第四話:怪物退治への出発
夜、ロビンが部屋でのんびりと過ごしていると、いつものようにカーミラがコウモリに姿を変えてやってきた。もうおなじみのこの光景に、ロビンは驚くこともせずカーミラ専用の椅子を部屋の真ん中に運ぶ。
コウモリ達がカーミラの姿に変わった頃には、ロビンのカーミラ受け入れ準備は整っていた。きっと、怪物退治の話だろうな、とロビンは少し真面目な顔をした。
しかし、なんだか違和感を感じる。違和感の主である少女の顔をじっと見つめる。いつもはコロコロと表情が変わるカーミラなのだが、今日に限っては凍りついたような無表情で椅子に座る。泣き腫らしたように、目が腫れぼったくなっており、ついでに充血までしている。これはアリッサと何かあったな、ロビンは手っ取り早く聞いてみることにした。つくづく女性の機微に疎い人間であった。
「えっと、カーミラ。もしかして、何かあった?」
カーミラは一瞬だけ瞠目し、少しだけ口をパクパクさせてから、また元の無表情に戻った。
「何もないわ」
「その顔をみて、その言葉を信じられるほど僕も馬鹿じゃない」
「ごめん、ロビンには関係のないことよ。それ以上聞かないで」
返ってきたのは明確な拒絶だった。ロビンは感じる違和感が一層強くなったのを自覚したが、流石に「聞くな」と言われたことをそれ以上詮索しない程度のデリカシーは持っていた。
「……エリーに頼まれた、怪物退治の話だけど、次の安息日に出発するわよ。期間は往復で二週間。多分遺跡の探索に長くて一週間ぐらいかかるかも。準備しておいて」
「わかった。ポーションとかアリッサから貰っておいたほうが良いかもね」
アリッサの名前を出した瞬間に、カーミラの顔が強ばる。やっぱりアリッサとなんかあったみたいだね、とは口には出さなかった。
「……それはロビンからお願いしておいてくれる?」
「わかった」
ロビンは何も聞かない。勿論、誘導尋問みたいに無理やり喋らせる方法を十通りぐらいは思いついたのだが、それをした瞬間にガラスでできたワイングラスを誤って落としてしまった、そんな状態になってしまうような気がした。
「じゃあ、私も準備があるから……」
そう言って、カーミラは窓から出ていった。カーミラが完全に居なくなったことを確認し、ロビンはため息をつき、どうしたものかと思案した。
アリッサとカーミラの間で何かがあったのは確定的である。ロビンほどの洞察力がなくても、誰でもわかる事実だ。でも、何があったのかまではわからない。深く掘り下げようとするときっと拒絶されるだろうし、カーミラが壊れてしまう。実のところ、原因はロビンにあるのだが、それは彼の預かり知らぬところである。
とりあえず、明日アリッサに各種ポーションを分けてもらうように依頼することを決め、手紙をしたためる。配達の魔術でアリッサの部屋に飛んでいった手紙を見送り、ベッドに横になった。学院長への報告とかはカーミラが全部やる、と言っていたので、これぐらいは役に立たないとロビンの気が済まない。
カーミラとアリッサについてあれこれ考えていると、アリッサから手紙が返ってきた。小さな白鳥が手紙に姿を変える。封筒を開け、中身を引っ張り出すと、一言「いいよ」と書かれていた。うーん、アリッサの方の様子もおかしいなぁ、とロビンは困り果てる。あのお人好しで理屈っぽい自称婚約者が、こんな一言だけの――場合によっては失礼とも取られかねない――返事をよこすはずがない。数日前に届いたあの手紙もなんだか様子がおかしかった。その時は王宮への呼び出しと、誤魔化すのに頭が一杯で気にもしなかったが。
低い唸り声を上げながら思案するロビンだったが、数分考えて、考えても無駄なことにようやく気づき、諦めて眠ることにした。
次の日、授業も終わり放課後になると、ロビンはアリッサに声をかけた。一日に一回は談笑しあっていたはずのカーミラとアリッサが今日は一度も話していないのが気になったが、自分にはどうしようもできないことだと諦める。
「アリッサ。昨日手紙で送った件なんだけど」
「うん、良いけど、お金はちゃんと貰うからね。どのポーションがどれだけ必要なの?」
「えっと、治癒とマナ回復と体力回復かな。それぞれ五本ずつ」
「うん、在庫に問題は無いよ。すぐに渡せる」
ポーションの相場はその効果によって変わってくるものの、一本千クラム前後である。これは魔法薬店から購入した場合の金額であり、製造元のアリッサから買うのであれば、当然それよりも安くなる。アリッサのポーションの効き目は、彼女からよく自慢話を聞かされるロビンが一番良く分かっていた。
「一本、五百クラムでいいよ」
「そりゃ、良心的だね」
「原料費もフィールドワークで採ってくるだけだからかかってないし、要は私の苦労代だからね。ロビンなら無料でも良いんだけど……」
ロビンはアリッサが昔言っていた言葉を思い出す。プロフェッショナルというのは、必ず自分の仕事に対して対価を要求しなければならない、対価が発生することで責任のある仕事ができるのだ、と。その意見にロビンも諸手を挙げて賛成したものだ。同時に、そんな仕事観を持っているアリッサに対して尊敬の念を覚えたことも思い出す。
「じゃあ、女子寮まで着いてきて。女子寮の入り口で渡すから」
「分かった」
その時、アリッサがちらりとカーミラを見たことを、ロビンは見逃さなかった。険のある視線でカーミラを一瞥したのだ。心のなかでため息をつくが、ロビンとしては時が解決してくれるのを待つしかない。カーミラが聞くな、と言ったのだ。アリッサも同じように聞くな、と言うだろう。
女子寮の入り口までアリッサに着いていく。入り口に着くと、アリッサが「ちょっと待ってて」と言って走っていった。走らなくてもいいのに、と思いながらも、アリッサの帰還をまつ。十分も経たずにアリッサがポーションが十五本入っているだろう袋を携えて戻ってきた。
「はい。全部でポーション十五本」
「ありがとう。大切に使うね」
大切に使うね、というのはなんか違う気がするが、とりあえずロビンはそう言って、踵を返そうとした。背後から、アリッサの控えめな声が投げかけられる。
「ねぇ」
「ん?」
ロビンはアリッサの声に振り返る。
「聞いていい? そんな大量のポーション、何に使うの?」
ロビンは予め用意していた言い訳をひねり出す。
「ロドリゲス先生の訓練でね、近いうちにリュピアの森に行くことになったんだ」
「ふぅん」
つまらなそうに、アリッサが鼻を鳴らす。これは信じていない顔だ。でもアレクシアにもカーミラにも口裏合せはしている。信じてもらえなくても構わない。王女から怪物退治の依頼を受けたなどとどうして言えようか。
「じゃあ、ありがとね」
ロビンはアリッサがそれ以上余計なことを詮索し始める前にそそくさと退散した。その背中を鋭い目でアリッサが見ていたことは彼にはわからなかった。
安息日がやってきた。
ところで、アリッサの部屋の窓からは、学院の玄関から門までが一望できる。アリッサは趣味の魔法薬制作も忘れ、朝起きた瞬間から窓の外をぼうっと見続けていた。ともすれば、ロビンとカーミラが二人で出てくるかもしれない。そんなこと許してやるものか。アリッサは生まれてはじめて感じる嫉妬という感情を持て余していた。
「あ!」
玄関から、アレクシアが出てきた。その後にカーミラとロビンも続いている。各々大きなリュックを携えている、まるでどこかに旅行にでも行くかのようだった。なんだ、二人きりじゃないのか、とアリッサは少しだけ胸を撫で下ろす。しかし、どこに行くのかは気になるところである。
魔術師同士の連絡は配達の魔術で手紙をやり取りするのが常識である。しかし、一般的ではない連絡方法として、念話の魔術があった。何故一般的ではないのかと言うと、単純にマナー違反であるからだ。考えてみてほしい。いきなり頭の中に他人の声が響き渡るのを。普通の人間は驚き、そして念話を送ってきた人間に少なからず怒りを覚えたりもする。
だが、今日に限って、アリッサはそのマナー違反な魔術を堂々と行使した。連絡するのは、仲良し六人組のカーミラとロビン以外の面々だ。「とにかく玄関集合!」と念話を送り、アリッサは部屋を飛び出した。
「心配はさほどしていないが、準備は万端だろうな?」
アレクシアがいつもどおりの無表情で二人に問いかける。
「はい、アリッサから各種ポーションを五本ずつ譲ってもらいました」
「学院長にも報告済みよ。三週間ほど授業を休みます、って」
ロビンとカーミラがそれぞれアレクシアに返事をする。
「遺跡までは野宿となるが、その準備は?」
「三週間分の食料は僕もカーミラも準備しています。水は流石に重いので三週間分は持ってませんが」
「うむ、それでいい。水に関して言えば魔術を使って補給もできる。水生成の魔術は二人共つかえるな?」
「えぇ、ロビンも私も使えるわ」
「なら問題ない」
三人はそれから、地図を広げ、遺跡までのルートを再確認する。流石に遺跡にまで街道はつながっていない。道なき道をひたすら進んでいく必要がある。王国直轄領は全体的に広い平野となっており、多少の丘などが点在しているが、基本的には開けた土地だ。遺跡までのルートの終盤には比較的広めの川が流れている。とはいえ勿論橋がかかっているのだが。橋を通り終われば、遺跡まで馬の並足で八時間ほどだ。
そうして、今後の計画について最終チェックをしていた三人に、不意に声がかけられる。
「ねぇ、どこに行くの?」
アリッサだった。それにグラム、ヘイリー、エイミーもいる。まずいな、とロビンは参ってしまった。今この瞬間を見られてしまうと、流石に言い逃れできない。背中に背負った大きなリュックが彼らの目標が遠い場所にあることが簡単に分かってしまう。
「えっと、アリッサ……」
カーミラが恐る恐るアリッサに話しかける。
「カーミラには聞いてない。ねぇ、ロビン。どこに行くの?」
「えっと、その」
「遺跡調査だ。とある方から私が指令を受けてな。アノニモス遺跡に魔獣や怪物が棲み着いたので、調査してほしいということだ。ウィンチェスターの訓練も兼ねて、二人に私が同行を願い出た。ところで、諸君らは何故ここにいるのだ?」
アレクシアがやれやれと肩をすくめながら、ほぼ真実を話す。ロビンは、前もって合せておいた口裏が無駄になったことにがっくりと肩を落とす。アレクシアはそれ以上の詮索は無用、とばかりに切れ長の目をより細めて、四人を睨みつける。
「窓から、ロドリゲス先生とカーミラとロビンがどこかに行こうとしているのが見えて、気になったんです」
「そうか、このことは他言無用だ。学院長にも話をつけてある。諸君らは気にせず寮に帰りなさい」
アレクシアの鋭い眼光に、うっ、とアリッサが声をつまらせる。だが、ロビンは彼女の決意を固めた表情を見逃さなかった。あぁ、面倒なことになるなぁ。
「私達もついていきます」
アリッサにただ着いてこいと言われただけなのだろう。後ろに立っていた三人が仰天している。しかし、アリッサはそんなことは気にしていない。
「駄目だ。危険過ぎる」
アレクシアがすかさず拒絶する。
「危険なのは、ロビンもカーミラも同じじゃないですか?」
「そ、それはそうだが」
正論にアレクシアが言いよどむ。
「グラムの剣術の腕はロドリゲス先生も知ってますよね。ヘイリーは治癒魔術が得意です。エイミーは平民舎の中でもトップクラスの魔術の実力を持ってます。実戦経験はほとんどありませんが、足手まといにはなりません」
「ホワイト、後ろで驚いている者たちばかりに言及しているが、貴方は何ができる?」
「ポーションを持ってきます。そこまでの大荷物を持っているってことは、それなりの長い旅程なんですよね? ポーションはいくらあっても不足しないと思います。荷物持ちは多い方がいいんじゃないですか?」
「……確かに言うとおりだ」
アレクシアはどうするか迷っているようだ。といっても、ここまで見られてしまったからには、もう選択肢は一つしか無いだろう。というよりも、アリッサがその一つの選択肢しか許してくれなさそうだ。ロビンは聞こえないようにため息をつく。その後で、アレクシアと目配せをする。小さくアレクシアが頷いたのを確認してから、アリッサの方に向き直った。
「わかったよ、アリッサ。一緒に行こう。でも絶対にロドリゲス先生の指示に従うこと。約束できる?」
「うん」
「あと、学院の授業を三週間ぐらいほっぽりだすことになるよ。その結果は想像できてる?」
「うん、今すぐ学院長に許可を貰ってくる」
学院長は止めそうだけど、止まらないんだろうなぁ。ロビンは遠い目をした。この押しの強い少女は、学院長さえも圧倒しそうだ。絶対に意見を曲げないだろう。
「じゃあ、準備してきて。一時間ここで待ってるから」
「わかった」
アリッサは後ろを振り向くと、呆然と立ちすくんでいる三人に、「ごめん、今回は私のわがままに付き合って」と頭を下げる。三人はややあって、それぞれ、「仕方ないなぁ、アリッサは」という旨の言葉を残し、準備をするために自室へ戻っていった。当然アリッサも準備のため寮に帰る。
「えっと、一番の選択肢はここでこっそり出ていってしまうことなんですけど……」
「ホワイトのあの表情を見るに、それはしないほうがいいだろうな。貴君らの友情に罅が入ることになるぞ」
本当は既に入りかけてるんですけどねぇ、特にカーミラとアリッサの間で、とはロビンは言わなかった。カーミラはアリッサがこの場に現れてからずっと暗い表情を浮かべているが、アレクシアがそれに気づいているのかいないのかは、ロビンには分からなかった。
なんかとんでもない遺跡調査になりそうだなぁ、とロビンは肩をすくめた。というか、三人以外の人間がいると、カーミラの吸血鬼としての力には期待できない。遺跡にいるのがどんな怪物かはわからないが、三人で挑むよりも苦戦するのは間違いないだろう。
「安心しろ。貴君らは私が文字通り命を懸けてでも守る」
「期待してますよ、ロドリゲス先生。勿論僕も皆を守ります」
数日かけて立てた計画を三人は修正するために話し合う。細かい点の修正が大量に必要であった。それが終りを迎える頃、アリッサを始めとした四人が大きなリュックを背負ってやってきた。
三人で行くつもりが、仲良し六人組が一斉集合してしまいました。
アレクシアの胃に105のダメージ! だが、アレクシアは平然としている!
ロビンの胃に5000のダメージ! ロビンは死んでしまった!
次回から、ダンジョン(遺跡)探索です。ロマンですね!
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