第276話 今明かされる、豆腐屋の野望……!?
「よーし、んじゃま……。
現在進行中のプロジェクトについて、ちょいと話しておこうか!」
本人は別に、クラス委員でも文化祭の係でもないんだけど……。
何となくノリで、『総監督』とか『プロデューサー』とか『プロジェクトリーダー』な感じのポジションに(ある意味いつものことだけど)就任したおキヌさん。
さらに、傍らに沢口さんを秘書っぽく従えた彼女は、景気づけとばかりにカッコよく黒板を叩いた――つもりだったんだろうけど。
「ぎにゃぁっ!」
当たり所が悪かったのか、意味不明の呻きとともにワナワナと手を震わせ……それを「やれやれ」って顔で沢口さんが擦ってあげていた。
……うんまあ……。
『バン!』じゃなく、『グキ』って音がしたような気もしないでもないしねー……。
――さて、それはともかく。
事前に『通達』があった通り……僕らのクラスの出し物は〈演劇〉ということになった。
僕個人としては、それこそ、露店とかの方が楽かなあ……とも思うんだけど……。
まあ、みんなノリノリに決まったし仕方ないか、ってところだね。
それに――。
僕はそっと、ある意味今回の件の一番の被害者とも言える2人を見やる。
……そう。
まさしくメインとなるこの2人よりは、どうしたって気楽だしね。
出し物が満場一致で〈演劇〉に覆されるにあたり、「じゃあ初めの投票は何なんだよ!」とか必死に抵抗した裕真だけど……。
「あれあくまで(仮)だし。それに、これ、みんなの総意だし。
……赤みゃ〜ん、キミは民主主義を否定するのかい? んん?」
とかなんとか、おキヌさんに言いくるめられた挙げ句――。
唯一、同じ境遇で反対派として味方なはずの鈴守さんまでが……。
「なあ、おスズちゃん?
……見たいだろ? 女装した自分の彼氏。
赤みゃん、わりと女装が似合いそうな顔立ちしてるもんな。な?」
……というおキヌさんの説得に、ちょっと顔を赤くしながら反論を呑み込んでしまったから――。
完全にトドメを刺されて、今は見事に戦闘不能って具合に、机にベタンと突っ伏している。
――でもって、鈴守さんは鈴守さんで……。
反射的に欲望(?)に負けて反論の機会を逃してしまったからか、裕真を裏切るような形になったからかは分からないけど……取り敢えず、机の上で頭を抱えていた。
……まあ、2人のことだし、すぐに復活するだろうけどね。
さすがにノリが良いとは言え、本気で嫌がることを押し付けるようなクラスのみんなじゃないし――それを2人も分かってるはずだから。
ま、これは有名人としての義務――みたいなものだよね、もう。
――けど、それにしても……。
裕真と鈴守さんが、自然に名前で呼び合ってるのを見ると――。
うん、2人の仲が深まった直接の原因が、昨日鈴守さんがピンチだったのを裕真が助けたからって話は聞いたけど……。
それと関係があるかはともかくとして――。
やっぱり、昨日の白城さんの、あの思い切り泣いた後みたいな様子は……その理由は。
つまりは、『そういうこと』だったんだな……って。
昨日の時点でも、何となくそうかな、とは思ってたけど。
さすがに、ニブい僕でも――確信してしまった。
彼女が、裕真に想いを寄せてたのは……気付いてたから。
……けど、昨日ラーメン食べてるときは、ちょっと元気になってる感じだったし……。
うん……いずれまた機を見て、誘ってみるのもいいかも知れない。
――デートだとか、そういう話じゃなく……ね。
……ただまあ、出来ればそのときには……いい加減に〈世壊呪〉を滅ぼして、今の問題を解決していたいところだし――。
そのためにも、呪いの武具をさらに〈霊脈〉に沈めて、〈世壊呪〉を少しでも早く完全な形にしておびき出すべきかな……。
昨日の様子からしても、クローリヒトの口を割らせるのは苦労しそうだしね――。
「……えー、ゴホン!
ンじゃ改めて、プロジェクトについてだけど……」
僕がつい、昨日のことを思い出し、考えに耽っている間に……。
おキヌさんが、沢口さんから渡されたメモ帳を片手に、改めて口を開こうとしていた。
黒板への当たり所が悪かった手は……少し赤くなってるけど、大丈夫そうだね。
……まだちょっと涙目ではあるけれど。
「せっかくなんで、ただうちが出し物として〈演劇〉をする――ってだけでなく、各所とタイアップしていく予定なんだよ!」
「た――タイアップぅっ!?」
机に伏せっていた裕真が、反射的にガバッと顔を上げた。
……うんまあ、その気持ちは分かるよ。
それぐらいインパクトあるよね……文化祭でタイアップ、とかさ。
「ふふん、そのとーりなのだ!
……えーまず、劇のシナリオは文芸部の協力を得るつもりだ!
で、さらに、合わせて文芸部が文化祭で出す部誌では、そのサイドエピソードなんかを小説版で掲載してもらう!
さらに漫研にも、文芸部の小説版の挿絵に加え、同じく部誌にマンガ版を掲載してもらう予定だし……!
新聞部と写真部には、画像・動画を多く使った、ネットにリアル、双方に渡る特集記事で、大々的に宣伝してもらう手はずで……!
露店や喫茶店をやるって方針がもう決まってるようなクラスやクラブには、うちの劇とのコラボメニューを出してもらう案を持ちかけてるのさ!
……もちろん、さらにプロジェクトに参加してもらえるところが出てくるなら、そのつど考えていくし……。
逆に、うちと真っ向からぶつかりあうつもりで、同じような別プロジェクトを起ち上げてくるクラスがあるなら――。
それもまたいい宣伝だし、文化祭自体盛り上がるから大歓迎ってところだな!」
教壇の奥に立ち、拳を振りかざして力説するおキヌさん。
……もちろん、沢口さんが運んできた椅子の上に乗って、だ。
「ぐ……っ! な、なんつー手回しの周到さ……!
まさに、絹漉あかね、ここにアリ――ってところか……!」
「ふっふっふ……お褒めにあずかり光栄だ、赤みゃん。
ただね――」
ふんぞり返っていた今までの態度を少し改め、マジメな調子で……おキヌさんは裕真と鈴守さんを交互に見やった。
「……アタシらにとってノリは大事だが、そのために、本気でイヤがる人間に強制するようなマネだけはしちゃいけないんだよ。
だってそんなの、結局、アタシらが望むホントの楽しさじゃないからな!
――そーだろ? 皆の衆!」
「「「「 おおーーーっ! 」」」」
おキヌさんの呼びかけに、また、クラスのみんなは拳を突き上げて応える。
「……というわけで、だ……赤みゃん、おスズちゃんよ。
キミらがどーしてもイヤだって言うなら、この話は無かったことにするよ。
――なーに、気にするこたぁない。
関係各所には、ちゃーんと『本人たちがいいって言うまでは』って形で話を通してるし……。
うちの出し物にしても、男装女装演劇が無理なら、さっきの投票結果通りの喫茶店にするだけで……アレはアレで、うちは儲かるし、面白おかしくやれることなんていくらでもあるしで、特に問題ないんだからさ。
うん、だから……気兼ねなく、改めて正直な気持ちを聞かせておくれ」
「……ったく、民主主義がどーこーとか、弁舌巧みに俺の反論封じ込めたばっかのくせして良く言うよ……」
上体を起こした裕真は、頬杖を突き、しかめっ面で大きくタメ息をつく。
それに対して、いち早く反応したのは鈴守さんだった。
「ご、ゴメンな、裕真くん……。
ウチがさっき、つい、おキヌちゃんの言葉にちょっと『ええかも』とか思ってもうて、反対もせえへんかったから……!
で、でもホンマに、裕真くんがイヤやったら――」
「いいよ千紗。
――そもそもそれについては、そんな千紗のことを理解した上で巧みに利用する、そこの小悪魔な豆腐屋が悪いんだし」
鈴守さんへの穏やかな表情から一転、おキヌさんにジト目を向ける裕真に、当の豆腐屋さんは唇の端で、悪者っぽい笑みを返す。
「ふっ、言ってくれるねい……勇者な風呂屋」
「それに――」
そうつぶやいてから裕真は、天井を見上げて……もう一度、すっごく大きなタメ息を吐き出した。
で、引きつったような苦笑とともに、教室を――クラスのみんなを見回す。
「……これだけ、みんなして盛り上がって期待されたらさ。
もう、腹をくくるしかねーじゃねーか……!」
「裕真くん……」
心配そうな鈴守さんに、大丈夫と言わんばかりに笑顔でうなずき……。
続いて勢いよく席を立った裕真は、僕らみんなに向けて――
「――つーわけで、だ!
ああやってやる、やってやるさ!
……でも、お前らがやらせる女装なんだから、ドン引きとかすんなよっ!?」
この宣言に、教室内は……一拍の間を置いてから。
歓声、雄叫び、指笛、拍手――と。
空気を揺るがす勢いの、様々な形での『よく言った』で満たされる。
ふんぞり返ったおキヌさんも、満足げにうなずき……。
そして、教室の喧噪が一段落するのを見計らっての、
「まったく、さすがは堅隅高校が誇る『勇者』だぜ……なあ、みんな!」
という一言で、再度、みんなに万雷の拍手を促し――裕真たちに応えた。
……かと思うと……。
「いやー、でも良かったよ〜。
もう生徒会にも話通して、舞台使う時間、一番良いトコ予約しちゃってたしな〜」
なんて、イタズラっ子な笑みを浮かべて、いけしゃあしゃあと宣ったりした。
「――ちょ、ちょっと待った!
おキヌさん、さっき、『俺たちがいいって言うまでは』って……!」
「ああ……『いいって言うまでは』って形で話を通してる、ってとこ?
うん、アレ、『いいって言うまでは本人たちにはナイショにしてね』って、各所に約束してたってことだから。
……だってアタシ、『いいって言うまでプロジェクトは動かさない』なんてこと、ひとっっっことも言ってなかったろ?」
微塵も悪びれる様子もなく、しれっと言い切るおキヌさん。
「あ、でも、ホントにイヤだって言うなら、もちろん止める気だったよ?
けどまあ……。
――赤みゃんなら、まず間違いなく乗ってきてくれると踏んでたしな?」
「ぬ、ぐぐ……!」
「……諦めろ勇者。
おキヌの方が、キサマより一枚も二枚も上手だ」
やりきれない思いをそのままに、机の上で悶える裕真に……何とも涼しげな微笑みを浮かべたハイリアが、さりげなーくトドメを刺していた。
……ま、そういうことだね。
それに――『勇者』なんて実際、理不尽被るのが仕事みたいなもんだし?
「……さて、では――本人たちの了承も無事得られたことだし……。
我ら2-Aの出し物は、男装女装アリの〈演劇〉で正式決定だ!
――マサシンセンセも、それでいいっすよね?」
「……ま、先生としては、土壇場でバタバタされるより早め早めに決まってくれる方が、後々、書類仕事に忙殺されずに済むからねー」
おキヌさんの確認に、のんびりと答えるマサシン先生。
……そもそもすでに各所に話を通しちゃってるんだし、多分、ノーと言わせる気なんてなかっただろうけど……。
ともあれ、正式に担任の先生からもOKをもらったおキヌさんは――。
改めて、クラスのみんなを見渡し……。
さらに裕真と鈴守さんの度肝を抜くだろう事実を、発表するのだった。
「では、このHR後……劇のシナリオ自体は製作中なんだけど、仮決めの設定は上がってきてるから……。
それに合わせて、演劇部の協力の下、主要メンバーの衣装合わせっぽいことをやってみたいと思うんで、みんなよろしくな!」




