくお前らの仲間になれ――ってか?)
続けてさらに、俺がそう尋ねると――。
倒れた俺を包む、この果てない闇の中に……一つ、一つ、また一つ――と、いくつもの人影が浮かび上がり始めた。
それは、はっきりとした姿は分からないが……男も女もいるようだ。
『……そうだ……。
お前は、真の〈勇者〉になどなれず、このまま命を落とす……。
我らと同じ……同じだ……』
――そう。
この間、柿ノ宮でエクサリオと戦ったとき、初めて、凛太郎が言っていたコイツらの声に触れて――そのとき、感覚的に理解したこと。
それは、この〈呪われた鎧〉に宿るのが……かつてアルタメアで、世界を救うべく〈勇者〉を目指し、そして、道半ばで倒れた者たちの――。
行き場のない、無念の想い……その魂の集合体のようなもの、ということだ。
……で、どうやらコイツら、今にも死にそうな俺を、新たなメンバーとしてスカウトするつもりらしいが――。
(……悪ぃが、お断りだ。
あいにくと、俺はまだ生きていて――。
そして、生きている以上、やらなきゃならないことがあるからな……!
お前らと仲良く死んでやれるほど、ヒマじゃねえんだよ――っ!)
邪魔をするな、って意味も多分に含めて、心でそう言い放ち――。
俺はまた、弱々しくも手に力を込めて……身体を起こそうとする。
そうして、当然のように失敗しても――。
それでももう一度、また一度と……愚直に。
気を抜けば、コイツらの『声』が無くても意識が持っていかれそうになるのを……必死に、堪えながら。
『……やらねばならぬこと……。
それは……かの〈勇者〉の後を追うことか……?』
(そうだよ……!
俺はアイツを――衛を、このまま行かせるわけにはいかないんだ……!
だから、邪魔をするなって――)
『……では、なおさら……。
我らと、一つになるのが良かろう……?』
必死に抗う俺に――顔を近付け、その耳元で囁くようにして。
響きは胸クソ悪いのに、妙に甘くも聞こえる……そんな『誘い』が、投げかけられる。
『……あの〈勇者〉が、認められぬのだろう?
捨て置くわけには、ゆかぬのだろう……?
このまま死ぬわけには、ゆかぬのだろう……?
ならばこそ……我らと一つとなるがいい。
そうすれば、我らがチカラを貸してやろう……。
命の灯の消えかけたお前に、再び戦うチカラを与えてやろう……!』
……感覚なんて、ほとんどないが……。
俺の口角が、わずかに持ち上がったことぐらいは……分かった。
(へえ……?
そうすりゃ俺は、正真正銘の――〈魔剣士クローリヒト〉ってわけだ。
もうお前らの〈呪い〉やら妨害やらを気にすることなく……。
いや、それどころか、そのチカラを恩恵に得て戦うことが出来る――と)
『……その通り……。
お前だけでは、かの者に敵わずとも……。
我らと一つになり、そのチカラを得れば……勝てるやも、知れぬぞ……?
倒せるやも、知れぬぞ……?』
(なるほど、ね……。
あの衛を――エクサリオを倒すためには、か……)
「…………けん、な…………」
もうムリかと思ってたけど……俺の喉は、まだ動いた。
自然と、その想いをちゃんと声に出して吐き出していた。
「ふざけん、な……っ!
ンな『強さ』なんて、な……! クソっくらえ、なんだよ……!
……俺はな、衛を――倒しに、行くんじゃ……ねえ……!
〈世壊呪〉の亜里奈を、守る、ためにも……!
そして、アイツを……衛自身を、助ける、ため――守るため、にも……!
ただ、止めに、行くんだ――ケンカに、行くんだ……!
アイツの、過ち――そのものとな……!
……なのに、お前らの……その、歪んだ『強さ』を、受け入れ、たら……!
意味が、ねえ……だろう、が――ッ!」
ムダに声に出したことで、ますます息がツラくなった――けど。
その分、俺自身の気合いは、鼓舞されたってもんだ……!
そうだ、これは『ケンカ』の延長線上――!
なら、一番大事なのは……気合いだろ……!
負けた、って諦めなきゃ……負けにはならねえんだよ……!
ムリって投げ出さなきゃ……まだ先はあるんだよ……ッ!
『……では……そのまま、死ぬか?
それでも、我らは構わぬぞ……?
お前が、我らと一つとなるのは……間違いない、からな……?』
「死なねえ、よ……俺は……ッ!」
俺は、必死に、手で地面を突くと――。
頭の中に響く、この『声』を消し飛ばす勢いで――ありったけの力で、吼える……!
「死ぬわけには……いかねえんだよ――ッ!
俺が死ねば、アイツは……俺を手に掛けたことに、なっちまうだろう、が……ッ!
そんなことには、しねえ……絶対に……!
アイツを、後戻りの出来ないところまで……行かせる、わけには……いかねえ……っ!
だから――立ち上がら、なきゃ……いけねえんだ、よ……っ!
――誰も、犠牲になんて……しない、ために――ッ!」
身体は、依然として、ほとんど感覚がない。
命がほとんど流れ出したみたいに……今にも凍り付きそうなほど、寒い。
だが――俺はまだ、生きている。
ツラい、苦しいって感じる程度には――生きている。
そして、生きている以上は…………諦める、なんて道はない――!
「お前たちが、目指しても、なれなくて――そして、認めない、〈勇者〉……。
……あいにくだが、な……。
ンなもん、は……俺だって、どうだっていいんだ、よ――っ!
だけど、な……!
誰かを、助けたい、守りたい、って……!
お前らも、その『想い』で、〈勇者〉を……目指したんだろう、が……っ!
なら――っ!
グダグダウジウジと、くだらねえこと、言ってねえで……黙って、見てやがれ……っ!
たとえ、お前らの、理想とする――〈勇者〉じゃなくとも……!
俺が――答えを、見せてやる……ッ!
お前らの中に、カケラでも残ってるだろう……『想い』の、その答えを――見せてやるッ!!!」
声は――かすれていた。
俺は言い切ったつもりだが、ほとんど声として形になってなかったかもしれない。
だけど――俺は、その勢いで、腕を……立てた。
ほんのわずかでも……この身体を、起こしてやった。
そうだ…………!
まだ、ここからだろ…………っ!
『………………。
それが……お前の、意志、か…………』
未だまともに見えない、闇ばかりの俺の視界……。
その中に浮かんでいた、人影の一つが――冷たく言い放ち、俺のもとに近付いてくる。
「――――っ…………!」
そうして――。
思わず身体を強張らせた俺に、手を伸ばし――――。
「…………え?」
そっと…………俺の身体を、支えた。
『……やはりだ。間違いはなかった――。
私は、この者にこそ……〈勇者〉の輝きを見た。
私がかつて、求め、憧れ、願った――真なる〈勇者〉の輝きを』
『そう、私もだ――。ああ、思い出した……!
私は、〈勇者〉だから、なりたかったわけではないのだ――』
続けて、また一人が……俺を支える。
『……ただ、助けたかった、守りたかった……。
どうにもならないと諦めずに、手を伸ばし続けたかった――!』
『そうだ、私は――』
『ああ、私は――』
『私もだ――』
『その想いこそが――』
また一人、さらに一人、二人、三人と――やがて、すべての人影が。
その、多くの手が……ぬくもりを感じる手が、次々に、俺を支えていく。
そしてそのぬくもりは――じんわりと、俺の身体中に染み渡って……。
『ああ……我らは……我らの総意として、お前を認めた。
お前にこそ、我らが求める、真なる〈勇者〉の魂を見た――。
ゆえに、我らはお前に返そう――我らが奪ってきた、お前の命を。
そして、我らはお前に託そう――我ら自身の、この魂を。
……さあ、立て――――我らが〈勇者〉よ……!
お前のその、言葉の通りに……!
我らが『想い』、その先の答えを、希望を……見せてくれ――っ!』
「!? これ、は……!」
支えられた手の平から伝わっていたぬくもりは――やがて、焼け付きそうなほどの熱となって、俺の身体を駆け巡る。
それは――〈生命〉そのものの熱だ。
そしてその圧倒的な奔流は、今にも凍り付きそうだった俺を暖め……隅々まで、活力を与えてくる!
消えかけていた〈生命〉が……溢れ返ってくる……!
「う……おおおおッ!!!」
それに合わせて俺は、ヒザを突き、改めて自分のものだと実感出来た身体に、全身に力を込めて――気合いとともに立ち上がった。
そうして、胸元に目を落とせば……。
衛に貫かれたあのキズも、その痛みも、〈鎧〉が修復されていくのに合わせて消えていき……。
いや、それだけじゃない――。
これまで、この装備の〈呪い〉として、俺にいくつもの枷のようにまとわりついていた感覚までもが……すべて、消え去って。
それどころか……。
身体には、これまで以上の、さらなるチカラが漲っていて……!
あの『声』の言った通りに――。
多くの魂が、俺を、支えてくれているのが……分かった。
「……認めた――か……」
俺は、視界の隅にあった、戦いの最中に衛に飛ばされ、落ちていた仮面を拾いあげ――けれど被り直さず、そのまま仕舞い込む。
そして――視線を上げ。
空、黒雲が渦を巻いている方向を真っ直ぐに見据えながら……胸元に。
この〈鎧〉そのものに――そっと、手を当てた。
心からの感謝と――そして、『覚悟』を以て。
「……ありがとうな。
真なる〈勇者〉ってほどかどうかは、ともかく……。
ああ、見せてやるさ――。
誰をも犠牲にはしない、一番良い未来を――希望そのものを……!
この俺が――必ず!」




