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第五話:ジギルヴィッツ公爵家

 ロビンとカーミラは子爵邸宅を後にすると、その子爵家にしては広い庭を足早に歩き、そして門を出た。門の外、その右側に広がる林の中に入り込むとカーミラがロビンの手を掴む。


「予想してるだろうけど、魔法で一気に私の家まで行くわよ」


「やっぱりそういうことだったんだね。……っていうことは、カーミラが吸血鬼だってことは、カーミラのお父様には」


「えぇ、打ち明けたわ。まだお父様しか知らないけどね。ロビンが来てから全部いままでのあらましを話しましょう、ってことになってるわ」


 カーミラの父親に、彼女が吸血鬼だということを打ち明けた。そんなことをあっけらかんと話す彼女の様子を見るに、ジギルヴィッツ公爵はその重すぎる事実と、運命と、カーミラ自身をちゃんと受け入れたのだろう。ロビンは心の中でジギルヴィッツ公爵の懐の深さに嘆息した。


「君のお父様は、色々と僕のために腐心してくれたみたいだね。会ってから丁重にお礼を言わなきゃな」


「お父様は、大人として当然、って言ってたけど。ま、お礼を言われて喜ばない人じゃないわ。じゃ、行くわよ」


 カーミラが目を瞑って集中し始める。イメージは音速、いや光の速さである。光の速さで彼女の実家まで飛ぶイメージ。一度行ったイメージを再現するのはそこまで難しくはない。マナがカーミラの全身から漏れ出て、魔法を使う準備が整ったことを示唆する。


「じゃ、行くわよ」


 カーミラがそう言ってロビンの手をつないだ。その繋がれた手に一瞬ドキドキしたのはロビンの秘密だ。


 次の瞬間、二人は上空を一気に吹っ飛び、そして一秒もかからずに、大きな大きな屋敷の前に転移した。


 カーミラはロビンの方を向き、ニッコリと笑う。


「ようこそ。ジギルヴィッツ公爵家へ。歓迎するわ」


 自身の実家と比べてあまりにも大きすぎ、そして美しく整えられた庭。そして、子爵家の二倍、ともすれば三倍にも届きそうな大きすぎる屋敷。それらを目の当たりにして、あぁ、住む世界が違いすぎるなぁ、とロビンはぼんやりと思った。






 屋敷の大きな扉をカーミラが開け、ロビンに中へ入るように促す。促されるままにロビンが公爵家邸宅の玄関をくぐり、エントランスへ入り込んだ。普通は使用人がまず出てくるものだ。ロビンも当然ながらそう予測していた。だが、エントランスの中央、そこにはジギルヴィッツ公爵、その人が佇んでいた。予想の斜め上すぎる。ロビンは一瞬にして緊張でガチガチに固まってしまった。


「こ、この度は、卑しい私めをお招きいただきまして、誠にありがとうございます」


 驚き過ぎたロビンが、どもりつつもなんとか跪き、招待に対する謝意を述べると、ジギルヴィッツ公爵が、ははは、と笑いだした。


「ウィンチェスター君。いや、ロビン君と呼ばせて貰っていいかな? 今日君を招待したのは、爵位とかそういうのは関係ないんだよ。畏まる必要はない。君は娘の友達だろう? 友人の父親に接するように自然体でいてくれればいいよ」


 顔を上げて、と公爵が優しくロビンに話しかける。ロビンはその言葉にゆっくりと顔を上げた。友人の父親に接するように、というのがどういうものなのかロビンにはよく分からなかったが、過度に畏まられるのを目の前の公爵が望むべくところではないのだろうことは伝わった。


 王宮で会った時は、色々と感情が交錯していて、ちゃんとその姿を見ることができなかったが、ナイスミドルという言葉がしっくりくる男性だった。ロマンスグレーの髪をオールバックにして、瞳はカーミラと同じ金色。少し高めの身長に自然とロビンは彼を見上げる形となる。


「ところで、僕が送った手紙は、君のお父様を酷く焦らせたりはしなかったかい? そこだけちょっと心配だったんだ」


「えっと、僭越ながら、仰るとおり並々ならぬ焦り方でした。父のあそこまで焦った姿を見たのは久しぶりです」


 苦笑いしながらロビンが答える。その言葉に、また公爵は、あはははは、と腹を抱えて笑いだしてしまうのだった。


「……いや、失礼。やっぱりなぁ、と思っちゃってさ。カーミラには本当は反対されたんだけどね。君のお父様にもちゃんと現状の一端を教えてあげないと、と思ってね」


「そのご意図は、父も確りと汲んでおりました。私めや父のために色々と腐心いただいたのでしょう。心から御礼申し上げます」


 よし、お礼の言葉はちゃんと言えたぞ、とロビンが心の中でガッツポーズを取る。なんだかんだで、この状況に酷くロビンは緊張していた。その様子を見かねた公爵が困った顔でカーミラに話しかける。


「カーミラ。カーミラ。ロビン君が全然打ち解けてくれない。どうしよう」


 問いかけられたカーミラが、はーっ、と大きなため息を吐く。


「お父様? 初めて招かれた公爵の屋敷にいて、目の前にその公爵がいて、緊張しない人間のほうがおかしいんですよ? だから、エントランスには来るなって言ったじゃないですか」


「だって、すぐにでも会いたいじゃないか。カーミラの初めての友達をさ」


「もうちょっと、お父様が周囲に与える影響というものをちゃんと意識して下さい。

 ごめんね、ロビン。緊張したわよね。でも、お父様ってこんなタイプの人だから、緊張するだけ無駄よ。爵位なんてゴミとも思っていない変わり者なんだから」


 カーミラが自身の父親に向かって毒を吐く。その言葉に、こりゃまいったなぁ、とニコニコと笑う公爵。


 あぁ、カーミラはこんな温かい家族に囲まれて育ったんだな、とロビンは一人で納得してしまった。彼女の人格、性格、他人を慮り、そしてできる限り守り、慈しむ、そんな彼女の人となりはこの温かい家庭で培われたものなのだ、と。


「ところで、朝食は摂ったかい? もう朝食というには遅い時間だけどね。君が来ると聞いてブランチを用意してある。一緒にいかがかな? 食べながら、色々と話を聞かせておくれよ。妻も、他の娘たちも待ってるよ」






 ロビンはジギルヴィッツ公爵手ずからダイニングへ案内された。子爵家のそれとは比べ物にならない広い広いダイニングであった。だが、その割に、テーブルはこじんまりとしている。


 テーブルには、きりりとした切れ長の目が印象的な白銀の長髪をハーフアップにした三十代後半程の女性、タレ目がちで、茶色の髪をボブカットにした妙齢の女性、そして、十二歳程のカーミラによく似た女の子が座っていた。


「紹介するよ。奥に座っているのが、私の妻。リュミエール。右側に座っているのが長女のアルテミア。左側に座っているのが、三女のクレアニスだ」


「お初にお目にかかります。ロビン・ウィンチェスターと申します。父はウィンチェスター子爵、その四男でございます。何卒よろしくお願い申し上げます」


 公爵がテーブルに座っている三人を紹介し、そしてロビンが初対面の挨拶をする。


 クレアニスの顔がぱぁっと花開き、笑顔で椅子から飛び降りて、ロビンの方に駆け寄ってきた。


「貴方がロビンさんね! お姉さまからお話を色々聞かせてもらったの。すっごく変わり者なんでしょ? 私ロビンさんにすごーく会いたかったの!」


「く、クレアニス! 『変わり者』なんて失礼でしょ!」


「だってぇ」


 カーミラがすかさず「変わり者」なんて言い始めたクレアニスを叱り飛ばす。カーミラにそっくりの彼女はその言葉に、むすっとした顔をしながら小さく反論の言葉を吐いた。


 少女らしい溌剌としたその様子に、ロビンは思わず笑顔になる。少しかがんで、クレアニスに目線を合わせニッコリと笑いかける。


「初めまして。クレアニス様。確かに僕は変わり者です。こんな変わり者に『会いたかった』なんて言ってくださって、本当にありがとうございます」


 ロビンの笑顔に、カーミラの言葉でムスッとしていたクレアニスが再び笑顔になる。


「『様』なんていらないわ! クレアニス、って呼んで!」


「そんなわけにはいきませんよ。僕は子爵家の四男で妾腹の子ですから。身分が違います」


 ニコニコと笑いながら、厳然たる事実を述べるロビンに、クレアニスが不思議そうな顔をする。


「え? だって、将来お義兄様になるんでしょ? だったら、身分とかどうだっていいじゃない!」


 その言葉にカーミラの顔がみるみる真っ赤になる。子供はともすれば大人以上に事の本質を見抜くものである。カーミラの恋心。それをなんとなくではあるが彼女は子供心ながらに悟っていたのである。よく分かっていないというのも無論のことではあるが。


「く、クレアニス! 言うに事欠いてなんてこと言うの!」


「え? 違うの?」


「ち、ち、ち、ち、違うわよ!」


 カーミラとクレアニスのやり取りに、ロビンは思わず苦笑いしてしまう。うーん、カーミラの妹さんはすごく天真爛漫な子なんだなぁ、と半ば現実逃避じみた感想を抱いた。


 そんな様子を見かねたジギルヴィッツ公爵が、うぉっほん、と咳払いを一つ。


「さて、じゃあブランチにしようか。僕お腹ペコペコなんだよ」


 その言葉に、誰からともなくクスクスと笑い声が上がった。






 食事を取りながら様々なことを話した。主にクレアニスがロビンに質問をし、ロビンがそれに答えるという形であったが。時たま、アルテミアが優しげな微笑みを浮かべながら、ロビンに質問をして、ロビンもそれに返答をする。その様子をリュミエールが切れ長の目を細めて、ニコニコと見つめていた。


 次第に話題は、ロビンの筋力強化魔術に移った。始まりは、カーミラの自慢げな「ロビンったら、筋力強化の天才なんだから!」という一言だった。


「筋力強化の天才、ですか? ロビンさん、詳しく聞かせてくださいます?」


 筋力強化という言葉に真っ先に反応したのは、いままでニコニコしていた公爵夫人だった。


「え、えっと、天才かどうかはわかりませんが、筋力強化は一通り使いこなせています。まだまだひよっこですが」


「その歳で大したものですね。私も若い頃、筋力強化の使い手と一度だけ闘ったことがあります。僅差で私が打ち勝ちましたが、厄介な相手でした」


 ん? なんだって? 闘った? ロビンはおおよそ女性から発せられる言葉ではない「闘う」という単語がでたことに、混乱した。隣に座っていたカーミラがロビンに耳打ちする。


「お母様はね、若い頃当時の王女様の近衛隊長をしていたのよ。それはもう強かったって話よ」


「そ、それはなんというかまた……」


 凄いお母様だね、とは口に出さなかった。あんまりにも失礼過ぎる。


 ロビンに耳打ちし終わったカーミラが、またまた得意げに、「ロビンは脳の強化もできる、本当に天才なのよ!」と言い始めた。増々興味深げに公爵夫人に見つめられ、やめてくれ、とロビンは心の中で叫んだ。


「脳の強化ですか……。現人類で誰も成し遂げたことがないと聞いていますが、それが本当なら素晴らしい才能です」


 そうよ、ロビンは凄いんだから、とばかりに、何故かカーミラがえっへんと胸を張る。その胸が同世代のそれよりと比較してささやかすぎる膨らみであることは、誰しもが少しばかり残念な感想を抱いたのだが、そこはそれ誰も何も言わなかった。その一方でロビンは公爵家夫人に手放しで褒めちぎられるというこの状況に、すっかりと恐縮しきってしまっていた。


「えっと、確かに脳の強化はできますが、偶然も偶然で。たまたまできるようになったという程度です」


「いえ、素晴らしい才能ですよ。誇っていいことです」


 そう言ってニコニコと笑う公爵夫人の顔が、アレクシアを思い出させる表情をするのをロビンは見逃さなかった。これはあれだ、闘ってみたい、っていう顔だ。まさか、カーミラのお母様も脳筋なのか? ロビンは心の中で悲鳴を上げた。


「これこれ、リュミエール。筋力強化の使い手を目の前にして、闘争心が抑えきれないのは理解できるが、やめておきなさい」


 ジギルヴィッツ公爵がたしなめる。おほほほ、と笑いながら、公爵夫人が「そんなこと思っていませんわ」と空々しくのたまう。本当に勘弁してほしい、とロビンは心から思った。


「ロビン君を招待したのは、君と模擬戦をさせるためじゃないよ」


「だから、わかってますって」


 夫婦の会話。ロビンには縁のないものだ。実家ではロビンは基本的に一人で食事を摂る。幼い頃、ダイニングに足を踏み入れるのを、子爵夫人らが許さなかったためだウィンチェスター子爵とマリアは結婚していないため、当然ながら夫婦の会話などしている場面を見たことがない。たまに父親が母親に意味ありげな視線を送っているのは見覚えがあるが、それだけだ。


 夫婦ってこんな感じなんだなぁ、とロビンはぼんやりと未だに公爵とその夫人が楽しげに会話している様を見つめた。


 程なくして、食事も一通り食べ終えた。とはいえ自分がマナー違反を犯しているんじゃないかと、ロビンは気が気でなく、食事の味等全然分からなかったものであったが。


 ダイニングにいる全員で、食後の祈りを唱える。複数人で揃って食後の祈りを唱えるなんて、こんなこともロビンにとっては初めての経験であった。


 温かい家庭だ。本当に温かい。カーミラの優しさや、芯の強さは彼らがいて、それでいて成り立っているんだろな、とロビンは感じた。


 食後の祈りも唱え終わり、公爵がロビンの方をじっと見つめゆっくりと話し出す。


「さて、ロビン君。今日君を招待した目的を果たしたい。つまり、学院でのカーミラの様子を君の口から聞きたいんだ」


 あ、アルテミアとクレアニスは席を外してくれないか? と公爵が二人を見回す。アルテミアは控えめに首を縦に振り、クレアニスは「えぇー」と言いながらもアルテミアに右手をひかれてダイニングを出ていった。


 公爵が杖を取り出し、振る。消音の魔術だ。


「グレゴリウス? ただカーミラの学院の様子を聞くだけでしょう? カーミラの初めてのお友達に。消音の魔術まで使うなんて」


 不思議そうに首を傾げる夫人を公爵がチラリと見る。


「いやね、ロビン君。妻にはまだ何も話していないんだよ。君の口から、勿論カーミラの口からも今までの経緯を聞かせてほしいんだ」


 先程まで優しげに微笑み続けていた公爵の真剣な顔に、ロビンはゴクリと生唾を飲み込んだ。

公爵家というには、いささか奔放すぎるカーミラのご家族です。

皆優しいし、温かい家族でした。

カーミラの人格形成に、彼らが一役買っているのは言うまでも有りません。


とはいえ、ロビンはその身分の違いに、多いにテンパっています。

場違い感半端ねぇな、とか思ってます、きっと。

そもそも、公爵家に子爵家のそれも妾腹の子供が招かれるという事態が異常なのですが、カーミラの家族は誰一人そんなこと気にしていません。マジ人格者揃い。


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