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第四話:帝都へ

 寝て起きた三人は、まず帝都までの旅程を確認した。帝都は十年前に遷都され、今は帝国国土の南東部に位置している。


「帝都までは、馬で二週間はかかる。まずは、馬を手に入れるところからだ」


「食料も必要ですね。山越えで殆ど携行食を食べ尽くしてしまいましたから」


「あぁ、そうだな。それと、ポーション類も揃えておかねば。しかし、帝国の商人から物を買うのは手間だな。さて、どうするか」


 アレクシアが形の良い顎に右手を添えて考え込む。帝国の商人からすべてを調達するには金も時間もかかりすぎる。うーん、どうしようか、と考えている様子のアレクシアにカーミラが控えめに問いかける。


「ええっと、走っていけば良いんじゃない?」


「走って行く? って、カーミラはどうするつもりなの?」


 思いつきもしなかった選択肢を提示するカーミラに、ロビンが返答する。


「ローウィン。ここでは私はレイミア。気をつけて。王国なら、私が筋力強化を使えないことを知っている人はたくさんいるし、筋力強化を使えるって思われるとちょっと困っちゃうわよね。でも、帝国ではそうじゃないでしょう? 帝国でバレても、私はここではどこの馬の骨ともわからない平民。問題ないわ」


 確かに、何故気づかなかったのだろう。ロビンとアレクシアは思わず顔を見合わせる。


「三人で走っていく、か。失念していたな。レイミアの身体能力を」


 先入観とは怖いものだ、とアレクシアが呟く。


「帝都までは、野宿しながら走っていくことにする。帝国では、三人とも筋力強化の使い手。そういうことにする」


 同じ筋力強化の使い手には見破られるが、些事であろう、とアレクシアが付け足した。


「では、食料と消耗品を揃える。市場に行くぞ」






 携行食については、そう時間がかからずに揃える事ができた。当然商魂逞しい帝国の商人らは、観光価格とばかりの金額を吹っかける。しかし、アレクシアの力こそパワーといわんばかりの交渉術により、相場の一割引きで携行食類を揃えることができた。その様子をみて、やはりロビンが、この人は脳味噌まで筋肉でできているのかなぁ、と思ったことは言うまでもない。


 問題はポーション類だった。魔法薬はそもそもの単価が高い。そこに、あり得ない金額を吹っかけてくる商人。交渉にはえらく時間がかかった。


 必要なのは、マナ回復のポーションである。治癒のポーションに関していえば、まだストックがある。マナ回復のポーションも幾つか持っているが、走って帝都まで移動することを考えると、ロビンのために買い足しは必要不可欠であった。


 アレクシアであれば、一日、約十時間ほど筋力強化して走ったとしても残りのマナはまだまだ余裕がある。だが、アレクシアと比較して、ロビンのまだまだ拙いマナコントロールによる筋力強化では、同じだけ走るとマナが枯渇してしまう。帝国の魔獣は危険だ。複数に囲まれると、アレクシア一人で旅をするならともかく、ロビンを守って――カーミラは吸血鬼なのでそもそも守る対象にない――戦うのはキツい。そのため、ロビンも強制的に戦力として投入せざるを得ないのである。


 約三十分程掛けて、アレクシアが商人と金額の交渉をし、ようやく相場通りの金額でポーションを揃えることができた。それでもやはり、魔法薬は高価なものであり、昨日両替したダラスを半分ほど消費してしまった。一行はまた両替所に行くことになってしまったのであった。


 両替所では、昨日のアレクシアの凄みが利いたのか、すんなりと両替をすることができた。


 そんなこんなをしている内に、昼食の時間となり、三人は軽食を取ることにした。


 昨日行った酒場だ。昼はレストランとしても営業しているらしい。中に入り、テーブルに腰掛ける。


「いらっしゃい。メニューはあそこの黒板に書いてるぜ。何にする?」


 店員が人数分の水を持って、三人に声を掛ける。三人は思い思いの料理を頼んだ。程なくして、料理が運ばれてくる。


「帝国の料理って、なにかしら。少し塩っ辛いわよね」


「帝国は冬、雪が降る。必然的に冬の間は保存食に頼らざるを得ない。だから、塩で防腐するんだ。その味に慣れてしまったのだろうな」


「あぁ、そういうことね。そう考えると、この塩っ辛い料理も、昔の人の知恵なのねぇ」


 感心したような顔をしながら、ベーコンが挟まったサンドイッチを口に運ぶ。


「あとは、王国とはスパイスの種類が段違いだな。私からすると、王国の料理は少しばかり味気ない」


 確かに、辛かったり変な香りがしたり、不思議な料理ばかりだなぁ、とロビンが、自分の頼んだハンバーグを見据える。かかっているソースが王国のそれと比べて、複雑な味と香りになっているのだ。


「スパイスはそうだな。帝国の侵略の歴史によるものが大きいな」


「といいますと?」


「侵略した国の食文化をどんどん吸収していったのだ。民族が違えば、使う香辛料も違う。料理に薬草を使う民族もいる。そんなこんなで、料理人が色々研究したのだろう」


 スープをスプーンで掬って口に運びながらアレクシアが、ぼそぼそと解説する。


 そんなふうに雑談をしながら手早く昼食を食べ終わった一行は、一旦宿に戻ることにした。荷造りを済ませるためである。


 宿屋の二階にある部屋に戻ると、各々が思い思いに荷造りをしていった。途中で、着替えたいから、とカーミラがロビンを部屋から追い出したりもしたが些細なことであろう。


 かくして、帝都に向かう準備ができた。宿屋の主人に、一言、世話になった、とアレクシアがぼそりと告げ、宿を後にする。


 向かうのは街の北側である。ペルモンテの街は帝国の中でも最南端に位置する。帝都はここから北東。長い旅路となる。一行は街の北門を通る。入る時は色々と検査されるが、出る時はそんなでもない。


「ローウィン。筋力強化をしろ。脚だけで構わん」


「はい」


「レイミアも、筋力強化だ」


「わかったわ」


 誰が聞いているわけでもない――強いて言うなら、北門の門番が聞いているかもしれない――が、設定に慣れておくため、アレクシアが敢えてカーミラに筋力強化をしろと言う。


 そういえば、吸血鬼の力を使う時は、いつも瞳が赤くなるけど、走る時はどうなるんだろう、とロビンはふと疑問に思った。


「行くぞ」


 その疑問はすぐに解決されることになった。常人では考えられない速度で走り出す三人。だが、カーミラの瞳は生来の金色のものであった。


 風を切り、走る走る。この中で一番脚が遅いのはロビンである。まだまだひよっこの筋力強化魔術師なのだ。だが、それにしてもそのスピードは同じ筋力強化のひよっこと比較しても速い。アレクシアは密かに嘆息した。勿論、まだまだアレクシアの最大速度には追いつかない。


 そんなこんなで一行の帝都までの長い旅路が始まったのであった。






 ペルモンテの街から走り出して、約六時間。日も傾きかけてきたので、三人は適当な所を見繕って野宿をすることにした。汗一つかいていないカーミラとアレクシアだが、一方でロビンは汗だくであった。


「はぁ、はぁ、なんで僕だけ汗だくになってるの?」


「元々の筋力が足りないせいだ。修練不足、ということになるな」


 アレクシアが笑いながら、答える。


「筋肉なら、筋力強化の副次効果で自然と増える。まぁ、焦らないことだ」


「はぁ。カーミラは? なんで汗一つかいてないのさ」


「だって、私最高速度の半分ぐらいよ? 手加減してるもの」


 その言葉に、アレクシアの眉がピクリと動く。プライドを刺激されたのだろうか。ロビンが心の中でひいぃ、と悲鳴を上げる。


「面白い話だな。レイミア。私よりも速く走れる、そう言っているのだな?」


「えっと、アラスタシアの最高速度がわからないから、なんとも」


「私は、だいたい七割程度の速度で走っていた……。いや、すまない。大人気なかった」


 些細なこと、些細なこと、とボソボソと呟くアレクシアに、カーミラが怪訝な顔をする。ロビンは、プライドが傷つけられたんだろうなぁ、と一人で納得していた。


「ローウィン。火をおこせ。」


「わかりました」


 ロビンがリュックから、火の魔石を取り出すと、地面に放り投げる。そして、杖を取り出し発火の魔術をかけた。次の瞬間には、火の魔石がぼうぼうと燃え始める。これで、魔石は消耗しないのだから、なんとも便利なものである。


 火を中心として、各々がそれぞれのテントを設営する。元々は山越え用に揃えたものなのだが、なかなかどうして野宿でも役に立つ。今は晩秋。帝国の夜は少しばかり肌寒い。風をしのげるということが、如何に有り難いことなのかをロビンもカーミラも肌にしみて理解していた。


 テントを設営しおわり、一息つく頃には、辺りは真っ暗になっていた。篝火(かがりび)が三人の顔を照らし、暖かな熱を与える。半日走って、クタクタという程ではないにしろ疲れていた三人は自然と無言になる。あぁ、夕食の準備をしないと、とロビンが思い立って、リュックの中から携行食を取り出し、カーミラとアレクシアに配った。渡された干し肉をかじりながらも、やはり三人は無言であった。


「帝国は、王国よりも頻繁に魔獣が出るという話でしたが」


 沈黙を破ったのはロビンだった。


「あぁ。このへんだと、オークと出遭いやすい。気をつけることだ。夜間の見張りは常に周囲の気配を探っておくように」


「オークだけですか? なんだかもっと強い魔獣を想像していました」


「いや、勿論オークだけではない。たまにだが、ヘルハウンドも出る。あとは……ハーピーやら、バンシーやら、うむ、名を挙げるときりがないな」


「ヘルハウンドも出るんですか。ってか、ハーピーとかバンシーとかも結構強い魔獣ですよ」


「安心しろ。滅多には出ない。逆に言うと運が悪ければ遭遇するということなのだが」


「安心できませんょ……」


 ロビンが苦笑いをする。この旅における、三人の運が良いことを祈るばかりだ。


「まぁ、レイミアがいればどの魔獣も問題ないだろう」


 アレクシアがカーミラの方を見遣る。


「まぁ、ヘルハウンドぐらいなら負ける気はしないわねぇ」


 干し肉を口からぶら下げながら、あっけらかんと言う。


「ローウィンももうヘルハウンド一匹ぐらいなら単騎で倒せるはずだ。無傷とまではいかないだろうがな」


「えぇ? 想像もできませんよ」


「貴君の筋力強化の上達具合は目覚ましい。鍛錬を欠かしていないことがよくわかる。自信を持て」


「き、恐縮です」


 ロビンは未だにたまに出てくるアレクシアの褒め言葉に慣れることができない。この鬼教官に褒められると、予想以上にくすぐったいのだ。


「どれ、スープを入れよう。やはり帝国は寒いな。……ローウィン。水を頼む」


 アレクシアが立ち上がり、リュックから小さめのケトルを取りだしてから、ロビンに声を掛ける。水生成の魔術を使って、ケトルに水を入れてやる。アレクシアがそのケトルを篝火の上に置いた。数分でお湯が湧く。マグカップに粉スープを入れて、お湯を注ぐ。それだけで温かいスープの完成だ。アレクシアが出来上がったスープをロビンとカーミラに渡す。


 三人揃って、ずずっ、とスープを啜る。音を出して飲むのは本来はマナー違反なのだが、ここではそれを咎める人間は誰もいない。熱々のうちに、マグカップから直接啜るのが一番美味しいのである。


「そういえば、アラスタシアの出身はどのへんなんですか?」


 ロビンが手慰みに、アレクシアに他愛もない話を振る。しかし、なにやら触れてはいけなかった話題らしい。アレクシアの瞳が、不思議な色に染まったのを、ロビンは確かに確認した。


「あぁ、帝国の北東部にある、小さな村だ」


 懐かしむような声で、アレクシアがぽつりぽつりと話し出す。


「つまらん話だ。十年ほど前に、オーガの群に襲われてな。その時半壊した。村人も半分くらいは死んだな」


 今は復興しているだろうがな、と付け足す。


「えっと、すみません、嫌なこと聞いちゃいました」


 申し訳無さそうなロビンの言葉に、アレクシアがふわりと微笑む。


「いや、もう昔の話だ。気にするな。……私には姉がいてな。優秀な魔術師だった。だが、その時に、な」


「……そうですか」


 なんでもないことのように話すアレクシアが、なんだかロビンは悲しかった。カーミラの方をちらりと見る。同じ気持ちになっているようで、悲しげな表情を浮かべている。


「その時だったな。怪物という存在を憎悪したのは」


 オーガはただの魔獣で怪物ではないがな、とアレクシアが付け加える。


「その後は、がむしゃらに強くなろうとした。だが方法が分からなかった。何度も死にかけたよ。私が剣を振ったりもしたのだぞ? 想像できんだろう? そんな折、師匠に会った。彼は私の筋力強化の才能を見抜き、開花させてくれた」


 懐かしいな、とアレクシアが遠い目をする。


「その後は、数え切れないほど怪物を殺した。国も土地も関係なく、だ。そうこうしてるうちに、あの方が私の噂を聞きつけてな。招致され、私は王女と契約した」


「その後は?」


「あぁ、その後も数え切れないほど怪物を殺した。よくもまぁ、今まで死ななかったものだ。それぐらいがむしゃらに生きてきた」


 無表情ではあるが、そこはかとなく痛ましいアレクシアの雰囲気にカーミラが思わず声を出す。


「ねぇ、辛くないの? アラスタシア。あんた、今凄い泣きそうな顔してるわよ」


「泣きそう?」


 アレクシアが瞠目する。


「うん、っていうか、もう泣いてるようにしか見えないわよ」


「私が、か」


 泣いているような顔をしている、と言われたにも関わらず、ふふ、とアレクシアが微笑む。


「レイミア、ローウィン。お前達に会って、私は変わった。泣きそうな顔になるなんて、久しく無かった。ありがとう」


 そこまで言って、自分がいかに恥ずかしい台詞を吐いたのかに思い当たったのだろう。少しばかり慌てながら、さて、私はもう寝る、と言い、顔を赤くしたアレクシアは立ち上がってテントに入り込もうとする。


「見張りの順番になったら起こしてくれ」


 今日の最初の見張りはロビンの役目である。二番目がカーミラ。最後がアレクシアだ。カーミラが、はぁい、と返事をすると、アレクシアが少し振り返って少し満足気な顔をした。


 ロビンにもカーミラにも、アレクシアの過去に何があったのかはわからない。でも、彼女の性格等を鑑みると、決して平穏ではなかったことが容易に想像できた。


「私。アラスタシアにもうちょっと優しくしてあげることにしたわ」


「最近は優しいじゃない」


「うーんとね。もっと。アラスタシアとは色々あったけどね。今はなんだか憎めないのよね」


 カーミラの言葉に、ロビンがニコリと微笑む。


「同感だね。僕もだよ」

移動回です。

ここまで一緒に共同作業を続けていれば、人間どうあっても少しずつ仲良くなっていくものだと思います。アレクシアが自分の過去を少しですが、自己開示しました。

ロビンとカーミラは、起こったことの凄惨さを推測できませんが、それはもう悲しい出来事があったんだろうなぁ、と思っています。

いろいろな過去があって、そうして現在が出来上がっていくんだ、と二人は学習しました。


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