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第二話:酒場へ

 次の日、カーミラがあまりにも行きたい、行きたいというものだから、一行は朝から市場にやってきた。どちらにせよ両替所に行かなければならない。王国貨幣は帝国では当然使えないのだ。昨日の夜よりも活気のあるその場所に、ロビンは少しだけ頭が痛くなってくるのを感じた。なにしろうるさすぎる。


 そして、露天商が、屋台が、それぞれ売っている物珍しい品々といったら、それはもう目移りしてしまうのも当然であった。帝国中から集められた特産品。珍しい食べ物。珍しい工芸品。珍しい衣服。カーミラはそのどれもをキラキラとした目で眺め、そして時折アレクシアを伴って商人に話しかける。その価格の高さに、がっくりと肩を落としながら帰ってくるのが常であったが。


「なんでこの街って売ってるもの売ってるもの、こんなに高いの?」


「輸送費と護衛費だ。帝国の国土は、王国ほどではないが広い。王国よりも危険な魔獣が出る。そのため商隊を組んで品を運ぶのだが、それがまた高い。護衛も魔術師でなければ役に立たない。それもまた高い。結果的にあの小さな宝石一つここまで運んでくるのに膨大なコストがかかっているのだ。まぁ、それを踏まえても大体の店がボッタクリだ。本当に欲しい物があれば、値切ってやるがどうする?」


「いえ、良いわ。そこまで必要ってほどじゃないし」


「それが良い。荷物が増えるのは好ましくない。また、金がなくなるのが困る。帝都まで行くには先立つものが必要だ」


 カーミラが、そうよねぇ、とポツリと呟きながら歩き始める。まず目的地は、両替所だ。両替所は市場の端の方にポツリと小さな店構えで佇んでいた。三人は両替所の扉を開け、狭い店に辟易としながらも、中に入り込む。


「王国貨幣を帝国貨幣に変えたい。レートはいくらだ?」


「百クラムが二十五ダラス」


 あぁ、ここでもか。ロビンは頭を抱えたくなる気持ちを必死でこらえた。アレクシアの鋭い目が更に鋭さを増す。


「おかしいな。私の知っている情報では、今の為替レートは百クラムが五十ダラス程度だったのだがな」


 鋭い眼光に射抜かれた両替所の店主は、ふっかける相手を間違えたことに気づき、慌てて言い直す。


「す、すみません。百クラムが五十ダラスです」


「それで良い。人を見る目というのは大事だ。長生きしたかったらな。ほれ、八万クラムだ。四万ダラスだな」


 両替所の店主が、アレクシアがカウンターに広げた貨幣を手早く数えて、確かに、と呟く。そして、帝国貨幣を絹袋に入れて、手渡す。アレクシアが中を検め、四万ダラス入っていることを確認し、ニヤリと笑う。


「命拾いしたな。ここで少しでも足りなかったら縊り殺していたところだぞ」


 ひぃ、と店主が息を飲む。合掌。ロビンはこの鬼教官に一度でも逆らった店主に心から哀れみの心を送った。ロドリゲス先生の交渉は常に脳筋だなぁ、とは間違っても声に出さない。


 両替所から出た三人は、これからの予定を決めることにした。


「酒場には夕方ぐらいに行く。寄っておきたいところ、見ておきたいところはあるか?」


「私はもう良いわ。だって、あれもこれも高すぎるんだもの」


 カーミラが少しばかりうんざりした声を上げる。仕方ない。帝国の洗礼を受けに受けまくったのだ。


「あ、僕、魔術屋に行きたいです」


「魔術屋か。それならいい店を知っている。潰れてなければいいが」


 ロビンの一声で次の目的地は決まった。一行はアレクシアの案内で、魔術屋を目指した。






「いらっしゃい。……あら? アレクシアじゃない。久しぶりねぇ」


 魔術屋は、裏通りの隅っこにひっそりと店を構えていた。どこからどう見ても男にしか見えない店主が女言葉を使うのを見て、ロビンは不思議な顔をする。


「あぁ。久しぶりだな。店主。ところで私が帝国に戻ってきたのは誰にも言うな」


「客の情報は誰にも漏らさないわよ。商人のルール」


「そうだったな」


 ずっと不思議そうな顔をしているロビンの顔を見て、店主が言う。


「この喋り方ね。別にオカマってわけじゃないの。私のふるさとの方言みたいなものよ」


「そんな方言もあるんですね」


「えぇ。変わった民族だったわよ。もうなくなっちゃったけどね。多分私が最後の生き残りじゃないかしら」


 えらく血なまぐさい話になってきた。つまり、帝国に侵略されて、民族がほぼ消滅した、という話である。


「ま、帝国ではよくある話よ。気にしないで。私ももうどうでもいいから。で? 何がほしいの?」


 店主がアレクシアの方に向き直って尋ねる。


「いや、用があるのは私ではなくこの小僧だ。そもそも貴様は私が杖を使わないのを知っているだろう」


 アレクシアがロビンの背中をドン、と押す。うわ、と思わず声を出し、一歩前へ出る。


「あぁ、そうだったわね。で、坊や。何が欲しいの? 王国にはない魔術、いっぱいあるわよ」


「ええっと、色々見せてもらえますか?」


「いいわよ。陳列されてるのなら好きに見て。あぁ、アレクシアのお知り合いなら、別にぼったくったりしないから安心してねぇ。ボッタクリなんてしたら、この女に殺されちゃうから」


 あぁ、この人も多分被害者なんだなぁ、とロビンはぼうっと考えた。考えたが、そんなことを考えても詮無いことなので、すぐにやめた。


 ロビンは陳列されてある羊皮紙を一つ一つ検める。魔族言語の勉強は、怪物退治のために遺跡に向かった時ですら、寝る暇を惜しんで続けてきた。魔術大学の教授陣ほどではないがそれなりに読めるようになってきた自負がある。


 十分ほど物色して、ロビンはとんでもないものを見つけた。


「あの……。これ、転移の魔術ですか?」


「えぇ。ここ数ヶ月ぐらいで帝国で一般的になった転移ね。いままでとは仕組みが全然違うでしょ?」


「これ、凄いですよ。今までの危険な転移が過去のものだ」


 カーミラが、ロビンの右側からぴょこっと顔を出して、彼の眺めている羊皮紙を覗き込む。


「ローウィン。何が凄いの?」


 魔族言語を読むことができないカーミラには、羊皮紙に書かれているミミズののたくったような文字からは何が凄いのか判断できない。


「今までの転移術式は、座標の指定が必須だったんだ。つまり術式を展開する前に、転移先の座標を正確に計算する必要があった。それと、転移先に障害物が無いのか透視する必要もある。それで安全な場所に転移するんだけど……。この魔術は、座標の指定を術者のイメージから勝手に計算してくれる。障害物が無いのかも術式が勝手に判断してくれる。障害物があった時は、自動で一番近い障害物がない場所に座標を計算し直す。つまり、王国みたいな免許制にする必要が無いんだよ」


 ロビンが少しばかり興奮して、早口でまくしたてる。そのかわり、行ったことのある場所限定になっちゃうけどね、とロビンが締めくくった。カーミラも転移の魔術について知識だけは持っていたので、その非常識さに口をパクパクと開け閉めした。


「あら、坊や、その歳で博識なのね。そう。私も最初に市場にそれが出回り始めた時は驚いたわ。帝国も転移は免許制。だけど、その魔術に限ってはその限りじゃない。誰でも転移できる時代になったのよねぇ」


 市場に出回るのは終わった技術である。つまり、研究され尽くした技術である、ということだ。そのことに思い当たったロビンは、少しばかり顔を青くする。だが、顔を青くしている場合じゃない。とにかくこれを手に入れなければならない。


「これ、いくらですか? 二つ、いや三つください」


 一つは自分の杖用。二つ目はカーミラの杖用。そしてもう一つは、エライザへの報告用だ。


「三つね。えっと……普通のお客さんなら千二百ダラスなんだけど、アレクシアのお知り合いだから、負けに負けて九百ダラスでいいわ」


「ローウィン。騙されるな。一ダラスも負けていない。それが正規の価格だ」


「あら、バレちゃった」


 仲良さそうにじゃれついている店主とアレクシアを尻目に、ロビンは九百ダラスをアレクシアから受け取って、店主に支払う。確かに、と店主が小さく呟く。


「他にも見てったら?」


 結局、他の魔術も魅力的なものは多かったものの、価格がやたら高いことと、王国にある魔術とそこまで差がないことがわかっただけであった。そのため、結局数十分ほど物色して購入に至ったのは転移の魔術だけだった。


 ありがとねー、と笑顔で手をふる店主に一礼をしてから魔術屋を後にする。


 一行はその後、市場をもう一度ぶらぶらする。やはり値段が高すぎる。珍しい品々に目移りはするが、こんなものをいくつも買っていたら金がいくらあっても足りないのだ。冷やかすだけ冷やかして、彼らは宿に戻ったのだった。


 宿に戻り、真っ先にやったことは、杖に転移の魔術を記憶させることだ。ロビンとカーミラが杖の上に羊皮紙を起き、マナを流す。羊皮紙がぼうっと音を立てて燃え、杖に術式が記憶される。


「アラスタシア。これ、分かってますよね」


「あぁ、分かっている。新型の転移の魔術が市場に出回っているということは、転移の魔術の研究は我々の予想以上に進んでいる、ということだな?」


「そうです。時間が無いかもしれません」





 夜、三人は酒場に向かった。街で一番大きな酒場だ。酒場には様々な人間が集まる。行商人や街に根ざした商人。街の住人に、観光客、旅人。そして、街の衛士。


 都合が良く、店のど真ん中にある丸テーブルが空いており、アレクシアが素早くそこに座り込み、ロビンとカーミラが後に続く。店員が新しい客が来たことをいち早く気づき、注文を取りにこちらへ近づいてくる。


「見たところ、帝国民じゃないな。王国からの観光かい?」


 店員が気さくに話しかける。王国の身分なんて帝国においては関係がないし、その気さくさにわざわざめくらじらを立てる三人でもなかった。


「あぁ。帝国には珍しい品が沢山あると聞いてな」


「それで山越えか。大変だったろう。おっと、注文を聞こうか」


「エールを三人分。それに、ソーセージの盛り合わせと、スペアリブの煮込み。適当なサラダをくれ。取り分ける皿も忘れずに頼む」


 アレクシアが店員と雑談しながら、注文をし、店員が大声で注文された品の名前を叫ぶ。厨房から「あいよー」と大きな返事が聞こえ、店員が「ごゆっくり」と言いながら、去っていく。


 店員が遠くまで行ったことを確認してから、アレクシアが身を乗り出してロビンに耳打ちをする。


「耳の強化をしろ。集中して、周りの情報を一つ残らず聞き逃さないように」


「はい」


 ロビンは言われたとおりに、耳の強化を行う。マナが耳に浸透し、周囲の雑談や、雑音が詳細に聞こえてくる。頭が痛くなり、今すぐにでも強化を解きたい気持ちに駆られるが、理性で必死に抑え込んだ。


 店員が「おまっとさん」と言いながら、エールをテーブルに乱暴に置く。いや、決して乱暴では無かったのかもしれない。だが、強化されたロビンの耳には、その音がまるで頭が破裂するような衝撃をもって響いた。うわ、と思いながらも、置かれたエールの一つを煽り、気分を落ち着ける。


 聞くべきは、店中の客の会話だ。一言一句漏らさないように。情報を取捨選択しながら。


 荒い話し方の親父の声が聞こえる。帝都からの武器防具の注文が増えており、キャパオーバーだと愚痴っている。帝国は武器防具を集めている。その事がわかる。


 次に、魔術杖の注文が殺到していると、店の隅に座っている女性が話している。こちらは儲かって儲かって、仕方ないと笑いながら話している。


 転移の魔術について話す集団も居た。時代は変わった。ここまで便利になるなんて、帝国万歳、と乾杯し、酒を煽る。グビグビという喉が鳴る音が、耳にうるさい。


 不意に、妙に硬い喋り方をする男の話し声が聞こえてきた。


「これから、戦争になるらしい」


「ほう、もう北側はすっかり帝国の領土ではないか。どこを攻める?」


「あまり大きな声じゃ言えないのだがな。連合王国らしい」


「メガラヴォウナを雪中行軍するのか!? 皇帝は正気なのか!?」


「うむ。何か画期的な案を思いついたのか、それとも物量に任せて死者覚悟で山を超えるのか。そこまでは私も知らん」


「勘弁してほしいものだな。死ぬのは我々だというのに」


「そうだ。魔術も使えない兵士から真っ先に死んでいく。私も魔術の素養はないからな。命がけだ」


「時期は?」


「早ければ一ヶ月後とも言われているらしい。私の隊にも辞令が降りた。時期は未定。だが、戦の準備をすすめるように、と」


「こっちの隊には何も来てないな。街の守りも必要だ、ということか」


 どうやら、この街の衛士隊、その中でも偉い方の人間のようだ。アレクシアがエールを飲みながらニヤリと笑う。


「ローウィン。強化はもう解いていい。これ以上の情報は出ないだろう」


「はい」


 ロビンは耳の強化を解いた。そのタイミングで店員が料理を運んできた。カーミラが大皿に乗ったサラダを取り分ける。


「私も多分同じ話を聞いてたと思うわ。集中すれば、結構聞こえるものね」


 吸血鬼としての力なのだろう。カーミラも五感を鋭くすることができるのであった。


「うむ。有用な情報は得た。料理に舌鼓を打ってから、宿に帰ろう」






 宿に帰った三人は、早速エライザに向けて手紙をしたためた。転移の魔術のこと。帝都からの武器防具の注文が増えていること。そして、決定的な「早くて一ヶ月後に攻めてくる」、という話を聞いたこと。アレクシアが乱暴にペンを走らせ、それをロビンとカーミラの二人が覗き込む。大凡、各々が聞いた話と合致している。


 その書き終えた手紙を、暗号表通りに暗号化し、新たな手紙をしたためる。暗号表が無ければ、余程のことが無い限り、手紙の中身を見られても何が書いてあるのかわからない。


 書き終わった手紙に、転移魔術の羊皮紙を添えて、ロビンが配達の魔術でエライザに送る。配達の魔術は国家間の移動にも耐えられる素晴らしい魔術である。上空を猛スピードで飛んでいくため、帝国の魔術師が止めようとしても無駄である。手紙は確実に届く。それに国際的な条約として、配達の魔術による手紙のやり取りを妨害してはならないことになっている。


 とはいえ、帝国も決して馬鹿ではない。帝国の国境には、手紙の内容を察知する大規模な魔術結界が張られている。そのまま手紙を送れば、その内容からすぐに何を探っているのか足がつく。だが、そのための暗号化だ。


 カーミラが平文で書かれた手紙を用済みだとばかりに発火の魔術で燃やす。


「あまり、時間がないみたいね」


「あぁ。早くて一ヶ月後か。予定を一日前倒して、明日には帝都に向かう。今日はもう寝るぞ」


 想像以上に差し迫った状況であることに危機感を感じ、三人は明かりを消して、眠りにつくのであった。

帝国で初めて訪れた街での情報収集の回でした。

アレクシアがやっぱり脳筋です。脳筋なので、交渉術も脳筋です。ですが、経験豊富ではあるので商人達が嘘を言っているのか、真実を言っているのかは理解しています。他のやり方がまだるっこしくて嫌いなだけです。やっぱり脳筋。


情報を得て、予定を前倒しして帝都に向かうことになりました。

次回は、帝国側の動きについてのお話になります。


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