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第十一話:遂に帝都へ

 トロール三匹を倒し僅かながら休憩した三人は、身体を水生成の魔術で清め、乾燥の魔術で服を乾燥させた。トロールの体液でドロドロになった身体で帝都を歩くなど、目立ちすぎるからだ。目立たない程度の最低限の身だしなみを整えた後、出発した。


 各々治癒のポーションを飲み干し、身体の怪我は完治していた。治癒のポーションはある面では不便だが、一方で非常に便利な代物である。時間がかかるものの中級治癒から上級治癒の間ぐらいの回復効果が得られるのだ。


 トロールと闘った大きめの部屋の奥にある通路を通り、一行はまた幾つもの分かれ道を通り過ぎた。三十分ほど歩き、ようやっと見取り図に赤い丸で囲まれた場所に到着するに至った。


 そこは長いはしごが上まで続いている場所だった。三人はアレクシアを先頭に慎重にはしごを昇っていく。十分に気をつけてはいるとは言え、結構な高さである。ここから落ちたらどうなるのか、と考え、ロビンは少しだけ身震いをした。


 はしごを登り切ると、出口は丸い蓋で塞がれていた。なんでも、「マンホール」と呼ぶらしい。アレクシアがボソリと解説する。


 アレクシアがマンホールを少しだけこじ開け、周囲に人影が無いかを確認する。エライザの調査は完璧だったらしい、辺りには人っ子一人いなかった。


 蓋を完全に開け、三人は素早く外に出る。アレクシアが周囲を警戒しながら、マンホールを閉めろ、とロビンに指示をした。ロビンは、やけに重たいその蓋をよっこいしょと持ち上げると、元の位置に戻した。ここはどうやら路地裏らしい。すっかり日が暮れてしまっており、辺りは薄ぼんやりとしている。ロビンは夜の帝都という美しい街並みに思わず見とれてしまった。


「無事、帝都への侵入を果たした。レイミア。帽子は深くかぶることだ。さて、行くぞ」


 アレクシアの指示に、慌ててカーミラが帽子を深く被り直す。


「えっと、行くってどこにいくんですか?」


「着いてから説明する。今は黙って私に付いてこい」


 ロビンとカーミラは不思議そうに顔を見合わせると、その後でアレクシアを見て、首を縦に振った。


 アレクシアが迷いなく路地裏を抜け大通りに出る。平常心、平常心、とロビンが心の中で呟いた。不審な動きをしたら、誰に見咎められるか分かったものではない。それでもつぅっと冷や汗が背中を伝い、顔が緊張で強張ってしまうのが分かった。ふとカーミラの方をみると、彼女も同じ心持ちらしく、少しだけ顔を強張らせていた。


 ここは敵地。味方は今いる三人だけ。今が夜で本当に良かった、とロビンは胸をなでおろした。昼間であったら、緊張に顔を強張らせたロビンやカーミラ等、すぐに憲兵などに見咎められ、捕縛されるであろう。


 数十分ほど歩いただろうか。緊張が勝り、どのルートを歩いたのか、もはやロビンは覚えていない。アレクシアが比較的質素な一軒家の前で立ち止まり、玄関の扉をノックする。ロビンはそれを見て、心臓が飛び出るかと思った。


「ちょっ、何やってるんですか!?」


 声は密やかに、だが、声色ははっきりと非難の色に染めてアレクシアに耳打ちする。


「帝都には基本的に宿がない。例外はあれど純粋な帝国民であると認められなければ、帝都には入れないからだ。旅人も商人も原則的には入ることはできない。故に、帝都にやってきた者たちは、塀の外で野宿をしながら自身の目的を達成するのだ。まぁ、見てろ」


 ややあって、はぁい、という女性の声が扉の奥から聞こえ、玄関がゆっくりと開いた。


「まぁ! アレク……」


「話は後だ。中に入れてくれ」


「……わかったわ、訳ありってことね。お入りなさい。後ろの可愛いお二人さんも上がって」


 茶色の髪を腰まで伸ばし、細長い目をした美しい妙齢の女性が、ロビンとカーミラにニコリと笑いかける。再び顔を見合わせることになってしまった彼らは、兎にも角にも言われるがままに家の中に入っていった。


「ローウィン。消音の魔術を」


 アレクシアが振り返らずにロビンに指示を出す。


「えっと、帝都の中で魔術使っても大丈夫ですか?」


 帝都には結界が張られているはずだ。その中に魔術を検知する結界が無いとも限らない。


「問題ない。検知はされるが、消音の魔術はそれほど珍しいものではない。ただ、聞かれたくない話をするんだな、と思われるだけだ」


「あ、そうですか。術式展開、キーコード、消音」


 ロビンが杖を振って術式を展開する。対象はこの家の敷地全て。少しばかりマナ回復のポーションで回復したとは言え、残り少ないマナに身体が悲鳴を上げる。


 ロビンが消音の魔術を使ったのを確認した後、茶髪の女性がアレクシアにがばりと抱きつく。


「アレクシア! 久しぶりね! ずっと顔見せないで! とっても心配したのよ?」


「あぁ、ジェン。久しぶりだな。すまないな、手紙ばかりで会いに来てやれないで」


「そんなことどうでもいいの! 無事でいてくれてよかったわ」


 この二人はどういう関係なんだろう、ロビンは首を傾げた。横からカーミラも同じ様な疑問を抱いている、そんな雰囲気を発していることを感じる。


「あぁ、レイミア、ローウィン。いや、こいつは信頼できる、偽名など不要だな。ウィンチェスター、ジギルヴィッツ。彼女は私の師の孫だ。名をジェンという」


「大師匠のお孫さんですか?」


「あぁ、私が師に筋力強化の訓練を受けた二年間、ジェンが色々と世話をしてくれてな。私の数少ない友人の一人だ。今でも年に何回かは文通をしている」


 ロビンが文通という言葉に、訝しげな視線をアレクシアに送る。彼女は杖を使った魔術は使えなかったはずだ。そんな疑問が顔に出ていたのか、アレクシアがやれやれといった顔で補足する。


「配達の魔術は、都度他の誰かに依頼している。ジェンは王都にある私の家に手紙を送っているんだ。配達の魔術用の入り口をこさえていてな、私が不在でも手紙がちゃんと届くようになっている」


 なるほど、とロビンは思った。


 ひとしきりアレクシアとのハグを堪能したジェンが、アレクシアから離れ、ニッコリと笑いながら、ロビンとカーミラを見遣る。


「アレクシア、この可愛い子たちは誰なの? あたしにも紹介してよ」


「こっちがロビン・ウィンチェスター。帝国ではローウィンという偽名を使っている。こっちがカーミラ・ジギルヴィッツ。レイミアという偽名を使っている」


「ジギルヴィッツ。って、まさか連合王国の?」


「あぁ、ジギルヴィッツ公爵家の次女だ」


 ジェンが驚きに目を見開く。王国民のそれも貴族達が帝都の中にいる。それは帝都の民にとっては考えられないことであった。


「あら? でも、ジギルヴィッツ公爵家の次女っていったら、この世のものとは思えないほど美しい白銀のロングヘアだって聞いてたけど」


 そんなことまで帝国に知れ渡っていたのか、とカーミラが苦笑する。エライザが髪の色を変化させる魔法薬を渡したのは正解も正解だったらしい。


「魔法薬で髪の色だけ変えてるんです」


「あぁ、確かにそのほうが良いわね。平民のあたしにですら、貴方の容貌は耳に入ってるくらいだから」


 そこまで言って、ジェンは三人の顔を感慨深げにぐるりと見回した。


「……よく帝都の中に入ってこれたわね。どんな魔法を使ったの?」


「下水道を通ってきた」


「よくやるわねぇ、あんな汚いところ。想像しただけで鳥肌がたつわ」


 少しばかり呆れた顔を浮かべてから、お茶でも淹れるわね、座って、とダイニングテーブルの椅子をジェンが指差す。アレクシアがどすり、と椅子の一つに腰掛け、残された二人は遠慮がちにアレクシアから見て正面の椅子にそっと座った。


 火の魔石にジェンが発火の魔術を使う。ケトルに魔術で生成した水を入れ、火にかける。水が沸騰するまでに茶葉をティーポットに入れ、鼻歌を歌いながらお茶菓子を棚から取り出した。ややあって湯が湧いたのを確認すると、ティーポットにお湯を注ぎ、蒸らし、そして四人分のカップを食器棚から取り出してから、それらにお茶を入れていく。


「はい、どうぞ」


「ありがとうございます」


「ど、どうも」


 差し出されたお茶に、カーミラとロビンがそれぞれ控えめにお礼を言う。出されたお茶を一口飲む。王国では味わったことのない不思議な味わいに驚いた。爽やかな香りが口の中いっぱいに広がったのだ。熱いお茶を飲んでいるはずなのに、口の中がひんやりとする経験は二人にとって初めてのことだった。


 思わずロビンが今自身が口にしたお茶について尋ねる。


「これって」


「あぁ、王国は紅茶でしょ? 帝国はハーブティーが一般的なの。ちょっとびっくりしたでしょ? これはミントティー。スッキリするでしょ?」


 ハーブティー。聞いたことがある。北側では茶葉の栽培が難しく、ハーブを使ってお茶を淹れるのだという。しかし飲んだことは無かった。ちらりとカーミラの方を窺うと、どうやら同じ様な感想を抱いているらしく、目を白黒させていた。


「で? アレクシア。話を聞かせて頂戴? 貴方今までどこで何やってたの? 王国にいるっていうのは手紙に書いてたけど、それ以上のこと書いてくれないじゃない。王国の上級貴族を連れてきたのはなんで? 何をやろうとしてるの?」


「ジェン。質問が多い。王国には怪物処理人という職業があってな。王家直属だ。腕を見込まれて、王女の直属の怪物処理人となった。だが、基本的には秘匿される存在だ。だから手紙などでお前に伝えるわけにはいかなかった」


「怪物処理人、ねぇ。聞いたこともないわ」


「帝国にはそんな制度はないからな。ジギルヴィッツはお前も知っているのだったな。ついでに言うとウィンチェスターも王国の貴族だ。王女からの命により、間諜任務のため侵入してきた」


 ロビンは、あまりに明け透けに真実を述べるアレクシアに、何を言ってるんだこいつは、と口をパクパクとさせた。アレクシアがロビンの表情を横目でちらりと見る。


「ウィンチェスター。ジェンは信頼できる人間だ。私の数少ない友人だぞ?」


「アレクシア……。そこは親友って言ってほしいんだけど。しかし、間諜ねぇ。危険よ?」


「王家からの命令だ。是非もない」


 ジェンが今度はロビンの方を向く。


「ウィンチェスター君、だっけ?」


「あ、はい。ロビンって呼んでください」


「じゃあ、ロビン君ね。王国貴族なのに、平民のあたしに気さくに接してくれるのね。もしかして変わり者?」


 ロビンは小憎たらしい笑顔を浮かべたジェンの顔を見て、少しばかり恥ずかしくなり自身の髪をかき混ぜた。


「よく言われます」


「お祖父様のこと大師匠って言ってたわね。アレクシアのお弟子さんなの?」


「えっと、一応は」


 ニコニコと会話し続けるジェンに、アレクシアが横槍を入れる。


「ジェン。こやつは私以上の才能をもつ筋力強化使いだ。脳の強化まで使いこなす」


「脳の強化!? それって物凄いことじゃないの!? 本当の天才じゃない!」


「あぁ、そうだ。そうだがジェン。はしゃぎすぎだ」


 ごめん、とペロリと下を出して、次にカーミラを見遣る。


「ジギルヴィッツちゃんね。ほんっと可愛いわね。アレクシア、この子頂戴?」


「馬鹿言うな。曲がりなりにも、王家の傍流だぞ?」


「分かってるわよ。冗談よ冗談。そんなことより、こんなこと言っても、しかめっ面すらしないなんて、ジギルヴィッツちゃんも変わり者?」


 こんなに直接的に変わり者だと言われたのが久しぶりで、カーミラは若干引きつった笑顔を浮かべる。


「えっと、自分ではそんなつもりないんですけど……。あ、カーミラで良いですよ」


「カーミラちゃん! あぁ可愛い。アレクシア。やっぱりこの子貰っていい?」


「だから、馬鹿を言うな」


 なんというか、女三人揃えば姦しいとは言うが、一人でもここまで姦しい女性は初めてであった。ロビンは、このよく喋る女性のマシンガントークに少しだけ苦笑いを浮かべた。


 ジェンが、改めてアレクシアの方を向く。


「で、ここに来たってことは、泊めてほしい。いや、匿ってほしいってところ?」


「察しが良いな。その通りだ。お前に危険が迫らないようにはする」


「あら、多少危険になってもいいわよ。帝都に未練なんて無いし。いざとなったら逃げるわ。王国に亡命でもしようかしら。一回旅行で行ってるから、転移の魔術で一瞬よ」


 ワクワクとした声で話し始めるジェンに、ロビンは、この人も負けず劣らず変わり者だなぁ、とぼんやりと思った。


「二階に空き部屋があるから好きに使って。空いた時間に、王国の話でも聞かせてくれると嬉しいわ。帝都ってほら、人の行き来が無いじゃない。つまらないったらありゃしないのよねぇ」


「あ、ありがとうございます。助かります!」


 カーミラがジェンの言葉に慌てて謝意を示す。


「あら、別にお礼なんて良いわよ。アレクシアがいきなり押しかけてくるのなんて、いつぶりかしら」


 ジェンがニコニコと笑いながら、ティーカップのお茶を煽る。


「ねぇ、アレクシア。久しぶりにこうして再開できたんだし、今晩は寝かさないわよ?」


 その言葉にアレクシアが大きくため息を吐く。ロビンとカーミラは、「今晩は寝かさない」という言葉を変に解釈してしまい、顔を少しだけ赤くした。


「やだぁ、ロビン君もカーミラちゃんも、貴方達が思っているようなことじゃないわよ」


 そう言って、ジェンが部屋の隅にある棚を開け、中から大きめの瓶を取り出した。茶色い液体が中に詰め込まれている。


「それって」


 ロビンがその茶色い液体が入った瓶を見て、ジェンに問いかける。


「お酒よお酒。ウイスキーっていうの。王国では珍しいんじゃないかしら。あ、ロビン君とカーミラちゃんも飲む?」


 自然な流れで二人に酒を勧めるジェンに、アレクシアが少しばかり顔をしかめる。


「ウィンチェスター、ジギルヴィッツ。酒を飲むなとは言わないが、覚悟はしておくべきだ。こいつは顔に似合わず大酒豪だ。下手に付き合おうとすると、潰されるぞ」


「いやねぇ。普通よ、普通。アレクシアが弱すぎるんじゃないの?」


 鬼教官が珍しく苦虫を噛み潰したような顔を浮かべ、再度大きくため息を吐く。こうなったジェンからはもう逃げられないということが、経験上よく分かっているためであった。


「で、ロビン君、カーミラちゃん。飲む?」


 ニッコリと微笑みながら、再び二人に問いかける。アレクシアはもう何も言うまい、と心に誓った様子だ。


「えっと少しだけなら」


「舐める程度になら……」


 ロビンとカーミラが控えめに返答する。


 彼らは知らない。ウイスキーという酒のアルコール度数の高さを。王国で飲まれている酒は主にワインである。ワインの二倍以上ものアルコール度数の高さを誇るウイスキーが、如何に彼らにとって悲惨な結末をもたらすのか、彼らは知らないのだ。


「じゃあ、酒盛り開始! お酒は沢山あるからね! 今日は寝かさないわよぉ!」


 本日三度目となるアレクシアの大きなため息がロビンの耳朶を打つ。盛大に顔をしかめるアレクシアを二人はちらりと見た。この鬼教官にこんな表情をさせるこの女性が少しだけ空恐ろしくなるロビンとカーミラだった。

帝都にも協力者がいました。

アレクシアのお師匠様のお孫さんです。物腰は柔らかで、言葉遣いも丁寧ですが、陽気で豪快な面を持つアンバランスな女性です。

そのアンバランスさが、男性達を虜にしてやまないとか。


今日から、今月中に切りよく第四部の完結まで持っていきたいたため、四部のエピローグ投稿まで一日二回の投稿となります。


読んでくださった方、ブックマークと評価、よければご感想等をお願いします。

励みになります。


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