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第一話:帝国の活気

「へぇ、レイナール連合王国から観光か。おっと、一応規則なんでな。荷物とかはチェックさせてくれよ」


 検問兵が、王家発行の旅券を検めた後、入国の目的を聞いてきた。無難に観光、とだけ答えると、その後は荷物の検査である。武器は持ち込むことが許されている。帝国のありとあらゆる場所に出現する魔獣と戦うためだ。また同様の理由で杖も問題はない。検査にあたって持ち込みが禁止されているのは、違法薬物や、あまりにも大量の高価過ぎる品等である。目的が商売であれば、免除される物品も勿論あるが、それは登録され、出国の際にどれだけ売れたかを確認されて税を取られる。


「ふむ。魔術師二人、いや、そっちのあんたも魔術師だな」


「何故、魔術が使えない貴君が、我々を魔術師だと?」


 アレクシアが検問兵に問いかける。何のことはない、雑談の範囲の話だ。


「あの山越えてくるのは、殆どが魔術師だろ? 若い学生に守られてるだけの存在には見えないしな」


「ふむ。なるほど。正解だ。私は杖は使わないがな」


「杖を使わない魔術師もいるんだなぁ。……はい、荷物の検査は終わったよ。ようこそ、ギルムンド帝国へ。観光をじっくり楽しんでくれ」


 検問兵は旅券に帝国の判を押して、ニッコリと三人を歓迎する。その言葉に、茶色のロングヘア(・・・・・・・・)を靡かせ、カーミラが金色の瞳を細め笑う。


「えぇ、お勤めご苦労さまです。まずは、ペルモンテに行こうと思ってるの」


「まぁ、そうだろうな。山沿いの宿場街だけど、それなりに栄えてる。帝国は初めてかい?」


「えぇ」


「なら驚くかもな。王国から来た君達には珍しいだろうものが沢山売ってるよ」


「それは楽しみね」


「あぁ、楽しんで。おっと、忘れてた。最後にこの紙に名前を書いてくれるかい?」


 検問兵が分厚い記入帳を取り出し、ボロボロの机の上にドサリと置く。パラパラめくっては、まっさらなのページを開き指差した。


 三人はそれぞれ、「レイミア」、「ローウィン」、「アラスタシア」と名前を書いた。旅券にも同様に、そう名前が書いてある。


「レイミアとローウィンとアラスタシア、か。身なりから貴族かと思ってたけど貴族じゃないのか」


「色々あってね。三人とも元貴族なんだ。爵位は捨てたんだよ」


 ローウィン(・・・・・)があまり聞かないで欲しそうな顔をして告げる。


「……あぁ、そうか。悪いこと聞いたな。じゃあ、改めて、ギルムンド帝国へようこそ」


 三人は検問所を後にし、ペルモンテの街へと続く街道を歩いていった。


「しかし、奇妙な三人組だったなぁ。書類に不備は無いし、一人一人には怪しさなんてない。でもあんな若い二人のカップルと、妙齢の女が三人で旅なんてするか?」


 脇に座っていたもう一人の検問兵が、三人の対応を行っていた兵に聞く。


「爵位を捨てたって言ってただろ? きっと親がなんかしでかしたに違いない。血の繋がりがあるようには見えなかったし、連座で処分された貴族の子供ってとこだろ。一緒に処分されたから、あぁやって身を寄せ合って生きてるんじゃねぇのか?」


「まぁ、そう言われりゃ想像はつくな。でも何だってこの時期に観光を?」


「観光ってのは口実で、王国から逃げてきたんじゃないか? 無期限の旅券は珍しい。王家からもお目溢しされてるってことさ」


「つまり、亡命……?」


「いや、そこまで深刻そうじゃなかった。多分、王国がそれなりに落ち着くまで、って感じだろう」


「へえぇ。若い身空で苦労してんだなぁ」


 二人が雑談がてら、今対応した三人について色々想像をふくらませる。特に意味はない。国境検問所は有事の際以外は基本的に暇である。こうした会話も、彼らの暇つぶしの一環、それだけのことであるのだ。






 街道を歩く。検問所が遥か遠くになったのを確認して、茶髪の少女が、ぷはぁっと息を吐く。


「あー! ドキドキした! 偽名も、あんな真面目な顔で嘘ついたのも初めて」


「ドキドキしてるようには見えなかったけど、カーミラ」


「あら、ロビン。駄目よ。私はここではレイミア(・・・・)


「それを言うなら君だって。僕はローウィン(・・・・・)だよ。ですよね、ロドリゲ……ちがった、アラスタシア(・・・・・・)


「あぁ。偽名に慣れておくことは重要だ。普段からその名前で呼び合うようにしたほうがいいだろう。ジギルヴィッツ、ウィンチェスター……いや、レイミア(・・・・)ローウィン(・・・・・)


 アレクシアも思わず本当の名前を言ってしまう。ロビンはその顔に、やってしまった、という色が見えて、カーミラと顔を見合わせてクスリと笑った。


「でも、結構歩きますね。街、まだまだ遠いですよ」


 辺りは薄暗く、もうすぐすっかり日が落ちてしまいそうな空模様だ。夕日が沈み終わって、約三十分というところだろう。


「では、走るか?」


「いや、クタクタです」


「だろうな。まぁ一時間歩けば着く。そこまで遠くない」


「一時間ですか」


 このクタクタの身体で一時間も歩かないといけないのか、とロビンは少しだけ嫌な顔をする。


「ここまでくれば、もうすぐそこだ。あまりそんな嫌な顔をするな」


 アレクシアが、珍しく苦笑いを浮かべる。カーミラが帝国の街道をぼうっと見ながら、王国とは全然ちがうわねぇ、とひとりごちる。


「王国はレンガ造り。帝国は石畳だからな。王国の方が街道に金をかけているとも言えよう。だが王国よりも帝国の方が街道が多い」


「帝国は街道が多いんですか」


「あぁ。侵略した国々を効率良く統治するために、街道の整備が必要だった、と聞いている。内戦が起こった時、まずすぐに駆けつけることができる。次に、侵略された国の民草としては、街道が作られることで、帝国に少なからず感謝するようになる。帝国が行ったのは草木一本も生えない侵略行為ではなく、統治、統合のための侵略だ」


「へぇ、さすがにお詳しいですね」


「師に習った。人は魔術だけに生きるにあらず、と耳にタコができるほど言われたものだ」


「アラスタシアのお師匠ですか。僕にとっては大師匠様になるんですかね? 会ってみたいです」


 ロビンがニコリと笑う。どう教育すればこの鬼教官のようになるのだろう、と自然と興味が湧いたのである。


「もういない。死んだ」


「あ、それは……嫌なこと聞いて申し訳ありませんでした」


「いや、別に悲惨な死に方をしたわけではない。寿命だ。死に目には会えなかったがな。五年前だったか、家族に看取られて大往生だそうだ」


 ロビンは、今はもう亡きアレクシアの師匠に思いを馳せる。あぁ、名も知らない大師匠様、貴方のおかげで僕はゲロまみれになりながらの毎日を過ごしました。そう思ってから、なんだかおかしくなって笑いそうになる。実際には笑わなかったが。


 三人はそんなふうに雑談をしながら、偽名に慣れながら、疲れ切った足取りで歩を進めるのだった。


 一時間が経ち、ようやくペルモンテにたどり着く。王国からの旅行者だ。ここでも検問を受ける。旅券を提示し、名前を書き、荷物を検査された。十五分ほど拘束された後、ようやく街の中へ入ることができた。もうすっかり夜である。


「まずは宿だな。この街のど真ん中に丁度いい宿がある。そこを拠点にするぞ」


「拠点? 明日には出ていくんじゃないの?」


「いや、そんなせかせかすることもあるまい。正直言って山越えは私も疲れた。三日ほどここで休息を取る。……三日で十分か?」


 疑問を述べたカーミラに、アレクシアが答え、そして確認する。三日というのは山越えの休息としては短い。通常一週間ぐらいはだらだらとしたいものである。


「いや、私に聞かれても。ロビ、じゃなくて、ローウィンはどうなの?」


 やっぱり偽名はまだ慣れない。どうしても、本名を言ってしまいそうになる。


「僕は大丈夫だよ。三日あれば十分」


「それでこそ、我が弟子だ」


 アレクシアが無表情のまま、声色だけは誇らしげにロビンを褒める。いやいや、そんなことありませんって、とロビンが照れ始める。何やら、奇妙な師弟の絆を見せつけられたカーミラがむすりとした顔をした。


「なによぉ。私は仲間はずれ?」


「何意味分かんないこと言ってるのさ」


 白銀。いや、今は茶髪の少女だが。彼女が抱いた感情、それは嫉妬。ロビンに対する恋心を自覚し、あろうことか勢いとは言えキスまでしてしまった彼女からすれば、ロビンとアレクシアが仲よさげにしているのはあまり良い気がしない。


「あ、こんな時間にお店がやってるね」


 そんなこんなしているうちに、市場へ出たらしい。らっしゃい、らっしゃい! と、商人達が声を上げる。王国のコンタストヴォンノとは大違いだ。


「帝国は封建制を敷いていない。全てが皇帝の土地だ。侵略した多くの民族を皇帝の権力一つでまとめ上げている」


 アレクシアが活気のある市場を見回す。


「この街は、もともと王国との貿易のために、先代皇帝の一声で、多くの民族の特産品やらなにやらを集めに集めた街だった。色んな売り物が集まる。次第に帝国の全土からも商人やら、珍しい物見たさの観光客が集まるようになった。それに比例して増々物珍しいものが集まる。今では宿場町でありながらも、帝国でも随一の商業街だ」


 カーミラが王国では殆ど見ることのない珍しい品々を見て、わぁ、と声を上げる。どうでもいいけどカーミラは僕らが帝国に来た目的、ちゃんと覚えてるのかな、とロビンは思った。


「観光は明日でもできる。宿屋に行くぞ。レイミア! その露天商はボッタクリだ! あまり近づくな! 根こそぎむしられるぞ!」


 カーミラがふらふらと露天商に近づいていくのを見咎めて、アレクシアが叫ぶ。ボッタクリと言われた商人は、じろりとアレクシアを睨みつけるが、苛烈そうなその風貌を確かめて、明らかに喧嘩を売る相手ではないということに気づき、そっと目をそらす。


「ごめんなさい、アラスタシア。だって、珍しい物が多すぎるんだもの」


「気持ちはわかるが、今は休むのが先だ。それに、帝国の商人は商魂たくましい。王国と違ってな。油断すると尻の毛まで抜かれるぞ」


「尻の毛まで……って。私のお尻に毛なんて生えてないわよ!」


「モノの例えだ。行くぞ」


 アレクシアが、カーミラの腕を引っ張って、足早に歩き出す。その間も、「王国からの観光客だよな! なんか見ていかないか」だとか、「安いよ安いよ!」だとか、商人がひっきりなしに声をかけてきた。アレクシアの言った、商魂たくましい、という言葉の意味がロビンはなんとなく理解できた。


「市場には一人で行かないことだ。金がいくらあっても足りない」


「えぇ? 見るだけなら良いでしょ?」


「見るだけならな。だが、奴らは商人だ。いつの間にか買うことになっているぞ」


「それ、怖いですね。どうすれば、そうなるんですか?」


 ロビンが少しだけ顔を青くする。見ているだけのつもりだったのに、いつの間にか商品を買うことになっているなんて、悪夢以外の何物でもない。


「帝国の商人どもは、人の心に付け入るのがうまい。言葉巧みに人間の購買欲を突く術を知っているんだ。そうしないと奴らは生きていけないからな」


「はぁ。とにかく怖いですね。レイミア。買い物はアラスタシアと一緒に行こう。そうしよう」


「うーん。ちょっと残念だけど、まぁ仕方ないわね」


 そんなことを話している間に、目的の宿屋にたどり着いた。アレクシアが宿屋のドアを開けながら、ロビンとカーミラの方を振り向かずに言う。


「宿屋も立派な商売で、商人だ。我々の風貌から王国民であることは一目瞭然。ぼったくってくる。とりあえず私に任せろ」


 ずかずかとカウンターへ向かい、アレクシアがドンとカウンターに拳を叩きつける。カウンターの奥に佇んでいた、でっぷりとした体型のひげをたくわえた男が、鋭い目でアレクシアを睨みつける。


「お泊りで?」


「あぁ。一泊いくらだ?」


「一泊五百ダラスでさぁ」


「貴様、私を王国民だと思って舐めているな? 相場を知らないと思うなよ。言っておくが私の生まれは帝国だ。一泊百ダラス。それ以上は出さん」


「……二百ダラスだ。それ以上は負けらんねぇ」


「貴様、命が惜しくないと見える。百五十ダラス」


「百八十」


「……良いだろう。百八十ダラスだな。王国の通貨でいいか?」


「はぁ? ここは両替所は兼ねてねぇよ。ダラスを用意してからまた来な」


「分かった、二百ダラスだ。その分の王国貨幣で払う。どうだ?」


「……部屋は二階だ。奥から三番目の部屋。言っておくが一部屋だ。他の部屋は埋まってる。王国金貨で払えるのは今日だけ。明日からはダラスを用意してきな」


「十分だ。行くぞ」


 ロビンとカーミラは、アレクシアと宿屋の店主とのやり取りに全くついていけてなかった。目を白黒させながら、ただただその行く末を見守るだけ、それだけだった。アレクシアの言葉に、はぁい、と返事をして、その背中を追いかける。


 階段を登りながら、ロビンがアレクシアに声をかけた。


「……帝国の商売人ってあんなのばっかりなんですか?」


「そうだな。まだマシな方だ」


 うわぁ、とロビンが嫌そうな顔をする。毎度宿を取る度に値下げ交渉をしなければならないなんて、面倒くさいことこの上ない。


「大丈夫だ。そのへんの煩わしいことは全部私がやる。二人はただ突っ立っているだけで良い。変に首を突っ込まれると、逆に困る」


「はぁ」


 店主に指定された、二階の奥から三番目の部屋。その扉を開け、三人は中に入る。店主の態度については色々と物申したくなるところもあるが、部屋自体は立派な部屋であった。ベッドも大きい、清潔で、部屋の広さも中々のものだ。


 三人は背負っていた大きいリュックを下ろし、思い思いに椅子に腰掛けたり、ソファーに寝そべったりした。山越えがあまりにもきつすぎたのだ。


「二百ダラスって、クラムでいうといくらぐらいなんですか?」


 ふと、ロビンが気になって、アレクシアに問いかける。


「今の為替レートだと……四百クラム程度だな」


「四百クラム。ってことは最初に吹っかけられたのは千クラムぐらいってことですか?」


「あぁ、そうなる」


 王国の比較的中流階級の平民が一日に一人あたり消費する金額は二十クラム程度である。一泊千クラムの宿が如何に法外な価格かが、ロビンはすぐに気づいた。王都の宿屋は最高級のもので、二千クラム、最高級ではないが貴族向けの宿屋が千クラム。この宿屋は王国の貴族向けの宿と比べると流石に大きく見劣りがする。平民の中流階級よりちょっと下の者たち向け程度の品質だ。王国での相場であれば、三百クラム程度が妥当ではないだろうか。


「帝国は常に魔獣の危険にさらされている分、物価が高い。商人達も、ああやってぼったくらなければ生きていけない」


「なんというか、世知辛いですねぇ」


「しょうがない。だが、騙される馬鹿がいて彼らの生活が成り立っているのも事実だ」


 アレクシアが、防寒着を脱ぎ、コートハンガーにそれを掛けながら、ロビンの問いに答える。答えたあとで、ふう、と一息つくと、ロビンとカーミラを見遣った。


「今日は一息つく。三日ほどこの街で情報収集をする。昼は観光しながら英気を養うが良い。夜は酒場だ。酔いつぶれない程度に飲みながら、酒場の連中の話を盗み聞きする。いいな」


 ロビンとカーミラは、その言葉に首をただ縦に振ることで返答した。

帝国は侵略国家ながら、アメとムチを使い分け、多民族からの支持を集めることで隆盛を極めている国です。

そして、商人の国でもあります。ボッタクリ商人がそこかしこにいます。おぉ怖い怖い。

ただ、ぼったくる理由も勿論あります。帝国は野獣がそこかしこにいて、王国と違い旅というものが命がけになります。ではどうするかと言うと、用心棒を雇います。

そんなこんなで物流コストが上がるため、必然的に商品の値段も上がるのです。


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