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第十話:怪物との戦い

 三人纏めて走りだす。常人では考えられないスピードで。ロビンは炎の渦の中にいながら、その熱さを大して感じていないことに、筋力強化の凄さを改めて思い知る。とは言え、頭は強化していないため顔に少々のやけどを負った。だが、ちょっと熱くて、痛いくらいだ。マナで守られた筋肉は、彼の重要な臓器を確りと守っていた。


 炎の渦の中から抜け出した三人は、ワイトに肉薄する。カーミラは爪で、アレクシアとロビンはそれぞれ右腕を振りかぶって、怪物を攻撃した。


 カーミラの爪は、ワイトが着ていたローブを切り裂き、その奥の肋骨の数本を切断することに成功してた。


 アレクシアは頭を、ロビンは胸を右の拳で打擲した。骨はあっさりと砕け、ロビンがその手応えに少しばかり拍子抜けする。


「ワイトは幾度も砕かないと死なない! ウィンチェスター、ジギルヴィッツ! 攻撃の手を緩めるな!」


 砕け散った骨が、切断された骨が、ゆっくりと浮き上がりもとに戻る。うわぁ、つまり不死身ってこと? ロビンはその光景にちょっとだけ嫌気がさした。


 後ろでは未だ炎の渦が高く高く燃え盛っている。まずい、炎は空気を食う。このままでは三人とも酸欠になってしまう。ロビンはいつかアレクシアが言った「怪物との戦いは短期決戦」という言葉を思い出した。筋力強化に使うマナを多くする。


 未だに、矮小な人間をあざ笑うように歯をカタカタと鳴らしている怪物が、その莫大なマナを利用して、今度は部屋中に風の刃を巻き起こす。人間相手であれば、スペルキャンセラーでない限り次の攻撃の予測が立てられるが、魔法を使う怪物となると話は別だ。


 アレクシア程の筋力強化が出来ていないロビンの身体が、真空の刃によって僅かに切り裂かれる。ちょっとした痛みに、ロビンは顔をしかめる。


「ウィンチェスター、ジギルヴィッツ! 攻撃の魔法については気にする必要はない! 多少の怪我をするぐらいだが、貴様らにはどうでもいいはずだ! 幻術、魅了、その他の精神攻撃に気をつけろ!」


 そんなこと言っても、どう気をつければ良いのか、とんと検討もつかない。


「どうすればいいんですか!」


 部屋中を走り回りながら、ロビンがアレクシアに叫ぶ。


「ヤツの目を見るな!」


 目? あの骸骨に目なんてあったっけ? ロビンはそんなことを考え、思わずワイトの目を見てしまった。目の奥に青白い炎のようなものが揺らめいている。しまった、そう考えたときにはもう遅かった。


 視界が揺れる。意識が朦朧とする。なんで僕戦ってるんだっけ。誰と戦ってるんだっけ? あぁ、カーミラとロドリゲス先生を殺さないといけないんだった。


 明らかに挙動のおかしくなったロビンを見て、アレクシアが舌打ちをする。


「馬鹿者、目を直視したな! ジギルヴィッツ! 解呪の魔術を使え」


「わかったわ!」


 カーミラが杖を取り出し、一転してロビンのいる方向へ向かう。


 ロビンが、おぼつかない足取りで、カーミラの姿を捉えると、大きく右腕を振りかぶり、カーミラの腹を打擲した。


「ぐっ」


 カーミラが少しだけ後ずさり、腹の痛みに顔をしかめた。


「じゅ、じゅつしきてんか……」


 カーミラの腹部を打擲したロビンが、すぐさま二撃目を繰り出す。今度は左手。カーミラの胸を狙っている。彼女は長く伸ばした爪で、ロビンの拳を弾き返す。弾き返されると思っていなかったのか、ロビンは自身の両拳を生気のない目でぼうっと見つめていた。隙有りだ。


「術式展開! キーコード、解呪!」


 カーミラの杖から青白い光が飛び出し、ロビンを包み込む。本能的に、その青い光が今の自分の状態を変化させるものだと気づいたのか、ロビンはそれを手で振り払おうとする。だが無駄だ。解呪の魔術から逃れる方法はない。ロビンの目が次第にはっきりとしだす。


「か、カーミラ?」


「ロビン、大丈夫?」


「そ、そんなことより、僕カーミラを」


「話は後よ!」


 カーミラは、踵を返して再びワイトに肉薄する。右手、左手で何度も怪物を切り裂く。ローブがボロボロになり、無数の骨があたり一面にちらばる。


「ウィンチェスター! 正気に戻ったのなら、奴を打て!」


 アレクシアが大声を上げる。その声にはっとして、ロビンは切れてしまった筋力強化をかけ直し、ワイトに向かって駆けてゆく。


「えいや!」


 些か気の抜けるような掛け声を出しながら、ロビンの右手がワイトに突き刺さる。骨が砕け、粉々に飛びちる。今度は奴の目を見るようなヘマはしない。ロビンは骸骨の胴体をひたすら見つめることにした。


 アレクシアが凄まじい速度でワイトを連打する。もう、奴はボロボロだ。


 だが、その間にも地面に散らばった骨はゆっくりと浮き上がり、元に戻ろうとしている。こいつ、どうすれば倒せるんだ、とロビンは顔をしかめた。


 カーミラが前傾姿勢になると、背中からコウモリを彷彿とさせるような翼をはやした。あ、そんなこともできたんだ、とロビンは状況にそぐわない感想を抱く。


 翼をはためかせ、部屋の上空を猛スピードで行ったり着たりするカーミラは、ワイトの近くを通る度に、奴をめためたに切り裂いていく。


 骸骨もただやられているわけではなかった。魔法を使い、炎を出し、風を操り、水を操り攻撃する。時折、土を操って地面から防壁を出現させるが、そのいずれも出現した次の瞬間にアレクシアとロビンに破壊されていた。


「もう少しだ! 奴の回復力も無限ではない!」


 アレクシアの言葉に、むんっとやる気を出したロビンは、アレクシアがしたように、メチャクチャに拳を骸骨に突き立てる。


 カーミラが上空から、爪で頭蓋骨を削り取る。


 アレクシアがロビンとは逆側から拳を叩き込む。


 そして、ついに骸骨は動かなくなった。はぁ、はぁ、と肩で息をするロビンにバシンとアレクシアが背中を叩く。


「最初に魅了にかけられた以外は完璧だったぞ。だが、馬鹿者。目を見るなといったろう」


「お、思わずですね。そ、そうだ! カーミラ大丈夫? ごめん」


「まさか一番痛かったのがロビンのパンチだとは思わなかったわ」


 柳眉をきつく斜めにしながら、カーミラがロビンを睨みつける。


「ごめん」


 だが、ロビンのその言葉に、すぐに悪戯っ子みたいな笑顔を浮かべる。


「冗談よ、正気じゃなかったんでしょ?」


「うん」


「なら、こないだ助けに来てくれた時と相殺しておあいこね」


 白銀の少女は、いつの間にか翼も爪も元通りにし、瞳の色も生来の金色に戻っていた。


「一人だと苦戦するものだが、同じ筋力強化使いと、吸血鬼がいればこんなにあっさり倒せるものか」


 アレクシアが感慨深げにポツリと呟いた。


「ロドリゲス先生は、こいつと同じ奴と戦ったことがあるんですか?」


 ロビンがボロボロになった骨の残骸を指で差す。


「あぁ、一年前と、五年前に二度だ。どちらも苦戦した。五年前は私も魅了にかかってしまってな」


 あの時は大変だった、と遠い目をする。


「とにかく、任務は完了だ。あとは遺跡を出て帰るだけだ。帰るまでが遠足だ」


 「帰るまでが遠足」その言葉がアレクシアにあまりにそぐわなくて、二人は顔を見合わせてプッと吹き出すのだった。ロビンには、少しだけアレクシアの顔が恥ずかしさに赤らむのが分かった。






「あ、ロドリゲス先生、ロビン、カーミラ。怪物は倒したんですか?」


 扉を開けて戻ってきた三人にアリッサが声をかける。


「あぁ、意外とあっさりだった。ポーションも使わなかったな」


 おぉ、と一同が感嘆の声を上げる。


「怪物は結局何者だったんですか?」


 エイミーがアレクシアに問いかける。


「ソーサリーワイトだ。魔法を使う骸骨の化け物だな」


「ソーサリーワイト……」


 エイミーがなにそれ、という顔をしている。


「まさしく化け物じゃねぇか。よくそんなあっさりと倒せたな」


 グラムが驚きの声を上げ、ロビンの肩をバシバシと叩く。ソーサリーワイトがどれほど危険な存在なのかについて、グラムは知っていた。王国でも特定魔獣として登録されている。その危険性はヘルハウンドよりも上である。なんと言っても魔法を使うのだ。それだけで、他の魔獣とは一線を画する。


「殆どロドリゲス先生のおかげだよ」


 苦笑いを浮かべるロビン。そう言っておいた方が何かと都合がいい。


「そうよ、ロビンなんて、魅了にかかっちゃって私をぶん殴ったのよ」


 意地悪気な顔でニヤニヤ笑いながらカーミラがロビンをちらりと見る。


「ロービーンー! 女の子を殴るなんて最低だよ!」


 アリッサが目を三角にして、ロビンに詰め寄る。カーミラの言葉が真実なだけに、ロビンはたじたじになることしかできない。


「え、えっと、すみませんでした」


「よろしい」


 アリッサがニコリと笑って、皆無事で良かった、と言う。


「では、これより帰還する。遺跡の中にはゴブリンがまだいると思うが、指揮官を失った兵のようなものだ。大して苦戦はしないだろう」


 ソーサリーワイトはその魔法の力で、ゴブリンらに常に指示を出していたはずだ、とアレクシアが付け加える。確かに、襲ってきたゴブリンは何かに命令を受けているかのように的確な行動を取っていたような気もする。ロビンはゴブリン達の行動を思い返した。


 帰路はアレクシアの言う通り、凄まじく順調だった。指揮官を失ったゴブリン達はメチャクチャな行動を取る。数が多いことだけが厄介な奴らを屠るのは、存外容易だった。ゴブリンは次第に数を減らし、自分たちが対峙している相手がどうあがいてもかなわない相手であるということを認識すると、散り散りになって逃げていった。その逃げていったゴブリン共を、アレクシアが疾風迅雷という言葉がよく似合うスピードで、打ち殺していった。


 途中で寄り道をする。彼らは捕らえられた女性達を忘れてはいなかった。アレクシアが入り口を塞いだ部屋に戻り、悪臭を漂わせる体液をこびりつかせた女性たちの身体を、水を生み出して清め、静かに寝息を立てる彼女らを念動の魔術で外に運び出した。


 九人の女性を運ぶのは並大抵の労力ではなかったが、なんとか交代交代で最も近くに存在する集落まで運び込む。彼女らの中に、その集落の女性がいたらしく、住人らには大変感謝をされたが、カーミラはまだやるべきことが残っていることを忘れていなかった。


 女性ら一人一人に丁寧に精神治癒の魔術と忘却の魔術をかける。精神が癒やされても、辛い記憶が脳にこびりついている限り、彼女達の心は本当の意味で癒やされない。最後の一人に魔術をかけ終わると、集落の長らしき人物が、「払えるものがない、何を差し出せばよいのか」と尋ねてきた。カーミラは、何も支払う必要はない、この女性達をそれぞれの故郷に無事送り届けてやってくれ、と言うと、涙を流して感謝された。平民をここまで気遣う貴族など、集落に住む人間達は会った記憶が無かった。


 こうして、カーミラの聖女伝説が加速することになるのだが、本人はまだそれを知らない。あぁ、良いことをした、とお気楽に考えていただけであった。






 そして、一行はまた一週間かけて、学園まで帰還した。


「やぁっと着いた!」


 アリッサがうーんと伸びをして、深呼吸する。


「あぁ、アリッサ、最後に言っておくがな。もう念話の魔術で有無を言わさずつきあわされるのはごめんだぜ」


 グラムがじろりとアリッサを睨みつける。皆無事だからよかったものの、一歩間違えば、誰か死んでいたかもしれないのである。グラムの言葉ももっともだ。


「ごめんごめん、着いてきてくれた皆にはご希望の魔法薬を無料で差し上げます!」


 その言葉に、エイミーとヘイリーがわぁっと声を上げる。


「ホワイト様、美容に効く魔法薬は作れますか?」


「美容? 肌ツヤを良くしたり、脱毛したりとか? ヨユーヨユー。じゃあエイミーはそのへんね」


「アリッサ、傷んだ髪を修復する魔法薬はありますの?」


「それもヨユー、じゃあヘイリーはそれね。二人共半年分くらいでいい? 一年分とかでも良いよ」


 なんだか、女の子同士の会話だ。ロビンとグラムは呆れたように顔を見合わせた。


「グラムは? なんか欲しい魔法薬とかある?」


「筋力強化と同じ効果を出せる魔法薬ってあるか?」


 グラムは今回の怪物との戦いに参加できなかったことを未だに悔しがっているらしい。ソーサリーワイトの恐ろしさを知っているのにも関わらず、だ。なんともグラムらしいな、とロビンは苦笑いを浮かべた。


「うーん。あの薬と、あの薬と、あの薬と……それからあの素材かなぁ。全部混ぜれば作れるかも。ちょっと実験に時間かかるけど良い?」


「あぁ、待つ分には構わないぜ」


 グラムは特に気にしていないが、ロビンは今アリッサが口にした単語を聞き逃さなかった。「実験」? つまり、アリッサは新しい魔法薬を開発しようとしてるってこと?


「ねぇ、アリッサ。筋力強化みたいな効果を出す魔法薬って現存してるの?」


「現存? ないよそんなもの。だから実験するんじゃん」


「それって凄いことなんじゃ」


 凄いことである。少なくとも魔術学院に在籍している魔術師のレベルは遥かに超えている。


「アリッサの魔法薬の技術は凄い凄いと思ってたけど、そこまでとはね」


 カーミラがアリッサを手放しで褒める。


「へへへ、よせやい」


 褒められた本人は、ピンクブロンドの髪をわしゃわしゃとかき混ぜながら顔を赤くしていた。


「会話が盛り上がっているところ申し訳ないが、本日はここで解散だ。各自旅の疲れが残っているだろう。今日明日はゆっくりと休むように。授業は出なくても良いように、学院長に私から伝えておく」


 アレクシアのその言葉に、一行は声をそろえて、はぁい、と言って、思い思いに別れの挨拶をしてから、寮に戻っていった。


 後には、ロビンとカーミラとアレクシアの三人が残される。


「さて、次の安息日だが、王宮に報告に行かねばならない」


「わかってるわよ」


 カーミラが、アレクシアの言葉につまらなそうに鼻を鳴らす。ロビンはあの空間にまた行かなきゃならないのか、と少しばかりうんざりした。あの空間にいるだけでストレスなのである。


「では、我々も解散だ。二人共ゆっくりと休めよ。私は、学院長へ報告をしてから居室に戻る」


 そう言って、アレクシアは足早に学院の中へ歩いていった。


 ロビンとカーミラ、二人だけがそこに残される。


「うーんと、お疲れ様?」


「そうね。お疲れ様」


 なんだか、カーミラの顔が赤い。そしてこちらを見ようとしない。一週間前もこんな場面あったな。ロビンはカーミラの顔色の変化に少しだけ戸惑う。原因が見つからないのだ。その実は、単純にロビンへの恋心を自覚したカーミラが、彼と二人きりという状況にどうしていいかわからなくなっているだけなのだが、何分ロビンは朴念仁である。男女のそういった機微にとことん鈍い彼には、カーミラの様子のおかしさ、その原因には決してたどり着かないのであった。


「どうしたの? 顔赤いけど」


「あ、赤くないわよ! 夕日、夕日のせい!」


 顔の赤さを指摘するあたりが、ますます朴念仁である。ロビンに女性の機微を理解しろというのが無理難題なのかもしれない。


「じ、じゃあ私達も帰るわよ」


 二人はゆっくりと連れ立って寮へ戻るのであった。

ソーサリーワイト。つまり魔法を使う骸骨ですね。

アンデット系の怪物は耐久力が高いですが、ぶん殴り続けていればいずれ死にます。

あぁ、剣と魔法の世界なのに、気づけば皆肉体言語。

なんでなのかしらん。

しかし、ロビンは成長したなぁ。最初は狼にすら苦戦していたのに……。はい、お読みの方の予想通りだと思いますが、彼はこれからもっともっと脳筋になっていきます。間違いなくアレクシアの影響です。



遺跡の探索と、怪物の退治が終わりました。

次回は、あのお姫様とのバトル? です。


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