第274話 魔法王女と魔法少女と勇者の、朝イチ鼎談の行方
――今日は学校の登校日……だけど、当然、夏休み中なので授業なんかは無い。
まずは体育館での全校集会、そのあとHRで、一部の宿題の提出や、2学期の学校行事についての前もっての連絡とかがあって終わり――ってところだ。
で、その全校集会までの時間に――。
昇降口で声を掛けてきた白城が、俺と千紗に「話がある」とのことだったので……。
俺たち3人は連れ立って、中庭の一角の……あまり人がいないところへ移動していた。
俺としても、昨日の――白城が黒井さんに連絡を取って、間接的にでも助けてくれたことについて、直に礼を言いたいと思っていたから、ちょうど良かった……んだけど。
でも、やっぱり……何せ、告白されたのをフってしまったばっかりだ。
堂々とした態度でいるのが、誰に対しても正解だと分かっていても……どうしても、心苦しさのようなものを覚えずにはいられない。
しかも、白城のメガネの奥――目元が、ちょっと腫れた後のようで。
それが、泣き腫らしたからだったなら……自惚れじゃなく、きっと俺のせいだから。
……それを、仕方ないことと割り切って、完全に気にしない――。
そんな真似が出来るほど、俺は恋愛強者でもないんだ。
けど……ここで謝ることだけは、しちゃいけないんだよな――絶対に。
しかし、それにしても……昨日の今日で話って、いったいなんだろうか。
さすがに、千紗もいるんだから、俺の正体についての話ってわけじゃないだろうけど……。
ふと、隣の千紗の様子を窺ってみれば……。
緊張のためだろう、こちらもちょっと顔を強張らせていた。
――そんな風にいろいろ考えながら、校舎からも見えづらい、適当な木陰にやってきたところで。
足を止め、改めて俺たちの方に向き直った白城は――。
「――ごめんなさいっ!」
……と、開口一番、思い切り勢いよく――千紗に向かって頭を下げた。
「え、えっ? えと……」
いきなりの謝罪は完全に想定外だったのか、困惑する千紗。
いや、それは俺もだけど……。
そんな中、当の白城は、頭を下げたままに――言葉もまた勢いよく紡ぎ出す。
それは……そうして勢いをつけることで、竦む心を奮い立たせようとするみたいだと――そう感じられた。
「昨日わたし――鈴守センパイに前もっての断りもなしに、黙って不意を突くみたいに、赤宮センパイに告白しちゃって……。
それって、やっぱり失礼だったっていうか……!
フラれたからいいとか、そんなのじゃないと思うから……!
――だから、ごめんなさいっ!」
「……白城さん……」
「わたし……わたしは、鈴守センパイのことも、単なる恋敵って言うよりは、スゴい人だなって、尊敬してて……!
だから、わたしの赤宮センパイが好きって想いで、鈴守センパイの足を引っ張ったり、こっそり2人の仲を裂くみたいな――そんな卑怯な真似だけは絶対にやめようって思ってたのに……!
なのにわたし、あんなことしちゃって……!
しかもそれが鈴守センパイの誤解に繋がって、そのせいでセンパイ、本当に危険な目に遭って……!
だから、どうしても今日、直接謝りたくて――!」
……俺と千紗が誤解を解いている(実際はそういうものでもなかったわけだけど)ことは、白城ならとっくに察しているだろう。
だから、少なくとも俺は、白城が謝ることはない――と思うわけだけど、この謝罪はやはり千紗に向けてのものだ。
だから、それをどう受け取るのかは、千紗次第というわけで……。
俺は余計なことは言わず、一歩退いて、千紗の判断に委ねることにした。
そして、千紗は――。
「……白城さん」
静かな――しかし同時に、力のこもった強い声で、その名を呼ぶと。
ハッと顔を上げた……自分より背の高い白城を、けれどまるで包み込むような……。
そんな、優しく穏やかな微笑みを浮かべて。
「……ありがとう」
そう、自然と口を突いて出たようなお礼の言葉を……一言、告げた。
「正直な気持ちを打ち明けてくれて。
ウチのことを気に掛けてくれて。
……白城さんのそういうところ、ウチもホンマにスゴいなあって思う」
「……鈴守センパイ……」
「それにな、そもそも昨日逃げてもうたんは、ウチ自身の問題で……。
裕真くんと一緒におる白城さん見て、カン違いしたから――ってわけ違うねん。
……やからね、白城さんが気に病むことやないよ」
……千紗のことだから、怒ったりするわけないと分かってはいたけど――。
うんまあ、何て言うか……さすがだなあ。
「それよりも、むしろもう一つ……ウチからお礼言わして?
――昨日は、ウチのために力を尽くしてくれて……ありがとう。
裕真くんから聞いたよ……?
もし白城さんが手ェ貸してくれへんかったら、ウチ助けるのにどれだけ手間取ったか分からへん――て。
やから……ホンマに、ありがとう」
今度は、千紗の方が、お礼の言葉とともに頭を下げる。
そして俺も、それに倣った。
「――俺からも。
先に、黒井さんを通して感謝は伝えたけど……やっぱり、直に礼を言わせてくれ。
白城、昨日はありがとう……本当に、助かった」
「……鈴守センパイ、赤宮センパイ……」
白城は、そんな俺たちのことを交互に見比べて……。
そしてやがて、くすりと笑みをこぼした。
「……ありがとうございます。
予想通りの反応がもらえて、安心しました」
「ん? 予想通り……?」
俺が小首を傾げつつ問い直すと……。
白城は笑顔で「はい」と――これまでよりもずっと元気にうなずいた。
「――ゲンキンな、って怒られちゃいそうですけどね。
鈴守センパイ優しいし、謝ればまず間違いなく許してもらえるだろうなあ……って、ズル賢く計算尽くだったってわけです。
で、それならわざわざ謝ったりすることもないんじゃないか――ってことも、ちょっとは考えましたけど……。
……でも、万が一ってこともあるし……何より、やっぱり黙ったままでいるのは、わたしの性に合わなくて。
それでこうやって……ケジメをつけさせてもらいました。
だから――わたしからも、ありがとうございます!」
ぴょこん、と……さっきまでとは違う勢いの良さで、白城はもう一度頭を下げた。
そうして、はにかむような表情で……ほうっと息をつく。
「……あ〜……なんか、これでホントに、スッとした――っていうか。
わたしが言うのも何ですけど……。
やっぱり、赤宮センパイには鈴守センパイ――そして鈴守センパイには赤宮センパイが、一番のお似合いなんですよね。
……見てて、どうしようもなくホッとしちゃうんだから……」
「……白城さん」
「うん、だから……もうスパッと、赤宮センパイのことは諦めます。
――なので、センパイ方。
改めてこれからは……普通の後輩として、よろしくお願いしますね!」
今度は、ひょいと小さく一礼して――白城は。
「じゃあそういうことで……時間取ってもらって、ありがとうございました!
失礼しますっ!」
こちらに手を振り、俺たちが何かを言う間も与えず……ダッシュで、この場から去って行ってしまう。
「「 ………… 」」
残された俺は――いや、きっと千紗も。
つい、白城の心情に思いを馳せながら……その後ろ姿を見送った。
「……やっぱり、ツラい――よな。白城は」
「うん……」
ポツリともらした俺の一言に、千紗は小さく――でもしっかりとうなずく。
「――けどね、ウチらに見せてくれた笑顔も、まったくの作り物やなかったと思うよ。
自分がツラいのを受け止めて――それでも、ウチらを認めてくれてるんやと思う。
……ホンマに……スゴいよ、白城さん」
「……そうだな。
だからなおのこと、俺たちは……罪悪感とかに囚われちゃいけないんだよな」
「そうやね……。
『悪いことをした』みたいに思ってたら、それこそ、これだけ真剣に向き合ってくれた白城さんを軽んじるみたいなもんやもん。
やから、ウチらは……言い方ヘンかも知れへんけど、堂々としてなあかんと思う。
……白城さんに、『やっぱりこれで良かった』って思ってもらえるように――」
千紗がそう、思いの丈を語ってくれたのと同時に……校内に、チャイムが鳴り響いた。
反射的に周囲を見回すと……。
もう視界からはすっかり、人の気配が消えている。
「あ、チャイム……!
――行こ、裕真くん! 急がな!」
「お、おう!」
千紗に促されて、俺も一緒に教室目指して走り出すが……。
そうしながら俺は、最後に千紗が言った言葉を気に掛けていた。
……堂々と……か。
俺自身、白城と会うときからそうしようと考えていたわけだけど……。
廊下を走りながら――俺はチラリと、千紗を見る。
……偶然とは言え、白城が知ってしまった秘密を――俺は、千紗に黙ったままでいいんだろうか?
千紗を巻き込まないために――って考えていたからこそ、だけど……。
もしかしたら……信じているからこそ、俺は――千紗に。
〈クローリヒト〉って重大な秘密を、話さなきゃいけないんじゃないか――。
そんな考えが――思いが。
胸の奥に、湧き起こり始めていた。




