第九話:合流、そして最深部へ
アレクシアとロビンは順調に遺跡の地下を探索していた。途中でアレクシアに、紙とペンを持て、と言われ、なるほど、と思いながらリュックの奥からそれらを引っ張り出した。要は、マッピングしろ、ということである。遺跡の上層は単純な作りとなっていたため構造の把握は必要なかったが、こうまで通路が入り組み始めると、マッピングは重要であった。
階層見取りの魔術というものも存在するのだが、上級魔術であり、えらく実践主義的なその魔術を使える魔術師はメンバーの中にはいない。グラムなんかであれば使えそうではあるが、彼も流石に上級魔術をポンポンと気軽に行使できるマナを保有していない。カーミラやエイミーが異常なのだ。
魔術は主に初級、中級、上級の三つにカテゴライズされる。何の違いでカテゴライズされているかといえば、それは使用するマナの量である。他にも、カテゴライズとして、攻撃魔術であったり、日用魔術であったり、という用途によってや、属性によってもカテゴライズされるが、魔術師がまっさきに気にするのは、初級なのか中級なのか上級なのか、という点だった。
初級魔術はマナをほとんど使用しない。日用魔術や、使う頻度の高い治癒魔術の類が豊富だ。。中級魔術はそこそこのマナを消費する。簡単な攻撃魔術や、防御魔術等が主に席巻している。上級魔術はおびただしい量のマナを消費する。駆け出しの若い魔術師であると、一度も使えないほどの消費マナが激しいものばかりだ。殺傷能力と汎用性に優れた攻撃魔術や、大規模な儀式用魔術、そして治癒魔術の一部が上級魔術として有名だ。
ロビンは、使えて中級魔術。一番殺傷能力の高い魔術は氷属性の氷槍の魔術だが、中級の中でもそこそこマナを消費する大魔術である。それでも、一日に最大五回程度は行使することができる。これは、平均的な十六歳ぐらいの歳の魔術師と比較して、若干見劣りするマナの量であった。
グラムが好んでよく使う魔剣の魔術は初級の魔術に属している。マナをただ、杖にまとわせるのみである。攻撃魔術にも、日用魔術にもカテゴライズされるその魔術は、グラムのように好んで使う魔術師が多い。
治癒魔術は初級、中級、上級にそれぞれ存在し、与えられる治癒の力に段階がある。小さな怪我程度であれば治癒魔術――正式には初級治癒魔術というが、一般的に治癒魔術というとこれを指す――で回復させることができる。中級治癒ともなれば、内臓には達していないような深い傷や単純な骨折等を回復しうる力を発揮する。その分マナの消費も多い。上級魔術ともなれば、内臓に傷がついていたり、骨が複雑骨折してしまったり、そういった怪我も治すことができる。つまるところそれぞれ、何を治癒することに重きを置いているのかが違う。初級であれば、皮膚の治療。中級であれば、骨と筋肉の治療。上級であれば、臓器の治療。順を追って、治療することが難しくなることがわかるだろう。上級治癒を扱える、カーミラやヘイリーが如何に優秀な魔術師かわかるのではないだろうか。
アリッサは、魔術は簡単な日用魔術しか使わない。攻撃魔術もいくつかは使えると言ってはいたが。彼女の得意分野は魔法薬学。杖を使う魔術は必要ない。場合によっては自身のマナすら必要なかった。
エイミーがよく使う風刃の魔術は、風属性の上級魔術である。風を操り、真空の刃を作り出す。かまいたちとも称されるその魔術は、空気中の任意の場所に空気の存在しない細長い空間を作り出す。急激な気圧差によって、その魔術の対象となるものは皮膚が切り裂かれる。正確には弾け飛ぶといった方が正しい。風を操作して、真空を生み出すということが如何に大量のマナを消費することなのかは容易に想像がつく。彼女が風刃の魔術を連発するあたり、体内に異常なマナを秘めた化け物なのであることは説明不要であろう。
カーミラに関して言えば、元々マナの保有量が高かったのもあるが、吸血鬼に変異しそのマナの量は普通の人間の数倍、いや数十倍にまで跳ね上がっていた。彼女のよく使用する魔術は水銃の魔術であるが、これも上級魔術である。まず水を生成する、その後でそれを極限まで圧力を高め凝縮し、そしてそれを対象に向かって打ち出す。複雑な工程を経て、高い殺傷力を発揮するその魔術をカーミラは気に入っていた。何度も言うが、普通の人間ではポンポンと連発することはできない。
ロビンは、通ってきた道を紙にペンで書きながら、ゆっくりとアレクシアの後をついていく。アレクシアはマナで半径にして数十歩程度の円形にマナを拡散させ、不審な点が無いか確認し、例えあったとしてもすぐに対処できるよう、慎重に歩いていった。
数本目の分岐路を右に曲がったところで、アレクシアが歩きながらポツリと呟いた。
「推測はしていたが、地下にはゴブリンはいないな。ゴブリンを指揮しているものはモノを分かっている怪物のようだ」
「どういうことですか?」
ロビンが紙から目を離し、アレクシアの背中を見る。
「ゴブリンは知能が低い。地下のこんな入り組んだ地形に入ると容易に迷う。ゴブリンだけがこの遺跡に棲み着いていたなら、地下にもゴブリンがひしめいていただろう。殆どが死体で、だがな」
「なるほど」
ゴブリンにマッピングをするという知恵はない。それに、帰巣本能のようなものもない。ある分野では動物にも劣る知能であるということだ。一部の動物はどんな複雑な迷宮に入れられたとしても、匂いや帰巣本能で時間がかかれど、迷宮を脱出することができる。
「つまり、奴らを指揮している怪物は、奴らが地下へ入り込むとどんどん数を減らしてしまうということをわかっていて、指示することのできるような、知恵のある怪物だということだ。厄介かもしれんな」
「頭が良いというのはそれだけで厄介だということですか?」
「あぁ、魔獣なのか、魔法生物なのかは知らないが、知恵の高い者は厄介極まりない。魔法を使ってくるからな」
魔法。もう人類からは失われた技術である。膨大なマナを消費し、力技で奇跡を起こす技術。
「魔法は厄介だ。何が起こるかわからん」
「確かに、戦うということを考えるとそうですね」
「ジギルヴィッツの吸血鬼としての力が使えないとなると、苦戦することになりそうだ。私一人であれば問題なかったのだが、王女は恐らくそれをお望みでない」
「えっと……」
「忘れたのか? 王女はジギルヴィッツに向かって『貴方がどれだけ使えるのか知りたい』と言ったのだぞ。私が簡単に殺してしまっては意味があるまい」
「あぁ、すっかり忘れてました。この遺跡調査ってそういう目的でしたよね」
「他の四人をなんとかして引き離さないとならないな。少しばかり考える」
その後、アレクシアはこれ以上話すことはない、とばかりに口を噤んでしまったため、ロビンは無言でひたすら地図を書く羽目になった。時折失せ人探しの魔術を使い、他のメンバーがどこにいるかを把握しようとする。二回目以降は、全員から居場所の特定の同意するレスポンスが返ってきた。幸いなことに、グラムとヘイリー、エイミーが一緒にいて、カーミラとアリッサが一緒にいた。一人ぼっちになってどうしようもなくなっているメンバーはいなかった。
その後で、頭の中に念話の魔術によるアリッサの声が鳴り響いた。カーミラと一緒であること、無事だということ、ついでに、さっさと迎えに来い、とそういうメッセージだった。この自称婚約者の身勝手なメッセージに頭を抱えた。
とはいえ、アリッサとカーミラが一緒か。ロビンはため息を吐きそうになったが、今念話で送られてきたアリッサの声が楽しそうに弾んでいたことに気づく。もしかしたら仲直りしたのかもしれない。希望的観測ではあるが、そのように推測し、今までの胃が痛くなりそうだった雰囲気を思い出す。あれは最悪だった。
そんなことを考えているうちに、学院の教室ぐらいの開けた場所に出た。人影が三人分。
「よぉ、ロビン」
「グラム、ヘイリー、エイミー。無事で良かった」
グラムとヘイリー、エイミーが座っていた。
「ロドリゲス先生も一緒なのですね。あとは、カーミラ様とアリッサですわね」
「場所は把握してるよ」
「知ってますわ。その魔術便利そうですわね」
「うーん、自分では汎用性に欠けるなぁって思ってるんだけど……」
ぽりぽりと、後頭部を掻くロビンに、エイミーが横から呟く。
「まぁ、確かにそうですよねぇ」
その言葉に、確かに、という顔でヘイリーとエイミーが大きく頷く。初めて開発した魔術である。ロビンにも多少の思い入れがあった。それをこうも「汎用性が無い」と切り捨てられるとちょっとだけ傷つく。
「い、いや、便利な魔術だと思いますよ! ウィンチェスター様!」
落ち込んだ顔を見せるロビンにすかさずエイミーがフォローを入れるが、フォローされればされるだけなんだか悲しくなってくる。
「ま、今はそれで合流できたんだから、よしとしようぜ」
かくして、三人を加え、残すはカーミラとアリッサとなったのであった。
カーミラとアリッサを迎えに行く際に特筆すべきことは無かった。あるとすれば、人数が多くなったことで少しうるさくなり、アレクシアがそれに眉をしかめたことだろう。カーミラとアリッサが居た先程まではとても静かだった。だが、その二人がいないのである。普段騒がしいメンバーが、地下の空間であるとは言え、黙っていることなどできないだろう。
カーミラとアリッサを迎えに行く途中で、地下から脱出するための階段を見つけた。ロビンは紙にその場所をメモする。
そして程なくして二人がいる小部屋を見つけるに至った。
「もう、遅いよ! ロビン」
アリッサが腰に手を当てて、ロビンに向かって言い放つ。険のある雰囲気はなくなり、いつものアリッサに戻っている。後ろに控えているカーミラも悲しそうな表情を浮かべることはなくなっていた。
良かった、仲直りしたみたいだね。ロビンはそれを表情に出すことは無かったが、心の中でダンスを踊りながら喜んだ。
「見つけてくれて、ありがとう、ロビン」
カーミラがささやかにお礼の言葉を言う。杖の先端から放たれる光で、よく見えなかったが、なんだか顔が真っ赤になっている気がした。それに何故かロビンの方をまっすぐに見ない。あれ、僕なにかしたっけ? と少しだけ疑問に思ったが、なんか元気そうではあるし悪意も感じない、どうでも良いことか、とロビンは捨て置いた。普段は常人を凌駕する洞察力を発揮する彼であったが、その能力はこと恋愛という事柄においては全くもって無力なのであった。朴念仁というやつである。
「さて、ここはあの遺跡の地下だ。ここに来るまでに上層への階段、つまり地下からの脱出経路を見つけた。地下から脱出し、怪物が待ち受けているであろう本殿へ向かう」
心しておけ、そう呟いて、アレクシアが踵を返した。
階段を昇ると、開けた場所に出た。ゴブリンは何故かは知らないがいなかった。なんだろう。ロビンは少しだけその風景に胸騒ぎがした。部屋の手前には通路があり、逆側の奥の方には、装飾が剥げかけた大きな扉が見える。おそらくは、この扉の向こうが遺跡の最深部なのであろう。
この扉の向こうに、怪物と呼ばれる存在がいる。そのことは、ロビンだけではなく、他の者達も容易に推測ができた。
「この先にいるな」
「皆気づいてますよ。多分」
そう、扉の奥から、物々しい気配がひしひしと感じられるのである。その重圧は、一行に重くのしかかっていた。
「どんな怪物がいるのよ」
「それはわからん」
カーミラの独り言に、アレクシアが敢えて答える。そう、相まみえるまでわからない。その先になにがいるのかということは。
「でも気配がすごすぎるな。怪物ってぇのは、こんなに存在感を放つもんなのか?」
「いつか戦ったヘルハウンド以上だね……」
グラムとロビンが顔を見合わせる。
「ホワイトとウィリアムは攻撃魔術がほとんど使えない。ここで待っていろ」
アレクシアがアリッサとヘイリーに待機命令を出す。
「で、ですが私は治癒魔術が使えますわ!」
「馬鹿者。戦闘中に時間のかかる治癒魔術なんて使い始めたら、真っ先に標的にされる。怪物が何故怪物と言われるか。それは知能の高さが一つある。奴らは戦術を使う。奴らは戦略を使う。ここまで来たゴブリンがその証拠だ。奴らはこの先にいる化け物に確かに指揮、統一されていた。この意味がわかるな? 死にたいなら止めはせんが」
ヘイリーがうっと声をつまらせる。アレクシアが言っていることは正論であった。反論の余地はない。
「エイミー、ハンデンブルグ。諸君らも残りなさい」
「それは何故ですか?」
エイミーが不思議そうに首を傾げる。
「ホワイトとウィリアムの護衛だ。貴方の魔術の腕は素晴らしいが、この中で一番戦闘経験に乏しい」
「確かにそうですね。わかりました」
エイミーはその理由に納得したのか、首を縦に振った。
「俺は? 戦闘経験だったら、この中でも一番だと思うぜ?」
「だからだ。ゴブリンがこの部屋まで襲ってこないとも限らない。私とウィンチェスターは筋力強化を扱える。前衛二人は多少の攻撃ではびくともしないだろう。ジギルヴィッツは、強力な魔術の使い手であり後衛だ。前衛の者が守ってやる必要がある。前衛の負傷は、そのまま後衛の死に繋がるぞ。ハンデンブルグ。貴君は前衛に含まれるが、怪物の攻撃を貰っても無傷でいる自信はあるか?」
自信はない。筋力強化の魔術とはそれほどまでに強力なものであることをグラムは知っている。だが、自分が戦力外と言われているような気がして、どうにも納得ができない。そんな顔をした。その顔をみて、小さくアレクシアはため息を吐く。
「怪物を退治しろといわれたのは元々我々三人。ゴブリン程度であれば貴君も大いに活躍してもらいたかったが、敢えて死ににいくこともあるまい。本来我々三人の任務なのだ。貴君が傷つく必要はない」
グラムは少しばかり納得していないような顔をしたが、アレクシアの反論は許さないという顔にすごすごと引き下がる。
「ウィンチェスター、ジギルヴィッツ。背負っている荷物の中身をここに全部出せ。そして、ホワイトが持っているポーションを均等に荷物に詰め込め」
ロビンとカーミラが言われたとおりに、荷物の中身をばさりと部屋の床に広げた。食料や、最低限の着替え等、旅に必要な物が詰まっている。
アリッサが、荷物からポーション一式を引っ張り出して、ロビンとカーミラの前にそっと置く。元々持ってきていたポーションは、治癒と体力回復、マナ回復それぞれ五本ずつ。アリッサの持ってきたポーションは、治癒と体力回復、マナ回復、それぞれ十本ずつだった。前もってロビンがアリッサに譲ってもらったポーションと合せて、全部でそれぞれ十五本。
ロビンは五本ずつをアレクシアとカーミラに手渡し、自分のリュックにも五本、取り出しやすい位置に入れた。具体的にはリュックのサイドポケットである。ここであれば、ポーションの瓶が壊れない限り、戦闘中でもすぐに取り出して飲むことができる。ポーションの治癒速度は、治癒の魔術と比較して遅い。それでも気休め程度にはなる。
「では行く」
少しばかり不安そうな顔をしている女性陣と、未だに納得のいってなさそうなグラムを尻目に、三人は、ゆっくりと扉を開け、奥へとすすんだ。
薄暗い部屋の奥に怪物の影がひとつ。
「……ソーサリーワイトか。また厄介な」
骨だけの身体に、厚手のローブを着込んだ怪物がそこには居た。カタカタと笑うように、歯を鳴らしている。
次の瞬間、火の玉が怪物の頭の上に三つ現れ、一斉に三人に向かって飛んできた。
「ウィンチェスター! 魔法だ! 筋力を強化しろ! 来るぞ!」
ロビンはその声に、自身の全身を強化する。カーミラは瞳を紅に染めて、爪を伸ばした。
そんなカーミラを横目で見ながら、あぁ、ロドリゲス先生はカーミラが全力を出せるように、一生懸命策を弄して、僕たち以外を排除したのか、そのためにずっと考えていたんだな、とようやく思い立った。ロビンはあのとき扉の奥から感じる重圧ばかり気にしていて、アレクシア達の会話をぼうっと聞いていた。だが、もうぼうっとしている場合じゃない。
火の玉が三人の目の前までやってきた。その間一秒程度。火の玉が三人に直撃し、爆炎を巻き起こす。だが、アレクシアもロビンも、カーミラもその程度では傷つかない。
三人と、骨だけの怪物との戦いが今始まった。
中ボス戦です。
魔法という技術は、使いにくい反面非常に怖いです。
術者のイメージをそのまま奇跡として起こすもので、そこには予備動作なんてありません。
対峙した三人からすると、いきなり炎の玉が発生して、こっちにやってくる、といった様子です。
魔術はキーコードを言わなければならないため、次に来る攻撃が容易に予測できます。
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