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第八話:帝国との攻防

「さて、カーミラ。ロビン。貴方達には怪物処理人と同様、単騎で帝国の蛮族共に相対してもらいます。尤も、怪物処理人達は貴方達よりも後に出撃しますが」


 兵を率いる隊長達の士気の高さに満足気な微笑みを浮かべたエライザは、テントに戻り、その中にいるカーミラとロビンに話しかける。


 女王より賜った甲冑を着込んだカーミラがエライザに応える。


「前にも言ったとおり。私は人殺しはしない。それで良い?」


「えぇ。その方が効率的です。殺さない程度に痛めつけて下さい」


「……効率的って……。まぁいいわ。でも覚えておいて。私が闘うのは王国を守るため。決してエリー。貴方のためじゃない」


 鉄仮面越しに、鼻息を荒くした様子のカーミラの声が聞こえる。闘う。その言葉に、ロビンは少しばかり身震いをした。


 戦争である。これから向かうのは戦場であるのだ。カーミラと比較して、身体の急所のみを守ることを目的とした鎧を着込んだロビンが顔を青くしながら、エライザを見つめる。


「あぁ、ロビン。貴方はとにかく弱そうな歩兵や騎兵をやっつけて下さい。殺さない程度に、は貴方には難しいでしょう。死なないように、それだけ気をつけて下さい」


 カーミラが怒ってしまいますから、とエライザが笑う。その言葉にカーミラが目を三角にするが、鉄仮面を被っている以上、それに気づくものは誰もいない。


「帝国の軍勢はもはや目前。帝国の騎士団長も当然いるでしょうね」


 ロビンはビリーの人好きのする笑顔を思い出す。顔を青くしながらも、心の中に殺意が芽生える。あいつは僕が殺す。できる限り残忍に。殺してやる。そう思った。


「あぁ、そういえばカーミラ。ジギルヴィッツ公爵もこの戦に参加されているのでしたっけ?」


「えぇ。お父様も陣頭指揮を執っているわ」


「それは心強いですね。公爵はこと指揮能力の高さにおいては、この王国でも五本の指に入るほどでしょうから。それに魔術も堪能ときたものです。領主なんかにしておくのがもったいないですね」


 ニコニコと笑いながらエライザが話す。ロビンは目の前の女王が、なぜ今この状況になっていてもこうまで笑顔でいられるのか理解ができなかった。


「では行きなさい。そして、帝国の蛮族共を追い払ってくるのです」


 その言葉に、最敬礼もせず、二人は大きなため息で返事をしてからテントを後にした。


「やれやれ、不遜もいいところですね。ま、そこがあの二人のいいところなのですが」


 一人になったテントで女王がボソリと呟いた。






 ゴーンゴーンゴーン、と平原の向こうから銅鑼の音が鳴る。帝国の軍勢である。帝国の軍勢、そのおおよその数は王都直轄領に至るまでに、隠密偵察隊――つまり斥候である――の働きによって把握せしめていた。その数約二万。数だけで言えば圧倒的に王国の不利である。


 だが、帝国の軍勢が、非魔術師と魔術師の混成であるのと比較して、王国の一万の軍勢は全てが魔術師。質では王国が勝ち、量では帝国が勝っていた。


 戦端が開かれる時が来る。王国騎士団長、クイン・オールマンが叫んだ。


「王国に攻め入る蛮族めらを根絶やしにしろ!」


 応ッ! と騎士団を中心とした、騎兵達がそれに応え、見事な隊列を以って帝国の軍勢へ向かっていく。


「各自杖を構え! 放て!」


 騎士団長の号令と共に、王国の魔術師達が、広範囲魔術を行使する。爆発。竜巻。水流。雷。様々な属性の魔術が帝国の歩兵達を巻き込み、少なくない打撃を与えていく。


「杖を剣に変えよ! 突撃!」


 クインの声に、一斉に兵たちが杖をマナの剣に変え、大規模魔術に混乱している歩兵で構成される先陣、そのど真ん中に突撃する。マナの剣によって、次々と帝国の歩兵が切り刻まれる。腕を両断される者。首を刎ねられる者。おびただしい血が流れ、帝国の前軍が大混乱に陥る。


 帝国の軍勢。その前軍は農奴や貧困に苦しむ非魔術師の平民で構成されている。魔術師のみで構成された王国の兵達に遅れをとるのは当然の帰結であった。


 だが、帝国側も一筋縄ではない。火矢が、雨あられと王国の兵達の頭上から降り注ぐ。まるで、自軍の兵の命を露とも考えていないその猛攻にクインが歯噛みする。


「防壁術式を組め! 臆するな! ただの矢だ!」


 王国の魔術師達は咄嗟に防壁の魔術を行使する。これで火矢は届かない。


 次の瞬間、両翼から魔術と思しき爆発音がクインの耳朶を打った。しまった、囲まれた。


 帝国は右翼、左翼に魔術師による大隊を配置していた。魔術による挟撃。それが帝国の狙いであった。


 爆発音に、馬が恐慌し、騎兵たちは振り落とされ、落馬する。騎士団ではない魔術師達も、その多くが命を落とし、そうでないものは浅からぬ負傷を負った。


 その様子を見た帝国の歩兵の生き残りが嗤う。彼らは農奴である。魔術の使えない平民である。そんな人間たちが、敵の大将首を目前にしているのだ。


「殺せ! 騎士団長を殺った奴は一生遊んで暮らせるぞ!」


 押し寄せる歩兵。なんとか体勢を立て直した王国の騎士が近づく歩兵共をマナの剣で切り裂いていく。


「やれるものなら、やってみるが良い!」


 クインが叫ぶ。落馬した? 周りは敵だらけ? そんなことは彼には関係ない。彼も伊達に騎士団長ではない。一騎当千の猛者。それこそがクイン・オールマン、その人なのである。


「我こそ! 王国騎士団、団長、クイン・オールマンだ!」






「先陣に続け! 遅れをとるな! 狙いは両翼の魔術大隊だ!」


 ウィンチェスター子爵が叫ぶ。当然ながら彼も招致され、この戦に参加していた。およそ二百名程度の平民からなる魔術大隊を率い、先陣を切った騎士団達に追随する。


 子爵が戦争に参加したのは、遥か昔である。それも、同盟国の小さな小競り合いに参加した程度。だが、彼は勉強家でもあった。ウィンチェスター子爵家の蔵書室。それは、小さな図書館とでも言うべき代物であった。当然戦の指南書等も含まれている。


「マナを込めろ! 味方に当てるな! 術式展開! 放て!」


 ウィンチェスター領では代々、火の属性に適正を持った魔術師が多く輩出される。火の魔術は戦の華である。本能に訴えかけるその恐怖が、人間の歩みを強制的に止める。


 帝国の魔術師大隊。その中心に向かって、魔術が放たれる。その殆どが敵の魔術師の防壁によって防がれたが、それでも敵を撹乱するのには成功した。


「次弾! 術式展開! 急げ!」


 子爵が声を張り上げる。しかし、次弾は誰の杖からも放たれることはなかった。


 帝国の魔術師。その一部が、目標をこちらに移したのである。帝国の魔術は王国と比較して攻撃力が高く、範囲も広い。


 頭上で大きな爆発音が聞こえ、咄嗟に防壁の魔術を行使する。土煙が上がり、前後不覚に陥る。


「く、くそっ!」


 ウィンチェスター子爵が舌打ちをし、風の魔術を行使する。土煙が一気に晴れ、そしてその惨状を詳らかにした。兵の半数が負傷している。少なからず死んでしまった者もいた。


 帝国の魔術師が、雨あられと魔術による砲撃で子爵の大隊を攻撃する。溜まったものではない。彼が率いる平民魔術師達だって、戦など久しく経験していない。むしろ初めての戦闘である者がほとんどだ。


「動ける者は、負傷兵を連れて撤退しろ! 安全なところで治癒に当たれ!」


 一時撤退。子爵はその選択肢を選んだ。体勢を立て直し、再度攻撃に当たる。そのためには、兵達の治療が最優先であるのだ。






「さぁて、そろそろ出るかぁ」


 帝国騎士団長、ビリー・ジョーがニヤリと笑いながら歩き始める。これほどの大戦(おおいくさ)、自分が出ないで誰が出るというのだ。


「団長。単騎で突出するのはやめてくださいよ?」


 副団長が今にも走り出していきそうなビリーをたしなめる。


「まぁ、そう言うなって。こういうときの俺、だろ?」


「まぁ、そうですけど、手柄を根こそぎ持っていくなって言ってるんです」


「へいへい。善処するわ」


 ビリーが全身を強化し、走り出す。筋力強化のできる団員がそれに続く。当然副団長も同様であった。


 彼らが居たのは、帝国軍の後陣。しかしながら、そのスピードで戦場の先陣に数分間の後に踊り出た。


「死にてぇ奴はかかってこい! 俺が! 帝国! 騎士団長! ビリー・ジョーだぞう!」


 王国の兵士を殴り、蹴る。鎧がへしゃげ、腕がもげ、頭蓋が陥没する。


「ウラーラーラーラーラーイ!」


 帝国騎士団、決して多くはないその人数に、王国の魔術師が圧倒される。


 何しろ、その者たちが一度腕を振るえば、一人死に、二人死に、そして五人死ぬのだ。


「ば、化け物!」


 王国の魔術師達が恐慌し、めちゃくちゃに魔術を行使する。だがそんなものは効かない。全身を強化した彼らの肉体を貫く魔術等存在しない。それほどの練度に達した筋力強化なのである。


 ビリーが、すれ違う王国兵を殴り、蹴り、そして頭突きしながら駆け抜ける。何人殺しただろうか。少なくとも百人は殺した。そしてビリーはとある人物を見つけ出す。いたいた。彼の瞳は、王国騎士団長、クイン・オールマンを捉えた。


「偉そうな奴! みーっけ!」


 凄まじい速度で繰り出す拳。クインがその拳に即座に反応し、マナの剣で弾き返す。本来であればマナの剣等ビリーにとって屁の突っ張りにもならない。だが、彼の拳を弾き返した。そのことが、クインの剣が如何に濃密なマナによって構成されているのかを物語っていた。


「……筋力強化の使い手か。厄介極まりない」


「なかなか骨のありそうな奴じゃねぇか。名前は?」


「クインだ。クイン・オールマン。騎士団長をやっている」


 こりゃあ、本物(ほんもん)の大将首じゃねぇか。ビリーの顔が愉悦に染まる。この拳で殺せない者はいなかった。このつま先で蹴り殺せない者はいなかった。ビリーがその全身を使ってクインを亡きものにしようと襲いかかる。


「俺は! 帝国騎士団長! ビリー・ジョーだ! その御首貰い受ける!」


 だが、その拳が、蹴撃が、クインに届くことはなかった。


「筋力強化を使った人間が如何に想像を絶する膂力を発揮しようとも、その力をそらしてやればなんのことはない」


 クインの得意とする剣術。それは柔の剣であった。敵の攻撃をいなし、そらし、避け、そして後の先を取る。更に言えば、彼のマナの容量、その密度を存分に活かした魔剣。それも彼の武器の一つであった。拳を振り切ったビリーの右腕にクインの魔剣が突き刺さる。


「……ッ!」


 思わずビリーが一歩後ずさる。魔術で、それも初級魔術の魔剣によって傷をつけられたのは初めてであった。


「王国もまだまだ捨てたもんじゃねぇってことか。楽しくなってきやがった」


 クインが隙あらば自らの素っ首を狙おうと襲いかかる歩兵をマナの剣によって切り刻む。だがその目はビリーから決して離さない。


 余裕そうな顔を見せるクインであったが、その心中は焦燥に満ちていた。筋力強化の使い手。つまり、自身は一撃でも食らうと一巻の終わり。しかし、相手は自身の攻撃をいくら当てても致命傷になりえないのである。


 気を抜くことは許されない。


 ギリリと気取られぬように歯を食いしばり、目の前の帝国騎士団長を睨みつける。


 次の瞬間、クインの背後から叫び声が聞こえた。


「騎士団長を援護しろ! 放て!」


 強力な魔術。それも複数のだ。クインに当たらないように注意深く、しかしながら大胆に放たれたそれは、ビリー以外の帝国騎士団員に少なくないダメージを与えていた。クインが思わず、後ろを振り向く。


「ジギルヴィッツ公爵!?」


「久しいね。オールマン団長。団長一人でも十分だったかな?」


 王国にこの用兵家ありとまで言わしめた、大貴族、その人であった。


 突如現れた闖入者に、楽しみを邪魔された。ビリーがいきり立つ。


「おうおうおう! こちとらこれから一騎打ちだってのに邪魔しやがって!」


「それは悪いね。だけど、ただの筋力強化使い程度に、ウチの騎士団長を殺らせるわけにはいかないのだよ」


 そう言い放って、公爵が杖を振る。公爵は用兵家としても十二分に優秀であったが、それ以上に数多の魔術を使いこなす凄腕の魔術師でもあった。相手のマナを混乱させる魔術。どの属性でもない、使える人間は右手で数えられる程度であると言われるその上級魔術。筋力強化使いの天敵ともいえる魔術であった。広範囲に放たれたそれは、帝国の騎士達に身に浸透しているマナを霧散させ、筋力強化を強制的に解除せしめた。


「くっ、こりゃ! 分が悪い。野郎ども一旦引け!」


「そう易易と逃がすと思うかい? なら甘い! オールマン団長! 殺れ!」


 公爵の言葉に、クインが撤退しようとするビリーに肉薄する。剣と化した杖を振りかざし、袈裟懸けにその身体を断ち切らんとする。


 しかし、その一撃はビリーには届くことはなかった。


「ふ、副団長!」


 慌てて駆けつけた帝国騎士副団長が、クインとビリーの間に割って入ったのである。右肩から左脇腹にかけて、ざっくりと創傷を負った副団長が、ニヤリと笑う。


「団長を殺させるわけには……いかんのですよ……! 団長! 早く撤退を!」


「くっ……撤退! 一時撤退だ! 体勢を立て直す! 引け!」


 ビリーが歩兵の間をぬって脱兎のごとく逃げていく。負傷していない帝国騎士団員もそれに続いた。筋力強化をかけていない彼らの足は、先程とは比べ物にならないほど遅い。だが、それを帝国の先陣、歩兵の壁が彼らへの追撃を不可能なものとしていた。


「やれやれ、逃してしまったね」


 公爵が杖を振る。彼が一度杖を振るえば、歩兵が数十人、いや数百人単位で負傷していく。クインは目の前の公爵の凄まじさにただただ目を見張ることしかできなかった。


「ジギルヴィッツ公爵。助かりました」


「いや、君一人で十分だったんじゃないかなぁ」


 とぼけた顔でそんなことをのたまいながら、公爵が次々と杖を振るう。


「うーん、どうにもこちら側の分が悪そうだ。さすが侵略国家。恐るべき、といったところかな」


 公爵が周囲を見回して呟く。ここら一帯――半径にして百数歩程度だが――の歩兵や騎兵は公爵とクインによってあらかた片付いた。だが、未だにそこかしこで泥臭く血なまぐさい命のやり取りが繰り広げられているのである。


「騎士団! 傾注! ここら一帯はジギルヴィッツ公爵のおかげでなんとかなった! だが戦場は広い! 王国の民草を守るため我々は戦場を駆ける義務がある! 良いか!」


 王国の騎士達も少なからず負傷していた。だが、その士気は全く落ちていない。むしろ、今のクインの叫び声によって士気が上がる。王国を守らんと。民草を守らんと。その意志だけが、騎士たちの瞳に爛々と輝いた。


「では、公爵。我々は他の隊の援護に向かいます」


「うん。気をつけて。僕も、もう少し働かないとねぇ」


 クインが騎士団を引き連れて、未だ激戦を繰り広げている方面を向かう。その後ろ姿を公爵が微笑みながら見送る。やれやれ、あんな若者にあそこまで働かれちゃ、僕のメンツが立たないなぁ、とぼんやりと思う。その間もジギルヴィッツ公爵を妥当せしめんと、歩兵達が迫るが、公爵の率いる部隊が彼らを魔術によって粉微塵にしていく。


「さて。女王陛下の切り札は、この戦の逆転劇を起こしうるものなのかな」


 騎士達を見送った公爵が杖を振りながらひとりごちる。カーミラも良いように使われているだろうなぁ、と少しばかり悲しげに、そして怒りをにじませながら、続けてボソリと呟いた。


 帝国と王国の攻防。それは一進一退の様相を示した、まさに地獄のような有様となっていった。

帝国との戦端が開かれました。

帝国は約二万人。王国は一万人。数だけならば帝国の勝利です。


ですが、帝国は死亡フラグというものを知らないのです。

数を揃えて襲ってくる敵はすべからくフラグを立てているのですよ。


次回はロビンやカーミラ、その他の人間をやめた人たちの戦いです。

ロビンも大概人間やめてますよね。アレクシアの特訓の賜物です。


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