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第五話:遺跡探索

 遺跡までの道程は、驚くほど順調だった。方角を見失ったりすることもなく――エイミーが方角感知の魔術を覚えていたためである――、道で野獣に襲われることもなく――グラムが気配を敏感に察知し迂回させたためである――、一行は予定通り一週間かけて目的の遺跡に到着していた。野宿に関して言えば、人数が増えたことで一人あたりの見張りをする時間が短くなり、結果論ではあるが各々の体力を温存するという副次的効果を得られていた。


 だが、一行の雰囲気は最悪であった。時折、エイミーが気を使って雑談を振るのだが、カーミラとアリッサの間で醸し出されるムードに、全ての雑談が一言二言のやりとりをもって封殺された。ロビンはなんとも居心地の悪いこの空間をどうにかしようかとも考えたが、女性の機微に疎い自分にはどうしようもできないことに気づき、よした。結果的にそれは懸命な判断であった。問題の中心がロビンであるがゆえに、ロビンがちょっかいを掛け始めると更にややこしい事態に発展していただろう。


 巨大な遺跡を前に、アレクシアが一行を見回す。


「さて、ウィンチェスターも言ったが、ここから先は私の指示に絶対服従すること、それを守れ。意見具申は受け付けるが、採用されるかは期待するな」


 いつになく恐ろしげなオーラを出す鬼教官に、六人が神妙な顔で顔を上下に振る。


「では、遺跡に入っていく。途中魔獣がでるかもしれない。気をつけて進むように」


 一行は朽ちかけている入り口をくぐり、遺跡の中に入る。窓一つ無いその空間は昼間であるにも関わらず、薄ぼんやりとしていた。真っ暗でないのは、遺跡の所々にかけられた発光の魔術の賜である。この遺跡がいつ建てられたのかは学説としても定かではないが、少なくとも数百年前のものであることは知られている。魔術ではなくもしかしたら魔法――今は人類にとって失われた技術である――によるものかもしれない。


 入り口付近はそれほど入り組んだ構造ではなかった。一本の長い廊下が果てしなく続いており、薄暗いその空間はぼんやりとしていて、得も言われぬ不安を六人に与えた。アレクシアは怪物処理人という職務上、遺跡や洞窟に入り込むことも少なくないため、一切躊躇せずに前に進んでいく。ともすれば置いていかれそうなその速さに――実際はそれほど速くなく、六人の足取りが遅いだけなのだが――、六人は足早に彼女の背中を追いかけた。


 長い廊下を十分程歩いたところで、アレクシアが立ち止まる。周囲をキョロキョロと見回し、その後でしゃがんで床を検める


「ロドリゲス先生?」


「足跡だ。これは……ゴブリンだな。数にして数十匹か。厄介だな」


 アレクシアがロビンの不思議そうな顔は見ずに、地面に目を向けたまま返答する。


「ゴブリンが厄介ですか? ゴブリン程度ならすぐに殺せるんじゃねぇですか?」


 ゴブリンは他の魔獣と比較して弱い生物である。知能は低く、力も弱い。攻撃魔術の練習台として使われることも度々ある。グラムにとってゴブリンに対する認識はそのようなものだった。


「確かに野に放たれたゴブリンは弱い。一匹一匹がか弱い存在だからな。だが、それが数十匹の群れで、このような閉所に棲み着いているとなれば話は別だ」


 アレクシアが立ち上がり、グラムを見遣る。


「奴らは知能は低いが、馬鹿ではない。戦いとは数だ。勿論それをひっくり返すのが魔術という技術ではあるが、それにも限界がある。奴らは数の力というものを十分に理解しているわけではないが、ここまで群をなしているならば、それを統率する何者かがいるはずだ。徒党を組んで襲ってくることもありうる。ここからは慎重に行くぞ」


 ゴブリンの厄介さ、それは群を作り、そして統率された時始めて発揮される。まず子供の身長程しかない大きさの体が一つ厄介である。的が小さく攻撃を当てづらい。そして、奴らは同胞の死をなんとも思わない。攻撃が当てづらく、狙いを定め、一匹ずつ殺していくという手段を取った瞬間、その人間は十匹ほどのゴブリンに取り囲まれ命を落とすことになるだろう。知能の低い魔獣であれば、対処は簡単であるのだが、中途半端に知能を持ち、何者かに統率されたゴブリンの悪辣さをアレクシアはよく知っていた。


 アレクシアの足取りも慎重になり、それ以上に六人の足取りも慎重なものになる。自然と忍び足となり、周囲を注意深く観察しながらの探索となっていった。


 時折遺跡の奥から、何かしらの唸り声が響き渡る。怪物もしくは魔獣が潜んでいる証拠である。その度にヘイリーが、ひっ、と息を飲む。温室育ちの彼女にとって、このような危険な場所は始めての経験だ。アリッサの言葉に流されて同行してしまったが、あの時考え直せばよかった、と少しだけ後悔した。


 それから五分ほどして、突き当りの分かれ道にたどり着いた。アレクシアが再度地面を検める。


「足跡からすると、左に進めば、恐らく奴らの元へたどり着くだろう」


 地面から目を離し、立ち上がると、アレクシアは振り向いて六人を見回す。


「まずは右から探索するぞ」


「左が怪物達の棲家なんですよね? なんで右からなんですか?」


 ロビンが不思議に思って質問する。


「奴らは人を攫う。あの方が近隣の村が困っていると言っていただろう。この遺跡の周辺には五つの集落がある。恐らく、集落から何人か攫われているだろう」


 まだ生きていればいいがな、とアレクシアが付け加える。要は助けに行く、そういうことだ。


「ゴブリンには雄しか居ない。その意味がわかるか?」


 六人が揃って頭を振る。


「本来異種間では子供は生まれない。だが、一部の魔獣は別だ。奴らは人間を孕ませる。わかるか? 攫ってきた女を使って繁殖するんだ」


 アレクシアの言葉に、女子達三人が顔を青くする。その言葉の恐ろしさを十分に理解したのだ。ゴブリンは決して美しい生物ではない。どちらかと言うと醜悪な生物だ。生理的嫌悪感に肌が粟立つ。


「魔術を使える人間であれば、数匹程度のゴブリン等、どうとでもできるが、この周辺の集落に魔術師がいるという話は聞いたことがない。魔術も使えない平民らにとって、ゴブリンは驚異以外の何物でもない」


 そこまで言ってから、踵を返すとアレクシアは分かれ道を右に進んでいく。当然他の六人もそれに続く。


「……ちなみに、一部の魔獣って言ってましたが……」


 ロビンが声を潜めてアレクシアに問いかける。


「ゴブリンにオーク、一部のスライムとワーム類、あとはサキュバスとインキュバスあたりだ。尤も、サキュバスとインキュバスは魔獣と言うよりも魔法生物だが」


 魔獣と魔法生物との違いは、肉体にマナを宿しているか、肉体そのものがマナで構成されているかの違いだ。前者の生態についてははっきりとした学説は出ていないが、後者に関しては、古代の人間が魔法によって生み出したのではないかという学説が出ている。


「サキュバスとインキュバスに攫われた人間はどちらかと言うと幸せな最期を遂げる。快楽漬けにされるからな。死への恐怖や、異形への恐怖を感じることはない。魅了をかけられ、幸福に頭を支配されて搾り取られる。だが魔獣に攫われた人間のその後は凄惨だ」


 アレクシアの言葉に、ロビンはゴクリと生唾を飲み込む。その凄惨さについては、全く想像が及ばないが、恐ろしい最期であることは間違いないのだ。


「あぁ、サキュバスとインキュバスに関して言えば、繁殖するという言葉は適切ではないな。奴らは人間を堕とす。つまり、自身と同等の存在に魂を変異させる。快楽によってな」


 まぁ、どちらもめったに相まみえる魔法生物ではない、と付け足したアレクシアの言葉に、少しだけほっとする。それと同時に、アレクシアの知識が学院で魔獣と魔法生物に関する授業を行うのに十二分であることに感嘆する。


「……着いたな」


 アレクシアが小さな声で、一行に警告の色で染まった言葉を発する。大きさはわからないが、部屋の入り口までたどり着いたのだ。アレクシアは、入り口のすぐ横の壁に体をピッタリとくっつけ、部屋の中を確認する。


「一人、二人……ふむ、九人か。思ったよりは少ないな。それに、まだ生きている」


 恐らく感覚器官である耳を強化して、中の音を探ったのだろう。九人分の人間の吐息をアレクシアが感じ取った。


「あとはゴブリンか。ふむ、攫ってきた女どもを守るには少ないな。遊んでいる、といったところか。一匹、二匹……十六匹」


 アレクシアがそこまで呟き、六人を見遣る。


「この中に、攻撃魔術が使えない、もしくは得意ではない者はいるか?」


 その言葉に、控えめにアリッサとヘイリーが手を挙げる。


「二人はここで待機していろ。それ以外の者で奇襲をかける。杖を持て」


 アリッサとヘイリー以外の四人が懐から杖を取りだし、緊張に顔を強張らせる。尤も、カーミラだけは内心では緊張などしていなかったが。


「ここに来るまでの道程でさんざん怖がらせたが、そこまで緊張する必要はない。十六匹であれば、私一人でも対処可能だ。諸君らの経験のために私は敢えて手を抜く。だが、助けが必要な状況になったら、いつでも対処可能な状態にしておく。安心しろ」


 アレクシアが安心させるような台詞を言うが、四人の顔色は変わらなかった。まぁ、そんなもんだろう、とアレクシアが小さくため息を着くと、次の瞬間に号令をかけた。


「行け!」


 部屋に俊敏な動きでアレクシアが入り込む、彼女に続いてロビン達も部屋に飛び込んだ。部屋の中に点在するゴブリンが驚いたような声を上げる。聞くに堪えない醜悪な声に、ロビンは顔をしかめた。


 攻撃魔術の華とされるのが、火属性の魔術である。範囲が広く、そして生物を確実に殺す、原初の恐怖本能に訴えかける火の力は、大勢の敵を打倒するのに最適である。ただし、一点だけ注意しなければならない。それはこういった閉所で火属性の魔術を使うと、自分自身、ひいては味方にまでダメージを与えてしまうということだ。火の魔術は空気を食う。つまりこの場所では火属性の魔術は使い物にならない。


 グラムが杖を剣に変え、入り口に一番近い場所にいたゴブリンを両断する。夏休みにしていた剣術の特訓が早速役に立ったようだ。あっさりと一匹屠れたことに、四人は顔色を少しだけ変える。


「術式展開、キーコード、氷槍!」


 ロビンが叫ぶ。氷槍の魔術は氷の槍を作り出し、相手を刺し貫く魔術だ。彼は最大で五本の槍を一度に作り出すことができる。出し惜しみしている余裕はない。空間に五本の槍が現れ、部屋の左側に固まっている六匹ほどのゴブリンに向かって打ち出す。一本の槍が二匹のゴブリンを刺し貫き、その他の四本は外れた。これで三匹。


 ロビンは、続けざまに自身の筋力を強化し、撃ち漏らしたゴブリンを右腕で打擲する。ゴブリンの体が爆ぜ、腸が飛び散る。続けざまに背後に居たゴブリンを蹴り飛ばし、左手でその隣のものを頭の頂上を打ち据える。奇襲に恐慌し、身体が硬直していた残りのゴブリンが、気を取り直してロビンに思い思いの攻撃を仕掛ける。だが、筋力強化をかけたロビンにとってはゴブリンの攻撃は痛くも痒くもない。部屋の左側のゴブリンを全滅させるのに数秒とかからなかった。


 一方でカーミラは、水銃の魔術をつかい、残りのゴブリンを掃討しようとしていた。極限まで圧力がかけられた水の球が音速を超える速度でゴブリンらを撃ち抜いていく。


 カーミラの攻撃から命からがら逃げたゴブリンの数匹が、エイミーの方へ走っていく。エイミーは、ひっ、と息を飲みながらも術式を展開する。


「じ、術式展開、キーコード、風刃!」


 真空の刃が向かってきたゴブリンを斜めに断ち切る。風刃の魔術は上級魔術の一つである。アレクシアは、平民でありながら上級魔術を使いこなすエイミーに感嘆した。


 カーミラの魔術が、慌てふためくゴブリンを殺し尽くすのに、そう時間はかからなかった。突入してから、約一分と半分。見事な奇襲であった。


「ふむ、見事だ。私の手出しが必要かもしれないと思っていたが、そんなことはなかったな」


 アレクシアが息絶えたゴブリンの躯を見遣って、ポツリと呟く。その後で、部屋の中に吊るされていた女性の一人に歩み寄り、声をかける。女性は、衣服が所々破かれており、胸や局部が丸出しになっている。ゴブリンの体液と思しき薄黄色い液体が身体の所々にこびりつき、酷い扱いを受けたのだと強引に理解させられた。ロビンとグラムは思わず目を背ける。


「起きろ。生きているか?」


「う、うぅ。あぁ」


 女性は虚ろに目を開け、うめき声をあげるのみであった。アレクシアは、彼女の下腹部に手を当てる。


「何をしてるんですか?」


 ロビンが不思議に思ってアレクシアに問いかける。


「孕ませられていないか確認している。孕んでいる女はそのまま元の村に帰すことができないからな」


 村に戻った後、ゴブリンを産み、産み落としたゴブリンに再度村が襲われる。そういったことはざらにあることだった。アレクシアは一連の作業を、他の女性にも行っていく。女性達は皆、彼女に話しかけられても、声にならないうめき声をあげるだけであった。


「どの女どもも心を壊されているな。だが、幸いなことに奴らを孕んだ女はいなかった。もしくはもう産み落とした後か……」


 嫌な想像をし始めたアレクシアに、ロビンが苦い顔をする。


「ジギルヴィッツ。快眠の魔術は使えるか?」


「はい、使えます」


「眠らせてやれ。助け出すのは、怪物を退治してからだ」


 カーミラは丁寧に一人一人と快眠の魔術をかけていく。虚ろな目で、言葉にならない声を上げるだけの女性たちは、快眠の魔術によって静かな寝息を立てていく。束の間の休息。今はそれだけしか与えられない。


「ロドリゲス先生」


「なんだ」


「この女の人達はこの後どうなるんでしょうか」


 ロビンが女性達の身体を目に入れないようにしながら、カーミラに問いかける。


「まず、裕福な平民であれば、魔術による治療を受けることができるだろう。貧しい平民であれば……運が良ければ一年ほどで自我を取り戻すかもしれん」


 運が悪かった場合について、アレクシアは言及しなかった。答えは決まっているからだ。そのまま正気を取り戻せず、そして死んでいく。


 戦いが終わったことを感じ取ったアリッサとヘイリーが部屋の中を覗きこみ、その凄惨な光景に思わず胃の中のものを逆流させる。二人のえづく声が部屋の中に響き渡り、カーミラとエイミーもその音と、部屋の中の光景に嫌悪感を丸出しにした表情を浮かべる。


「ホワイト、ウィリアム。これは別段珍しい光景ではない。王国、いや大陸のそこかしこで数えるのが馬鹿らしくなるくらいに繰り返されていることだ」


 アレクシアが酷く冷たい声で、二人に言い放つ。ロビンは、そんな言い方しなくても、と思ったが、それを口には出さなかった。


 アレクシアは、部屋の中のにいる四人に部屋を出るように伝える。言われたとおりに四人が部屋を出ると、彼女は部屋の入口の隣の壁を思いっきりぶん殴った。入り口の横の壁が崩れ、何者の侵入も許さない状態を作り上げる。これ以上ゴブリンがこの部屋に入らないように、そのための処置だった。塞がれた入り口は、帰ってきた時にロビンとアレクシアの二人でどかせば良い。


 アレクシアは振り返って、一行を見回すと、次の目的地を告げた。


「さぁ、今度は戻って、奴らの本殿を叩く。恐らく更に大勢のゴブリンどもがいる。また、それらを統括している何らかの怪物がいるはずだ。心しておけ」

お待ちかねダンジョン探索です。

仲良し6人組が頑張ります。


女性陣は箱入りなので、色々と胃の痛い探索になってます。

アレクシアが頼もしいですね。


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