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第七話:散り散りなった一行

 ポータルによって、転移させられたグラムは歳に似合わない精神力によって、意識を保っていた。


 ポータル。つまり転移の魔術を魔法陣として応用した罠の一種である。本来転移の魔術は一人用であるのだが、飛ばし先をランダムにすることによって、複数人の転移を可能としていた。また、ポータルは起動した瞬間、魔法陣の上にいる者を本人の意志を無視して、強制的に転移させるものである。そのため、転移させられた人間には所謂転移酔いという現象が起こる。それによる意識消失は珍しいことではなかった。だが、罠の中でも比較的ポピュラーなものであったため、グラムにもポータルに関する知識があり、とっさに意識を強く持ったことで意識消失を防いでいた。


 グラムは多少の転移酔いに僅かばかりの目眩を感じながらも、真っ暗で何も見えないことにすぐに気づき、発光の魔術を使って杖を松明代わりにする。その後で、周囲をぐるりと見回した。学院の教室ぐらいの広さの部屋に飛ばされたらしい。まずは、転移先が壁の中でなかったことに心底安堵する。その後で、ヘイリーとエイミーが遠くない位置に倒れ伏していることに気づいた。


 まず、ヘイリーの元へ行き、脈を取る。良かった、死んでいない。転移によって命を落とす、というのはめったに無いことではあるが、稀に転移中に通る亜空間のマナが肌に合わず死に至る人間もいる。


 グラムはヘイリーの肩を叩き、それでも起きないので、頭を動かさないよう気をつけながら頬を少しだけ強めに平手打ちする。それも一度ではなく何度も。彼は女性に対しても容赦はなかった。あまりにも実践主義すぎる。デリカシーとかそれ以前の問題であった。


「おい、ヘイリー! 起きろ!」


「……いた、痛い、痛いですわ!」


 頬の痛みに飛び起きたヘイリーが、グラムをキッと睨みつける。


「レディーの頬を平手打ちするとか、どんだけですの!?」


「しょうがねぇだろ、肩叩いても起きなかったんだから」


「もうちょっと、起こし方を考えてください!」


「あぁ、悪かった、悪かった。さぁ、エイミーを起こすぞ」


 グラムが顎で未だ倒れ伏しているエイミーに向かって顎をしゃくる。ヘイリーがエイミーの元に走り寄り、肩を揺する。


「おい、転移で頭打ってるかもしれねぇんだから、あんまり頭揺らすな。ってか、まず生きてるか確認しろよ」


「わ、わかってます!」


 ヘイリーが、グラムの指摘に叫び声で返事をすると、肩を揺するのをやめて、脈を取り、エイミーの生存を確かめる。エイミーが生きていることを確認した跡で、ゆっくりと肩を叩き始めた。


「エイミー、エイミー。起きてください」


「……うにゅ、お母さん」


「私は貴方のお母さんじゃないですわ。起きてくださいな」


「……あれ? ウィリアム……様?」


 ゆっくりと目を覚ましたエイミーにヘイリーがほっと一息つく。


「それで、ここはどこですの?」


「わかんねぇ。遺跡の中なのはなんとなく推測できるけどな」


 グラムが壁を指差す。壁に使われている石材は、転移前の部屋とまるっきり同じものであった。


「えっと、私達、どうなったんですか?」


「あぁ、エイミーはそこからか。あの部屋の床にな、大規模なポータルが仕込まれてあったんだよ。罠としちゃポピュラーだな」


「ポータル、ですか?」


「知らないか? 転移の魔術を組み込んだ魔法陣のことだよ」


「あぁ、転移の魔術ですね。それならわかります」


 エイミーが知らないのも無理はない。ポータルなんて代物は、実践主義者しか知識として得ようとしない。ヘイリーも実は知らなかったのか、へぇ、という顔をしている。グラムはその顔を見て、こいつも知らなかったんだな、とため息を吐いた。


「他の連中は、近くにはいねぇみたいだな」


「散り散りになっちゃいましたね」


 ぼそりと呟いたグラムの独り言に、エイミーが応える。遭難した時の鉄則は、闇雲に動き回らないことだ。だが、助けが来るあてがあるわけでもないし、恐らく全員がどこかへ転移させられているだろう。他の皆を探し回る以外に選択肢がない。


 幸い荷物は無事だ。各々が抱えている小ぶりなリュックの中には帰り道の分も含めてざっと二週間分の食料が入っている。水は魔術で作ればいい。帰りを鑑みなければ、二週間はうろうろできる。その間に、合流できればいいが。グラムは顎に手を添えて考える。


「え!?」


 ヘイリーが唐突に驚いたような声を上げる。


「どうした?」


「いえ、なんか頭の中で声が聞こえて……。『居場所の特定に受諾しますか?』って。思わず『いやです』って答えてしまいました」


 なんのこっちゃ、と一瞬グラムは思ったが、そういえばロビンが新しい魔術を開発するとかなんとか言ってたな、と思い出す。


「あ、ウィリアム様もですか? 私も思わず『いいえ』って答えてしまいました」


「あら、エイミーもですか。なんでしょうね」


「多分、ロビンだ。あいつはなんだかんだで知恵者だからな。多分、俺のとこにも……あ、来た」


 グラムは、頭の中に響く「居場所の特定に受諾しますか?」のメッセージに頭の中で「いいぜ」と答えた。多分これで、ロビンにグラムの居場所が伝わったはずだ。


「今後の方針が決まったな」


「どういうことです?」


 ヘイリーがグラムの一言に不思議そうな顔をする。そんな顔をしているヘイリーに目一杯得意げな顔でグラムは答えた。


「ロビンがここに来るのを待つんだよ」


「要は他力本願ってことですね」


 エイミーの厳しい突っ込みに、グラムは少しだけ意気消沈した。ずーんとした顔のグラムに、ごめんなさい、とエイミーが慌てて謝る。


「……居場所を特定できるやつがいるなら、ここでじっと待ってるのが得策ってことだよ」


「そ、そうですよね。わ、私もそう思いますー。ハンデンブルグ様は流石ですねー」


 エイミーが引きつった微笑みを浮かべながら、グラムを慰める。可愛い女の子に慰められ、ますます暗い表情を浮かべるグラムに、エイミーはもはやどうすればいいかわからなくなってしまった。


「でも、こんなことになるなんて。着いてくるんじゃありませんでした」


 ヘイリーが、ボソリと呟く。


「ま、確かにな。今回はアリッサの暴走だからなぁ。俺もよくわかんねぇままに、着いてくことになったし」


「アリッサに何かあったんですか?」


「そりゃ、俺の口からは言えねぇなぁ」


 グラムはニヤニヤしながらヘイリーを横目で見た。


「もったいぶってないで、教えなさい」


「痴話喧嘩……、いや痴情のもつれ……三角関係? うーん、なんて言えば良いんだろうな」


 グラムのボソボソとしたつぶやきにますますヘイリーはクエスチョンを頭の上に浮かべる。


「アリッサは、ロビンの婚約者ですわよね?」


 婚約者という言葉に、エイミーの顔が輝く。


「わぁ、やっぱり貴族様ってそういうのがあるんですね、なんだかロマンチック」


「婚約者がロマンチックかどうかについては、ノーコメントだな。一応言っておくけど、アリッサのあれは自称だ、自称」


「自称?」


 エイミーが不思議そうな顔で鸚鵡返しする。


「あぁ、本人も隠す気がねぇから言うけど、ロビンは子爵家のしかも妾腹。対するアリッサは侯爵家の長女。身分が釣り合わねぇだろ」


「確かにそうですわね」


 ヘイリーがそういえばそうだった、という顔をする。


「アリッサは三年ぐらいかけて、父親を説得したなんて言ってるけど、ロビンの親父さんからすると寝耳に水だし、ありえねぇ話だよ。学院に入れたのも奇跡に近いんだからな」


「う、なんだか重い話になりそうですわね」


 思わずヘイリーが顔をしかめる。なんだかんだで箱入り娘の一人っ子であり、わりかし平和な環境で育ったヘイリーにとっては、そういったドロドロした話は無縁である。


「ま、それ以上は本人の口から聞くんだな。聞けばあっさり教えてくれるぜ?」


「それもそれで、どうなんでしょう」


 エイミーが苦笑いをする。エイミーはロビンの境遇については一切知らなかった。そもそも、そんな境遇を彼が感じさせないのである。ひとえに、境遇も爵位も身分もどうでも良いと考えている彼の人柄によるものであるのだが。


「だから、あいつは変わり者なんだって。ま、変わり者っていえば俺らも負けてないけどな」


 グラムの言葉に、女性二人が目を三角にするのはその数秒後だった。






「ロビン!」


 思わずそう叫んだ。その次の瞬間には、亜空間を通って、真っ暗な部屋に放り出された。吸血鬼には、転移酔いという現象は起きない。


 転移酔いは、亜空間のマナに毒されるために起こる。通常の空気中のマナは無色透明であり、亜空間のマナはどす黒い。そう言い始めた学者がいた。単なるイメージ――比喩でしかない学説であったが――多くの学者がその言説に賛成したものだ。つまるところ、空気中のマナが指向性を持っていないのに対して、亜空間に満ちているマナは人間や生物を害する方向を向いてしまっているのである。また、通常、空気中のマナは体内のマナの密度と比べて、密度が低く、体内に無理やり入ってくることはない。しかし、亜空間に満ちているマナは、体内のマナ密度と比較にならない程凝縮されていた。そのため、亜空間のマナは身体の中に無理やり侵入してくる。そういった理由から、転移酔いという現象が発生する。


 一方で吸血鬼となったカーミラにとっては、亜空間のマナより自身の体内のマナ密度の方が高い。そのため、転移酔いという現象がそもそも起こらないのである。


 真っ暗で何も見えないため、発光の魔術を使って、杖を掲げる。自室の半分程度の部屋に転移させられたらしい。ここにはいないグラムと同様に、転移先が壁の中でなかったことに心の底から感謝する。


 部屋の中を見回すと、出口が一つだけあり、その傍らにアリッサが倒れ伏していた。いけない、と思わず駆け寄り、口元に手を当てる。良かった、息をしている。


 アリッサ、と、声をかけそうになって、躊躇する。そうだ、アリッサと私はもう友達でもなんでもないんだ。気分が重く沈む。いけないいけない、今はそんなこと考えている場合じゃないわ、と気を取り直して、アリッサの肩をたたき始める。


「アリッサ。起きて」


「……うみゅ。ロビン?」


「ロビンじゃなくて悪かったわね。私よ」


 ゆっくりと目を開けたアリッサは、最悪という字を顔に書いたような表情をした。


「なんだ、カーミラか」


「……とりあえず生きてて良かったわ」


 気まずい。気まずすぎる。カーミラは今、散り散りになっているという状況よりも、アリッサと二人きりであるという状況に辟易とした。なんと言っても、二人は喧嘩中。喧嘩という生易しいものではないかもしれない。アリッサは、カーミラに絶交の宣言をしたのである。


「……私達、どうなったの?」


 アリッサが渋々といった感じで問いかけてくる」


「ポータルよ」


「ポータル?」


「転移の魔術を組み込んだ魔法陣を使った罠のこと」


「転移の魔術かぁ。壁の中に埋まらなくてよかった」


 私も同感よ、とは口に出さなかった。それ以上の会話をアリッサが望んでいない気がしたからだ。


 無言の時間が続く。この二人には今や、一緒に脱出しようだとか、他の皆と合流しようだとか、そういうことを話し合える雰囲気ではなかった。


 唐突にカーミラの頭の中に、「居場所の特定に受諾しますか?」のメッセージが響き渡る。あぁ、ロビンだ。こんな雰囲気なのになんだか嬉しくなってしまって、はずんだ声――実際に声を出したわけではないが――で「はい」と答える。


 ロビンだ。ロビンが生きてる。そして私を探してくれている。良かった。


 そこまで考えて、ロビンがカーミラだけを失せ人探しするかどうか、と考える。きっと手渡り次第に失せ人探しするはずだ。スムーズにことを進めるために、アリッサにこのことを伝えたほうが良い。


「ねぇ、アリッサ」


「……なに?」


 アリッサはそっぽを向いたまま返事をする。どうやら、対話に応じてくれる気はあるらしい。


「えっと、ロビンがね、失せ人探しの魔術を開発して……いや、そんなことはどうでもいいわ。多分もう少しで、ロビンから『居場所の特定に受諾しますか?』っていうメッセージがアリッサの頭に届くから、それに『はい』って返事をして」


「……ふぅん。カーミラはロビンの事何でも知ってるんだね。私、その魔術についてはロビンから聞いてるけど、そこまでは詳しく聞いてない」


 いい加減イライラしてきた。カーミラは段々とこのふてくされている少女に、沸々とした怒りがこみ上げてくるのを自覚した。


「ねぇ、アリッサ。私のことを嫌いでもなんでもいいわ。でも今はそういう場合じゃないでしょ?」


「そんなの分かってるよ!」


 アリッサが顔をこちらに向けないままで叫ぶ。叫びたいのはこっちだ、カーミラはムスッとした表情を浮かべる。だが、そっぽを向いたままのアリッサにその表情は見えていない。


「今、カーミラが言ったメッセージが届いた。『いいえ』って返事しといたから」


「え、なんで?」


 理解できない、という顔でカーミラがアリッサを見つめる。


「……せっかく二人っきりなんだし、白黒つけたいと思って」


 ずっと顔を壁の方に向けていたアリッサが、ゆっくりとカーミラの方を振り向く。その瞳に譲ることの出来ない決意をみなぎらせて。


 カーミラはアリッサのその瞳を見て、あぁ、もう逃げられないんだ、と自覚する。アリッサと大喧嘩したあの日からずっと考え続けていたこと。ずっと答えを探し続けていたこと。今、アリッサはその答えを出せと言っているのだ。


 カーミラは生唾をごくりと飲み込んだ。

転移魔術の罠によって散り散りになってしまった、一行です。

アリッサとカーミラが一緒とか、最悪の組み合わせですね。

まぁ、一種のご都合主義です。大目に見てください。


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