第189話 盗賊モードの魔王に、迫る黄金の勇者
――余は、さらに古書……〈巫女〉の護衛が記した『日記』を読み進めていた。
恐らく歴史の表には出ていないだろう、その〈呪〉を祓う旅路の記録は、それ自体なかなかに興味深いものだが……。
きっとこれは、仮に世に発表したところで、創作と断じられてしまうのであろうな。
……いや、今はそんなことを考えている場合ではないか。
問題は、〈世壊呪〉についての情報がどの程度記されているか、だが……。
「……む……これか……?」
終盤に差し掛かってようやく、ここ広隅の地の話とともに……〈大いなる呪〉についての言及がされ始めた。
広隅の〈霊脈〉が特殊なもので、流れるチカラもまた大きいこと――。
その〈霊脈〉が穢れることで、溜まった強い〈呪〉が、一つ処に流れ集うこと――。
それがときに〈呪疫〉なる存在として現出し、世に害を為すこと――。
そして――。
〈霊脈〉の穢れが一つに集まり、やがて顕現する〈大いなる呪〉……。
世を破壊せんばかりのチカラたるそれが、〈世壊呪〉と呼ばれること――。
〈聖鈴の一族〉の〈巫女〉が、究極的にはそれを祓う役目を負っていることも――。
「つまり、やはりシルキーベルは……。
その名からしても、〈聖鈴の一族〉とやらに連なる〈巫女〉ということか」
しかし……実のところ、それはさして重要でもない。
〈聖鈴の一族〉が何者であれ、そもそもシルキーベルがそうした役目を果たすべく行動しているのは、すでに明白な事実だからだ。
加えて、〈霊脈〉と〈世壊呪〉についても、ほぼ、これまで分かったことの事実確認に近い。
数百年前から、確かな事実として〈世壊呪〉が存在していたのだと、その裏付けが出来たと思えば決して無意味などではないのだが……。
「ふむ……やはり、こちらの役に立つ情報など、そう上手くは手に入らん――か……?」
若干の落胆を覚えつつ、最終盤となる1ページをめくった……そこには。
* * *
「……こっちで間違いないと思うんだけど……」
ハイリアを探して、白城さんに教えてもらった方に進むと……。
予想通り、神社から見ても社務所から見ても、裏手にあたる場所に出た。
さっきからハイリアのスマホに、一応、何度か電話したりメッセージを送ったりしてるんだけど……気付いてないのか電池切れか、反応はない。
いや、それどころか……ハイリアどころか、辺りにはまるで人気がなくて。
すぐ近くでお祭りをしているのがウソみたいに……本当に、静かだった。
そこは境内でありながら、神社を囲む鎮守の森に飲み込まれかけているような場所で……いかにもな古木が、堂々と立ち並んでいる。
ヘタにこれ以上進んだら、怒られそうだな……。
なんて、ちょっとおっかなびっくりになりながら――僕はそんな場所で見つけた建物の方に足を向ける。
どうもそれは――古い蔵、というか……。
いや、神社だから……宝物殿?
まあとにかく、そんな感じの建物みたいだ。
どっちにしても、部外者がおいそれと入れるようなものでもないと思うけど……他には人のいそうな場所もないし――。
まさかね、といぶかりながらも……。
僕は、近付く足を速めた。
* * *
日記の巻末近くのページ、そこには――
著者自身の手によるものか――簡素ながら絵図付きで。
〈巫女〉が〈世壊呪〉に対して最後に行うものだという、〈祓いの儀〉とやらのことが書かれていた。
そして、さらにページをめくれば――
どうやら、〈世壊呪〉には、その証となる紋様が現れるらしく。
その紋様の図柄までが――。
「……うむ……」
まず、〈祓いの儀〉とやらが、この世界における一種の魔術式なのだとすれば……。
それを解析し、参考にすることで、亜里奈の中の〈世壊呪〉としてのチカラだけを消し去る――そんな術式を、新たに構築することが出来るやも知れん。
そして〈世壊呪の証〉なるものも、その紋様に何らかの魔術的な意味があるようなら、それを解読すれば、先の術式構築の手助けになるはず――。
ついに、有用な情報に行き着いた――それは喜ばしいこと、なのだが。
「………………」
今、鏡を見れば……きっと余は、まさしく、苦虫を噛みつぶしたような顔をしていることだろう。
――〈祓いの儀〉の説明の一部と、〈世壊呪の証〉だという紋様のほぼすべて……。
肝心要のそれらが描かれた部分が、ものの見事に焼けて失われていたからだ。
「……まさに、がっでむ……というやつだな」
聖霊めが良く口にする一言が、思わずタメ息とともにこぼれる。
しかしそれでも……これが重要な情報であるのは確かだ。
何とか出来る限り読み解いてみれば――まず〈祓いの儀〉は、絵図を見る限り、今日の神楽にかなり流用されていることが分かる。
特に最後、〈世壊呪〉をまるで天に送るかのように、両手を高々と掲げる動作などは、まさにここに描かれている通りだ。
そして――〈世壊呪の証〉という紋様。
それは、読み解くも何もあったものではない、ほんの一部分しか残っていなかったのだが――。
余はその一部分を、思わず……。
魅入られたようにしばし、時間を忘れて見つめてしまっていた。
「これは……。いや、まさかな……」
その、ほんの僅かな一部分が。
余の良く知る紋様と、酷似している――そんな気がしたゆえに。
* * *
――宝物殿らしきものに近付けば……その扉には、大きな南京錠がかかっているのが見えてきた。
……まあ、それはそうか。
中に収められているのが、本物の宝物か、ガラクタなのかは知らないけど……鍵がかかっているのは当たり前ってやつだ。
じゃあやっぱり、ハイリアはここじゃないのか……。
そんな、これもまた当たり前のことを考え――。
でも、まさか――ってヘンな緊張感があったせいか、ついホッとした僕は……。
こうして探してる間に、入れ違いにみんなのところに戻ったのかと、確認するのにスマホを取り出して。
――はたと、動きを止める。
今、確かに……。うん、間違いない。
宝物殿の中で、何かが動く気配があった……!
「…………」
それを知覚して、改めてそろりと入り口の側まで近付いてみれば――。
扉の南京錠は……。
ただ、引っ掛けられているだけだった。
つまりは――錠が下りてない。
鍵が、かかってない……!
……まさか……。
まさか本当にハイリアが、この中に……?
あまりよろしくない想像が、そんなはずは……と打ち消そうとも、微かに脳裏を過ぎる。
……けど、どうする……?
――ひと思いに、扉を開けるかどうか。
そんなわずかな躊躇いのあと、とっさに――
こうすればはっきりするかもと、手の中のスマホで、ハイリアに電話をかければ――。
――ピリリリリリッ!
「――――っ!」
すぐ近くで、電子音が鳴り響き……同時に。
宝物殿の扉が、内側から開かれて――!
「……おや? 君は……」
「――え……?」
扉の奥の暗がりから……。
怪訝そうな表情をした、宮司のお爺さんが――姿を現した。
「……どうした衛――と、なんだ、こんな近くにいたのか?」
そして、続けて……。
宝物殿の横手の陰からは、スマホを耳に当てたハイリアも。
「えっ……?
宮司さんに、ハイリア……こんなところで何を……?」
思わず口を突いて出た、僕のそんな間の抜けた問いかけに……。
「うん? 私は、祭事の道具を取りに来ただけだが……」
「余は……神社というものが珍しくてな。
夢中になって散策しているうちに、この先の方まで行ってしまっていた。
さすがに奥まで立ち入りすぎたかと、戻ってきたのだが――」
宮司さんに続いて答えたハイリアが、すまん、と苦笑混じりに謝りながら……。
僕からの着信履歴が表示された、スマホの画面を見せてくる。
「つい先程、これに気が付いてな。
折り返して連絡しようとしたところに……今のお前の電話だ」
「――はあ……そっか。
まあ、何にせよ良かったよ――見つけられて」
キミが泥棒なんかしてなくて――という、もう一つの『良かった』は呑み込んで。
僕はハイリアに、そろそろ次の神楽が始まるからと、捜していたことを告げる。
「……む。それは……手間を掛けたな」
「もう、ホントにね。
これで、もっと奥の方にまで迷い込んでたりしたら、危なかったよ……。
次の神楽に間に合わないところだ」
「うむ……そうだな。
まったくもって本当に――危ないところ、だった」
そして――。
僕とハイリアは、揃って、お騒がせしたことを宮司さんに詫びて――。
足早に……どころかダッシュで、みんなのところへと戻るのだった。




