第147話 それは、決して敵に回してはならぬ者
「オレたちを『愚か者』とは……言ってくれるじゃねえか……!」
〈勇者〉を名乗った、エクサリオとかいう黄金の騎士に――。
オレは、言葉とともに湧き上がる敵意を向けてやった。
普通の動物じゃなく、魔獣だから――。
異世界から紛れ込んできた、危険な力を持つ存在だから――。
――この世界にとっての〈異物〉だから。
こっちだって、望んで〈異物〉になったわけじゃねえってのに――。
ただそれだけで、なにか厄介事を起こす前にと、滅ぼしにかかる狩人ども。
この世界を守るためにとご大層なお題目を掲げて、一方的な正義を押し付けてくるヤツら。
――このエクサリオってのも、どうやらそのテの輩らしい。
世界を守る〈勇者〉サマとは、良く言ったモンだな……!
「キミたちの目的については聞き及んでいるが……。
一見立派にも見える言い分でも、そのために世界を滅ぼすようなチカラを求めるとなると、とてもまともとは思えないな。
そして――。
そうした輩は得てして、そのチカラに振り回されて身を滅ぼし……そればかりか、周囲にまでその被害を広げてくれるものだ。
……そんなことも分からない者を愚かと評するのは、当然と思うが?」
「――言ってろ。
何でもかんでも、滅ぼしてしまえば安全だ――ってな、ンなところで思考が止まってるようなヤツの方が、よっぽど愚かだってンだよ……ッ!」
オレは先手を取って、自慢の突進力で一気に距離を詰め、そのまま突っ込む――と見せかけて急停止をかけ、脇へ身をずらす。
その間に、オレの陰から迫っていた、質草が撃ち出した火球がエクサリオに襲いかかった。
オレを警戒してだろう、ヤツは盾を使ってそれを防ぐが……その間に、質草がさらに火球を連射しつつ、持ち前のスピードでオレとは反対側に回り込む。
そんな質草を追って、突進する上で邪魔だった盾が脇にズレたところで……オレは一息に肉薄した。
「――――!」
そして、ヤツがカウンター気味に薙ぎ払ってきた剣――。
その刃を飛び越えざまに蹴りつけ、さらに高く跳びつつ一回転。
「食らえやぁッ!!」
勢いを乗せたカカト落としを、無防備なドタマに叩き込んでやる……!
――ハズが。
「ごぁっ!?」
一瞬、目の前を黄金の光が閃いたかと思うと――。
オレの身体は、すさまじい衝撃とともに、さらに上空へと打ち上げられる。
いったい何が起こったのかと混乱する思考は……。
視界の下方で、ふわりと着地しているエクサリオを見て……驚愕しながらも、答えを出した。
――コイツ……!
あんな装備で、しかもあの一瞬のうちに――カウンターで宙返り蹴りを繰り出したのか……!?
「ウソ、だろ……」
「――ブラック!」
質草が、切羽詰まった声とともに、オレに追い打ちをかけようとするエクサリオを牽制しようと火球を放つが――。
すでにそこにヤツの姿は無く。
空間に黄金の残像を引いて――落ちてきたオレへと、稲妻をまとった突きを繰り出していた。
とっさに全力で防御するも、切っ先が触れた瞬間――。
「ぐおあぁぁっ!!??」
身体中を駆け巡る電撃と、信じられねえほどの衝撃に、一気に体育館の端まで吹っ飛ばされたオレは……。
受け身も取れず、ブザマに床に転がって……。
――そのまま、意識を失った。
* * *
……確かクローナハトは、キャンプのとき、ガルティエンを鎮めた戦いでも、魔法っぽいのを使ってた。
そのために、軍曹に時間稼ぎしろって言ってた。
だからきっと、見た目からして、魔法使いとか、そーゆーのが専門なんだ、って――そう思って、オレは自分から突っ込んだ。
グライファン、とかいう……なんかスゲーヤバそうな大剣に!
「……アーサー! 剣本体を直接狙っても効果は薄い!
ヤツを使う〈呪疫〉――黒い影を狙え!
そちらにダメージがいけば、その修復でヤツは大きく消耗するはずだ!」
「りょーかいっ!
――いっくぜー……! 烈風閃光剣っ!」
クローナハトのアドバイスを聞きながら、チカラを込めて、光の刃を伸ばした宝剣ゼネアで斬りかかる。
反応して、向こうもその『剣』を振りかざしてきた。
クローナハトの魔法のための時間を稼ぎながら、黒い影にもダメージを与えられたら……って思ってたんだけど――。
《――っ! 小僧、退けッ!!!》
ガルティエンのマジな叫び声に、光の刃で攻撃を防ごうと思っていたオレは、あわてて後ろに飛び退く。
瞬間――あのデカい大剣が、バカみたいな速さで薙ぎ払われて……。
先っぽがかすっただけなのに、宝剣の光の刃が――砕け散った。
「ンな……っ」
え――ウソ、マジかよ……。
そ、それじゃ今の、ガルティエンの言うことを聞かずに受け止めようとしてたら……!
「クカカカカッ!
弱イ――弱イ、ナ……! クカカッ!」
驚きで一瞬動きが止まったオレに、グライファンが振りかぶられて――
「――させるか! 〈光園ノ鷹索〉!」
でもそれが振り下ろされる瞬間、クローナハトが光のレーザーみたいなのを撃ち出して、グライファンを弾き返してくれた。
あわてて、その間にさらに距離を離す。
「……っ……!」
……正直、ゾッとした。
今、ホントに、死ぬかも知れなかったんだ――って思うと。
でも――それ以上に。
「ああ、くっそ……! まだまだぁッ!」
一瞬、ビビっちまったことが、くやしくてくやしくて――。
オレは、ワザと大声を上げて宝剣を構え直した。
《……小僧》
……だいたい、ガルティエンが助けてくれるまで、どんだけヤバかったってンだよ、オレ!
今さら、これぐらいで……ビビってたまるか!
軍曹とアリーナーを守るにも――ここが頑張りどころじゃねーか!!!
「やっっってやらあッ! 食らえぇーーっ!」
オレは――思い切り振りかぶった宝剣を投げつける。
「クカカッ! 効カヌ、ワ――!」
でもそんなの、グライファンは、あっさりと弾き飛ばす――。
――のは、分かってたから……!
「――戻れ!」
投げてすぐ、宝剣を引き戻して――!
それを突っ込みながらキャッチ、グライファンが宝剣を弾き返すつもりだった一撃をスカってる間に、すぐさま、黒い影の方に近距離で投げ直す!
今度は――刺さった!
《――小僧、来るぞっ!》
「分かってる!」
フェイントにダマされたグライファンが、オレを狙って斬り返してくるのを……。
見てからじゃゼッタイ間に合わないから、半ば当てずっぽうで、バク宙でかわしながら――
「いっけえ! ライトニングバレット!!!」
そのスキを突いて、空中で翼からの光弾をガンガン撃ち込みまくった!
黒い影は穴だらけになるけど、すぐにどんどん再生していく。
そこへさらに――
「――〈剣園ノ雉斬〉ッ!」
クローナハトが腕を振るうと、黒い影の周りで一瞬のうちに何度も光が走って――見えない剣が斬りまくったみたいに、影をバラバラにしちまった。
でも――
「生意気、ナァ……ッ!」
あっという間に、スライムとかみたいにくっついて元に戻っていく。
一瞬、ゼンゼン効いてねーんじゃねーかって、弱気になりそうだったけど……。
「まぁだまだあっ!」
それなら――効くまで何度でも食らわせてやらあっ!!!
オレは着地と同時に一気に突進して、体当たりがてら、刺さったままの宝剣を掴むと――。
「うぅ――らあああっ!!!」
思いっ切りチカラを込めて、そのまま光の刃を生み出して黒い影を貫通……続けて、頭の方に斬り上げる!
そんで――
「烈風、閃光ぉ――台風けーーーーんッ!!!」
そこから続けて、身体を反転させながら――何度も何度も何度も何度も、テッテイ的に連続で、めったやたらに斬って斬って斬りまくった!
さらにそれに合わせて、クローナハトも、火の球を何十発も超連射で叩き込んでくれる。
「――ッ! ――ッ! ――ッ!」
オレたち2人がかりの超ラッシュに、グライファンのヤツも、あのムカつく笑いをしてる余裕はねーみたいで……!
「フィニーーーーッシュ!!!」
最後――トドメに、飛び上がってからの〈一刀両断〉を食らわせてやった――!
「……はーっ、はーっ、はーっ……」
これで……どうだっ……!
「――よくやった……見事だ、アーサー」
《……技名のセンスはやっぱしアレじゃがの》
「う、うっせーっての……!」
思いっ切り全力で動いたから、もう、ぜーはー言いまくりながら、目を上げると……。
グライファンを掴んでた黒い影は、今度こそ、カンペキに――チリになって、消滅していた。
――ガラン、って……床に転がり落ちるグライファン。
「……っしゃあーっ!」
――やったぜ!
ボスもやっつけたし、これでアリーナーも――!
さあ、しんどいけど決めポーズだ――とか思った瞬間。
「――――ッ!」
クローナハトがいきなり、オレを掴んで、強引に後ろに引っ張って――入れ替わりに前に出た。
――かと思ったら、ギィン!――って、すごい音と火花が散って……!
「クカカッ! クカカッ! クカカカカッ!!!」
あのすっげームカつく笑い声がしたと思うと、剣が――グライファンだけが、ヒュッと宙に浮かび上がる。
「……『クソヤロー』めが……!」
うっとうしそうに言うクローナハトの目の前で……。
ちょうど今、なんかうっすら光ってたバリアみたいなのが砕けるのが見えた。
もしかしてさっきの、オレをかばって……アイツの不意打ち、バリアで防いでくれたのか……?
「クカカ……ッ! 無駄、ダッタ、ナ……!」
宙でクルリと回ったグライファンは――切っ先をオレたちに向けて、ピタッと止まった。
……マジかよ……っくしょ〜……!
あんだけ必死になって、黒い影を消してやったのに!
アイツ、まだゼンゼン元気そーじゃねーか……!
《おい、小僧……大丈夫か?》
「大丈夫もなにも、踏ん張るしかねーだろ……!」
クローナハトが宝剣にかけてくれた魔法のおかげで……。
メチャクチャしんどいけど……まだ、身体は動く!
「クカカッ! オオ……イイ、ゾ……! 『チカラ』ガ、漲ル……!
ソコ、ナ『根源』ノ命ガ、『チカラ』トシテ、流込ム、ノガ、分カル、ゾ……!
コレ程、ノ、『チカラ』アレバ……!
ソモソモ従者、ナド、必要ナイ、ワ……ッ!
……クカカカカカッ!」
「――――ぬかせ」
……一瞬、ビクッとしちまった。
でも違う、それはグライファンに――じゃない。
たった一言、静かにぽつっとつぶやいただけの……クローナハトに、だ。
……なんだ……今の、すげー迫力……!?
「……キサマが酔いしれる、亜里奈の苦しみと引き換えのそのチカラ……。
相応の対価を支払う覚悟は、出来ていような……?」
これ、もしかして……。
クローナハト……メッチャメチャ、怒ってるんじゃ……。
「その薄汚い命だけでは安すぎる。
……差し当たっては、決して敵に回してはならぬ相手がいるという事実を――」
「――――!」
瞬間、甲高い金属音といっしょに、火花が散って――。
グライファンが――弾かれたみたいに回転しながら、後ろに退がる。
ヤバいぐらい速すぎてほとんど見えなかったし、まず、構えも何もなかったけど……。
クローナハトが、グライファンを蹴り飛ばしたってことだけは――何とか分かった。
――って、なんだよ今の……!? め、メチャメチャかっけー……!
「オノレェ……小癪、ナァ……!」
「……心の無いキサマでも分かるよう――。
その身に改めて、畏怖として刻みつけてくれる……!」




