第296話 天岩戸なら開いたとしても、美魔女の眠りは覚めそうにない
――お昼も過ぎた頃。
イタダキの家が経営してる『高稲総合病院』に集まった、僕、イタダキ、おキヌさんに沢口さんの4人は、早速受付を済ませて、ドクトルさんの病室へ向かう。
……ちなみに、受付のとき、『ドクトルさんの本名って何だったっけ?』ってなった僕たちだったけど……。
院長さんの息子であるイタダキがいたこともあって、特に問題にはならず――。
そして、その本名、〈鈴守牡丹〉のネームタグが付けられた病室には……。
眠ったままのドクトルさんと――その側の椅子にポツンと腰掛ける、鈴守さんの2人だけがいた。
「あ……! みんな、来てくれたんやね……!」
立ち上がって僕らを迎え入れた鈴守さんは、穏やかに笑ってみせるものの……。
やっぱり、いつも通りとはいかず……どことなく、憔悴している感じだ。
「お、おスズちゃ〜ん……ッ!」
そんな鈴守さんを見て、感極まったようにいち早く駆け寄るおキヌさん――。
「――ぶみゅっ!」
……だったけど、いきなりつまずいて、ズベッと顔から床に突っ込んでいた。
「あああ、おキヌちゃん、大丈夫っ!?」
慌てておキヌさんを助け起こし、ベッド脇に置いてあった濡れティッシュで顔を拭ってあげる鈴守さん。
「おキヌ、お前な〜……。
見舞いに来たヤツが看病されてどーすんだよ……」
「う、うっさいやい!
……ううう、ゴメンよ、おスズちゃ〜ん……」
鼻とおデコを赤くしたおキヌさんは、呆れたようなイタダキの一言は、素早く怒声で打ち返すも……。
さすがに鈴守さんには、素直に申し訳なさそうに謝る。
けれど、そんな様子に、鈴守さんは安心したように小さく笑った。
「ううん……なんか、いつも通りでちょっとホッとした。
こんなん言うたらアレやけど……ありがとう、おキヌちゃん」
「まさしくケガの功名ね……いきなりすぎるけど」
「い、いーじゃんかよぅ……!」
苦笑する沢口さんに、口を尖らせて答えつつ……おキヌさんは自分の足で立ち上がる。
「それで、ドクトルさんの様子は……。
ん……ホントにただ寝てるだけ、みたいだねえ……」
「うん、そうやねん。
苦しそうと違うのはええねんけど――」
その言葉をきっかけにして……。
鈴守さんは僕らに、ドクトルさんの状態を語って聞かせてくれた。
見た目通り、眠ったままのようで……それ以外、特に身体に不調は見られないこと。
当然、身体が健康とあれば、原因となるものも不明で……取り敢えずは様子を見守るしかない、ということ――。
もちろん、僕には分かっていることだけれど……万が一にもイレギュラーが起きていたらいけないから、鈴守さんの話をしっかりと聞き、同時にドクトルさんの状態も良く見ておく。
結果として、魔導具の効果は正常に表れているようで……これならドクトルさんは大丈夫だ。
もっとも……そのことを、鈴守さんに教えてあげるわけにはいかないけれど……。
「ドクトルさんのこと、心配は心配だけど……。
気負いすぎて、あなたの方が身体壊したりしないようにね? おスズ」
「だなー。入院してる間は、うちのオヤジたちもいるわけだしよ」
「うん。何にしても元気出しとくれよ、おスズちゃん。
アタシらだって付いてんだしさ!」
「そうだね。
それにあのドクトルさんだよ、きっと大丈夫。
いずれ、何事もなかったみたいに目を覚ましてくれるよ」
みんなの鈴守さんへの励ましに、僕も合わせる。
……もちろん、そうするのは本心からでもある。
鈴守さんは、大事な友達なんだから。
でも……だ。
もし仮に、当の鈴守さんを始め、ここにいる友達の誰かが〈世壊呪〉だったなら――。
僕は、葛藤も迷いも振り切り、その相手を滅ぼす。――必ずだ。
世界を守るために、何があろうとも、為すべきことを為す――。
それが、〈勇者〉なのだから。
そして、だからこそ、そこには例外はあってはならなくて――。
家族だから、友達だから、女性や子供だからって、区別するわけにはいかない。
一見非情だろうと、世界のために手を下すのが……〈勇者〉の覚悟だから。
……今朝方、ドクトルさんを眠らせ――こうして入院するようにしたことに、つい、罪悪感も覚えてしまったけど……。
シローヌのことを思い出し、僕自身の想いを新たにしたことで――そのあたりの覚悟も、固め直せたと思う。
ただ……ドクトルさんはもちろん、鈴守さんを長く苦しめることになるのは本意じゃない。
こうして行動を起こしてしまった以上は……罪悪感なんて感じてるヒマがあるなら、やはり、1日でも早く〈世壊呪〉を探し出して滅ぼさなきゃならないだろう。
そう……後腐れの無いよう『完全な状態』に昇華させた上で、完膚なきまでに。
「ところで……鈴守さん、裕真はどうしたの?
てっきり一緒にいると思ってたんだけど」
僕が、きょろきょろと首を振りながら改めて問うと――。
「あ、うん……裕真くんやったら、今おうちの方に戻って休んでもろてるよ。
昨日の夜中から、ずっとウチに付いててくれて……ほんで、ついさっきまでは、ウチを休ませるためにって、代わりにおばあちゃんの側にいてくれてたぐらいやから」
鈴守さんはちょっと恥ずかしそうに、そう教えてくれた。
……ついでに、裕真のお母さんがドクトルさんの入院のこととかで力を貸してくれて、さっきまで、ハイリアや亜里奈ちゃんたちも来ていたことも。
「そっか……師匠の裕真がいないから、修行する気満々だった武尊と凛太郎くんが手持ちぶさたでいたよ、って教えてあげようと思ってたんだけど」
「アイツらの修行って……確か、レトロゲーのことだったよな?
――ンだよ、オレに言やあ、もっとずっと有意義な、『頂点たるオトコ』になるための、ありがたーいレクチャーをしてやるってのによ……」
イタダキは、小さく首を振りながらタメ息をつく。
それに対し、あからさまに「はあ?」って顔をしたのはおキヌさんだ。
「……いや、そもそも頂点ってのは1人だけのものだろ?
そのレクチャーとやらで、あの子らのどっちかが頂点になるなら……キサマは転落だぞ? マテンロー」
またバカなことを、と言わんばかりのおキヌさんに対し、イタダキはまるで動じた風でもなく、したり顔で鼻を鳴らす。
「ふっ……甘いぜおキヌ。
頂点たるオレ様はな、そんな小せえことを気にしねえんだよ……。
それこそが、頂点の証――ってな……!」
「………………。
なあおスズちゃん、そこのナースコール、押していい?」
「っておい、病院の常識知らねーのか!
用も無いのに押すんじゃねーよ!」
「用があるから押すんだろーが、この慢性頂点病!
パパさんに脳神経外科医紹介してもらえ!」
「オヤジがそうだっつーの!」
イタダキの発言に、絶句するとともに固まるおキヌさん。
「……ま、マジか……。
なんてこった、処置ナシじゃないか……!
そうかぁ……だからコイツは、ずーっとこんなんだったのか……」
「こんなん言うな!
つか、処置ナシはテメーのチビっ子ぶりだろーがよ!」
「違わい! 処置の余地あるわい!
アタシにゃまだ成長期が残ってるんだよ! 多分、あと3回ぐらい!」
「あーん? オレらン中で一番歳いってるヤツが何を――」
「はーいはいはい、そこまでそこまで!
……時と場所を考えなさいねー、まったく……」
いつも通りのイタダキとおキヌさんのやり取りを、沢口さんが音を控えめに手を叩きながら、間に入って鎮める。
……普段なら、誰かがそうしても、もうちょっとは続いたりするんだけど……。
さすがに今日は2人とも状況が状況だと分かってるからか、すぐに矛を引っ込め、鈴守さんに謝っていた。
ただ……当の鈴守さんは、やっぱり、そんないつもの光景に安心感を覚えているようで……表情は、むしろ穏やかにも見える。
――しかし、それにしても……裕真はいない、か。
今日の朝、武尊の『修行』と称しての棒切れの打ち合いに付き合ったときに感じた、ちょっとした疑問を、改めて確認してみたかったんだけど……。
「……国東くん? どうかしたん?」
「え? ああ、うん……。
『天岩戸』みたいにさ、こうして騒ぐことでドクトルさんが目覚めたらなあ、って」
「……そうやね……。
おばあちゃんやし、案外それで起きてきたりしそうやけどね」
何気なくの僕の一言に、鈴守さんは苦笑混じりにうなずく。
「あ、そう言えば鈴守さん、今日は僕ら以外にもお見舞いは来るの?」
「え? うーん、どうやろ……。
おばあちゃんのジムの人たちは、ちょっとずつ来てくれるみたいやけど……それ以外は分からへんかなあ」
「そっか……さっきも言ったけど、あんまりムリしないでね。
――ああ、あと、お見舞いと言えば、武尊と凛太郎くんも来たがってたんだ。
いずれ、裕真に付いて来たりするかもだけど……」
「……そうなん?
うん、ほんなら……ありがとう、よろしく――って伝えてもろてええかな?」
「ん、分かったよ」
鈴守さんに、うなずき返しながら……僕は。
……白城さんは、今日はお見舞いに現れそうにないな――って、考えていた。
そもそも、ドクトルさんのことが伝わっているかも不明だけど……知っていたとして、さすがに今日は遠慮したのかも。
なんせ僕らと違って、一応は先輩後輩って間柄だし……しかも、やっぱり今はまだ裕真たちと顔を合わせづらいだろうし。
でも――白城さんには、裕真について……直に会って、確認したいことがある。
今日、お見舞いに来る予定だったなら、それを待つって手もあったけど……。
やっぱり、日を改めて、〈常春〉に行く方が確実かも知れない。
このまま、情報集めを放棄してうやむやにする――ってわけにもいかないからね。
……そう――。
裕真が――本当に。
僕の感じた通り…………〈クローリヒト〉なのか、どうかを。




