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第十四話:投獄、拷問

残酷な描写があります。

苦手な方は、話の中程ぐらいまでスキップして下さい。

多分話の流れはそれでもつかめると思います。

 目が覚める。視界は真っ暗で、何も見えない。顔の肌に当たる感触で、ズタ袋のようなものを頭に被せられていることはロビンにもすぐに分かった。自身の体勢から椅子のようなものに座らせられているらしいことを推測する。腕は肘置きに縛られているようで動かすことができない。脚も椅子の脚に縛り付けられているようだ。あぁ、自分は捕まったのか、とすぐに思い出す。研究所から出てきた職員に睡眠の魔術をかけられたのだ。


 今の自身の状況を把握すればするほどに、自然と恐怖の感情が湧き出てくる。死ぬのは怖くなかった。ただ、恐らくこれからとても痛い状況になるのが目に見えていたからだ。自然と呼吸が荒くなり、心臓が早鐘を打つ。腕や脚をを縛っているのは、その感触から恐らく縄だろうと当たりをつける。筋力強化を使えば容易に引きちぎることができそうなものだが、何故か体内のマナを操作することができない。そのことに、より強くなる焦燥感。


 なんとか無理やり身体を動かそうとする。ガタガタ、と椅子の足が地面に当たる音が鳴り、彼の体ごと椅子が揺れる。とにかくここから脱出しなければならない。カーミラは無事だろうか。ロドリゲス先生は無事だろうか。いや、そんなことを考えている場合じゃない。自分の身をとにかく守らなければいけない。


 数回ほど身体を揺らし、椅子が何度ガタガタと音を立てたか分からなくなってきた頃、椅子ごと自分の身体がどさりと倒れる。動けない状況で受け身を取ることも出来ず、強かに身体を地面に打ち付け、その痛みに思わず、ぐっ、と声が出る。


 ギィ、っと錆びついた扉が開くような音が聞こえた。誰のものだろうか、コツ、コツ、コツ、と靴の音が近づいてくる。靴の音の主は、倒れていたロビンの身体を椅子ごと持ち上げ、元の体勢に戻した。


 バサリ、と音を立てて、頭に被せられていた袋が取り払われる。真っ暗だった視界に、いきなり光が差し込み、目が眩む。部屋の眩しさに目が慣れてくると、目の前のいかにも乱暴そうな男がニヤニヤと笑っていることに気づいた。


 男は値踏みするようにロビンの顔を数秒間見つめ、そして笑みを深くすると、踵を返して部屋の右側にある机に向かった。その机の上に広げられた数々の道具を目にして、ロビンは顔を青くした。ペンチ。ドリル。ニッパー。ハンマー。ナイフ。その他にも、他者にただ痛みを与えるためだけに揃えられたのであろう数々の道具。それを目にしたロビンは、より強い恐怖に心を支配されることとなった。歯の根が合わない。ガチガチと奥歯が音をたてる。一方で心の中の冷静な自分が、その歯が鳴る音の煩わしさに辟易としていた。


 男がその中の一つを手に取った。何に使うかわからないその器具を、男の横顔はさぞ愉快そうな顔で見つめ、ゆっくりとロビンの方に顔を向けた。


「なぁ、坊主。俺だって子供のお前にこんなことはしたかねぇんだ。だがなぁ。帝都の機密が集まった場所、その場所に何故か坊主がいた。それだけで、こういう状況にならざるを得ないんだよ。わかるな?」


 恐怖で声が出せない。ただただ荒い呼吸をするだけ。それだけしかできない。


「早めにゲロっちまえば、楽になれる」


 男がゆっくりと近づいてくる。


「だぁいじょうぶ。ちゃんと説明してやるから。これはな、指の生爪を引っ剥がす道具なんだ。痛みは……そうだな。死にたくなるぐらい痛いはずだ。とはいっても、俺もこれで生爪を剥いだことなんてねぇから、わかんねぇけどなぁ」


 男が、その器具をロビンの右手の人差指にセットする。


「さぁて。じゃあ聞こうか。誰の差し金だ?」


 答えない。答えることは出来ない。王国の「お」の字でも出したら、いや出そうとでも心に決めたら、その瞬間に彼の心臓は止まり、その生命は終わりを迎える。


「答えない、か。賢くはないみたいだな」


 平たく細い金属が、ロビンの人差し指の爪を確りと捉えていた。そして男側には、平たく広い金属がある。それらは一つにつながっており、真ん中が細い金属の棒で留められ、テコの原理で簡単に爪を剥げるようになっているようだった。


 男はその器具、男側にある平たい金属の板に思いっきり拳を振り下ろした。同時に、ロビンの爪を捉えていた部分が上に跳ね上がり、爪が剥がれ、人差し指に激痛が走る。


「ぎゃっ!」


 その鋭い痛みに思わず悲鳴を上げる。痛い、痛い、痛い、痛い。普通に生きていれば決して経験することの無い痛みに、目から涙が溢れる。


「が……あああああああ!」


「どうだ? 痛いか? 次は中指の爪だ」


 男が器具を今度はロビンの右手の中指につける。


「さて、吐きたくなったか? 爪はまだまだ沢山ある。早めに吐いたほうが身のためだぞ?」


「や、やめ。やめてください」


「やめるぅ? 馬鹿言え。俺は拷問するのが好きで、拷問官やってんだ。やめるはずねぇだろ」


 男がまた拳を叩きつける。中指の爪が飛ぶ。ロビンはただただ悲鳴を上げることしかできない。


「まぁ、知っているよ。大体間諜なんてのはな、心が折れた瞬間に死ぬ、そんな魔術がかかってる。お前もそうだろ? だから喋りたくても喋れねぇんだよなぁ。知ってる知ってる」


 ゲヒャヒャヒャ、と下卑た笑い声を上げて、男が愉快そうに顔を上に向ける。


「だから、これはな。単なる嫌がらせと、俺の趣味以上の意味はねぇんだ。ま、捕まっちまったことを後悔するんだな」


 一言一句その通りである。痛みで朦朧としながらも、目の前の男の異常さに恐慌する。


「は、離せ……! 離して! 離してよ!」


「だぁめだ。簡単には殺さねぇ。じっくりと痛い目を見てもらってから殺せ、っていう指示でな。殺しちまうのは俺としちゃ勿体ねぇんだが……。ま、お上の命令には逆らえないってこった」


 ニヤニヤしながら喋る男の声は、もはやロビンの耳には入っていなかった。彼の心を占めるのは、痛い、ただそれだけであった。


 両手の爪が全て剥ぎ取られるのに、数分とかからなかった。最後の指の爪を剥がされた時、ロビンは盛大に胃液を逆流させた。胃液の苦い味が口いっぱいに広がり、そして端の方から溢れる。ロビンのズボンが胃液で盛大に汚れてしまった。


 指先の傷口が空気に触れて、じくじくと痛む。息が荒い。だが、人間というのは不思議なもので、これだけの痛みを感じようとも、それが身体の末端であれば気を失うには至らない。そのことがロビンのとって幸せなことなのか不幸なことなのかは考えなくてもわかるだろう。


「次は、どれにしようかなぁ」


 いつのまにかまた拷問器具の広げられた机の前に移動した男が、どれを使おうかと選び始める。


「これにしよう」


 男が手にとったのはハンマー。これから何をされるのか容易に想像がつく。痛みと恐怖で青ざめたロビンの顔から、更に血の気が引いた。


「安心しろよ。頭ぶん殴ったら死んじまうからな。まだ殺すなって言われてんだ。だから、まずは指だ」


「やめて! やめてください!」


「いーやーだ!」


 拷問室にロビンの悲鳴が絶え間なく響く。痛い、痛い、痛い、痛い。ハンマーで指の骨を砕かれるのだ。痛くないはずがない。


 何分たっただろうか。ロビンに取っては数十時間にも等しい時間が流れた感じがしていた。手を変え品を変え、そして器具を変え、数十秒に一度のペースで与えられる痛みに、ロビンはただただ悲鳴を上げることしかできなかった。だが、経過した時間は実際には数十分である。何度、死んだほうがましか、と思ったかわからない。何度、「いっそ殺してくれ」と叫びそうになったかわからない。


 だが、痛みに支配されたロビンの頭の隅っこに、確りと存在感を示す約束があった。「僕はカーミラを一人ぼっちには絶対にしない」。その約束だけが、ロビンの心を未だ折れさせずに保っていた。


「強情だな。今までの間諜は、皆このへんで心臓が止まってたんだがなぁ。坊主。お前中々根性あるなぁ」


 荒い呼吸と、痛みに嗚咽する声だけ、ロビンが発したのはそれだけだ。もう返事をする気力もない。


「じゃあ、次は……」


 男がまた、新たな器具を選び始めたその時、拷問室のドアがノックされた。


「ん? なんだ? お楽しみ中に」


 扉を開けて入ってきたのは帝国の憲兵であった。憲兵服を着ているのですぐに分かる。


「拷問は終わりだ。皇帝陛下がお見えになった」


「陛下が?」


 男は小さく舌打ちをすると、肩を怒らせて部屋を出ていった。お楽しみを邪魔されて怒り心頭、といったところであろう。入り口をくぐり抜けると、ロビンから見て右側の廊下を驚いたような顔で見て、すぐさま右手を左胸に当てた。その後で逃げるように踵を返して足早に去っていく。


「陛下、こちらへ」


 憲兵がドアの外にいるであろう、皇帝陛下を呼ぶ。入り口から入ってきたのは、自分よりも年下に見える子供であった。そして、絶世の美少年、そう形容するしかないその容貌に、少しだけ驚いた。なんと美しい人間なのだろう。こんな整った容姿を持つ人間がこの世に存在するなんて。ロビンはぼうっと目の前の少年を見遣った。


「この方こそ、今上の帝国皇帝陛下、ガルダンディア・ギルムンド五世、その人である」


 そうか、こいつが帝国の皇帝なのか。ロビンは全身を襲う痛みに身体を震わせながら、目の前のガルダンディアを睨みつけた。


「……痛ましい。いつもこのようなことをしているのですか?」


 悲しげな声を上げ、ガルダンディアが憲兵の方を向く。


「この者は、国立魔術研究所の、機密研究所の側におりました。恐らく他国の間諜でございましょう」


「ですが、間諜は雇い主のことは口に出せない契約をされているではありませんか? 彼のような子供を痛めつけることになんの意味があるのです?」


 ロビンはガルダンディアのその言葉を聞いて、少しだけおかしくなった。未だに頭を占めている感情は、痛い、ただそれだけだ。だが、この自分よりも幼い皇帝陛下が、自分のことを子供と呼んだことに対して、何故かおかしくなってしまったのである。


「そこな者よ」


 ガルダンディアがロビンを慈愛に満ちた目で見つめる。


「私に忠誠を誓いませんか? すぐにでもここから開放してあげましょう。契約を解く方法も帝国にはあります。その後で全ての情報を伝えてくれれば、我が国で貴方の安全を保証することを、皇帝である私が誓います」


 実に魅力的な提案であった。だが、ロビンは首を縦には振らない。振れない。


「……こ、皇帝陛下」


 痛みにも少しずつだが慣れてきた。ロビンはガルダンディアの言葉に、ニヤリと笑う、それだけの余裕が心に生まれていた。依然として、目からは涙が溢れ、鼻からは鼻水がだらだらと流れ、口元は胃液で汚れているが。


「僕は……今誰に仕えているわけでも、忠誠を誓っているわけでもありません。……ですが、もし忠誠を誓うとしたなら、そうなったなら、その相手は既に決まっています」


 だから、貴方に忠誠を誓うことはできない、とロビンは小さく告げる。その言葉に少しばかり驚いた顔を見せた後、すぐに悲しげた表情を浮かべるガルダンディア。


 カーミラと出会っていなかったら、この優しげな皇帝陛下に忠誠を誓うのも悪くなかったかもしれない。ロビンにはレイナール連合王国という国に一握りの忠誠心も、帰属意識も持っていなかった。


 見たところ、慈悲深く、そして誰からも愛されそうな皇帝陛下だ。痛みによって、頭が半分も動いていないロビンの洞察力でも、目の前の皇帝の異常なまでのカリスマと、優れた人格に一瞬で気づいていた。だが駄目だ。もしもロビンが忠誠を誓うとしたら、それはカーミラ、彼女でなければならないのだ。


「……そうですか。残念です」


 皇帝は、憲兵の方に顔を向けると、皇帝らしい威厳に満ちた声で命じた。


「この者に休息を。丸一日。丸一日の間、この者に手出しをすることは許しません」


「はっ、御意のままに」


 ガルダンディアが憲兵を伴って、拷問室を出ていこうとする。入り口の前で立ち止まり、そして振り向く。


「丸一日与えます。私は貴方の様な子供が、このように痛めつけられるのを良しとはしません。……ですが、帝国に仇なす者であれば、私の周囲の人間たちが許さないでしょう。

 丸一日、ゆっくりとお考え下さい。明日、また来ます」


 そう言い残して、ガルダンディアは去っていった。なんて慈悲深い皇帝なのだろうか。感動すら覚える。だが、明日また来ても無駄だ。ロビンの考えは変わることはない。さて、僕も年貢の納め時かな、とロビンはぼうっと考える。丸一日だ。丸一日の時間の猶予が与えられた。だが、今日は痛みで眠れそうに無い。座して死を待とうではないか。






 一方その頃、カーミラがジェンの家の扉を乱暴にノックしていた。その激しいノックに、ゆっくりと玄関の扉が開く。


「あら?」


 ジェンはカーミラの顔をみて、なんとなく察しが付いた。いや、ついてしまった。最悪の状況。今、それがまさに起こっていることを。


「……とにかく入りなさい」


 カーミラを伴って、家の中に入る。杖を一振りして消音の魔術を使う。これで、誰からも何も聞かれることはない。


「アレクシアと、ロビン君が捕まった。そうね?」


 カーミラが今にも泣きそうな顔で首を縦にふる。


「私、どうすれば良いかわからなくて」


「落ち着いて、カーミラちゃん。あそこで捕まったってことは、二人共多分拷問室送りにされてるわ。すぐに殺されることはないと思う。……多分」


 「拷問」。その言葉に、カーミラの顔が青ざめる。


「拷問!? そんなの!?」


「だから、落ち着きなさい。拷問されている、ってことはしばらくは生きてるってことよ。……時間の問題だけど……」


「ど、どうすれば?」


「助け出すわよ。そのために、貴方達の情報、全て私に委ねられる?」


 ジェンが要求したものは三人の情報だった。


「そもそもおかしいのよ。王国の人間が、カーミラちゃんやロビン君みたいな子供を間諜にするわけが無い。役に立つはずがないって誰でもそう思うわ。そんなこと、私にもすぐに分かる。何か、事情があるんでしょ?」


 カーミラは目を泳がせ、口を開いては閉じを繰り返し、顔を俯かせ、そして考える。自分が吸血鬼であること。それは決して誰にも知られてはならないことである。


 でも、アレクシアが言った言葉を思い出した。「ジェンは信頼できる」。あの苛烈な女性は、無表情で攻撃的で、いちいちカーミラの気に障ることを平気でのたまい、そして実行する。それでも、彼女は嘘は絶対につかなかった。カーミラはアレクシアに否定的な感情をいだきながらも、その一方で頼りになる大人として信頼もしていた。ならば、目の間の女性も信頼できるのではないか。


 意を決して、ジェンの顔を見つめる。


「私が間諜として選ばれた、その理由は……私が吸血鬼だからです」

当然実際に拷問を受けたことが無いので、拷問の描写は想像でしかないのですが、まぁ痛そうですね。

あぁ痛そう。私ならすぐに音を上げそうです。

アレクシアもロビンと同様に拷問を受けています。彼女は女性である分、もっと酷い拷問を受けていそうですね。


カーミラがジェンを頼って、二人を助けようとします。

頑張れカーミラ! 二人の未来は君にかかっている!


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