第319話 いかに相手が悪くとも、JK忍者は投げ出さない
――〈霊脈〉を流れるチカラの、昏く濁った澱み……それが顕在化したもの。
いわば〈呪〉や〈闇〉といった『負』が、そのまま実体を伴った存在――〈呪疫〉。
もう、どこをどう見たってひたすらに『モンスター』なそいつらが……今まさに、アタシたちを取り囲んでいた。
「……まったく効かないってわけじゃないみたいだけど……さすがに、ただの銃弾じゃ効果的とは言い難いか……」
アタシの銃撃を食らった〈呪疫〉は、大きく後退はしたものの……逆に言えばそれだけ。
うおー、とか何とか、悲鳴っぽいの上げて、お金やアイテム残して消滅――なんて気の利いたマネ、してくれやしない。
まあ、実体化してるとはいえ、見た目からして物質っぽくないしね……。
もしかしたら、大口径の銃弾を、それこそ雨あられとブチ込んでやったならどうにかなるのかも知れないけど――。
生憎、アタシのPPKはそんなんじゃない。
……つか、そもそもこんな戦闘を想定した装備なんてしちゃいないっての。
いや、それどころか……このPPKだって、あくまでいざというときの、『人間相手の護身用』でしかないんだから……当然、替えの弾倉すら持ってやしないわけで。
つまり、7.65mmブローニング弾を、7+1の8発装填出来るこの銃の残弾数は、さっきの2連射の分を引いてピッタリ6発。
どう考えても、このまま戦い抜くには絶望的に足りてない。
一応、苦無に棒手裏剣ぐらいは持ってるけど……。
銃弾でこの程度のダメージなら、それこそ棒手裏剣じゃ期待出来ないし……。
こんな得体の知れないヤツ相手に、何の対策も無しに苦無で接近戦なんてしたくないしで……。
正直、どっちも武器としては頼りなさ過ぎる。
……まあ、だからって、『もうダメだ〜!』とも言わないけど――さ。
フン……忍者ナメんなよ~、モンスターどもめ……!
「……さておき……凛太郎くんさー。
目が覚めたんならさ、降りてもらっていい?
さすがに、このままじゃ動きづらいんだよねー」
「ん」
アタシが、銃を構えて周囲を警戒しつつ、まだおぶったままの凛太郎くんに告げると……。
こんな状況でもまるで慌てた様子もなく、いつもの無表情にうなずいて、凛太郎くんは軽やかに地面に飛び降りてくれた。
――よっし、ひとまずこれで身軽に動けるか。
……にしても、凛太郎くんってば……。
単に感情表現が薄いだけなのか、シャレにならないほど剛胆なのか、どっちだろうって思ってたけど……。
こりゃ、後者が正解な気がしてきたわ。
こんな状況、大の大人でもパニクるよ? 普通。
――あ、いや、待てよ?
もしかしたら、クローリヒトの仲間として、これぐらいの相手は何とか出来る能力を持っているから、ビビる必要もないだけ、とか――?
「ね、凛太郎くん。
もしかして……コイツら、何とか出来ちゃったりする?」
そう、なんせアタシの変装も一目で見抜くような、妙に優秀な不思議ちゃんだ……!
クローリヒトの仲間とか抜きにしても、そんなナゾの不思議パワーを持っていても、何らおかしくは――!
「ムリ」
「ですよねー……」
うん、世の中そんな甘くないよねー……。
けど、ってことは、はぐれてる武尊くんも同様だろうから……。
どうしても、コイツらの包囲を突破して、武尊くんと合流して逃げるしかない――ってわけだ。
「ったく……。
いきなり、とんだムリゲー押し付けられたモンだ――よ、っと!」
凛太郎くんの背後に迫っていた〈呪疫〉を――。
相変わらずカンが良いっていうか、アタシとほぼ同時に察知したらしく、素早くしゃがみ込んでくれた凛太郎くんの頭上越しに、2連射で撃ち抜く。
これまた、怯ませて押し返しはしたものの……ロクにダメージになってないっぽい。
「しかも、これで残り4発……」
……こりゃ、このままアレコレ考えててもジリ貧だね。
「しゃーない……。
後で父さんにぶーぶー文句言われるのは覚悟の上で……出し切るか!」
アタシは左手を伸ばし……後頭部で髪を纏めている留め具から、装飾の手の平サイズの輪っかを取り外すと。
それを、さっき武尊くんが向かった方に立ち塞がる〈呪疫〉たちの、真っ只中へと投げ込んだ。
そして――
「凛太郎くん、伏せて!」
鋭く指示を飛ばし、それに即座に反応してくれる凛太郎くんの姿を視界の端で確かめながら……!
ポケットのスマホで起爆コードを入力、完了と同時にアタシも素早く地面に伏せる!
その瞬間……!
――ドンッッ!!!
投げ入れた輪っかが、重く空気を震わす轟音とともに爆発――近くにいた〈呪疫〉を、文字通りに吹き飛ばした!
……どーだ、特殊調合の、塩花流プラスチック爆弾のお味は!
「必殺、忍法・木っ端微塵隠れ――ってか……!」
これ、使ったが最後、父さんのお説教は確定だけど……今は、ンなこと気にしてる場合じゃないからね――っ!
「よし、突破するよ――走って!」
「んっ」
すぐさま、凛太郎くんを引っ張り上げるようにして立ち上がり、2人して、爆発で大きく開いた空間へと走り込む。
しっかし、こんな光景を前にしても、やっぱりゼンゼンビビらないとか――マジに大した子だよ……!
今はホント、その鋼のメンタル、助かるわ〜……。
「しっかしコイツら、マジにしぶといな……!」
走りながら、爆弾で吹っ飛んだ〈呪疫〉どもの様子を確かめてみれば――。
さすがに、至近距離でのガチの爆破はそれなりに効いたらしく、一帯の〈呪疫〉は概ね活動停止してるけど……やっぱり、消滅ってほどじゃない。
しかも、爆心地に近い〈呪疫〉どもが、自然とその身を挺して衝撃を遮る盾にもなったんだろう――。
外周のヤツらは目に見えてダメージが少なく、動きもまだまだ活発だ。
だから、一気にそのただ中を駆け抜けざま――
「はいはーい、通りますよ――っと!」
アタシたちに近いヤツから順に、PPKの残った鉛弾をお見舞いしてやる!
どーせ、急所もへったくれもないんだから、大雑把な狙いでとにかく速射だ。
目的はあくまで牽制、当たりさえすれば良く――そしてこの距離と標的の大きさから言って、走りながらだろうと、アタシが外す可能性はゼロだからね。
ただ――なにせ、残弾はたった4発。
自分でも惚れ惚れする、ほぼノールックの早撃ちで、一息のうちに4体を黙らせてやるも……当然、そこで弾切れ。
……けど、進路を邪魔する位置にもう1体、他より二回りは大きいのがいやがって……!
「――凛太郎くん、いい?
このまま止まらないで、アイツの脇を一気に抜けるの。出来る?」
「ん、やる。
信じる、しおしお」
「ありがと、良い返事だぞ――」
PPKをジャケットに戻しざま、そのまま内ポケットから取り出したるは――高級ボールペン。
……と、見せかけての――棒手裏剣だ!
それを――!
「しおしお呼びやめてくれたら、もっと良いんだけど――ねッ!」
凛太郎くんが走り込むのに合わせ、デカブツ目がけて、ダッシュの勢いも乗せたアンダースローで思いッ切り投げつける!
……なにせ、物心もつかないうちから、なんだか良く分からないながら、さんっざんに練習してきた技術だ――。
こんな状況でも、こんな相手でも、狙い通りに棒手裏剣はデカブツにブッ刺さる!
……もちろん、そんな程度じゃ、ダメージなんてものにはならない。
でも、ヤツの注意を引くには充分で――計算通り、その間に凛太郎くんは危なげなく脇を走り抜けていった。
そして、アタシも――!
勢いを殺すどころか増して、デカブツへと真っ直ぐに突っ込んでいく!
(……ここが正念場だ、集中しろアタシ……!)
当然のように、敵意を感じただろうデカブツは――アタシ目がけて、ガタイのサイズ通りに長い腕を、ムチのようにしならせ、突き出してきた。
思ったより速いその一撃に、さらにアタシの突進速度が上乗せされ……恐ろしいほどの勢いとなって迫ってくるのを――。
「忍者の回避率を――!」
脳の命令なんて置き去り、本能から直に身体を反応させて――紙一重で潜り抜け、デカブツのフトコロへ。
そしてそのまま、地面を蹴って飛びかかり……。
「ナメんな、ってーのッ!」
先にブッ刺しておいた棒手裏剣を足場にして、2段ジャンプ!
一気に華麗に、邪魔なデカブツを飛び越えて背後へと着地……!
「決まっ――づぁぁっ!!??」
……するはずが、最後の最後で油断した。
ここは、『グラウンド』なんて名ばかりの、そもそもタダの空き地で――。
いつも子供たちが遊びに使う中心地付近は、自然と均されてるからまだしも……端っこに近付けば近付くほど、地面は荒れ放題なわけで。
ちょうど着地点にあった、大きな石っころを踏んづけてしまったアタシは――バランスを崩して、ハデに地面に転がってしまう。
とっさに受け身は取ったものの――。
すぐさま起き上がろうとした瞬間、足首に痛みが走って体勢が崩れる。
……骨折まではしてないだろうけど――捻挫は確定だ。
「っきしょー、やっちった……っ!」
何とか身を起こそうとするものの……その間に、デカブツはしっかりと、アタシの方を振り返っていた。
――こりゃ、本格的にヤバいか……?
そんな、アタシらしくない、諦めに似た感情がふっと湧いて出た――その瞬間。
「…………!」
「え? ちょ、バカ! 何やってんのっ!」
なんと、あろうことか――。
凛太郎くんが、アタシとデカブツの間に割り込んで来て――!
「やっつけるのムリなんでしょ!? 逃げなさいって!」
「……義を見てせざるは、何とやら」
まるで臆した様子もなく、いつもの調子で、背中越しにそんなことを言って――。
ゆったりと腕を動かしながら……対照的に早口に、凛太郎くんは何か、詩のようなものを口ずさむ。
そして――
「――〈風祖ノ刀息〉!」
デカブツが腕を上げるのに対し、鏡合わせのように、華奢なその腕を――けれども、力強く振り上げた。
同時に、一陣の風が――まるで凛太郎くんの動きに導かれたように吹き上がったと思ったら。
その先にある、デカブツの腕が……。
とんでもなく鋭利な、見えない剣の一撃を食らったように、いきなり斬り飛ばされて宙を舞い――消滅する。
……まさか、これって……。
ホンモノの、魔法――ってやつ……!?
もしかしたらと、少年たちのことを疑っていたとはいえ……実際に目の当たりにした不思議なチカラに、思わず一瞬、見とれるアタシ。
だけどその一方で、忍者としての冷静な意識が、デカブツの動きも捉えていて――。
「凛太郎くん、アイツまだこっちを狙って――って、大丈夫!?」
今の『魔法』でチカラを使い果たしたのか、凛太郎くんはペタンとその場に座り込んでしまった。
けど、もう一方の腕で攻撃しようとするデカブツの動きは、当然止まらなくて――!
「ん、ムリ。MP切れた」
凛太郎くんのシンプルすぎる答えが、ヤバい状況を加速させる……と思ったら。
「でも――間に合った」
さらに、そう付け加える凛太郎くんは、こんなときでもいつもの調子で――いや、むしろちょっと、高揚すらしてる感じで。
何が、とアタシが問い直すよりも早く――。
「――武尊!」
空に向かって、鋭くそう呼びかけた。
――そして、次の瞬間。
「おうっ!
――うぅぅりゃぁぁぁーーーーッ!!!」
応じる声と同時に、デカブツの上から、何かがスゴい速さで真っ直ぐに急降下。
デカブツの真ん前に、こっちに背を向ける形で土埃を上げて降り立ったそれは――。
まるで鳥の仮装をした人間みたいな、一言で表せば『鳥人』って感じの小柄な人影だった。
そして、その鳥人が――
「烈風閃光剣、一刀ぉ、両ぉぉ〜……断っ!」
こちらを振り向きざま、その手に握っていた、オモチャの光線剣みたいな光の刃を払うと――。
デカブツの頭頂から、縦一直線に切れ目が入り……そのまま真っ二つになって。
塵のように細やかに、闇へと戻るように――消滅していった。
……て、言うか……!
つまり、この『鳥人』ってば……!
「へへっ――烈風鳥人……ティエンオーッ!! 参・上ッ!」
背中の翼に合わせて、両腕も大きく広げ、羽ばたくような――多分、いわゆる『決めポーズ』を取ってまで、名乗りを上げる声は。
その、いかにも小学生男子っぽい、名前とポーズのセンスとともに――。
疑いようもなく、武尊くんのものだった。




