表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

94/104

第十話:帝国の敗走

 エライザに仕える怪物処理人。その一人であるリアンは速度向上の魔術を自身にかけ、猛スピードで駆け抜ける。その速さは筋力強化をかけた魔術師には劣るものの、それでも人並み外れたものであった。


 自身に何らかの能力向上を施す魔術はその全て上級魔術とされている。人体の構造、その理を捻じ曲げて何らかの能力を向上させるのだ。上級魔術の中でも難易度の高い魔術である。


 帝国と王国の戦場を遠巻きに見ながら、自身が指示された地点へ移動する。飽くまで帝国に気取られないように、戦場から距離をとって平原の東に位置する小高い丘を走る。戦場は混戦という言葉がぴったりと当てはまる様子で、王国軍と帝国軍がぶつかり合うその最前線は、さながら地獄のようだった。


 リアンは上級魔術を何度も行使できる程のマナを体内に保有した凄腕の魔術師である。そして、行使する魔術は怪物と対峙するため、他者を殺傷するための攻撃魔術や、自身を強化するための強化魔術が主であった。自身の実力には絶対的な自信がある。人間などという矮小な存在とは格の違う怪物達を何百匹も殺してきたのだ。人間を殺すなど容易いこと、そう考えていたし、実際にその通りであった。


 女王に指定されたポイントまで、まっすぐ歩いて数千歩程の場所までたどり着いた。帝国の本隊はゆっくりと南進し、王国の先陣を打倒せしめんと動いている。他の怪物処理人達も、きっと今頃それぞれの指定されたポイントに到達しているはずだ。


 到達時間は定刻通り。作戦の開始まであと五分ほど。リアンは自身に物理防護の魔術と、魔術防護の魔術をかける。無論どちらも使い手が極端に少ない難易度の高い魔術であった。


 エライザには忠誠を誓っている。孤児として生を受け、スラム街をフラフラと生きていた自分の才能を見出し、ここまで育ててくれたのは、他ならぬ彼女である。確かにあの女王は人の心が分からない。だが、それでも自身を泥沼からすくい上げてくれた。そのことは厳然たる事実である。


 五分立った。作戦開始だ。


 速度向上の魔術の効果によって、彼のスピードは常人の数倍にもなる。丘を下り、風のように飛び出す。時間にして数分。その短い時間で数千歩程の距離を踏破せしめた。


 帝国の本隊。その数は大凡二千人程度であろうか。規則正しく隊列を組み移動するその本隊の横合いに、リアンは突き刺さっていった。


「て、敵襲! てき、があああ」


 その存在に気づいた帝国軍の一人の兵士が、敵襲を知らせようとした。だが次の瞬間には、リアンの風刃の魔術によって頸動脈を切り裂かれ絶命した。


「敵襲! 敵襲! 奇襲だ!」


 帝国兵がにわかに騒ぎ始める。彼らが混乱しているこの数分間でどれだけ兵士達を殺せるか。それが鍵だ。


 火属性、風属性、水属性、土属性。ありとあらゆる上級魔術を行使し、帝国兵を襲う。炎がリアンの周りの兵を焼く。風が遠巻きに見ている兵を切り裂く。水がまだ状況を把握できていない兵を押し流す。地面から突如生えた土の槍が、少なくない数の帝国兵を突き刺す。


 リアンとは反対側、恐らく本隊の西側だろうか。爆発音が何度か聞こえた。他の怪物処理人達もうまくやっているようだ。ニヤリと唇を歪ませる。


 帝国軍は突如現れた、怪物よりも怪物らしい一騎当千の猛者達に大混乱をきたしている。リアンはこの数十秒で、数にして二百人程の帝国兵を殺した。向こうの怪物処理人達も同じぐらい殺しているだろう。


「うろたえるな! 敵は単騎! 取り囲んで数で押し返せ! 殺せ」


 華美な装飾が施された馬具を装備した馬に乗る一人の男が大声を上げる。奴が隊長か。大隊長なのか小隊長なのかは知る由もないが、こと戦争において指揮官を殺すというのがどれだけ重要なことなのかを彼は理解していた。もう一度ニヤリと嗤う。


 隊長らしき男の声に、生き残りの帝国兵が気を取り直してリアンを取り囲む。どうやら帝国軍の本隊のほとんどが魔術師で構成されているようだ。どいつもこいつも杖を持っている。帝国兵の魔術がリアンを殺さんと、炎が、風が、水が、襲いかかる。


 だが無駄だ。魔術防護の魔術を利用しているリアンにとっては、マナによって構成されたその攻撃によるダメージは半減以下。多少の傷を負うものの、彼の行動を阻害するには至らない。


 広範囲魔術。炎嵐(らんえん)。彼が次に術式を展開したのは火属性の魔術の中でも、最も殺傷能力の高い魔術であっった。


 炎がうねり、爆発し、リアンを台風の目として、周囲の人間を容赦なく焼いていく。帝国兵達の悲鳴が耳に心地よい。


 いけない、いけない。こうまで焼きつくしてしまえば、誰が隊長なのかわからなくなってしまう。リアンは自分が思った以上に興奮していることに今更ながら気づいた。


 怪物を殺す。そのために生まれてきたような人生だった。勿論その過程で人間を殺したこともある。だが、こうも大量の人間を殺し尽くすのは初めてだ。弱い者いじめがここまで楽しいとは思わなかった。


 他の怪物処理人達も、きっと同じ様に思っているだろう。彼らは怪物を殺す者。正常な精神構造ではその職務は全うできない。つまるところ、人間として何かしらのものが欠落した者ばかりであった。






「何が、何が起こっている?」


 帝国軍の後陣。その最奥にて、騎乗し全体の指揮をとっていた帝国軍のトップである、マット・ミングースはひっきりなしにやってくる伝令兵の報告に耳を疑わずにはいられなかった。


 戦端が開かれた直後は、帝国軍が優勢だったはずだ。先陣は王国軍に少なくない被害を与え、そしてその後に無傷の本隊、後陣が残っている。数ではこちらが勝っていたはずだ。だが、伝令の報告、その内容を聞いてみれば、帝国軍本隊、そのほとんどが単騎て突入してきた兵にやられてしまったという。そして、その単騎で突入してきた兵は、複数確認されていた。今把握できている数でも五十人以上はいる。


 単騎だと? マットは混乱した。いくら優秀な魔術師でも、単騎で人間を百人単位で殺せるような人間はそうそういない。そんな化け物みたいな人間を王国はそれほどまでに飼っているのか?


 彼がどうするべきか悩んでいると、また伝令兵がやってきた。先陣からの伝令のようだ。


「伝令! 軍の先陣が壊滅状態! 先陣の連隊長が指示を求めています!」


「なんだと? ついさっきまでは、王国軍を圧倒していたはずではないか?」


「騎士団長及び副団長が負傷し、騎士団が一時撤退したとのことです。また、正体不明の鉄仮面を被った兵が、右翼の大隊を単騎で妥当、兵たちは捕虜とされたと。左翼は、一人の兵によって壊滅状態。恐らく卓越した筋力強化使いであるとのことです!」


 マットが小さく舌打ちをする。先陣はやられ、本隊も壊滅状態。被害にして数千名ほど。王国の兵士も少なくない被害を受けているはずではあるが、何分本隊が壊滅状態であるのが痛い。


 このまま戦を続けるか。撤退するか。彼は大きな決断を迫られることになった。


「……いや、今は撤退の機ではない。少しでも王国に被害を与えるべきだ」


 マットもこの戦争がこの一回こっきりで終わるとは考えていない。長い、長い戦争になるだろう。彼だけではない、帝国軍の上層部全てがその様に考えていた。


「例の計画は進んでいるか?」


 隣に控える補佐官に尋ねる。


「はっ、万事滞りなく、とのことです」


「よろしい」


 では後は、いつ撤退するか、そのタイミングだけである。彼の中では撤退すること自体は既に決定事項とされていた。


 そして、また伝令がやってくる。今度はなんだ。悪い報告ばかりで頭が痛くなってくる。どうせこれも悪い報告だろう。


「鉄仮面の兵が! 猛スピードでこの場所まで向かっているとの……き、来た!」


 マットの目にもはっきりと映った。重厚な甲冑を着込み、鉄仮面を被った一騎の兵が。






 カーミラは先陣の右翼を叩き、騎士団に捕虜にするように頼んだ後、帝国軍の後陣、そこに向かっていた。


 すれ違う兵達には、置き土産とばかりに一発から二発のパンチをくれてやった。大丈夫。殺してはいない。ちょっとだけ戦えなくなってもらっただけだ。


 そんな風に先陣を突破していくと、ややあって帝国軍の本隊がいたのであろう場所にたどり着いた。「いたのであろう」としたのは、そのほとんどが死体となり、積み重なって転がっていたからだ。カーミラは自分の目を疑った。誰がこの惨状を築き上げたというのだろう。


 その死屍累々とした痛ましい光景の中、百名程立っている人間がいた。見覚えがある。エライザ直属の怪物処理人だ。


 帝国兵の無数の死体、重傷を負ってうめき声を上げる者。その惨状に心を痛ませながらも、カーミラは立ちすくむ怪物処理人、その一人に駆け寄り尋ねた。


「ここらの帝国兵は、あんた達が殺ったの?」


 話しかけられた彼は、この場に王国の兵と思しき人間がいることと、その鉄仮面を被った奇妙な姿に少しばかり目を見開いた後、肩をすくめた。


「あぁ、怪物を殺すよりは幾分楽だったな」


「……そう」


 それだけ話してから、少しだけ会釈をすると、カーミラはまた走り出した。そのスピードに怪物処理人達が少なからず驚いた顔をする。でも、そんなことはどうでもよい。


 今やらなければいけないことは、怪物処理人達を糾弾することでも、帝国兵達の死を悼むことでもない。確かに人が沢山死んでしまったことは悲しい。だが、カーミラにとって顔も知らない人間の死――しかも、愛する祖国を侵略しに来た輩である――は、帝国を撤退させ、この戦を止めることより重要なことではなかった。


 何千人の死体を通り過ぎただろうか。徐々に生きている人間が見受けられるようになり、敵の後陣が近づいていることを悟る。


 本隊の後ろの方のなんとか生きながらえた兵や、後陣の兵が、猛スピードで駆け抜けていくカーミラに驚きの声を上げ、あるものは手に携えたマナの剣で、あるものは杖を振りかざし魔術を行使してその足を止めようとする。だが、そんなことでは止まらない。止まれない。


 後陣の兵どもを、腕を振るい、脚で蹴り飛ばし、死なない程度に戦闘不能にしていく。敵の大将は近い。偉そうな兵士が増えてきたのがその証拠だ。


 数百人ほどだろうか。カーミラが殴り、蹴り、吹き飛ばした兵は。数えるのも馬鹿らしくなってきた頃、いっとう華美な格好をした馬に乗り、戦場にそぐわない目立つ鎧を着込んだ男が目に映った。


 奴だ。奴が帝国軍の総指揮官だ。その格好から当たりをつける。カーミラのその予想は間違っていなかった。


 距離にして数百歩。右脚に思い切り力を込め、開放する。跳躍。指揮官らしき男を守る兵達をその身体そのもので吹き飛ばしながら、その男に肉薄した。


 男は咄嗟に杖を振り上げる。だが術式を展開する、そんな暇は与えない。杖を握る右腕に左の手刀を叩きつける。人間の力とは到底思えない腕力で強かに打擲された腕は、ポキリと折れ曲がり、杖がぽろりと落ちる。


 そして跳躍したそのままの勢いで、男の首を右手で鷲掴みにする。乗っていた馬から強制的に落馬させ、そのままどさりと地面に叩きつける。自然とカーミラが男に馬乗りになる形となった。


「あんたが指揮官ね?」


 決して弱くはない。だが息ができない程でもない。絶妙な加減で喉を締め付けられた男が、潰れた蛙のようなうめき声を上げる。息はできるが苦しいものは苦しいのだ。男が人間の急所である首元をいとも簡単に取られたことに焦燥を覚える。同時に、目の前の鉄仮面から発せられる声が女性のものであろうことに驚いた。


「今すぐ撤退させなさい。本隊のほとんどは、こちら側の遊撃隊が殺したわ。もうこの戦はあんた達の負け」


 ぜひゅー、ぜひゅー、と狭まった気道からなんとか息を吐いたり吸ったりしながら、なんとか首を縦に振る。その様子を見たカーミラは、鉄仮面の中で満足気に微笑んだ。男を上空に放り投げ、そして自然落下してきた彼の襟首を右手でわっしと捕まえる。


「大将首は王国が貰い受けた! 本隊は壊滅状態! これ以上戦を続けても意味が無いわ! 撤退しなさい!」


 叫ぶ。これ以上無いほどの大声で。そして、右手に捕まえた男を見遣る。男が呆然として、何も喋り始めないので、さっさと喋れという意味も込めて左手で小突く。


「て、撤退! 撤退だ!」


 周囲を取り囲む兵達が、その命令にどうしたものかと思案する。膠着状態。そんな言葉がぴったりと当てはまる情景であった。状況は多勢に無勢。しかし、帝国側は指揮官を質に取られている。


「今撤退するなら、この男はこのまま返してあげる。ほら、そこの人。あなた伝令兵なんでしょ? さっさと全軍に撤退の指示を伝えて」


 傍らで立ちすくむ伝令兵らしき男に、カーミラが声をかける。襟首を掴まれた男が、悔しそうに「言うとおりにせよ」と呟く。


 時間にして数十分程度。生存している帝国兵全てに撤退の指示が告げられた時間である。






 ロビンは左翼の魔術大隊の殆どを殺しつくした後、先陣の後方に向かって走っていた。遠くの方に、記憶に新しいマナの流れ、その感覚を捉えたのだ。脳まで強化したロビンの感知能力は、同じ筋力強化使いのそれを遥かに凌ぐものとなっていた。


 ビリー・ジョー。他でもない、師を殺したあの男がいる。


 心が憎しみで支配される。あの男を殺さなければ、とそう思う。


 数分ほど走っただろうか。見覚えのある短く刈り上げた茶色の髪が目に映った。


「ビリー・ジョー!!!!」


 叫ぶ。その名前を。精一杯のあらん限りの憎しみを込めて。その叫び声に、後方へ向かって走っていた帝国騎士団長が振り向いた。一緒に走る騎士達も何事かとロビンの方を向く。


「おぉ、あのときの坊主じゃねぇか! ガキのくせに戦争に参加するなんて、出世頭だなぁ!」


「お前は! 僕が! この手で!」


 だがその悲願は達成されることはなかった。


「悪いなぁ。俺たちゃ敗走中なんだ。王国の兵がいる前ではあんまり使いたくなかったが……ま、しゃあねぇか。総員! 転移術式、展開!」


 騎士団員達が、応、とその言葉に応えると、杖を取り出し術式を展開する。帝国式の転移術式。その術式が展開されるまでのスピードはロビンがビリーに追いつくよりも僅かに早かった。


「じゃあな。坊主。生きてりゃ、また会うかもな」


 人好きのする小憎たらしい笑顔を浮かべて、ビリーが青白い光を放って消える。他の騎士達も同様だった。


「……くそっ……。くそぉ!」


 仮にも騎士団を名乗っているくせに、あんな早い逃げ足でよいのか。ともあれそんなことはどうでもよかった。


 アレクシアの仇を取り逃がした。そのことに心の底から憤怒する。


 気づけばロビンは帝国兵に囲まれていた。丁度いい。鬱憤ばらしをしたい気分だ。


 ロビンはその膂力をもって、周囲の帝国兵達を次々と打擲していった。逃げないものは殺した。逃げるものも追いかけて殺した。


 だが、それでも気分は晴れなかった。


 ややあって、生き残っている帝国兵たちは一目散に撤退していった。戦が終わったのだ。


 脳の強化を長らく続けていたおかげで、鼻から、目から、耳から血を流すロビン。数秒ほどぼうっと立ちすくむ。数分ほどだろうか、立ちすくんだ後、この戦が終わりを告げたことに思い当たり強化を解く。


「はは、ははは」


 狂ったように笑う。いや、嗤う。その嘲笑は誰に向けられたものなのだろうか。


「あはははははは」


 それは他でもない自分自身に向けられたもの、それ以外の何者でもなかった。


 戦が終わった。仇は取り逃がした。それだけがロビンに残された事実であった。

なんとか帝国軍を退けました。

怪物処理人、彼らはものすごく強いです。アレクシアと同等、いやそれ以上の存在が百人程度いることを想像して下さい。しかも、アレクシアとは違って、筋力強化しか使えないというわけではないです。


そして、他ならぬカーミラが戦を終わらせました。主人公補正ならぬヒロイン補正です。さっすが吸血鬼。強いですね。


ロビンはアレクシアの仇を討てなくて、また闇堕ちしてます。さて、彼のメンタルケアは誰がするのでしょうか。ま、容易に想像つきますよね。


読んでくださった方、ブックマークと評価、よければご感想等をお願いします。

励みになります。


既にブックマークや評価してくださっている方。ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ