第十五話:コンタストヴォンノにて
「うにゅー。なんなのよう、この天気はぁ」
カーミラが宿屋の一階、食堂でもある共用フロアのテーブルに突っ伏しながら愚痴る。ロビンは可愛らしいその声を聞いて苦笑いし、アレクシアはいつもどおり無表情である。
「しかたあるまい。天気に関しては我々にもどうにもできない」
今日はもう山へは入れない。山の天気が悪すぎるのである。というか山の天気によって一週間この宿屋に足止めされている。
「わかってるわよぉー。でもさぁ。暇」
カーミラが暇そうにワイングラスを煽りながら、心底暇そうな声色で呟く。その様子にロビンが思わずプッと吹き出し、白銀の少女がじろりと睨んだ。
「ま、今は待つしか無いよ」
一行は、一ヶ月かけて無事、王国領土の北端、コンタストヴォンノの街までやってきていた。道中は驚くほどに順調であった。馬を走らせ、そしてその横をアレクシアが走る。野獣に魔獣にも遭遇せず、野盗の類にも遭遇しなかった。
学院から一週間かけてヴォレイアトゥヴァシラの街に到着し、中流階級向けの宿屋で一泊し、不足している食料等や消耗品などを買い足した。
その後、ヴォレイアトゥヴァシラの街から一週間かけて、王国直轄領とキューベスト領の境目にたどり着いた。領同士の境界であるため、関所を通らなければいけない。王国直轄領を超えてキューベスト領に向かう学生と教師という、奇妙な一向に役人がいぶかしんだが、そこはそれ、エライザから譲り受けた書簡の一つを見せて黙らせた。
王家の書簡は、王国の中のどこにいても有効なものだ。王家の権力がそれだけ強い、そういうことである。
そして、その後二週間程かけて、コンタストヴォンノの街まで一行はやってきたのであった。目的地直前で食料が尽きかけるという小さなトラブルもあったが、そこはそれ、旅慣れしているアレクシアが手早く獣を狩り、事なきを得た。
この街にたどり着いた時、あいにく山の頂上は雲に覆われていた。山を覆う雲の中は恐ろしい。恐らくその中に一度入れば、冷たい雪がバシバシと風によって体にぶち当たり、視界はホワイトアウト、そしてまたたく間に自分たちの居場所を見失い遭難することになってしまうだろう。
一行は、コンタストヴォンノの中でもやはり中流階級向けの宿屋に拠点を据え、山の天気の回復を待つことにした。ロビン達素人の目に見ても山の天気が荒れていることが自明だったのだ。
コンタストヴォンノは、山越えをする者たちの宿場街である。宿屋の主人は、山の天気に詳しかった。主人は「今日は山には行けねぇって、嬢ちゃん達にもわかったろ? おとなしく休んでくことだな」と、ロビンらに話しかけながら、部屋まで案内したものだった。平民の言葉遣いは基本的に汚い。敬語? なにそれ、といった状態である。だが、それを咎める貴族思想に染まった者は三人の中には誰もいなかった。
二日目、山の天気が回復したように見えた。しかし、宿屋の主人の回答はノーだった。なんだか信用出来ない気もするが、専門家の意見に従いましょうと、宿屋でもう一泊することに決め、ぼうっと過ごしていると、昼過ぎぐらいから山に雲がかかり始めた。宿屋の主人が、食堂の机に座って暇そうにぼけっしている一行に向けて「言ったろ? 山の天気は変わりやすいんだよ」と言った。
三日目も四日目も五日目も六日目も同じだった。朝は良さそうに見えるものの、宿屋の主人は山に入ってはいけない、とそう言うのである。結果は宿屋の主人の言うとおりであった。
そして七日目、先程のカーミラの台詞へと繋がる。
すっかり顔なじみになってしまった宿屋の主人が、一行に声をかける。
「よう、嬢ちゃん達。なんか、帝国の商人とやらが来てるみたいだぞ。面白いものが見れるかもな」
帝国の商人。帝国の情報を教えてくれるかもしれない。その言葉に真っ先に立ち上がったのはアレクシアだった。カーミラにエライザから貰った金貨を両手で一掴みできるだけ分けてもらうと、宿屋の主人に商人が今どこにいるのかを手短に尋ね、そして宿屋から出ていった。
当然、暇を持て余しているカーミラやロビンもついていこうとしたが、「子供がいては舐められる」と、行って固く動向を拒んだ。
「暇ねぇ」
「暇だねぇ」
お金に余裕はある。この宿屋で三人が一年寝て暮らせる程の金貨をエライザはカーミラに渡していた。しかし、兎にも角にもやることがない。
「暇ねぇ」
「暇だねぇ」
ワインをちびちびと飲みながら、二人は本日何度目になるかもわからない「暇」という単語を呟きあうのであった。
商人の居所はすぐにわかった。コンタストヴォンノの中央に位置する大きな広場。そこで出店をやっているらしい。コンタストヴォンノの人間とはいえ、帝国に直接行ったことのある人間は少ない。そびえ立つ山脈が邪魔をして、王国と帝国、両国の人の行き来は非常に限られていた。
そのなかで現れた帝国の商人である。帝国の珍しい品々に、街の人々が人だかりを作っていた。アレクシアはその人だかりをかき分けて、商人に話しかける。
「おい、帝国からきた商人だと聞いたが本当か?」
「えぇ、お初にお目にかかります。ジャレッドと申します。美しいご婦人の名前をお伺いしてもよろしいですかな?」
恰幅の良い髭を蓄えた商人が、アレクシアを頭の上から足の先まで値踏みするように見遣りながらそう言った。
「アレクシア・ロドリゲスという」
「王国の貴族様でしたか。とんだご失礼を」
「いや、礼儀などは不要だ。領地も持っていない。お飾りの家名だ」
「して、そのロドリゲス様が私に一体何の御用で?」
唇だけを歪ませて笑うジャレッドが、アレクシアに問いかける。商人という人種はともすれば厄介だ。奴らは利に聡く、金を求める。だが、金さえあれば何でも言うことを聞く、そういう人種でもあった。
アレクシアがカーミラから譲り受けた金貨をちらつかせる。
「まず、貴様はどうやってこの街まで来た。山の天気はこの一週間荒れっぱなしだ。山越えをしてきたわけではあるまい?」
商人はアレクシアの持つ金貨の量に目の色を変える。良い金づるを見つけた、と判断したのだろう。
「私は平民ですが魔術師でございます。魔術が得意というわけでもないのですが、転移魔術だけには造詣がありまして。王国での免許も持っているのですよ」
「なるほどな。ジャレッドとやら。私は腹芸が得意ではないので率直に言う。私が欲しているのは情報だ」
「ふむ、情報、ですか」
「商人であれば、それも商売道具にするのであろう? 金に糸目はつけん。今夜、この街の一番大きな酒場まで来い」
アレクシアはそれだけ言うと、その切れ長の目で商人の顔をじっと見据えた。
「……承知いたしました。商売を終えましたら、向かわせていただきます」
その言葉に満足したアレクシアは、踵を返して宿屋の方へ歩き出した。ジャレッドは、良い金づるを見つけたことで、少しばかり興奮していた。あの大女は、商人のことを何も分かっちゃいない。上手くやれば大量に情報料をせしめることができそうだ。帝国商人はニヤリと笑った。
「あ、遅かったじゃない。ロドリゲス先生」
「ウィンチェスター、ジギルヴィッツ。まだここにいたのか」
ワインをちびちびとやりながらすっかり出来上がってしまっている二人をみて、アレクシアがため息を吐く。
「ロドリゲス先生も飲みなさいよぉ」
カーミラが酒精で顔を真っ赤にしながら、アレクシアにまとわりつく。空のワイングラスに赤ワインを注ぎ、無理やり彼女に押し付ける。
「よ、よせ。やめろ。私は酒は飲まないのだ」
「いいじゃないぃ、ちょっとだけよぉ」
ロビンはその様子を眺めながら、アルコールによって回転しない脳味噌を使って、あぁ、カーミラって酔うとこうなるんだなぁ、絡み酒だなあ、なんて思っていた。
「わ、わかった、ちょっとだけだぞ」
どうやらアレクシアが根負けしたらしい。酒に酔った輩は素面の人間からすると、とことん面倒くさいものである。カーミラに押し付けられたワイングラスに口をつけ、一気に煽る。少しだけ口の端から溢れた赤ワインを袖でぐいっ拭うと、「これで満足だな。私は部屋で休む。夜に用事があるものでな」と言って、自室へ戻っていってしまった。
「ロドリゲス先生が逃げたわ!」
「カーミラ。逃げたわけじゃないよ」
ロビンは酔ってはいるが、前後不覚になるほどではない。というか、カーミラが飲み過ぎなのである。
「ロービーンー。あんたは逃げないわよねぇ」
「はいはい、逃げませんよ」
どうやら、ロビンはこの少女にこれから全力で潰されてしまうようだ。そんな未来を予想しながら、ロビンのグラスに赤ワインを注ぐカーミラをぼんやりと見つめた。
日が暮れ、夜になった。ロビンとカーミラはワインの飲み過ぎで、早々に寝てしまった。
アレクシアはジャレッドに告げた通り、街で一番大きな酒場に向かう。酒場の扉を開けると、入り口からすぐに目に入るテーブル席、その一席にジャレッドが座ってワインを飲んでいた。
「すまない、待たせたな」
「いえ、私もいま来たところですよ」
嘘である。そんなことは食事の進み具合とワインボトルの空き具合を見れば、アレクシアにもすぐにわかった。アレクシアはジャレッドに向かい合うように椅子に腰掛け、店員を呼び軽食とグラスワインを頼む。
「王国のワインは美味ですな。帝国とは違う」
「王国の主要産業の一つだからな。私も帝国から王国に渡ったときには驚いたものだ」
「……ロドリゲス様は帝国の出身でございますか。何故、王国の貴族に?」
「詮索は無用だ。商人は商人らしく、金のことだけを考えていれば良い」
アレクシアが研ぎ澄まされたナイフのような切れ長の目を細めて、ジャレッドを睨みつける。
「あぁ、これは失礼。少し酒に酔ってしまったようです」
これも嘘だ。この男。酒になど全然酔っていない。アレクシアの情報を引き出して、どれだけ金を搾り取れるのかを値踏みしているのだ。
アレクシアは少し強めにテーブルに拳を叩きつける。何事か、と周囲の客が二人を見遣るが、アレクシアが鋭い目つきで見回すと、我関せずを決め込み、それぞれの食事に戻った。
「いいか? 私から金を搾り取ろうなどとは考えぬことだ。商人の考え方は良く知っている。これでも帝国も王国も大陸の北から南まで殆どの地を巡った身だ。貴様の浅い考えなどすぐに見抜かれると思え。場合によっては……わかるな?」
アレクシアが右腕を強化して、ワイングラスを握りつぶす。大きな酒場とは言え大衆酒場だ。ワイングラスはそこまで高級な作りではない。つまりそれはある程度の厚みを持ったグラスである――貴族が使うような高級なワイングラスは薄く口当たりの良いものである――。そのグラスを握りつぶしたのだ。粉々になったグラスが地面に落ち、ワインがぽたりぽたりとアレクシアの右手から落ちる。
店員が割れたグラスを確認して、「すぐに新しい物を持ってきます」と、気を利かせたことを言う。しかし、なんであの丈夫なワイングラスが割れたのだろう、と首を傾げるが、元々罅でも入っていたのだろう、と店員は一人で納得した。
「世間知らずの貴族のお嬢様というわけでも、戦うことしか能の無い低知能な人間、というわけでもない、と。そういうことですね。そして、ロドリゲス様を謀るような真似をしたら、私がそのグラスのように、と」
ジャレッドの目つきが変わる。これは真剣に商売をしようと考えた商人の目である。アレクシアに対する評価を改めたのであった。
「わかっているじゃないか。賢い人間は嫌いではない」
「それで? 私から聞きたい情報とは? 流石にそれを教えてもらえないと見積もれませんよ?」
情報も商材です、とニコリと笑うジャレッドに、アレクシアは頬を釣り上げて笑い返す。
「帝国の今の動向。その全てだ」
ジャレッドとの会合を終えて、アレクシアは宿に戻っていた。金は取られたが、それでもまずまずの収穫であった。商人は国に帰属しない。彼らが帰属するのは「金」そのものである。そのため、重要な情報であっても金さえ払えばいくらでも答える。
重要な情報は幾つか買うことが出来た。一つ。帝国が各地から兵を集めているということだ。貴族たちの私兵、町民、村民からの志願兵。そして、農奴の徴兵。農奴の所有者としてはたまったものではないだろうが、皇帝の権力が絶対である帝国では、その命に従わないものは文字通り切って捨てられる。
二つ目、それは帝国での異常なまでの魔術開発の発展具合だ。アレクシアが王国に来たのはおよそ五年ほど前。帝国の様子を聞くに、五年前とは比べ物にならないほど便利な魔術が次々と生み出されているとのことである。
市井に出回る魔術はすでに研究され尽くした魔術である。研究に研究を重ね、そしてその成果が出て、無用になったため、市井に出ても問題がなさそうなアウトプットのみを市場に流す。帝国の魔術研究とはそういうものであり、そのことは元帝国民であるアレクシアにも良く分かっていた。
その他にも数々の有用な情報を得ることができた。近年帝国に出現が確認された魔獣の話。帝国の今の主産業の話。数を挙げれば暇がない。
カーミラから貰った金貨が殆どなくなってしまったことは少しばかり残念だが、それに見合う報酬を得ることができた。ジャレッドとか言った、あの商人。嘘を言っているようには見えなかった。虚偽の情報を流す、というのは商人がやる一般的な行動だ。だが、最初のアレクシアの脅しが効いたのか、彼は金に見合うだけの真実の情報、全てを話すことに決めたらしい。
エライザの言葉が蘇る。
――遅くて一、二年後。早ければ数カ月後にも戦争になります。――
帝国が兵を集めている。その事実が、エライザの突拍子もないその言葉の裏付けとなっているような気がしてならない。
この旅の最終目的地は帝都。その中にある国立魔術研究所である。兵が集められている、ということは戦争の準備を始めているということだ。帝都の警備は厳重に違いない。そもそも、帝都は限られた帝国の民しかその中に入ることができない。侵略と融和を繰り返してきた帝国の、浅からぬ知恵そのものである。
アレクシアは自分でも知らないうちに小さなため息を吐いた。これからの旅路を思うと、どうにも気が重くなるのであった。
山脈の前で天気のせいで足止めを喰らいました。
カーミラはお酒にめちゃくちゃ強いですが、その分飲む量もものすごいです。
吸血鬼って酒に酔うのかな? 深いことはあまり考えていません。
アレクシアの交渉術は、結局脳筋、その一言につきますね。
ただ、経験豊富な彼女は、相手が嘘を言っているのか、自分を謀っているのか、それぐらいは顔を見ればすぐにわかります。
わぁ、アレクシアさん、チート人間! 脳筋! 筋肉ダルマ!
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