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第七話:エライザと国王陛下

 エライザの予想は正しかった。その日の内に、国王グノーブルから、エライザに対して寝室への招致命令が下った。彼女はジェシーが出ていって一人になったその部屋を後にし、絢爛豪華な廊下を早足で国王の寝室へ向かった。


 寝室の大きな扉を、控えめに三度程ノックする。扉の両脇に控えている近衛兵達が、エライザに対して最敬礼をし、彼女は二人にニコリと笑って、労をねぎらった。


「国王陛下。エライザが参りました」


「入れ」


 ひどくしゃがれた声が、扉の奥から聞こえ、その声にまたニコリと微笑むと、扉を開け中に入る。


「国王陛下。ご命令に従い、参上申し上げました」


「……エライザ。国王陛下などと呼ばなくても良い。昔のように、『お父様』と、そう呼んでくれないか?」


「仰せのままに、お父様」


 ゆっくりとベッドに伏せる父親のもとに歩み寄る。グノーブルは、節々の痛む身体に辟易としながら、上体を起こす。エライザがグノーブルの手を握り、微笑んだ。


 ニコニコと微笑むエライザ。一見すると、大好きな父親に会えて嬉しくて嬉しくてたまらない娘のようであった。たったひとつその父親が病に伏していることを除けば。病に伏し、病床の身となった父親に向かってこれほど嬉しげな微笑みを浮かべる娘がいるだろうか。普通はいないだろう。誰しもが、その痛ましい姿に悲痛な表情を浮かべるのではないだろうか。


 グノーブルが静かに口を開く。


「……エライザよ。此度の件。そなたが関わっているのであろう?」


「お父様。此度の件、というのが何を指していらっしゃるのか、エライザにはわかりません」


 エライザがニコニコと微笑みながら、なんのことやら分かりません、という声色で答える。


「アーノルドとデズモンドの件だ」


 エライザの微笑みが失せ、次の瞬間には悲しげな顔をする。この顔をするのはいつぶりだろうか、とエライザは益体もないことを考える。


「お兄様達のことは……心苦しく思っておりました。まさか、あの様な亡くなりかたをするなんて。私、ずっと寝る度に枕を濡らしているのですよ」


「……関与は?」


「私を疑っているのですか? お父様」


「……関与は?」


 グノーブルが、壊れたラジオのように同じ言葉を吐き続ける。エライザは、聞こえないように少しだけため息を吐いた。


「アーノルドお兄様は毒殺。それも侍女が殺したとのことではありませんか。アーノルドお兄様の侍女等、私には預かり知らぬことでございます。デズモンドお兄様は暴漢に刺されてしまったとのことではないですか? それも、私には預かり知らぬことです」


 嘘である。侍女も、暴漢も、入念にエライザへ辿り着くルートは潰してあったが、それでもその根本は彼女の一声である。誰にもバレない。いやバレても問題がない。証拠が何一つ揃っていない今、彼女を裁く法律はこの王国には存在しないのだから。


 それに、今やエライザは唯一の王位継承者である。王弟であるクレイグ公爵は、とうの昔に王位継承権を放棄している。そう、もはや全てが詳らかになったとしても構わないのだ。そうなるように彼女は今、この状況を生み出した。一つ気になるのは、貴族達による王位の簒奪である。だが、それも些事なことである。この王宮にいる限り、王族に手を出せる人間は存在しない。


 それこそ、デズモンドのように物理攻撃で攻められたなら別だ。だが、エライザの周囲には常にその命を守る、彼女だけに忠誠を誓った影の護衛が息を潜めている。彼女を害そうとした瞬間、その者は一瞬にして散り散りの肉片と化すだろう。


「エライザ……そなたは、実に優秀な娘だ。本当に余の娘かと疑問に思うほどにな。隠さなくても良い。どうこうするつもりもない」


 それに、と、グノーブルが続ける。


「どうこうしたとしても、もう余すらも詰んでいるのだろう?」


 その言葉に悲しげな表情を取り繕っていたエライザが一転して、ニッコリと微笑む。


「お父様には敵いませんわね」


 ベッドの横に膝をついていたエライザはゆっくりと立ち上がると、カーテンの閉まった窓に向かう。カーテンを開け、外を見遣り、こちら側を覗いている者がいないかを確認し、そして杖を取り出した。消音の魔術を部屋全体にかけると、カーテンを閉めグノーブルの方を振り返った。


「覚えてらっしゃいますか? 昔、私が『何故、貴族と平民がいるのか』と、尋ねさせていただいたこと」


「……あぁ、昨日のことのようにな」


「人間が平等であるとは私は思いません。優劣があって然るべきだと思います。ですが、それは、純粋な能力、実力によって決められるべきものです」


 エライザが両手を挙げながら、顔色の悪い父王に向かって、弁舌を振るう。


「親が偉いから、子も偉い? 親が貧乏だから、子も貧乏? そんな常識、犬に食わせてしまうべきなのですよ」


 エライザが、押し黙るグノーブルを見遣る。


「王国は長年平和でした。貴族も平民も皆平和ボケしています。特に貴族の腐敗っぷりは素晴らしいですね。どうすれば、あそこまで腐り切ることができるのでしょうか。私は不思議でならないのですよ。

 戦が頻繁に起こっていた頃は貴族も立派だったのでしょう。戦場に赴き、兵を指揮するのは貴族です。それこそが貴族を貴族たらしめていたのです。ですが今の現状はどうですか? お馬鹿さんばかり」


「……エライザ。確かにそなたの言う通りかもしれぬ。だが、それがこの王国だ」


「えぇ、ですから、私はこの国を壊すのですよ」


 麗しい王女が、はっきりと、きっぱりと父親に向かって言い放つ。その言葉に、グノーブルは耳を疑わざるを得なかった。


「……エライザ、気が狂ったか」


「お父様? 私は至ってまともです。ちゃんとまともじゃない考え方を自覚してますので、正気ですよ。この国の在り方を変えます。そのために一度ぶち壊す必要があるのですよ」


 だから、とエライザがニコリと微笑む。


「帝国などという蛮族に、この国を先んじて壊されるわけにはいかないのです」


「……帝国と戦争になると? 帝国とは不戦条約が結ばれている」


 エライザが、これみよがしに大きくため息を吐いた。


「お父様。私はお父様の人格を、その性格を尊敬しております。ですが、その王権という権力にまみれた身体の上に乗っかっているおつむに関しては、これっぽっちも尊敬できないのです。お兄様達もそうでしたわ」


 本当にお馬鹿さん達ばかりです。エライザが王女としての仮面を脱ぎ捨てた。笑うのではなく嗤う。その変化にグノーブルは目を白黒させた。


「お父様も、お兄様も、他の貴族達も、皆、みーんな、平和ボケして、頭が腐りきってしまっていらっしゃるんじゃないかしら。帝国が王国に攻めてこない? そんなこと有りえませんわ。帝国は、より平和な領土の獲得を望んでいるのですから。遅くて一年。早くて後一ヶ月。帝国が攻めてきます」


「……そなたが言うと、馬鹿馬鹿しい話だ、とは切って捨てられないな」


「馬鹿馬鹿しい、なんて仰るようでしたら、強制的に今すぐ王位を明け渡していただくつもりでした」


 王女が普段貼り付けている優しげな微笑みではない、ニヤリとした邪悪な笑顔を浮かべる。


「アーノルドお兄様でも、デズモンドお兄様でも駄目なのです。お父様でも駄目。このままでは王国は帝国に滅ぼされます」


「そなたなら、どうにかできる、そう申しているのか?」


「えぇ。私には優秀な駒が沢山おりますので」


「駒?」


「怪物処理人が、ざっと百名。いずれも、一人で一個師団を相手にできる化け物ばかりですわ。こと闘争という観点からすると、彼らは素晴らしいのです。木っ端な兵士なんて、一瞬で木っ端微塵にできるでしょう」


 自慢げに鼻を鳴らす王女に、グノーブルは数年前に宰相から提案された制度を思い出していた。優秀であるが、人格者であり、それと同時に少々小心者なきらいがある彼が提出するには、あまりにも非人道的な制度であると違和感を覚えた。


 そうか。怪物処理人。あの制度は、あの企画書は、エライザが作り出したものだったのか。


「それから、もう死にゆくお父様には教えてあげます。私の大切な友達のカーミラ。彼女は吸血鬼です」


「ジギルヴィッツの娘が?」


「えぇ。ヴァンピール教の奸計によって、吸血鬼に変異させられてしまったみたいです」


 危険ではないのか? そう言おうとしたグノーブルの発言をエライザが止める。


「カーミラは変わらず、私の大切なお友達ですわ。今は帝国で間諜をしてもらっています」


 なんということだろう。この王女は、自分の幼馴染で、友人であるといって憚らない少女を、敵国にスパイとして送り込んだ、と言っているのである。国王は二の句が告げなかった。


「いいですか? 帝国が動き始めたら、事態はすぐに急変します。キューベスト領は一瞬にして制圧されるでしょう。帝国はもうすぐ、数百人、ひょっとすれば数千人単位で転移させることができる魔術を作り出します。この際、キューベスト伯爵には犠牲になってもらいましょう。その間に、王都から全貴族に向けて招集をかけます。私は戦に関しては素人。その辺りは、貴族達や専門家の皆様にに頑張ってもらいましょう。帝国とは、恐らく長い長い戦争になります」


「その話、真なのだな?」


 グノーブルがエライザをギラリとにらみつける。腐っても国王である。病に伏しているとは言え、その眼光は一国の長、そのものであった。


「伊達や酔狂でこのようなことを申し上げません。お父様?」


 エライザが負けじと国王を睨みつける。その迫力は、目の前の一国の長に勝るとも劣らないものであった。


「いや、うむ。そうだな……」


 迫力負け。グノーブルは悟った。鳶が鷹を生んだのではない。人間が、悪魔を生んでしまったのだ、と。それほどまでに、この王女の才覚は優れていた。常人には理解できないほどに。


「帝国との戦争を隠れ蓑にしながら、ゆっくりと王権と貴族達の権力を弱らせていきます。自然に弱っていきますよ。帝国は強力です。簡単には勝てません。勝てたとして、数十年後でしょう。

 その後で、王家を解体します。貴族達の権力も剥奪します。王国は王国ではなくなり、民草による民草のための国となるのです」


 共和制、もしくは民主政。後にそう呼ばれる統治体制である。この大陸、この時代には、そもそもが存在しない概念であった。


「生まれに関わらず、優れた者が上に立ちます。あぁ、優れた者というのは、皆に選ばれなければいけませんね。数年おきに、そうやって民草が自身の君主を決めていくのです。身分や生まれに関わらず、優れた者が優れていない者を治める。それが最も自然ではないですか?」


 国王にはこの王女が何を言っているのかさっぱり理解できなかった。それほどまでに、今までの国の在り様を否定した言葉であったのである。


「エライザよ。どのようにしてそのような考えに行き着いた?」


「お父様? 何よりも恐ろしいのは平民や奴隷なのです。貴族や王族よりも圧倒的に数が多いのですよ。魔術という技術が貴族に独占されたものだったら、そこまで恐れる必要は無かったかもしれませんね。ですが、先々代の国王が富国強兵を目指し、平民にも魔術を教え始めたことで、彼らは容易に国に牙をむく、そんな存在になったのですよ。王都をご覧になったことがおありで? 平民の不満は徐々に膨れ上がっています。幻覚の魔法薬が無ければ、生きているのも馬鹿馬鹿しいと思う程度に」


 グノーブルを睨みつけていたエライザが、破顔する。


「行き着くところは革命です。ですが、お馬鹿さん達が革命を起こして、王権を、貴族を滅しようとも、すぐに国は瓦解し、他国に飲み込まれるでしょう」


「……そこまで考えてのことか」


「逆に、そこまで考えていない愚かさが、私は許しがたいと思うのです」


 再び、ニコニコと柔らかな笑顔を貼り付けたエライザが国王のベッドに近寄っていく。


「お父様。私は愛国者なのですよ。この国が好きです。美しく、安全で、そして歴史深い。そんな国が、このまま滅びることを良しとするわけにはいかないのですよ」


 エライザの目指すもの。それは、王権による緩やかな王権と貴族の分解。そこにあるのだった。


「最初は独裁的に体勢を整える必要があります。でなければ、お馬鹿な方々がお馬鹿な革命を起こして、お馬鹿な国に成り果て、そして滅んでしまいます」


 私はそれを止めたいのです、と、エライザが締めくくる。


「……そなたは、良き王となろう。余が保証する。息子を二人も余から奪ったのだ。そうなってもらわなくては困る」


「嫌ですわ。私は何も知りません」


 この際に及んで、エライザは知らぬ存ぜぬを通した。面の皮の厚い娘だ、と国王は少しだけ笑みをこぼす。しかし、それは恐怖と悲しみに彩られた笑顔であった。


「しからば、国王陛下。陛下のお命が尽き果てぬ内に、戴冠の義を執り行っていただきたく存じます」


 今の現状が全てエライザの掌の上で踊っており、そして他の選択肢が存在しない以上、国王の答えは決まっていた。自分はあと長くて一年。短くて半年。そんな命だ。早急に次の後継者を決める必要がある。そして、今の王位継承権を持っている人間はエライザ一人だ。


「……分かった。エライザ女王よ。余は、そなたの戴冠を心より祝福する」


 その言葉を聞きたかった。そう言わんばかりに、エライザは満面の笑みを浮かべたのだった。


 こうして、新しい連合国王。エライザ女王陛下の誕生が内定したのであった。

二話つづけて、エライザのサイコパスっぷりが炸裂しました。

そして、エライザの目的がはっきりしましたね。共和制もしくは民主政の確立。それが彼女の目的です。

彼女は平民から起こる革命を何よりも危惧しているのです。そしてそうなったときの帰結も。

この世界のこの時代にはそもそもが存在しない考え方なので、国王陛下も全然理解できていません。

理解できているのは、エライザただ一人。

途中で、「国王陛下を尊敬している」という旨のエライザの台詞がありましたが、実際はそんなことこれっぽっちも思っていません。

エライザからすると、自分以外の人間は馬鹿ばかり。それでも、優秀な馬鹿と、そうじゃない馬鹿がいることも理解しています。


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