第十二話:アレクシアの親友、ジェン
「頭痛い……」
目が覚めて早々、ロビンはボソリとそう呟いた。ジェンがグラスにどんどんとついでくるウイスキーを勧められるままに飲んでいたのだが、途中からさっぱりと記憶がない。陽気に笑いながら、マシンガントークをぶちかましてくるジェン。無表情で、自分のペースで酒を飲むアレクシア。ジェンのターゲットは自ずと、ロビンとカーミラになっていった。
とはいえ、酒の席で様々な興味深い話を聞けたのも事実である。今、帝都に存在する「純粋なる帝国民」と呼ばれる人間は、帝国の歴史の中でメガラヴォウナ山脈より北の領土、その半分が帝国になった時の帝国民を指す、とのことであった。それまでは、単なる多民族の集合体であった元帝国が、皇帝を選出しギルムンド帝国と名乗りだした。その時の帝国の民を、「純粋なる帝国民」と呼ぶのだそうだ。
当時の皇帝は、早急に戸籍制度を導入した。つまり、自国の国民全てを把握しようとしたのである。戸籍制度の完全なる完成には五年を費やしたという。その時に、帝国の民として戸籍登録された人々が、今で言う純粋なる帝国民となっている。当時の皇帝、ギルムンドはその時戸籍登録した民族、その長やそれに連なる者達に家名を与えた。帝国貴族の始まりである。家名を与えられた者たちは、行政に、立法に、深く関わることが許された。当然、最終的な決定を下すのは皇帝であるギルムンドであったが、その決定は実に温情に満ちたものだったらしい。一方で、ギルムンドの体制に歯向かう民族に対しては、粛清を厭わなかった。幾つもの民族が皇帝による粛清によって、その歴史から姿を消していった。
帝国の民となった者たちは、最初は反発する者もいたが、徐々に初代皇帝ギルムンドに忠誠を誓うようになった。当然である。自身の民族を取りまとめる者たちが、政治に重用され、自らに都合の良い法律や政治を――皇帝の決定如何ではあるとはいえ――、作り上げることができるのである。殆どが反抗し滅ぼされることよりも従属し生き永らえることを選んだ。
そんな風にして、現在の帝国ができあがったのだという。ジェンは帝国の平民であるとは思えないほどに実に博識であった。それもそのはず、帝都では全ての住民に対して、義務としての教育が行われている。彼女もその一環として深い教育を受けていた。また、その中で、魔術に対する適正を認められ、帝都の中に存在する魔術教育機関への入学を認められたのだという。
王国は王家直轄領という広い範囲で魔術の適性を調査するのに対して、帝国は帝都という狭い範囲で魔術の適性を調査していた。それは、各民族が魔術の適正を調査する効率的な方法を既に確立していたからである。王国と違って、帝国における魔術教育機関は各地に点在している。自分たちで子供の魔術の適性を見極めろ、とつまりはそういうことなのであった。
ズキズキと痛む頭に手を当てて、ロビンはよいしょとベッドから起き上がる。しかし、昨日飲んだウイスキーだとかいう酒。まるで火を飲んでいるようだった、とロビンは思い出す。そのまま飲むと喉が焼けるように熱くなるのである。カラカラと笑うジェンが、グラスに入った水を差し出してきた。ウイスキーを口に含み、舌で味わった後に水で流し込めば良い、と指南された。なるほど、と感心したものだ。ウイスキーは口の中で複雑な幾つもの味わいが同居していて、正しい飲み方で飲めば素晴らしく美味い酒であることにロビンはすぐに気づいた。
「ローウィン。起きてる?」
カーミラが、ノックもせずに部屋の中に入ってくる。空き部屋は二つ。一つをカーミラとアレクシアが使い、もう一つをロビンが使う。そんな部屋割りとなっていた。
「うん、酷い二日酔いだけどね。カーミラは大丈夫なの?」
「私も若干頭痛がするわよ。ジェンさんってば、どんだけお酒に強いの?」
「ほんとにね。昨日の記憶が殆ど無いんだよね……」
「私はギリギリ記憶はあるわ。ロビンがふらふらーっとしながら壁に向かって歩いていくんだもの。覚えてる? 壁に頭がくっついてるのに、それでも歩くのをやめなかったのよ? しょうがないから、私がベッドまで運んであげたの」
感謝してね、と微笑むカーミラ。とはいえその微笑みも二日酔いによる頭痛によって少しばかり引きつっていたが。
「う。ごめん。全然覚えてない。迷惑かけたね」
「いいわよ。アラスタシアが呼んでるわよ。今日は帝都の中を歩きながら情報収集するんですって」
「この体調でか……。ちょっと遠慮したいな」
「アラスタシアが言ってたわよ。『肝臓を強化すれば、二日酔いなんてすぐに治まる。寿命を気にしている場合でもないだろう』って。ホント便利よね、筋力強化」
あぁ、そういえばそんなことを言っていたような気がする。ロビンはアレクシアと行った最後の訓練を思い出す。マナを内臓――その中でも肝臓だ――に集めて、浸透させる。みるみるうちに頭痛と吐き気が収まった。
「うん、治った」
「いいなぁ。私はまだ頭痛するんだけど」
カーミラのうんざりとした声に、ふとロビンは考える。吸血鬼という存在。それは常に筋力強化をかけているようなものなのではないかと。
「ねぇ、レイミア」
「なに?」
「君の力を本領発揮する時に、瞳が紅くなるよね」
「えぇ、鏡で見ながら練習したからね。ちゃんと分かってるわ」
「あの状態になれば二日酔い治るんじゃないかな?」
カーミラは訝しげにロビンを見遣ると、本当? とボソリと尋ねた。
「いや、モノは試しに、やってみてよ」
「うーん、わかったわ」
カーミラが吸血鬼としての力を少しだけ開放する。彼女の瞳が血のように真っ赤に染まり、周囲へ放つ重圧感が増す。そして、その次の瞬間に彼女の瞳が生来の金色のものに戻った。
「あ、ホントだ。治まった。よく気づいたわね、ローウィン」
「うん、君の力って、常に筋力強化かけてるようなものなんじゃないかって思ってね。意識的に開放してあげれば内臓とかも強化されるんじゃないかな、って思ってさ」
「助かったわ。じゃ、下に行きましょう」
「あら、おはよう! カー、っと間違えたわ。レイミアちゃん。ローウィン君。よく眠れた? 二日酔いになってない?」
ハーブティーを飲みながらアレクシアと何やら話していたジェンが、二階から降りてきた二人に気づいて、挨拶の言葉を投げつけた。途中で、カーミラの本名を言いそうになり、アレクシアに睨みつけられて、慌てて言い直したが。
「おはようございます。ジェンさん。起きた瞬間は二日酔いだったんですけど、少し経ったら治りました」
カーミラがニコリと笑って、挨拶に返答する。
「おはようございます。僕は筋力強化使えるので、肝臓を強化して無理やり治しましたよ」
「そういえばそうだったわね。あんまりやると寿命縮めるから気をつけなさいね」
カラカラと丁寧な言葉で話しながらも大声で笑うジェン。酔っていても酔っていなくてもそのテンションは変わらない。正直うるさいことこの上なかった。もしも二日酔いのまま下に降りてきていたら、頭痛が酷くなっていたに違いない。アレクシアが、ちょっと黙れ、という意味も込めて、ジェンを睨みつける。あらあら、と言いながら、ジェンがニコニコと笑って押し黙る。
「早くて今日の夜、任務を遂行する」
アレクシアが神妙な顔で二人を見遣る。次いで取り出したのは、帝都の地図であった。小声で、私、私、私があげたのよ~、と主張し始めるジェン。気さくで陽気な人だけれども、少し行きすぎなきがするなぁ、とロビンは心の中で苦笑した。
「帝都の魔術研究所は全部で五箇所存在する」
そう話しながら、アレクシアが地図に赤いペンで丸をつけていく。
「一つ、帝都の北。二つ、帝都の北東。三つ、四つが、帝都の南。五つ目は帝都の西だ」
地図上に五つの丸が描かれる。アレクシアが地図をペンの柄でとんとんと叩いた。
「この中の一つが当たりで、その他は外れだ。侵入は一度限りだと思え。そのために、情報収集が必要だ」
「そうですよね。確かに、どこが正解かなんてわからないですねぇ」
五つの中から正解を探り当てる。当てずっぽうに選んだとしても五分の一。命を懸けるにはあまりにも低すぎる確率であった。
うーん、と三人が頭を悩ませていると、不意にジェンが、ふふふと笑い始めた。
「ねぇ、あたしが正解を知っているって言ったら驚く?」
三人とも、共通の思いを持って彼女を見遣った。何を馬鹿なことをいっているのだ、と。だが先程までの陽気で、ともすればうるさいぐらいの彼女の雰囲気は鳴りを潜め、その細長い目を鋭く見開いている。
「あたし、三年前まで魔術研究所で研究員やってたの。帝国は実力主義だから、平民の私でも重宝されたわ。お祖父様の伝手もあったしね」
ジェンの祖父。つまりアレクシアの師匠は、帝国では知る人ぞ知る魔術の達人であった。その実力は帝国の中でも十指に入るとも言われていたとの話である。
アレクシアがジェンの知られざる経歴を聞いて、驚きつつもジェンを睨みつける。
「おい、聞いてないぞ」
「それこそ、秘匿義務ってやつがあるもの。おおっぴらに王国まで飛ばす手紙に、『魔術研究員やってまーす』なんて書けないでしょ?」
そりゃそうだ。ロビンは得心した。アレクシアが正論すぎる正論に、苦い顔を浮かべた。昨日からどうにもアレクシアの無表情の仮面が剥がれ落ちている気がする。きっと目の前の気のおけない陽気な友人のおかげなのだろう。
「貴方達が調べたいの。大規模転移よね? 情報、あげるわよ」
ロビンとカーミラは、あまりにも都合の良すぎるこの展開に罠ではないかと勘ぐった。表情に出ていたらしい。アレクシアが見咎める。
「ローウィン。レイミア。ジェンは信頼できる人間だ」
「どうして、そう言えるんですか?」
ロビンが、なるべく棘のない声色になるよう努力しながら、アレクシアに問いかける。
「ジェンの両親は帝国に殺された。帝都の中で帝国という存在に最も憎しみを抱いているのは私の知る限りではこいつだ」
「ま、両親の自業自得なところもあるんだけどね。でも、一度だって帝国を許したことはないわ。最近じゃ嫌がらせにレジスタンスなんて作って、帝国の動きを妨害する程度には憎んでるわ」
「お前、そんなことやってたのか? 危険すぎるぞ?」
「下水道を通って帝都に侵入してきた貴方達には、ぜーったいに言われたくないわ」
軽口を叩きあう二人。本当に仲がいいなぁ、とロビンはぼうっと見る。アレクシアにこんなに仲の良い友人がいるなんて毛ほどにも思っていなかった。随分と失礼なイメージを抱いていたものだ、とロビンは少しだけ反省した。
一転してジェンが真剣な表情になり、地図の一点を指差す。地図には魔術研究所を意味する赤い丸印が五つあるが、彼女が指差したのはそのどれでもない。指し示したのは帝都の中央。そこであった。
「帝国も馬鹿じゃないのよ。本当に外に漏らしたくない研究はここでやってるわ。表向きは廃棄された公共施設になってる。地下に研究所があるのよ」
どうして、この女性はそんなことを知っているんだろう、とロビンとカーミラが顔を見合わせる。
「どうして、そんな事知ってるの? って顔してるわね」
ニッコリと細い目を増々細めてジェンが微笑む。
「あたしがそこの研究員だったからよ」
「それって……」
凄い不味いんじゃ、とカーミラがボソリと呟く。帝国の重要機密。その一端を知っている人間が、こんな市井に存在しうるはずがない。監視やら何やらがついているのが当然である。
「あら、大丈夫よ。一年、かしらね」
「一年?」
「あたしのところに暗殺者がひっきりなしにやってきた期間」
全部返り討ちにしてやったけど、と笑顔で空恐ろしいことを言い始める。ロビンは今ようやく納得がいった。この朗らかで、陽気で、それでいて丁寧な妙齢の美人が、どうしてアレクシアなんていう正反対な人間と親友なんてやっているのか、その理由を。
ジェンも、アレクシアと同じぐらい、いやもしかしたらそれ以上の化け物なのである。
「流石に、数十人も殺せば帝国も馬鹿らしくなって手出ししなくなるわよ。っていうよりも、一匹逃して、丁重に脅しておいたしね。『次にあたしを付け狙ったら、あたしの命と引き換えにしてでも皇帝陛下を殺してあげる』って」
そう言いながら、一見か細い腕を曲げ、手を重ねて指の骨を鳴らす。
「暗殺者とか、監視とか、そんな奴らはこの一帯にはいないわ。断言できる。いたら、私が殺してるもの」
「お前、よく今まで生きてこれたな」
アレクシアが呆れたように言う。そんな彼女の表情にジェンがカラカラと笑う。
「あら。お父様とお母様の悪いところばかりを受け継いだのかしらね。でもアラスタシア、貴方には絶対に言われたくないわ」
ジェンが、糸のように細い目を見開いてロビンとカーミラを見つめる。その鋭い視線に二人はまるで睨まれているかのようにも思えた。
「私はね、心の底から帝国に嫌がらせをしてやりたいのよ。両親を殺した帝国が憎いの。皆に情報を渡して帝国が痛い目をみるなら、どんな情報だって渡してあげるわよ」
そういって、ジェンがニヤリと酷く悪辣に嗤った。ロビンはもう一度思った。あぁ、この人はやっぱりロドリゲス先生の親友なんだ、と。
ジェンは腐ってもアレクシアの親友です。類友です。
やばい経歴とやばい思想とやばい行動。三つ揃ってもう数え役満です。
ですが、彼女も相当につよつよな女性なので、帝国に睨まれている事自体は意にも介していません。
次回は遂に帝都の魔術研究所へ潜入します。
ミッションは後もう少しだ! 頑張れロビン! 負けるなカーミラ! 二人を守りきれアレクシア!
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